Loveholic

Illustration by Sammy様, Novel by ちゃおず


苦いものほど体にいい。
それは良く知っているから、できるだけ取り入れるようにしている。
毎朝の特製野菜ジュースだって、それはそれは苦くて美味しいとは言えないけれど、美容と健康のためと思えば苦にはならない。
でもこの苦味は…。


オリヴィエは、視線の先で繰り広げられている光景に小さく肩をすくめた。
女王が就任してちょうど3年。
今夜は久しぶりに女王主催の大きなパーティが開かれている。
いろいろなことがあり過ぎて、本当にあっという間だったけれど、ようやく新宇宙も落ち着いてきた。
きっとこれから両宇宙はさらに発展していく。
パーティはその前祝のようなもの。
今夜ばかりは、と、ここ聖殿の大広間には華やかなドレス姿の女性や、正装できめた男性がひしめいていて、あちこちで談笑の輪ができていた。

女王から『執務服はダメ!』の厳命を受けたオリヴィエは、今日の衣装にフロックコートを選んだ。
もちろんまっさらではつまらないから、あちこちを飾りたて、オリヴィエらしく仕立てたつもりではいる。
それでもいつもの執務服に比べれば地味な印象なのは否めない。
メイクも抑え目にしているから、ちょっとした変装、だ。
もっとも人目につかないのをいいことに、オリヴィエは壁の花を決め込んで、一人、ゆったりとグラスを傾けていた。

ふと広間の片隅に視線を向ければ、そこにロザリアの姿がある。
今日は彼女も補佐官としていろいろ忙しくしているから、こうして眺めているしかない。
オシャレをしたロザリアは遠目で見てもとてもキレイだ。
ゆるく下ろした青紫の髪に似合う鮮やかなブルーのドレス。
肩口が広く開いているせいか、デコルテがとても綺麗に見える。
項から背中、そして細い腰まで、見事なボディラインが目の毒なほどで。
自分の恋人が美しいのはもちろん嬉しいことなのだが…ほんの少し面白くないのも事実だ。


  さみぃ様より


広間の中央はダンスフロアになっていて、今、まさに新しい曲が流れ始めたばかり。
数組の男女が手を取り合って踊り始める中、ひときわ目を引くカップルが現れた。
神々しいばかりに輝く光の守護聖と、これまた女神のように美しい女王補佐官。
白の正装をまとったジュリアスが青をまとったロザリアの手を取り、フロアの中央へと進んでいった。

流れるようなワルツのステップ。
洗練された足さばきは上流階級の育ちをしてきた者ならではで、オリヴィエでさえ、思わず見とれてしまう。
まさに絵画から抜け出したような美男美女のカップルに、フロアの人々だけでなく、談笑していた人々までがぴたりと静まり返った。
フロアの中を優雅に泳いでいく二人。
ジュリアスのロザリアを見る瞳は、いつもの厳しいものではなく、女神を崇拝するかのように熱を帯びている。
ロザリアもまた、わずかに頬を上気させ、優しく微笑んでいる。
お互いがお互いのためだけに存在しているかのような光景。


オリヴィエは手にしていたグラスの中身を一息に呷った。
喉を通るカンパリの苦味に思わず苦笑してしまうのは、まさに今の気分にぴったりだったから。
たしかに光の守護聖と彼女はお似合いだ。
二人とも貴族出身なせいか立ち振る舞いが似ている。
物の考え方や自らの律し方という、精神的な部分での共通点も多い。
おまけに筆頭守護聖と補佐官は執務の面でも接することが多いから、下世話な妄想には事欠かないだろう。
明日にはどんな噂になっていることやら。
もっともオリヴィエは二人の間に何の特別な感情がないこともよく知っている。
それでもこうして目の前で踊る二人を見ていると、ジワリと苦いものが体を侵食するのを止めることができなかった。

曲が終わり、二人の手が離れると、周囲から名残惜しげなため息がこぼれる。
ジュリアスに向かって艶やかな笑みを浮かべ、ロザリアは次の男の手を取った。

恭しくロザリアの手の甲に口づけを落とし、腰を引き寄せる男。
燃えるような赤い髪と隙のない伊達ぶりで、またもや周囲の人々の目は二人に釘づけだ。
オスカーはジュリアスとはまた違う空気でロザリアに似合っている。
二人が並んでいる様はまるで大輪のバラが咲き誇るようだ。
鮮烈な赤と青。
華やかで惹きつけられる。

