☽ ハロウィン・ナイ

オリヴィエ、ロザリア、+α

※ややアダルトな表現があります。苦手な方はご注意ください※




どうやら、かなり欲求不満だったらしい。
こんな幻覚を見るなんて。

オリヴィエはため息をつくと、ちらりと目の前のロザリアの姿を眺めた。
シャワーを浴びて寝室のドアを開けたら、彼女がオリヴィエのベッドの上に横たわっていたのだ。
ロザリアは長い青紫の巻き髪を背に流し、完璧なボディを惜しげも無く晒して艶然と微笑んでいる。
もちろん裸ではないけれど、身につけている黒の上下はどちらも布の面積が極めて小さい。
上はかろうじて胸のいただきを隠している程度の頼りなさ。
下はほとんど紐で、大事な部分が今にもはみ出してしまいそうだ。
シルクの手袋とハイソックスで手足が隠れていることがかえって卑猥で、女王様のような威圧感がある。
彼女のスタイルの良さは知っていたけれど、ここまで男の欲望をそそられるとは思っていなかった。
どちらかというと、普段は華奢で可憐なイメージなのに、今の彼女は肉感的で婀娜っぽい。
抱きしめたら、どんな感触がするのだろう、と思わず想像して喉が鳴った。

「ふふ…こちらにいらしたら?」
ベッドの上でまるで手招きするように、舌をちろりと出して誘う彼女。
足を動かした拍子に起きたシーツの衣擦れがやけに艶めかしくて、オリヴィエの足は勝手にベッドに近づいてしまう。
近づくにつれて、彼女から漂う香りは、愛用のみずみずしい薔薇の香りとは違う、もっと甘くて蠱惑的な香りだ。
オトコを誘う、まるで彼女が媚薬そのもの。
バスローブの下でオリヴィエの雄が一気に昂ると、ロザリアから漂う香りがまた強くなった。

オリヴィエは一つ、息を吐くと、ベッドの縁に腰を下ろし、彼女に微笑みかけた。
こうして近くで見れば、目の前のロザリアは、やはりいつもと違う。
なにが、と言えば、その香りと微笑み。
もっと感覚的なことを言えば、ロザリアのもつ清廉とした空気感がまるで無い。
淫靡で官能的な『女』そのものだ。

「それは小悪魔の仮装なのかい?」
頭には小ぶりなヤギのようなねじれた角と、お尻には尻尾。
いわゆる悪魔のオーソドックスなスタイルだ。
すると、彼女は気分を害したように、思い切り眉を顰めて、ふんと鼻を鳴らした。
「嫌ですわ。わたくし、そんな低級なモノではなくてよ。ちゃんとサキュバスという種族名がありますの」
「ふーん。そうなんだ」
悪魔でもいろんなランクがあって、一緒くたにされるのはプライドに触るらしい。
あっさり自らの正体を明かしたサキュバスに、オリヴィエは拍子抜けした。
オトコの精気を吸い取る淫魔であれば、この格好も誘うような仕草も当たり前。
断じて、ロザリアからの誘惑でなかったことにがっかりした、なんてことはない。

「で、あんたはココで何をしてるわけ?」
オリヴィエの問いかけに、彼女は真っ赤な唇を弓形にして妖艶に微笑んだ。
「今夜はこの娘の身体を借りて、貴方の精気をたっぷりといただきますわ」
「身体を借りて?!」
サキュバスはロザリアの姿を真似ているのではなく、身体そのものを借りているらしい。
それならば、このリアルさも納得だ。
けれど、それでは、なにか間違いがあれば、現実のロザリアにも害が及ぶということになる。
オリヴィエは内心で舌打ちをして、彼女を見下ろした。

「ええ、聖地に忍び込むなんて本当は到底不可能。
でも、今夜はハロウィンですもの。悪魔の力が強まる夜なんですわ。
まあ、さすがに女王や守護聖は無理でしたけれど、この普通の人間の身体なら乗っ取るのもたやすいこと。ふふ、守護聖の精気ってどんな美味なのかしら?楽しみですわね」
ロザリアは補佐官だけれども、サクリアを持たない普通の人間だ。
だから狙われた、ということなのだろう。

ペロリ、と舌なめずりする彼女の姿はゾクゾクするほど艶っぽく、精気を吸い尽くされるとしても、その唇を味わいたいという衝動にかられる。
くっきりした谷間から大きく張り出した二つの膨らみと、きゅっとくびれた腰から足の見事なライン。
寝室のほのかな照明に照らされて浮かび上がる滑らかで真っ白な肌。
なにもかもが男の理想を体現したような淫らなボディだ。
髪をかきあげる仕草ひとつでも、豊かなバストがふるんと揺れ、そのやわらかさを確かめたくなってしまう。
けれど、これは、彼女であって彼女でない。
ただ、彼女の身体がそこに在るだけだ。


