…If, what do you do?

case.1 Straight


「もし私が浮気したら、どうする?」
「はあ?なんだってこんな時にそんなこと聞くんだ?」

聖殿の中庭は今日も暖かい。
ようやく守護聖も揃い、軌道に乗ってきた新宇宙は、まだまだ若い世界の息吹に満ちている。
中庭に咲く花もどこか若々しい気配がして、全ての木が上に向かって伸びているようだ。
そんな中庭での、うららかな午後。

頭上から突然降ってきた声に、アリオスは片眉を上げた。
恋人の膝枕で耳かきをしてもらうという、ある意味、至福のひと時だったはずだ。
それなのに。

「だから、もし、私が浮気したら、どうするの、って聞いたの。」
アリオスが聞き取れなかったと思ったのか、コレットはもう一度、大きな声で繰り返した。
すぐムキになるところは、初めて会った頃から少しも変わっていない。
「だから、なんだって、そんなこと聞くんだ、って言ってるんだ。」
同じようにアリオスも大きな声で返す。

けれど、『冗談よ。』とでもいうかと思ったコレットがなにも返事をしない。
その真剣な瞳に、
「…浮気したのかよ?」
アリオスは思わず聞き返していた。

「したと思う?」
膝枕のままでは、アリオスからコレットの表情は見えない。
首から顎の綺麗なラインと栗色の髪が風に揺れるのが見えるだけだ。
初めて会った時よりもずいぶん伸びた髪。それに気づくのはその分だけ、二人が一緒にいたという証だ。
「…思わねえよ。」

コレットは女王だ。
自由になる時間はほんのわずかだとわかっている。
そのわずかな時間を縫うようにして、自分と会っているのだから、そんな暇はないだろう。
まあ、確かに新守護聖は、なかなかのイイ男が揃っているし、聖殿の中でなら、いくらでも逢引しようと思えばできる。
けれど。
コレットがそんな女ではないことは、アリオスでなくてもわかっているだろう。

「じゃあ、これからすんのか?」
声が少し不貞腐れてしまったのは、コレットの言葉がボディブローのように効いているからかもしれない。
アリオスは子供っぽい自分に苦笑した。
「そんなことないけど…。」
「じゃあ、なんでだ?」
アリオスは、起き上ろうか、と、身体を浮かしかけて、また、コレットの膝に頭を乗せた。
別に理由なんてどうでもいい。
コレットが聞きたいと言うなら、答えをやるだけだ。


「どうもしねえよ。」
「え? なんて言ったの?」
怪訝そうな声。
もし、まだ耳かきが耳の中にあったら、手が滑って、鼓膜を破ってるんじゃないかと思うような声だ。
さっきまで暖かだった膝さえも、なんだか冷たくなってくる。
「お前が浮気したって、俺はどうもしねえ、って言ったんだ。」
コレットの沈黙は、多分、自分の答えが不満なんだろうと思った。
けれど、他に言う言葉もない。

「あいつらのオトコがなんて言ったのかは知らねえけどな。」
コレットからため息が漏れる。
こんなことを言いだすのは、おおかたいつもの女子会とやらで吹き込まれたに違いない。
浮気したら殴るとでも言わせたいのか。
別れるとでも言わせたいのか。
それとも泣いてすがってでも欲しいのか。
アリオスはくっ、と笑みをこぼした。

「お前が浮気しようと、他の男に惚れようと、俺にはお前しかいない。
お前が俺から離れても、俺にはお前だけだ。だからどうもしねえよ。俺は変わらない。」

言葉の意味を理解したコレットの頬が赤くなった。
アリオスにとって、それは最大限の愛の言葉だろう。
レヴィアスとしてもアリオスとしても、いろんなことがあったから。
全てが変わってしまうことをイヤというほど知っている彼が、『変わらない』ということが、どれほどの意味を持つのか。
コレットもその重さを十分知っていた。

「お前も厄介だな。」
「え?」
今度は不思議そうな声。
アリオスは手を伸ばし、コレットの髪に触れた。
柔らかな栗色の髪は、手を伸ばせばいつでも届く。
そんな些細なことが幸せだと思える自分が存在するとは、コレットに出会うまで、思ってもいなかった。

「俺みたいな男に見込まれて。…もう逃げられないぜ。」
逃げて行ってもどこまでも追いかける。
そんな思いを込めた言葉に、コレットはほんのりと頬を赤らめたまま微笑んだ。
「逃げたりしないわ。私もアリオスじゃないとダメだから。…そばにいて?」
膝に乗ったままのアリオスの髪にコレットが触れる。
細い白い指に、銀の光が絡みついた。

「女王陛下の命令じゃ、断れねえよな。」
瞳を細めたアリオスにコレットが頬を膨らませる。
アリオスは指を頬に滑らせると、つん、と突いた。
「ま、俺はこんな風来坊だ。女王陛下の命令だって聞くとは限らねえぜ。」
「もうアリオスったら。命令なんてしてないわ。」
「そばにいろ、って言ったじゃねえか。」

嬉しい時、彼の金の瞳はほんの少し緑がかってみえる。
コレットは、アリオスの瞳を覗きこんで、その緑を確かめた。
「…何がおかしいんだよ。」
「なんでもない。」
きっとそのことを教えたら、アリオスは面白くない顔をして、髪で瞳を隠してしまうだろう。
だから、これは、コレットだけの秘密。

爽やかな風が二人の髪を揺らすと、アリオスの2色の瞳がコレットを見つめていた。
全く違う色なのに、どちらの色からも同じ願いを感じてしまい、コレットの身体が熱くなる。
きっと自分の瞳も、同じ色をしているに違いない。
「アリオス。大好きよ。」
コレットの長い髪がさらさらと前へと零れおちると、影がアリオスに重なる。
二人の間を、花びらが何度も通り過ぎて行った。


FIN
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