オスカーは抱き寄せるようにロザリアの体に手を添えている。
それを拒む様子もなく、むしろロザリアもゆったりとオスカーに体を預けているようだ。
楽しそうに見つめ合っては、微笑みを交わす二人。
時折やりすぎじゃないかと思うくらい、オスカーはホールドを強めては、ロザリアの耳に何かをささやきかけている。
そのたびにロザリアの頬が染まり、恥ずかしそうにほんの少しまつ毛を伏せるのだ。
凛としたロザリアも美しいけれど、はにかむ彼女は可憐で初々しい。

曲の終わりが近づいて、オスカーがにやりと口端をあげた。
さりげなくを装ってはいるが、わざとなのがバレバレなほど、強くロザリアを引き寄せると、驚いて目を丸くした彼女に、オスカーは思いっきり顔を近づけた。
唇が頬に触れる。
瞬間、オリヴィエの背中は壁から離れていた。


  さみぃ様より



「次は私の番。」
ぎょっとしたようにオリヴィエを見上げる青い瞳。
続けて2曲目を、と、オスカーに差し出していたロザリアの白い手を、オリヴィエは強引に自分の方へと引き寄せた。
勢いよく彼女の腰を抱けば、倒れ込むようにすっぽりと、ロザリアはオリヴィエの腕の中に納まる。
彼女の香りと柔らかさ。
それを感じた途端、さっきまでオリヴィエの体中を満たしていた苦みが、ずるりとどこかへ消えていく。
呆れるほど現金な自分がなぜか可愛いと思ってしまった。

ビックリした顔のまま、抵抗することも忘れたようなロザリアを、オリヴィエはフロアから連れ出した。
タイミングよく曲が流れ、ダンスが始まる。
おかげで、ざわめく人々の間を上手くすり抜けることができた。
すれ違う人が驚いた顔で道を開ける。
かっさらわれたオスカーが、微妙に面白そうな顔をして、背中を眺めているのを感じる。
オリヴィエ自身、似合わない行動だと自覚していた。
でも、これ以上、彼女をあの場所に置いておくわけにはいかない。
苦みが消えた後、体に残っているのは猛烈な…飢餓感。



無言で手を引くオリヴィエに、ロザリアもまた無言で引きずられている。
夢の執務室のドアを乱暴に開け、ロザリアを先に中に押し込むと、オリヴィエは後ろ手で鍵をかけた。
執務室の中は、ぼんやりとした星明かりだけが光り、ロザリアを照らし出している。
青白い光に浮かぶロザリアは、まるで月の女神のよう。
広間の喧騒からは切り離された世界で、ようやく二人きりだ。

「どうなさったの?」
強引に連れてこられたロザリアは困惑の表情を隠さない。
不思議そうに、そして、わずかにおびえたような色を宿した青い瞳がオリヴィエを見つめている。
彼女が手首をさするのを見て、オリヴィエは軽く舌打ちをした。

「どうしたのかって? …ホントにわからない?」
オリヴィエが一歩近づくと、ロザリアはそれに合わせて一歩後ろに下がる。
一歩、また一歩。
何度かそんなことを繰り返していると、ロザリアの背後には執務机が迫っていた。
カツンと踵が背板に触れ、腿の裏に天板が当たる。
わずかに机に乗り上げるような格好に、ロザリアは身を硬くした。


逃げ場を失ったロザリアの体を抱き寄せると、オリヴィエは強引に唇を重ねた。
「な・・。」
おそらく抗議のために開いたであろう唇に舌をねじ込み、黙らせる。
甘い甘いロザリア。
ゆっくりと味わうように舌を絡ませれば、次第にロザリアの体から緊張が解けていく。
ちゅっ、とリップ音を響かせて、ようやく解放すると、ロザリアはすぐに顔をそむけてしまった。
どうやら怒っているらしい。
オリヴィエは彼女の身体を持ち上げて、執務机の上に軽く乗せた。
それから両手で頬を挟み込んで、額を突き合わせるように瞳を覗き込んだ。

「私しか見えなくなった?」
一瞬、ロザリアの青い瞳がキョトンと丸くなり、すぐにさっと頬が染まる。
透けるような白い肌のせいか、彼女の反応はとても分かりやすい。
赤く染まった耳の際を指でなぞれば、ロザリアの体が小さく震えた。

「わかってるんだよ。
 あんたは補佐官で、パーティのホステスも兼ねてて、みんなに愛想よくしなきゃいけないってことくらい。
 でも、あの態度は反則じゃない?
 それともあの二人を本気で誘惑してた?」

