女王アンジェリークが即位して、初めての冬。
ホワイトクリスマスのほうが盛り上がる、という理由で、このところ聖地は見事な冬景色だ。
冷たい北風に葉が揺れては落ち、竜巻のような風にくるくると回りながらどこかへ消えていく。
「今日も冷えますわね。」
ほのかに立ち上る湯気とともに、ロザリアは紅茶を注いだ。
甘いものが大好きなアンジェリークのために、蜂蜜を落としたアップルティは、冬にピッタリな味だ。
ポットの中身を全て注ぎ終わったロザリアは、アンジェリークの隣に腰を下ろすと、紅茶をすぐに口に含んだ。
かすかな甘みが程良い。
「もう、クリスマスだもの。ね、聖地は今までどうしてたの？ パーティとかしてたの？」
両手にお菓子を持ったまま、アンジェリークは、向かいに座っていたオリヴィエに尋ねた。
お皿に盛られたマドレーヌは５つしかない。
先にちゃっかり２個キープするアンジェリークに苦笑しながら、オリヴィエは手にしたソーサーにカップを戻した。
「そうだねえ。別に…。これと言って何もないかな？まあ、局地的に浮かれてたヤツもいたけどね。」
『今日は予定が６件もある』、と朝から忙しそうだった緋色の髪の守護聖を思い浮かべる。
けれど、彼以外は特に何もない、というのが本当のところだった。
「ふーん。そうなんだ。つまんないのね。」
ぷうっと頬を膨らませたアンジェリークに、オリヴィエは意地悪く微笑みかけた。
「あんたはべつにいいでしょ～？どうせ、誰かさんと、仲よ～～～～く、過ごすんだからさ。」
「もう！」
急に頬を赤らめて、お菓子をバクバクと口に入れるアンジェリーク。
案の定喉に詰まらせて、ひとしきりせき込むと、同じようににっこり意地悪い笑みを浮かべた。
「ね、ロザリアはクリスマスイブに何か予定があるの？」
オリヴィエのほうを見ながら、わざとらしい声音で問いかける姿に、思わずため息が漏れる。
確かに彼女の予定が気になってはいた。
けれど、アンジェリークに感謝するような気持ちにはさらさらなれない。
ロザリアは急に話を振られて、少し考えるように首をかしげた。
「別に…。今年は土の曜日ですし、ゆっくり家で過ごしますわ。」
「そうなんだ。デートとかしないの？」
「しませんわ。…そんな相手もおりませんし。」
アンジェリークがぐっと親指を立ててこちらを見ている。
オリヴィエは肩をすくめることで、それに答えた。
気軽に誘えるくらいなら、とっくに誘っている。
女の子に声をかけることなんて、たやすいと思っていたのに、いざ本気になってしまえば、あと一歩が踏み出せないのだ。
らしくない、とは思うけれど。
「そんなことより、アンジェリークはもう決めましたの？」
「何を？」
今の会話でクリスマスの予定よりも大切なことなどあっただろうか？
きょとんとしたアンジェリークが、今度は首をかしげた。
「プレゼントですわ。サンタクロースに、なにをお願いするつもりなんですの？わたくし、今年はなかなか決まらなくて。」
ロザリアの声は真剣そのもので、とても、冗談とは思えない。
どう答えていいのか。
困り顔のアンジェリークが送ってくるＳＯＳを察して、オリヴィエはカップをテーブルに置いた。
「なんで、私には聞いてくれないのさ。」
オリヴィエが拗ねた声を上げると、ロザリアははっとして頬を赤らめた。
「あら、聞いてもよろしいのかしら？ てっきり、聞かれたくないのではないかと思っていましたの。」
やはり別に冗談を言っているわけではないらしい。
こうなれば、彼女の真意を探るしかない、と、目くばせをすると、アンジェリークも同じ思いだったようだ。
小さくうなづいたのが見えた。
「去年はなにをもらったんだい？」