「さあ、早くわたくしにソレを挿れてくださいませ」
彼女が指さした先はオリヴィエの雄。
既に固く立ち上がったソレは、バスローブの合わせ目を割って獰猛な姿を現している。
「すごいわ。大きくて、固くて、とても気持ちよさそう。早くそれで突いてちょうだい」
ロザリアの声と口調で、とんでもない卑猥なセリフを吐き出す悪魔にオリヴィエは眉を顰めた。
サキュバス本体は、今までにもたくさんの男から精気を吸い取って生きてきたのだろう。
姿も声も口調までもが、まるでロザリアだけれど、やっぱり心が違えば全然違う。
淫乱な本性が言葉や態度に透けて見えてくるのだ。
けれど、身体がロザリアな分、傷をつけることは出来ないし、出来るだけ穏便にお引き取り願いたい。
オリヴィエは口の端に笑みを乗せると、ベッドの上を這い、彼女に近づいた。

「いきなり挿れるだけなんて、随分無粋じゃないか」
ついと人差し指で彼女の顎を持ち上げ、視線を交わす。
サファイアのように綺麗な瞳には、燃えるような情欲の炎が点っていて、もの欲しげに開いた唇からは甘い吐息が零れてくる。
並の男なら、すぐにでも彼女に覆いかぶさり、精気を吸い尽くされるまで腰を振り続けることになるに違いない。
オリヴィエはすぐ目の前にある豊満な胸の谷間に、口付けを落とした。
ロザリアに対する罪悪感がわいてくるけれど、これくらいは許して欲しい。

「あん」
艶めいた嬌声。
もっと快感を、と上目遣いでねだる瞳は、勝ち誇ったようにも見える。
実際、オリヴィエの雄は今にも弾けそうなほど硬くそそり立ち、先端がうっすらと濡れている。
ご馳走を前にした興奮からか、彼女は淫らに腰をくねらせ、
「我慢しなくてよろしくてよ。わたくしも、もうこんなになっているんだから」
自らの手を下着の中に滑らせると、くちゅくちゅと淫らな水音を聞かせてきた。
サキュバスの力で、ロザリアの身体を快感へと操っているのだろう。

「ねえ、早く……貴方もこの身体を楽しみたいでしょう?」
大きく足を広げようとした彼女を、オリヴィエはそっと押しとどめた。
「恥じらいのない女の子は興ざめだよ。私は責められて我慢できずに啼くようなコが好みなんだ」
「あら、見かけによらずドSなんですのね。そういうプレイ、わたくしも嫌いじゃありませんわ」
一転して、彼女は恥じらう素振りでオリヴィエを見上げる。
ほんのりと頬を染め、両手で胸を隠す姿は、本当のロザリアに近くて、オリヴィエのいらだちが募る。
男を誘うのはサキュバスの性分だから仕方がないのだろうけれど、このままロザリアにこんなことをさせるわけにはいかない。
オリヴィエはまだ我慢できる自信がある。
ロザリアが大切だから、きちんと心が結ばれた上で身体も結ばれたい。
でも、そうではない男だって、この世界にはたくさんいるのだ。


「ねえ、なんであんたは私のところに来たの?聖地には他にもいい男がたくさんいるでしょ?」
ふと、オリヴィエの脳裏に疑問が浮かんだ。
オリヴィエのところに最初に来たことは、さっきの彼女の言葉でわかっている。
もしも彼女がこの状態で、先に他の守護聖のところに行っていたら、今頃はどうなっていたか。
考えただけで恐ろしい。

「そうね。わたくしが狙っていたのは、燃えるような赤い髪の守護聖だったんですの。彼、ものすごい精力が漏れていたし、アレも大きそうだったから」
思い出してほくそ笑む姿に、オリヴィエはゾッとした。
オスカーなら迷わず押し倒して、この彼女の体を楽しんだだろう。
良くも悪くも、オスカーは自分が誘われることに疑いを持たない男だ。
サキュバスと知れば、むしろ、嬉々として、抱きつぶしたかもしれない。

「じゃあなんでそっちじゃなくて、私のところに来たのさ」
本気で不思議に思って尋ねると、彼女はふんと鼻を鳴らして肩を竦めた。

「それはこの身体のせいですわ。この身体の持ち主の娘が、貴方のところに来たがったせいで、わたくしも引きずられてしまったんですの。
 下界ならそんなことはありませんのよ?思うままにオトコを誘惑して精気を吸い取れるのに、聖地では、この娘の意識がどうしても邪魔をしてきて……」

