ポーカーフェイス

「今年のバレンタインは、好きな子からしかもらわないことにしたから。」
いつものように、オリヴィエと午後のお茶を楽しんでいたロザリアは、突然の言葉に耳を疑った。
冗談なのか、本気なのか。
よくわからないことを言い出すオリヴィエには慣れているけれど、やはり驚かされてしまう。
女王アンジェリークの意向で四季が作られた聖地は、今、まさに冬。
一番暖かい午後のお茶の時間でも、時折風が窓を鳴らしている。
窓辺の落葉樹の葉もあと数枚を残して、飾りを失った枝も寒そうに震えていた。

「それは、どういう意味ですの?」
動揺を隠そうとしてカップに伸ばした白い手がほんの少し揺れて、かちゃんと音を立てる。
オリヴィエはそんなロザリアを横目で見ながら、紅茶を一口、飲んだ。
「だから、義理チョコはいらないってコト。いつもあんたたち二人からもらってるのに悪いんだけどさ。もう食べるのも大変だから。」
たしかに、毎年、守護聖たちがもらうチョコの数ときたら、半端ない。
聖殿中の女官だけでも相当数だし、それこそ聖地の女性達がここぞとばかりに渡しに来るのだ。
まさか捨てるとは思えないし、あのチョコをどう処理しているのかとロザリアも不思議に思ってはいた。

「全部、食べてらしたんですの…?」
「まーね。」
オリヴィエはソファに浅く座り直すと、足を延ばしてつま先を交差させた。
一見だらしなく見える格好もオリヴィエがやるとセクシーに見えるから不思議だ。
「もう、ほとんど苦行だよ?甘いモノの食べ過ぎはお肌にも悪いし、ましてやチョコなんてさ。」
「そうですわね。」
ロザリアの神妙な顔にオリヴィエは微笑むと、おもしろいことを思い出したようにウインクをした。
「オスカーくらい突き抜けちゃえばいいのかもしれないけど、私には無理!」
「オスカー?」
「そ。あいつってばチョコの数があればある程元気が出るって言ってさ、食べるのも苦にならないんだって。
だから、3月くらいになると、あいつ、血の気が多くなってんだよ。気付いてた?」
くくく、っと笑いを洩らしたオリヴィエにロザリアも一緒になって笑ってしまった。

「私だって頑張って来たけどね。ま、そういうことだから。」
手をひらひらとさせたオリヴィエは、この話は終了とばかりに、昨日買ったばかりのストールを取り出して見せた。
薄いグレイの地に時折光るシルバーのラメが冬の空のような色合いを醸し出していて、シックなのにオリヴィエにとても似合いそうだ。
「綺麗ですわ。」
「でしょ?…気に入った?」
オリヴィエはちらっとロザリアを見ると、自分の肩にストールをまきつける。
その後は楽しいおしゃべりをしながら、いつものように午後のお茶の時間が過ぎて行ったのだった。

夜、髪にタオルを当てながらロザリアはため息をついた。
義理チョコは受け取らない、ということは、今までアンジェリークと二人で渡していたチョコを受け取ってはもらえないということだ。
女王試験の頃から3度、『二人から』という名目で渡してきたチョコレート。
二人で9つを手作りしていたけれど、オリヴィエの分だけロザリアはこっそり中身をつくりかえていた。
甘いモノが苦手だと言っていたオリヴィエのために、ほんの少しビターに作った『特別』なチョコレート。
薔薇のシロップをほんの少し混ぜて、食べた瞬間にふわりと香るガナッシュ。
どうしても伝えられない想いを込めて、『義理チョコ』という名前で渡してきた。
それすらもできなくなってしまう。
再び出たため息に、ロザリアは苦笑しながら立ち上がると、チェストの上のジュエリーボックスに手をかけた。
一番上のトレーに並んだネックレスを取り出して、首にかけてみると、きらりとシルバーのチェーンが光って、真ん中の紫の石が七色の光を反射している。
このネックレスをもらったのが、最初のホワイトデーだった。