優しく尋ねると、ロザリアは「ドレスですわ。」と即答した。
「まだ、女王試験の始まる前でしたから、少し華やかなものを、とお願いしましたの。そうしたらちゃんと枕元に、ほしかったばら色のドレスが…。」
「サンタさんがくれたってこと？！」
アンジェリークの声に話を遮られたロザリアは眉をひそめながら、頷いた。
「ほしかった…って言ってたけど、あんたがそのドレスを欲しがってるって、誰か知ってたの？」
「それが不思議なんですの。」
キラキラした瞳で見つめるロザリアにオリヴィエがたじろいだ。
「ただなんどかウインドーで見ていただけでしたのに。それなのに、サンタクロースはきちんと知っていましたのよ。」
オリヴィエは息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
頭の中で、もちろん答えは出ているけれど。
「私のところにも来てくれるかねえ？ちょっと心配だよ。」
「まあ！オリヴィエ。大丈夫ですわ！」
満面の笑みを浮かべながら、ロザリアは大きく頷いた。
「女王交代という大きな試練を無事に乗り越えたのですもの。きっとサンタクロースもわたくしたちを認めてくださるはずですわ。」
「でも、もういい年だしねえ。」
ロザリアはまた、大きく頷いた。
「結婚するまでは、サンタクロースにとって子供なのですって。お父様からそう聞きましたから、間違いありませんわ。
ああ、今年のプレゼントを早く決めなければ。でも、ほしいモノなんて…。困りましたわ…。」
本気で困った顔をしているロザリアを前に、顔を見合わせるしかないオリヴィエとアンジェリークだった。
「ロザリアって、時々、面白いのよね。」
女官に呼ばれて、ロザリアが出ていくと、女王の間にはオリヴィエとアンジェリークの二人きり。
しばらく沈黙した後、アンジェリークはうふふ、と楽しそうに笑みをこぼした。
お嬢様育ちのせいか、妙なところで世間知らずで純粋なところがある。
成熟した外見からは想像もつかない部分が、愛おしく思えることも事実で。
「ようするに。」
アンジェリークはぴっと人差し指を立てると、オリヴィエをじっと見つめた。
「ロザリアはまだサンタクロースを信じてるのね！ ロザリアの御両親はすごいわ～。」
「そうだね。ホントにあそこまで信じさせるって、すごいと思うよ。」
両親は毎年、言葉巧みにロザリアのほしいものを聞きだし、さりげなく靴下にプレゼントを入れる、という芸当を繰り返していたらしい。
クリスマスイブの晩だけは、特別にシャンパンを飲ませ、よく眠らせていたのだから、なかなかの念の入れようだ。
「きっと、ロザリアが結婚するまでは、そうしようとしてたんだろうね。」
女王試験がなければ、今年も彼女は両親のもとで、靴下に入ったプレゼントに喜んだのだろう。
けれど、今年、サンタクロースはこない。
クリスマスの朝、空のままの靴下を見たロザリアの悲しそうな表情を想像すると、オリヴィエも切なくなった。
その気持ちが顔に出ていたのかもしれない。
「ロザリアの夢を奪っちゃ、可哀想よね？」
アンジェリークは腕を組むと、うんうん、と頷いて見せた。
「ここはひとつ、わたしたちがサンタクロースになってあげようよ！」
楽しそうに手を叩いたアンジェリークに、ちょうど同じことを思っていたオリヴィエも頷いた。
こうして二人の密かな企みが進行することになったのだ。
枯れ葉が足元を流れていく。
突風に首をすくめたオリヴィエは、思わず上着の襟を立てた。
気分転換に中庭に出てきてはみたものの、寒いばかりで少しもいいことはない。
どうすれば、ロザリアの欲しいものを自然に聞き出すことができるだろう。