今の言葉はどういう意味だろう。
一瞬、オリヴィエの思考が止まる。
ここに来たのはサキュバスの意思ではなく、ロザリアの意思だった?
それは、もしかして。

「ようするに、この娘が抱かれてもいいオトコが貴方だったってことかしら?
 ふふ、人間って面白いわね。オトコなんて誰だって同じですわ。頭の中はエロいことばっかりで、こんな風に誘えば、すぐに乗っかって、精気を吐き出してくるのに」
彼女は豊かなバストを見せつけるように両手で持ち上げて揺すると、意地悪く微笑んだ。
余裕で顔を埋められそうなボリューム。
たしかに欲望を満たしたいだけの男なら、飛びついてしまうだろう。

「さあ、余計なおしゃべりはもうよろしいでしょう?早く、貴方のソレをちょうだい」
彼女はくんと鼻を鳴らすと、オリヴィエから滲む先走りに目を細めた。
「美味しそうな匂い。たまりませんわ」
ぺろりと舌なめずりをして、彼女はオリヴィエの雄に手を伸ばしてくる。
まずは口で味を確かめようというつもりなのか。
ロザリアの白い美しい指がソレに触れそうになった瞬間、オリヴィエは彼女の手首を掴んだ。

「なにをなさるの?!」
怒りで目をぎらぎらと光らせた彼女がオリヴィエをにらみ付ける。
彼女にしてみれば、ごちそうを前にして何度もお預けを食らわされているのだ。
空腹もあって、いらいらしているのだろう。
「なにって。私はあんたとヤるつもりなんて全然無いから」
「はあ?!今更何を言ってるのかしら?そんなに硬くして、先っぽだってぬるぬるじゃないの」
「ちょっと、ロザリアと同じ声でそういう卑猥なことを言うの、止めてもらえない?気分悪いじゃないか」
「声も口調も変えられないんですわ。この娘の意識が・・・って、そんなことはどうでもよろしくてよ。
 早くそれを挿れて、腰を振りなさい。この中にたっぷりと精気を注いでもらわないと、わたくしが困るのよ」
「ふーん、困るんだ」
「そう。魔力がなくなったら、この身体を自由にできなくなりますもの。聖地はただでさえ、魔力の消耗が激しいのだから」
「なるほどね。で、私から精気を吸い取ったら、あんたはどうするの?」
「もちろん、他の守護聖達からも精気をいただきますわ。ハロウィンの夜を楽しまなくちゃ」
「・・・ロザリアの身体で?」
「ええ。この身体で迫れば、あの赤い髪の守護聖も・・・」
ふふ、と彼女は舌なめずりをした。
真っ赤な舌が艶めいた唇をなぞり、ごくりと喉を鳴らす様は淫らで忌々しい。

「それはすごく困るね」
オリヴィエは彼女の手首を握る手に、ぎゅっと力を込めた。
もちろん、ロザリアの身体に傷を残すほどではない。
ただ少し、痛みを感じてもらうだけだ。

「ちょっと、おやめになって!痛いわ」
うるうるとロザリアの顔で懇願する彼女に、オリヴィエの胸に罪悪感が沸き上がる。
けれど、これはロザリアであって、ロザリアでない。
そう言い聞かせて、オリヴィエは彼女の手首を引き寄せると、そのままうつぶせにベッドに押しつけ馬乗りになった。
もし、魔術のたぐいで逃げ出されでもしたら最悪だ。
身体が密着することになったが、逃がさないためには仕方がない。

「あん、そんな乱暴になさらないで」
彼女は密着したのを幸いととらえたのか、腰をくねらせて、オリヴィエの雄にお尻をすり寄せてくる。
雄に与えられる柔らかな刺激と、甘い媚薬のような香りに頭がくらくらするけれど、オリヴィエはそれを押さえ込んで、彼女を見下ろした。
上目遣いの青い瞳と目が合うと、彼女は妖しげににこりと笑う。
それが彼女の魅了の魔法なのか、突然、オリヴィエの男の本能がざわっと揺れて、雄が昂ぶってきた。
挿れて、擦って、吐き出して。
快感を得る欲望だけに、頭が塗り替えられるような感覚。

けれど、オリヴィエの身体の中で無意識にサクリアが駆け巡ったかと思うと、魔法が霧散していくのがわかった。
ふっと、笑みがこぼれて、彼女を拘束していた力がわずかにゆるむ。
一瞬、勝利の予感に微笑んだ彼女は、すぐに誤解に気がついたらしく、ぐっと顔を顰めた。
「まあ、わたくしの魅了が効かないなんて。やっぱりここが聖地だからかしら?」
「違うよ。あんたは知らないみたいだけど、私は夢の守護聖なんだ。
 あんたたち、サキュバスは夢の領分にいるんだろう?だから私にはその力が効かないってわけ」
それに、魅了の魔法よりも、本当のロザリアの微笑みの方が、オリヴィエにとっては百万倍の破壊力だ。
凜とした彼女が、時折見せてくれる、花のような微笑み。
それ以上に魅了される笑みなど、あるはずがない。

