オリヴィエ×ロザリア



酔ってしまったロザリアをおぶって帰ることになった。

内輪のパーティだから多少ハメを外すのは仕方ない。
私を祝ってくれたんだし、すごく盛り上がって、楽しいパーティーだったから。
だけど、あの場にもしも、私がいなかったら、いったい彼女はどうしていたんだろう。

もし、こうしているのが私ではなく、あの赤い髪の男だったら、よくあることのように彼女を自宅に連れ帰ってしまうかもしれない。
親切丁寧に介抱して、そのままベッドでヤツお得意の一夜の情事になだれ込んで。
朝になって、アイツがどんな顔で彼女に甘い言葉を囁くかまで、簡単に想像できる。
…彼女がどんな顔をするかは全く想像できないけれど。

はあ

吐き出した息が白く煙になって、ゆらゆらと空に昇っていく。
曖昧でぼんやりしてて、よく見えなくて。
ずり落ちてくる彼女の身体を持ち上げて担ぎ直すと、「うん…」と背中から小さな声がする。

「ごめん、大丈夫?」
尋ねると、彼女が小さく頷いたのがわかった。
「ちょっと揺れたから…わたくしこそ…ごめんなさい」
まだまだ酔っているのか、彼女らしくない舌足らずな話し方。
オマケにさっきよりもしがみつくような格好になって、彼女の身体全体が私の背中にぴったりくっついてきたから、体温がダイレクトに伝わってくる。
酔っているから暖かいのか。
…少しはこのシチュエーションに照れたりしてくれてたりしてくれているのか。
これはただの願望かもしれないけど。

耳元をくすぐる彼女の吐息に、ギュと胸が痛くなる。
こんなに近くにいるのに、手を伸ばすことができない。
あの空にぽっかりと浮かぶ、青い月みたいに。






今日は私の誕生日だった。
この年になって誕生日を祝われることに微妙に抵抗はあったけれど、まあ、これもみんなで楽しむ一つの口実だと思えば、受け入れることも嫌じゃない。
聖殿の広間に、手書きのボードや色紙の輪の飾り。
やたらと大きなケーキやシェフ渾身のビュッフェ。
ちょっぴりチープだけど、ほんのり暖かい。
そんなこじんまりしたパーティは、彼女の心遣いをそこかしこに感じて、なんだかこそばゆい気がする。

女王陛下からのお祝いの言葉と乾杯を合図に始まったパーティは、いつも通りの無礼講。
ご馳走に夢中な陛下や年少組を横目に、私はオスカーやリュミエールとくだらない話をしていた。
とはいえ、視線はどうしてもロザリアを追ってしまう。
彼女は陛下達とは少し離れたテーブルの前で、ルヴァと楽しそうにデザートを食べていた。
あれはフルーツパンチだろうか。
優美な切り子細工のガラスボウルにたっぷりのフレッシュフルーツとシロップ。
大抵、パンチには缶詰のフルーツなのに、フレッシュなフルーツを使っているのは、シェフのこだわりに違いない。

ロザリアとルヴァはお互いのカップにデザートを注ぎ合い、なにやら笑っている。
楽しそうな彼女の様子に、チリっと胸を焦がす痛み。
これが嫉妬だとわかっているけれど、二人に割って入ることはできない。
彼女と私はただの同僚だから。
たとえ、一番仲がいいと言われていても、ただそれだけだから。

彼女のほうを見ないようにしていても、全神経はそちらに向いていて、穏やかなルヴァの微笑みですら、絞め殺したいほどイラついてしまう。
ホントに私は嘘つきだ。
目の前のオスカーの話なんて全然聞いちゃいないくせに、相槌だけはしっかり打ったりして。

「ああ、大丈夫ですか~」
困惑したルヴァの声とガシャンと響くガラスの音。
耳聡く聞きつけた私は、さりげなく二人の側へ近づいた。
「どうかしたの?」
声をかけると、テーブルに手を着いたロザリアが潤んだ青い瞳でこちらを見る。
熱っぽく赤らんだ頬と艶めいた唇。
明らかに彼女の様子はいつもと違っていた。

「あ~、オリヴィエ。どうもこのパンチにかなりのアルコールが入っていたようで~」
ルヴァはオロオロした様子で、ふらつくロザリアを支えるべきか迷うように手を泳がせている。
「すみません。まさか、こんなになってしまうほどアルコールが入っているとは思わなかったんですよ~」
「あら、別になんともありませんわよ。すごく美味しいパンチでつい食べすぎてしまっただけですわ」
本人はそう言っているつもりなのだろうが、かなり呂律があやしく、足元もふらついている。
「ハイハイ、わかったから、こっちで私と話そうか」
あやす様にロザリアをソファの方へと連れ出し、二人並んで、そこに腰を下ろした。
ロザリアは気分が悪いとかそういうことは無さそうだけれど、ソファの肘掛にもたれて、なんだかウトウトしているようだ。

「仕方がないわよね。忙しかったもの。執務もして、ケーキまで焼いて」
いつの間にかそばに来ていた陛下が、うふふと意味ありげに笑っている。
「ケーキ、ね」
あのやたらと大きなケーキはどうやらロザリアが作ってくれたらしい。
大きさ以上に美味しそうだから、てっきりパティシエが作ったものと思っていた。
あの大作。
どれほど時間がかかったんだろう。

「特にあのオリヴィエ人形には、すごくこだわってたのよ」
ケーキの真ん中にでんと座ったマジパンの人形。
「やっぱり、アレ、私なんだ」
「そうよー!ふふ、そっくりじゃない」
そっくり……。
妙にどキツイ色合いで、アザランやキャンディでギラギラに飾られたアレが……。
少し切ないが、まあ、それはいい。