あれからいろいろと試みてはいるが、まだ彼女自身も決めかねているようだ。
けれど、もう時間がない。クリスマスはすぐそこ。
春先ならば、こうしてベンチでゆっくり雑誌をめくるだけで、十分に気持ちが晴れたのだが、この寒さでは、考えがまとまる前に凍えてしまいそうだ。
早々にベンチから腰を上げようとすると、向こうから、ロザリアが歩いてくるのが見えた。
「まあ、オリヴィエ。こんなところでどうしたんですの？」
「ん？気分転換。頭が冷えるんだよ。こうしてると。」
オリヴィエが少し身体をずらすと、ロザリアはそれが合図のように、ほんの少し離れて、ベンチに腰を下ろした。
それほど風は強くないけれど、やはり空気自体が冷たい。
ロザリアが寒そうに手を口元にあてるのが見えた。
「寒いでしょ？私は割と寒いのに慣れてるけどさ。」
「いいえ。大丈夫ですわ。」
二人並んで、ベンチに座っている。
しかも、ほんの少し手を動かせば、ロザリアを抱きしめることができそうなほどの距離。
オリヴィエにしてみれば、この状況だけでも、十分に熱を感じてしまう。
彼女にとっては寒いだけかもしれない。けれど、オリヴィエは動き出すことができなかった。
「それはなんですの？」
オリヴィエが持っていた雑誌を、ロザリアが指差した。
「あ、コレ？クリスマス限定のアクセサリーとか載ってるんだよ。可愛いのがいっぱいあってね。」
彼女が気に入りそうなものはないかと、見ていたのだ。
ぱらぱらとページをめくって見せると、彼女の指があるページに触れた。
「これ、とっても素敵ですわ。」
指の先にあったのは、ゴールドのバラのピアス。
幾重にもまかれた金の花弁も中心に埋め込まれた鮮やかなルビーも、華やかな薔薇とイメージがぴったりだ。
少し大きめなのもゴージャスで、髪の長い女性に良く似合うだろう。
「へえ、あんた、こういうの好きなんだ。」
少し、意外な気がして、オリヴィエは問い返した。
「ええ。とても綺麗ですもの。オリヴィエはどう思いまして？」
「うん。私もいいと思うよ。すっごく素敵だね。」
ロザリアはまだ雑誌を見つめている。
薔薇の好きな彼女なら、そのピアスが気に入るのも無理はない。
確かに見事な細工で、値段もそれに見合う高価なものだ。
彼女へのプレゼントにふさわしい。
ロザリアを補佐官室まで送った後、オリヴィエはアンジェリークの前でもう一度雑誌を広げた。
「わ！かわいい～～。さすがロザリア。見る目があるわね～。」
「だよね。まあ、ちょっと派手なような気もするけど。」
「そんなことないわ！ふーん、他にも可愛いのある。…ね、この本、ちょっと貸して～。」
「いいけど…。」
お目当てのショップだけはメモをとり、オリヴィエは雑誌をアンジェリークに手渡した。
もともと自分用に買っていた雑誌ということもあって、中に載っているのはかなりのレアものばかりだ。
おそらくなにかを買わされる羽目になるだろうランディには、全く理解できない値段設定だろうけれど。
心の中で彼に謝りながら、オリヴィエはやっとプレゼントが決まったことに、安堵したのだった。
いよいよ、クリスマスイブ。
気分を盛り上げるためにアンジェリークが降らせた雪は、予想以上に効果的で、聖地中が何やら浮かれているようだ。
表立ったパーティは新年にすることにして、今日のディナーは４人。
いつもはアンジェリーク一人で使っている聖殿の食堂が、今日はちょっとしたレストランのように変わっている。
イブに二人きり、となれば、いささか照れくさいのだろう。
意外にもアンジェリークがその方がいい、と主張したのだ。
「さあ、飲んで、飲んで。」
やたらとシャンパンを勧めるアンジェリークにロザリアは困り顔だ。
