「ね、もしも、もしもよ?わたしが浮気とかしたら、どうする?」
「えっ!」
ランディの手から盛大にポテトが零れおちた。
もともと左手にハンバーガー、右手にポテトを持ち、顔を交互に向けて食べるという、ランディのとっておき技とやらを見せられていたところだ。
口いっぱいに頬張っていた中身を吐き出さなかっただけ、まだマシだろう。
ここは聖地の真ん中にある庭園。
いろんな人々が憩いを求めてやってくる、いわば定番のデートスポットだ。
今日も聖地は常春で、うららかな陽気に誘われた人々が、日の曜日のランチタイムを楽しんでいた。
「ああ~。もったいないじゃない!」
ベンチから飛び降りるようにしてしゃがみこんだリモージュは、散らばったポテトを拾い集めた。
ゴミ袋用の紙袋にポテトを入れ、汚れた手を洗おうと、噴水に近付く。
横の手洗い場で手を洗って戻ると、ランディが小さくなって、手を合わせた。
「ごめん! 君があんまり突拍子もないこと言うからさ。俺、すっかり焦っちゃって。」
再び並んでベンチに座ると、リモージュは自分の隣にあったポテトをランディに差し出した。
「わたしのポテトあげるね。」
「いいよ、それは君の分だろ。」
「あげるから。…さっきの質問に答えて?」
にっこり笑うリモージュに、無理矢理ポテトを握らされたランディは、とんでもないモノを渡されてしまった、とため息をついた。
「あ、あのさ、聞いてもいいかな…?」
「なあに?」
ちょこんと首をかしげて聞き返したリモージュにランディの耳が赤くなる。
リモージュのこういう顔に、ランディは弱いのだ。
そのことはリモージュもちゃんと知っている。
「その、浮気、したのかい?」
「ランディ・・・。わたしがそんなことすると思うの?」
緑の瞳をほんの少し潤ませると、ランディはあわてたように、両手を振った。
「ち、違う、思ってないけどさ。・・・そりゃそうだよな。するわけないよな、あはは…。」
「うん。だから、もしも、の話。」
無邪気なリモージュの微笑みに、ランディは腕を組んで空を仰いだ。
考える時のランディの癖だ。
リモージュはコーラのストローを噛みながら、ランディの答えを待った。
「俺は…。」
「俺は?」
「ダメだ、やっぱりそんなこと、考えられないよ!」
「えー!」
思わず握りしめると、紙コップが手の中でつぶれてしまう。
幸い中身はなかったが、残っていた氷で手が濡れて、リモージュは、顔をしかめた。
「お願いだ、アンジェ!」
「ど、どうしたの?!」
濡れた手を拭こうとハンカチを取り出す前に、ランディに両手を握られた。
いつもランディの手はすこし熱くて、手を繋ぐと、心まで暖かくなるような気がするのだが。
今は、びっちょりと濡れた手が何か生温かくて・・・正直気持ちが悪い。
けれどランディは全く意に介した様子もなく、リモージュの手をさらにぎゅっと握りしめた。
「絶対浮気しないでくれよ!
俺さ、オスカー様みたいに強くもないし、ジュリアス様みたいに毅然としてるわけでもないし、ルヴァ様みたいに賢くもないし、その、ぜんぜん男としてまだまだだけど。
がんばるから!君に少しでもふさわしい男になれるように、がんばるからさ!」
耳まで赤くなって、必死に話すランディ。
リモージュも手が濡れていることも忘れて、その空よりも青い瞳を見つめた。
まっすぐで、飾らないランディの言葉は、いつでも爽やかな風のような想いをリモージュに運んでくる。
意地悪な質問をして、心を確かめるようなことをしてしまった自分が恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。ランディ。わたし…。」
目を伏せ、しょんぼりと肩を落とすリモージュ。
ランディはその様子にすっかりあわててしまった。
「え、ゴメン、って、もしかして、やっぱり、本当は・・・。」
浮気したのか? と、目で訴えてくるランディに、リモージュは大きく首を振った。
「違うの。…変なこと聞いて、ごめんね。」
ランディから大きなため息が零れる。
「いや、聞いてくれてよかったよ。」
相変わらず手をつないだまま、ランディはまっすぐな瞳でリモージュを見つめた。
ランディの栗色の髪が光に透けて、まるで黄金の冠のようだ。
キラキラして眩しい。
「このごろさ、君とこうしていられるってことを、当たり前みたいに思ってたんだ。
女王になってから会えるだけでも、本当はすっごく感謝しなきゃいけないのにな。」
実際、前女王のころは、こうして女王が外に出ることはできなかった。
ましてや恋人を持ってデートをするなんて。
それもこれも、リモージュとロザリアが一生懸命執務をこなし、周囲を納得させるような努力をしてきたからだ。
笑顔のリモージュは、そんな辛さを全く顔に出さないけれど。
手助けしたい、と思うだけしかできなかったランディは、そんなリモージュをずっと見て来た。
ようやく付き合えることになった時の、あの嬉しさ。
一生忘れないと思ったのに。
「さっき、君が浮気した、って言った時、俺、すごくショックで。」
照れたように、リモージュからふと逸らされた、青い瞳。
けれど、その瞳はすぐにまっすぐにリモージュを捕えた。
「君がどれほど俺にとって大切な人なのかって、気づかされたんだ。だから、ありがとう。」
太陽みたいにランディが笑うと、周りの景色までが、ぱあっと輝き始める気がする。
たとえどんな雨の日でも、嵐の日でも、ランディがいれば、全てが明るく、楽しいことに変わっていく。
バカだ、なんてゼフェルあたりはいつも、ランディを笑うけれど。
握られたままの手が、とても熱くて、リモージュはいつの間にか手が濡れていたことを忘れてしまっていた。
ランディの想いが、濡れた手まで乾かしてしまったのかもしれない。
「わたし、ランディが大好き。」
「俺もだよ。」
自然と二人の顔が近付いていく。
もう少しで唇が触れ合う、というところで、頭上から声がした。
「ちょっと、公衆の面前でそれはやりすぎじゃない?」
「本当ですわ。アンジェ、あなたは女王なんですのよ。いくら許されているとはいえ、お忍びであるという気持ちは持っていただきたいですわね。」
ぱっと離れた二人が顔を上げると、手を腰に当てて仁王立ちしているロザリアと、その後ろで苦笑しているオリヴィエが目に入った。
そして。
こそこそと目をそらす周囲の人々。
「なんだよ~、ちゅーしないのかよ~。」
ベンチのすぐそばで、子供たちまでが覗きこんでいる。
「あはは、そっか。ここ、庭園だったね。」
「ウン…。」
穴があったら入りたい、とは、まさにこのことだろう。
真赤になって縮こまった二人に、明るい日差しがさんさんと降り注いでいた。
FIN