お題「アンジェリークダンディズム」
それぞれの美学
「へえ、そんな格好して、どこに行くのさ」
金の曜日の夜、約束に急いでいたオリヴィエは、どこかに出かけて行くらしいオスカーと出くわした。
それ自体は別に珍しいことでもないのだが、一瞬、目を見開いたのには理由がある。
今夜のオスカーのスタイルは、執務服とも、いつものラフな私服とも全く違う。
三つ揃いのシンプルなグレーのスーツに、鮮やかなブルーのストール。
オーソドックスなスタイルに差し色でシャレ感をプラスして、胸元の赤いバラが嫌味に見えない。
完璧なオスカーの着こなしのおかげで、当たり前のスーツがまるで正装のようだ。
「忘れたのか?今夜はアレだぞ」
意味ありげに唇の端をかすかに上げるオスカーに、オリヴィエはああ、と頷いた。
そういえば、今夜はあのイベントの日。
聖地を崇拝する全宇宙の女性たちを、守護聖たちがもてなす特別な夜だ。
「ま、神鳥宇宙代表として、がんばってきてよね」
オリヴィエがひらひらと手を振って、ささやかに激励すれば、オスカーはふんと不満げに鼻を鳴らした。
「なぜお前が行かないんだ。ダンディズムはお前が一番得意なところじゃないのか?」
「だーかーらー。ジュリアスとクラヴィスの衣装は私が手伝ってあげたでしょ。神鳥宇宙が恥かかないように、私だって配慮したつもり。それに、お嬢ちゃんたちのお相手なら、あんたがいれば十分じゃない」
「まあな。そこは俺一人でも十分だが」
腕を組んだオスカーが、大きくうなずく。
「ビジュアルは筆頭2人で間に合ってるし、あとはあんたの腕次第ってこと」
「…お祭り好きのお前らしくないな」
「あのね、私だって祭りを選ぶ権利くらいあるの。出たいやつなら、止められたって出るし」
梃子でも動きそうにないオリヴィエの様子に、オスカーは肩をすくめた。
このイベントの話が聖地に舞い込んだ時、オスカーはまさにオリヴィエ向きだと思ったのだが、最初から、オリヴィエはきっぱりと参加しないと言い切ったのだ。
その代わり衣装のサポートは完ぺきにこなし、オスカーのこのブルーのストールもオリヴィエが選んでくれた。
イベント自体を否定してはいないが、自分へのかかわりは徹底的に避けている。
そんな感じだ。
「全宇宙のお嬢ちゃんを喜ばせることができるんだぞ。素晴らしいイベントじゃないか」
「あー、はいはい、ホント、あんたのためにあるようなイベントだよね。ってか、あんたにしかできないことだよ」
オリヴィエはオスカーの両肩にぐっと掌を乗せると、
「応援してるから。がんばって」
にっこりと魅力的に微笑んで、指先に力を込めた。
なぜオリヴィエがここまでかたくなに拒むのか、このイベントの素晴らしさを実感しているだけに、オスカーには理解不能だが、オリヴィエの意思は、肩の痛みでよくわかる。
これ以上はケガをさせられる前に退散した方がよさそうだと判断した。
なにせ今夜は特別な夜なのだ。
「お嬢ちゃんたちを失望させるわけにはいかないからな。会場にいるお嬢ちゃんたち全員を俺の虜にしてくるさ」
オリヴィエにまで、軽いウインクを飛ばして、オスカーはゆうゆうと歩いていく。
この後、ジュリアスとクラヴィスを連れて下界へ向かうのだろう。
「おっと、遅くなっちゃう」
オスカーの背中を見送っていたオリヴィエは、慌てて小走りで駆けだした。
約束の時間に少し遅れたくらいで怒られることはないけれど、オリヴィエ自身が早く彼女に会いたかったのだ。
「いらっしゃいませ」
部屋のドアをノックすると、すぐにロザリアが顔を出した。
聖殿の一角の補佐官専用の私室は、彼女らしいブルーのトーンで品よくまとめられている。
「ごめん。途中でオスカーにあっちゃってさ」
「そういえば、今日はアレでしたわね」
「そうそう。ばったりだったよ。まあ、出かける前にチェックできたと思えば悪くはないけどね。私のイメージ通りに着こなしててくれて安心したよ」
「それはよかったですわ」
優しい微笑みで、ロザリアがオリヴィエの脱いだ上着を手早くハンガーにかけてくれる。
普段は勝ち気で有能な補佐官だが、素顔の彼女はとても淑女で割と世話焼きの尽くすタイプなのだ。
お茶を奥から運んできて、ロザリアと二人並んでソファに腰を下ろした。
少し遅れてしまった分、コゼに包まれていたとはいえ、お茶は温くなっている。
一口、口に含んで、ダージリンの香りと一緒にゆっくりと味わった。
「あの、オリヴィエは参加されませんの?」
「ん?」
「あのイベントですわ。ダンディなファッションで歌やトークを披露するなんて、オリヴィエにぴったりだと思いますのに」
なぜかロザリアは唇を尖らせて不満げな顔をしている。
無意識にでてしまったらしい素の表情にオリヴィエはくすりと笑みをこぼした。
「そうかな?筆頭2人とオスカーでしょ。十分じゃない?」
「そういう意味ではありませんの。…きっとオリヴィエのスーツスタイルが一番素敵ですから」
ツンと顔をそむけていても、ロザリアの耳も頬も真っ赤なのがわかる。
「じゃあさ、今度、私がスーツであんたがドレスでお出かけしようよ。たしか、バレエで観たいのがあるっていってなかった?」
「ええ!覚えていてくださったんですの?女王候補になる前から好きだったバレエ団が一番好きなジゼルを演るんですのよ」
「ん、じゃ、それを観に行こう。で、そのあとは美味しいものでも食べようよ」
「嬉しいですわ!」
はしゃいだ様子で、どれほど以前に観た公演が素晴らしかったかを熱く語るロザリア。
そんなたわいもない話をオリヴィエは彼女のくせ毛を優しくなでながら聞いていた。
ダンディズムという言葉が、ファッション至上主義だとすれば、以前のオリヴィエは確かにその通りだっただろう。
自己の美しさが常に一番大事で、人に見られることが快感だった。
けれど、今は、ファッションよりも自分よりも何よりも大切なものを見つけてしまったから。
「これも一つの男の美学ってやつじゃない?」
全宇宙の人に褒められるよりも、たった一人、彼女に褒めてもらえれば、それでいい。
たとえ、どんなに格好悪くても、情けなくても、彼女のためならダンディズムなんて捨てられる。
「え?なにかおっしゃいまして?」
不思議そうに小首をかしげたロザリアの青い瞳がじっとオリヴィエを見つめている。
「…なんでもないよ。あんたが大好き、って思っただけ。通じちゃった?」
「もう!またそんなこと!」
「嘘じゃないよ。…知ってるでしょ?」
照れて、また顔をそむけたロザリアの顎に指をかけて、そっと唇を重ねる。
触れあった瞬間、損得も思想も何も関係なく、ただ幸せで胸がいっぱいになるオリヴィエなのだった。
6・アンジェリークダンディズム
2022/03/19 up