「わたくしは、もう…。あら、ランディのグラスが空ですわよ？」
「ダメよ～。ランディはお酒弱いんだもん。これ以上飲ませたら…。」
「アンジェ～～。俺は、俺は…！！！！」
「あー、もう、こんなに酔っ払ってるー。これで、夜景を見に行けるのかなー。ちょっと、ランディ！寝ちゃダメー。」
騒がしくも楽しい食事の間、だんだんと頬を染めるロザリアをオリヴィエはほほえましく見ていた。
彼女がそんなに酒に強くはないことをよく知っている。
二人で食事をするときも、飲むのは最初の１杯だけ。
それ以上飲むと、味が分からなくなる、といつも言っているのだから。
作戦通り、アンジェリークはロザリアに次々と杯を重ねさせている。
頼まれれば、嫌とは言えないロザリアの性格をよく知っているのだ。
「ほらねー、すごくおいしいでしょ？これ、特別なシャンパンなんだからー。ロザリアには特別にいっぱいあげちゃう。」
「ええ、本当においしいですわ。」
オリヴィエがウインクすると、アンジェリークは親指と人差し指で丸を作り、にっこりとほほ笑んだ。
これで、安心。
「では、良いクリスマスを。アンジェ、あんまり遅くなってはいけませんわよ。サンタクロースが来る前には帰っていらっしゃい。」
「うん！もちろんよ！…まあ、わたしのサンタはここにいるんだけどね。」
「え？なにかおっしゃって？」
「なんでもなーい！」
ふらふらしているランディの腕を引っ張りながら、アンジェリークはロザリアに手を振った。
これから二人きりで夜景を見に行くらしいが、あの状態でたどり着けるのだろうか。
すでにロザリアもふらふらしていて、眠そうに瞼が上下に行き来し、頬だけでなく、目の周りまでほんのりと朱に染まっている。
そのまま少し二人で話をしていると、ロザリアが小さく欠伸をしたのが見えた。
「眠いの？」
「いいえ。まだまだ大丈夫ですわ。せっかくのイブですもの。もっと…。」
言いながら、また、あくびをするロザリアを強引に立たせた。
「ダメ。話ならまたいつでもできるでしょ。お姫様はもうお休みの時間だよ。」
「でも…。」
思った通り、いい具合にアルコールが回っているようだ。
立った拍子にふらついてしまった自分に対して頬を染めたロザリアは、しぶしぶといった様子で帰り支度を始めた。
彼女を私邸まで送り届けると、時計の針はようやく９時を回ったところ。
サンタクロースが家を回るのは、真夜中と相場が決まっているのだから、まだ少し早すぎる。
一度自宅に戻ったオリヴィエはシャワーを浴びると、目立たない服に着替え、時が来るのを待った。
ちらついていた雪も止み、世界は透明な静けさに覆われている。
あちこちに飾られていたイルミネーションもこの時間には役目を終え、眠りについているのだろう。
まだ残る雪のかけらに時折反射する、かすかな月の光だけが空を照らしている。
オリヴィエは足音をたてないように気にしながら、ロザリアの家へ向かった。
あらかじめ、アンジェリークから合鍵をもらっていたから、中へ入るのは簡単だ。
それでも、はやる心のせいで、何度か鍵をとり落としそうになる。
カチリ、と、鍵を回す音で、心臓が縮みそうなほど痛くなった
「まるで泥棒…。ん～～、もっとヤバいかも。」
彼女がかけた枕元の靴下に、この小さな箱を一つ、入れるだけ。
それだけなのに、やはり、緊張して仕方がない。
もっと危険な目にもたくさんあってきたというのに。
足音を殺して、ロザリアの寝室に忍びこむと、カーテン越しに透けるわずかな雪明りとランプの薄い明かりが部屋を照らしている。
柔らかな明かりでも、綺麗に整頓された部屋の様子がよくわかった。
ドアとは反対側に大きなベッド。