言いながら、自分でもおかしくなってきて、オリヴィエはくすくすと笑い声を漏らした。
なんて情けない。
情けないけれど、本心なのだから仕方がない。
突然笑い始めたオリヴィエにロザリアの頬がさらに赤くなった。
さっきまでよりもはっきりした赤みは、それが恥じらいではなくて怒りのためだからだろう。

「誘惑? わたくしが?」
「そう。 あんなふうに見つめ合って、くっつき合っちゃってさ。
 男ならだれだって、誘われてるって思うでしょ。」

オリヴィエは右手をロザリアの体に沿ってゆっくりと下ろしていった。
思わせぶりに掌を背中から腰へと這わせ、誘うように指先を動かせば、ロザリアから艶めいた吐息がこぼれる。
ダンスのホールドの位置でぐっと力を込めて腰を引き寄せ、彼女の足の間に体を割り込ませた。
もうこれで、ロザリアは逃げられない。
オリヴィエは再び唇を奪った。
今度はさっきよりももっと熱く、その先を期待させるように。
唇を離すと、ロザリアはまだ怒ったような目で、つんと顎をあげて、まっすぐにオリヴィエを見つめている。

「わたくし、誘惑なんてしていませんわ。
 ジュリアスとはダンスをしただけですし、オスカーは…。」
少し言い淀んだ彼女にオリヴィエが片眉をあげる。
わずかなためらいののちに、ロザリアは観念したようにつぶやいた。

「あなたに見せつけてやれ、って、からかわれましたの。
 だって、あなたったら、せっかくのパーティなのに、少しもわたくしに構ってくださらないんですもの。
 ちょっと愚痴をこぼしたら、オスカーが…。
 『俺の言うとおりにしたら、絶対にアイツは来るぜ。』って・・・。」


「なるほどね。
 誘惑されてたのは、私ってことか。」

キョトンとしているロザリアに、オリヴィエは肩をすくめた。
オスカーの言うとおりになってしまったのは気に入らないが、ここはむしろ感謝すべきかもしれない。
情欲を込めて見つめ返すと、ロザリアがわずかに怯んだ。

「わ、わたくし、パーティに戻らなくては。
 不自然に思われてしまいますわ。」
じりっと後ろに下がるロザリア。
けれどもちろん逃がすはずはない。

「大丈夫。 あんだけ人が多かったら、ちょっとくらいあんたがいなくたって気づかれないよ。」
実際のところ、彼女ほど目立つ人間がいなくなれば誰かは気が付くだろうし、聡い人間なら同時にオリヴィエも消えていることに気が付くはずだ。
もっとも気付かれたところでどうという事もない。
むしろ、いっそ騒ぎにでもなって、彼女がオリヴィエのモノであることを、嫌というほど思い知らせてやるのもいい。

「で、でも…。」
またロザリアは後ろに下がっているが、実は下がれば下がるほど机に乗っかって、オリヴィエにとっての『いい方向』へ進んでいるのだ。
ベッドの代わりにするには執務机は少し硬いけれど、ちょっと我慢してもらうことにした。
すぐにそんなこと気にならないくらい、蕩けさせてあげるから。

「構ってほしかったんじゃないの?」
「…。」
「私だって、本当はキレイなあんたにいろいろしたかったんだよ。
 でもさすがに人目があったからさ。」
オリヴィエはロザリアを優しく抱き寄せた。
そして耳元に囁く。


「ここならもう、何も気にしなくていいよね?」
耳から項へと唇を滑らせ、ドレスのジッパーを銜える。
あらわになった白い背中を掌で撫で、ずっと気になっていたデコルテにも雨のようなキスを降らせた。
ロザリアの抵抗の言葉が次第に弱くなり、官能の吐息に変わっていく。
オリヴィエは力の抜けていくロザリアの両手を自分の肩に回し、しがみつくように促した。
密着する体が伝える、互いの温度。
目の前の首筋に舌を這わせると、彼女の甘さに全身が痺れた。


甘いものは体に毒だ。
知れば知るほど、その甘さに溺れて、逃げられなくなる。
けれどもう自分はとっくに『ロザリア』という毒に全身を侵されているのだろう。
狂おしいほど、欲しくて欲しくて。
苦みには耐えられても、この甘さのない世界はきっと耐えられない。

最後の挨拶までにはロザリアを広間に戻さなくてはいけない。
オリヴィエはそれまでじっくりと彼女の甘さを堪能することに決めたのだった。


FIN
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