「あ、ロザリア、ホントに寝ちゃいそう。オリヴィエ、送ってあげてよ」
「え?!私?!……確かこれって私の誕生日パーティじゃなかった?主役不在でいいわけ?」
思わず、詰め寄ると、
「もういいわよー。とりあえず乾杯もしたし、おめでとうもしたし。あとはみんなで適当に騒いで楽しむから!」
陛下はあっけらかんとそんなことを言う。
オマケに
「オリヴィエが無理なら、他の人に頼むけど?」
くるりと当たりを見回しながら、今にもオスカーに声をかける素振りを見せた。

「ったく」
この悪態は、もちろんロザリアにではなく、陛下と周りでニヤニヤ成り行きを見ているヤツらにだ。
ホントに私は同期に恵まれていない。
「じゃ、あとは勝手に楽しんでよ。私はこのままロザリアを送って帰るから」
「うん、任せといて!」
何を?
もう言い返す気力もなく、私は傍らでぼんやりしているロザリアを立たせた。

「さ、今日はもう帰ろうか。送ってくよ」
「はい、わかりましたわ」
妙に素直なロザリアは私に手を引かれるまま、ちゃんと後をつくように歩いてくる。
広間を出る時にちらりと中を見ると、ニヤニヤ笑うオスカーと目が合ったから、うっすら殺意をのせて睨んでおいた。
陛下以下、あとのメンツは知らんぷりで飲み食いしていて、もう声をかける気にもならなかった。

聖殿の階段をあと二段というところで、ロザリアはとうとう座り込んでしまった。
まあ、ここまで歩ければ上出来だろう。
私は覚悟を決めて、彼女に背を向けた。
「ほら、背中に乗って」
「……結構ですわ」
「もう歩けないじゃない。ごちゃごちゃ言わずに乗っかって。時間のムダだよ」
少し厳しい声で言うと、彼女は手すりに捕まりながらよろよろと立ち上がり、私の背中に覆いかぶさってきた。
背中にあたる柔らかな膨らみ。
耳元に触れる甘い吐息。
彼女の身体を全身で受け止めて、支えて。
普通なら喜ぶシチュエーションなのかもしれないけれど、私は何故か切なくなった。






はあ

またひとつ、ため息が空に吸い込まれていく。
いつからこんなに意気地のない男になったんだろう。
煩悩でいっぱいの心を隠して、優しい友達のフリをする。
女王になるから、とか、同僚だから、とか、一歩踏み出す勇気がないだけの言い訳を探して。
結局のところ、この居心地のいい場所を手放すのが怖いんだ。
一緒にランチをしたりお茶をしたりできる、彼女の一番の異性の友人という、恋人ができたら、すぐにでも蹴落とされてしまうであろう場所を。

「ごめんなさい…」
「どうかしたの?」
「…怒って、いらっしゃるわよね」
私のため息を聞きつけたのか、背中から申し訳なさそうな声がする。
「せっかくのあなたのお誕生日パーティだったのに、途中で帰ったりして…」
「あ~、それは別にいいよ。あのメンツのパーティなんて、別にいつものことだし」
これは本心からだ。
それについては全く気にしていない。
「でも…絶対に怒っていらっしゃるわ。わかりますもの」
「ホントに怒ってないって」
「いいえ、おんぶまでさせられて、本当は怒っているのでしょう?」
いつもならここまで追求してこないのに、彼女は絡み酒だったらしい。
私は、くすりと笑うと、ロザリアをまた背負い直した。

「そうだね、実は怒ってるよ」
「…やっぱり」
「怒ってるのは、あんたがこんなになるまで飲んだこと。
あんたは若くて綺麗な女の子なんだから、もっと危機感を持って飲まなきゃダだよ。
なにかあったらどうするの?男なんて、みんなオオカミなんだからさ」
世の中の男は、私みたいな臆病者ばかりじゃないんだから。

ロザリアは神妙に私の背中に揺られて、説教くさいセリフを聞いている。
「わたくし、オリヴィエがいないところで飲んだりしませんわ」
ふふ、と耳をくすぐる微笑み。
「え?」
「オリヴィエがいるから、たくさん飲んでも大丈夫だと思いましたの。あなたがいると、わたくしは、とっても安心できますのよ。
いつも、そばに居てくださるから。ねえ、オリヴィエ。わたくし、あなたのこと…」
どきり、と私の心臓が飛び跳ねる。
酔った勢いだって構わない。
その言葉の続きは、きっと私が何よりも待ち焦がれていたものに違いないから。

それなのに、ロザリアはそれきり黙ったかと思うと、こてん、と額を私の頭に乗せ、すう、と寝息を立て始めた。
この状況で寝てしまうなんて。
いっぱい期待させておいて放り出されて、いったい、神様は私をどうしたいんだろう。

はあ

ため息以外、何も出てきやしない。
無防備で、まるで計算なんてしていないのに、いつの間にか翻弄されている。
すっかり寝入ってしまって、重くなった彼女の身体を、私は再び担ぎ直した。

「あのさ、私も、あんたのこと…」
続きは白い煙になって、誰の耳にも届かない。

ねえ、オリヴィエ。
あんたはホントにそれでいいの?
このため息の煙みたいに、いつか彼女が目の前から消えてしまっても。
ホントに、それでいいの?

ぴたりと足が止まった先には、分かれ道が二つ。
彼女の家と、私の家と。
一歩踏み出したその先に、もしかしたら答えがあるかもしれない。

青白い月明かりに照らされた、私と彼女の影が、道に長く伸びる。
少し迷って、私は分かれ道の片方へと足を踏み出したのだった。



FIN



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