オリヴィエが入ってきた気配に、ロザリアは全く気が付いていないようだ。
布団はピクリとも動かなかった。
再び雪がちらついてきたのか、、窓明かりに小さな影が揺れている。
オリヴィエはきょろきょろあたりを見回すと、靴下を探した。
多分気まじめな彼女のことだ。
お話通りにベッドサイドにかけてあるだろうと、予想した通りの場所に靴下を見つけ、思わず微笑んでしまった。
さらに足音を忍ばせて、移動していく。
途中、テーブルの上に見覚えのある小さな箱があるのに気づいて、思わず足をとめた。
「これって…。」
オリヴィエは自分の手の中にある小さな箱と、目の前の箱を見比べた。
全く同じ。
淡いアイボリーの箱にくすんだグリーンのリボン。
リボンに描かれた文字まで同じ。
オリヴィエはいけないと思いながらもテーブルから箱を取り上げると、リボンをはずし、蓋を開けてみた。
予想通り、そこにあったのは、金色に輝く薔薇のピアスだった。
あの日、プレゼントを決めたオリヴィエは、アンジェリークの部屋を出た後すぐに、店へ電話をかけた。
「申し訳ありません。そちらの商品はすでに完売となっております。」
綺麗ではあるけれど、事務的な女性の声音にオリヴィエはカチンときた。
「どういうこと？わざわざ雑誌にまで載せておいて完売ってさ。」
皮肉たっぷりな口調で言ってみても、状況が変わるわけでもない。
「こちらの商品は職人によるハンドメイドになっておりまして、全て一点ものでございます。」
そういえば。
それが売りの一つでもあったことを思い出した。
世界に同じものは一つとない。だからこそ彼女にもふさわしいと思ったのだ。
オリヴィエの深いため息が電話越しに伝わったのだろう。
「類似の商品がございますが、そちらではいかがでしょうか？」
すぐに類似の商品の画像を送ってもらい、結局、それを購入することにしたのだが…。
まさか、ロザリアがすでにこちらを購入していただなんて。
思っても見なかった事態だ。
ふとテーブルを見ると、すぐ横にプレゼントに添えるカードが置いてあった。
金の押し箔の美しいカードが彼女らしい。
何気なく手にとって、驚いた。
『オリヴィエへ』
何度見なおしても、書かれている文字は変わることがなく。
「私へのプレゼントなの？」
ベッドに向かって呟いみても、もちろん返事はないし、名前しか書かれていないカードでは、ロザリアの気持ちはわからないけれど。
クリスマスにプレゼントを贈りたい、と彼女が思ってくれたのなら。
オリヴィエは元通りにリボンを結び直すと、そっと箱をテーブルに戻した。
ロザリアは良く眠っているようだ。
ベッドサイドにかけられた派手な靴下は、きっとクリスマス用なのだろう。
赤と緑と白の大きな縞模様。
靴下に手をかけると、彼女の寝顔がすぐそこにあった。
伏せられた長い青紫の睫毛が揺れ、桜色の唇から寝息がこぼれてくる。
ほんのりと色づいた頬を飾るように枕に流れる長い髪も、まるでおとぎ話の眠り姫のように美しい。
気がつけば、顔を近づけていた。
「ありがとう。」
きっと、明日プレゼントを受取るときは、何気なくしか言えない一言に、今は、心をこめて。
額にかかる前髪を指で分け、そっと唇を落とした。
「さて、どうしようかね。」
ロザリアが薔薇のピアスを素敵だと言ったのは、オリヴィエのためだと知った今、この箱を靴下の中に入れるわけにはいかない。
これは、ロザリアの欲しいものではないのだから。
ポケットの中の箱を掌で遊ばせ、オリヴィエはため息をついた。
空のままの靴下よりは、なにか入っていたほうが彼女は喜ぶだろうか。
けれど、この中身のことを考えると、渡さない方がいいような気もしてくる。