「だから、いくら媚び売っても無駄なんだよ。さ、そろそろその身体から出てもらおうか」
「え、イヤよ!せっかく手に入れた身体ですもの。こうなったら、なんとしてでも他のオトコの精気を・・・きゃ!」
「それは絶対に許さないから」
オリヴィエから漏れ出した怒りの感情に、彼女は無意識に身体を震わせた。
魅了が効かない、力でも敵わない。
オリヴィエの持つサクリアの力にまともに対抗すれば、きっとチリ一つ残らずに消滅させられてしまう。
その事実が直感的に降りてきて、勝手に身体が震えだしたのだ。

「ロザリアの身体だし、あんまり手荒なことはしたくないんだよ。気持ちよく出てくれると助かるね」
オリヴィエは笑っているけれど、ダークブルーの瞳の奥は、ひんやりと光っていて冷たい。
「あ、他の仲間達にも、伝えておいてね。特にオス?いるのかわかんないけど、ロザリアに手を出そうとしたら、それこそ殲滅しちゃうからさ」
口調も楽しげだけれど、その響きはぞっとするほど冷たい。
きっと本当にそうなったら、一切ためらうことなく、サキュバスを根絶やしにするために夢の世界を蹂躙するだろう。
この夢の守護聖は、それだけの力を持っているのだ。

彼女は唇を噛んでうつむいた。
守護聖の力を侮っていたことは認めるけれど、このオトコの怒りは、主にこの身体の娘に起因している気がしなくもない。
入り込みやすい純粋な魂を持つ娘だったけれど、どうやらまさに逆鱗に触れてしまったらしい。
それに、ハロウィンの夜は短いのだ。
守護聖の精気にこだわるよりも、下界でたくさん集めた方が効率もいいだろう。
「わかりましたわ・・・今回は諦めます」

急に腕の中のロザリアの身体から力が抜け、ベッドに沈み込む。
意識がないということは、あの忌々しい淫魔はロザリアの身体から出ていったのだろう。
そのまま、彼女の身体を仰向けに横たえ、ケガがないか、手首を確認する。
少し力を入れてしまったから、跡が残らないか不安だったけれど、それは杞憂で済みそうだ。

「っと、目の毒だね」
オリヴィエは彼女の身体にそっとシーツを掛けた。
頭の角と尻尾はなくなっているものの、ロザリアの格好は、ここへ来たときのままだ。
下着よりも少ない面積しかない、かなりきわどいスタイル。
豊かな胸の谷間だとか、きゅっとくびれた腰だとか、すらりと伸びた足だとかが丸見えで、刺激が強すぎる。
もちろん、意識のないロザリアに手を出すつもりはないけれど、目の保養と思えるほど、できた人間でもないのだ。

オリヴィエはすっかり冷めたバスローブからパジャマに着替えると、ソファにと寝転んだ。
朝、目が覚めて、同じベッドにオリヴィエがいたら、ロザリアも気まずいだろう。
いくら、女王候補時代から仲良くしていたとしても、まだお互いに気持ちを伝えたわけでもないのに、いきなり同じベッドはハードルが高すぎる。
可愛らしい寝息だけで、今夜は満足することにした。

本当にロクな夜ではないけれど、たった一つ、いいことがあった。
ロザリアがオリヴィエを特別に思っていてくれているらしいのがわかったこと。
『抱かれてもいいと思うオトコが貴方だった』
サキュバスが嘘をつくとも思えないから、もうオリヴィエだって遠慮はしない。
どれほどロザリアを想ってきたか、明日の朝こそ伝える。
ハロウィンの翌朝から、新しい二人の関係を始めるために。


「え、でもさ、ちょっと待って」
目を閉じかけて、オリヴィエは、がばっと身体を起こした。
ロザリアはすやすやと眠っている。
「あの格好、どう説明したらいいのさ?!」
サキュバスがロザリアの身体を乗っ取って、オリヴィエを誘惑しに来た、だなんて、こんなマンガみたいな話を、果たしてロザリアは信じてくれるだろうか?
「・・・私だって信じないよ・・・」
いくらハロウィンだからとはいえ、まだオリヴィエが着替えさせた、と言った方が信憑性がありそうだ。
もっともそう言った瞬間、確実に軽蔑されて、嫌われるだろうけれど。

どうすればロザリアが信じてくれるのか。
真実を話すべきか、それとも上手くごまかすべきか。
悩むオリヴィエが部屋をぐるぐる回っている間も、ハロウィンの夜は静かに明けていくのだった。


FIN