しばらく考えていると、雪明りの差していた窓が突然暗くなった。
かすかなランプの明かりだけでは、ほとんど暗闇に近い。
何事かと驚いて窓へ顔を向けたオリヴィエの耳に、背後から声が聞こえた。
「…なにかしら？」
オリヴィエは思わず目を閉じた。
一番、恐れていたことが起きてしまったのかもしれない。
それまで一瞬の暗闇に覆われていた部屋に、今までどおりの雪明りが差し込むと、浮かびあがる自分の影。
さやさやと、シーツの擦れる音がして、オリヴィエは観念した。
振り返ると、ロザリアの青い瞳が、じっとオリヴィエを見ている。
片手に靴下を握り枕元に膝をついている姿を、どう言い訳すれば、うまく切り抜けることができるというのだろう。
とりあえず、犯罪だと思われるのだけは、避けたかった。
「あ、あのね、ロザリア…。」
青い瞳が丸くなった。
オリヴィエが声を発したことで、これが夢ではないと理解したのだろう。
両手を唇に当て、ただただ驚いているロザリア。
オリヴィエの背中に冷たい汗が流れてくる。
「オリヴィエ、ですの…？本当に…？」
「あ、あのね…。落ち着いて、聞いて。」
言ってはみたものの、気のきいたセリフが浮かぶわけでもない。
流れた沈黙に、だんだんとロザリアの頬が赤く染まっていく。
大声を出されたりしたら。
焦るオリヴィエの目の前で、大輪の薔薇が咲くように、彼女が微笑んだ。
「やっぱりサンタクロースって、すごいんですのね。」
ロザリアの白い腕がまっすぐにオリヴィエへと伸びると、彼の背に回された。
彼女の頬が胸に当たっている。
ぎゅっと抱きしめられて、オリヴィエは身動きすることさえできなくなった。
「わたくしの一番欲しいものをちゃんと届けてくださるんですもの。」
「え…？」
思わずオリヴィエから出た声に、ロザリアが顔を上げる。
「サンタクロースからのクリスマスプレゼントなのでしょう？」
じっと見つめる青い瞳は吸い込まれそうなほど美しい。
気がつけば、オリヴィエの手もロザリアの背に回っていた。
「私のこと、もらってくれる？」
「もちろんですわ。わたくしがクリスマスに欲しいものは、たった一つ。あなただけですの。」
オリヴィエが抱きしめる腕に力を込めると、彼女の髪から薔薇の香りがした。
そのまま、静かに髪に唇を寄せ、彼女をベッドへと横たえる。
まだアルコールが抜けきっていないのだろう。
「サンタさん、ありがとう…。」
囁くように感謝の言葉を残して、瞼を閉じたロザリアは、オリヴィエをしっかりと抱きしめたまま、再び眠りへと落ちて行った。
隣で眠る顔を眺めながら、彼女の長い髪を指で何度も梳いてみた。
くすぐったそうに唇が動くたびに、愛おしさがあふれてくる。
明日、ロザリアが金の薔薇のピアスをくれたなら。
このポケットの中の箱を、自分からのクリスマスプレゼントとして、彼女に贈ろう。
サファイヤを抱いたプラチナの小さな薔薇は、きっとロザリアの青紫の髪に映えるはずだ。
「おそろいだね。」
目ざとく気づいたアンジェリークがまずは大騒ぎをして、それから、いろいろと追及が始まるに違いない。
それはとても面倒なことだけれど、どこか楽しみな気もする。
「私までサンタにプレゼントをもらったってことか。感謝しなくちゃ。」
オリヴィエがそう言った途端、また一瞬、窓の外が暗くなった。
何事かと外を見ると、絵本に出てきたような、空を飛ぶソリの姿が、長い影になりカーテンを横切っていく。
目を疑って、瞬きをすると、もうその姿は見えなくなっていて。
後に残るのは、キラキラと光を弾いて舞い落ちる雪だけ。
「まさか、ね。」
呟いたオリヴィエの耳に、小さな鈴の音が聞こえたような気がしたのだった。
FIN