まだ女王候補だったロザリアは、初めての体験にこれ以上はないというほど心臓をどきどきさせながら、夢の守護聖の執務室の前に立っていた。
手にしているのは、真っ赤な箱のチョコレート。
この前の土の曜日にアンジェリークと作ったのだが、二人で渡して回った時間に、たまたまオリヴィエは不在で、仕方なく育成のお願いに行く予定のあるロザリアが渡すことになったのだ。
ただ、義理チョコを渡すだけなのに、すでに頭は破裂しそうで、今にも逃げ出したい。
もう何度も二人で出掛けているし、オリヴィエに対する自分の想いがただの憧れだけではないことも、わかっている。
特別なこのチョコレートと同じ、特別な想い。
ただし、オリヴィエがロザリアをどう思っているのかは、全く分からない。
優しいのは間違いないけれど、アンジェリークに対してもそれは同じで。
時折くれる甘い言葉も、冗談なのか、本気なのか。
ロザリアの反応をおもしろがっているだけのような気もする。

大きく深呼吸して、いつものようにノックをした後、ドアを開けると、オリヴィエは執務机に座ってなにかを書いていた。
窓から差し込む光が金の髪を照らして、キラキラと光を纏っているように見える。
邪魔をしないように黙って立っていたロザリアにオリヴィエはしばらくペンを走らせた後、声をかけた。
「どうしたの?育成のお願い?」
いたずらっぽく輝く瞳にロザリアの頬が熱くなる。
今日がバレンタインデーだと知っていて、こんなことを言うのだ。
「ええ。もちろん育成のお願いですわ。」
「それだけ?」
畳みかけるように言われて、ロザリアは手の中の箱を差し出した。

「チョコレートですわ。アンジェリークとわたくしから日頃の感謝を込めて。」
「ふうん。二人からの義理チョコ、ってわけ?」
「…ええ。」
オリヴィエは話しながらもう手の中のリボンをほどいている。
アンジェリークが一緒でなくてよかったと、心から安堵した。
勝手に中身をつくりかえたことを知られたら、何と言って、からかわれるか分らない。
ただでさえ、「仲がイイよね!」なんて毎日言われているのだから。
中身を見たオリヴィエは、少し微妙な顔をして、それからロザリアに顔を向けた。
「これが、私の?」
「ええ。」
ドキリ、としたことを絶対に知られてはいけないと、ロザリアはありったけの自制心で笑顔を見せた。
「すっごく美味しそう。…ありがと。」
キレイにマスカラの塗られたダークブルーの瞳がウインクをすると、ロザリアを見つめている。
一礼をして、部屋を出ようとすると、オリヴィエが呼びとめた。

「あのさ、お返し、なにがほしい?なんでも言って。」
ロザリアはドアにかけた手を下ろして、くるりとオリヴィエに振り向いた。
西日に輝いて目を射るのは、オリヴィエ自身なのか、それとも。
「そのネックレスを下さいませんか?」
なぜかそんなことを言ってしまった。
このところのお気に入りなのか、ずっとオリヴィエの胸元を飾っていたシルバーのネックレス。
真ん中の紫の石がとても綺麗で、気になっていた。
「これ?お古だけどいいの?」
オリヴィエ様が身につけていたから欲しいんですの。
浮かんだ答えに、思わず頭を振った。

「はい。その紫が気に入ってしまって。オリヴィエ様がよろしければ、それをいただきたいですわ。」
オリヴィエは少し考えていたようだが、すぐににっこりと微笑んで、ネックレスを取り上げた。
「わかったよ。これ、私も結構気に入ってるんだよね。この紫の石、なにかに似てると思わない?手放したくないけど、あんたにならあげる。」
謎かけのように言われて、戸惑ってしまったロザリアを察したのか、オリヴィエは大声で笑った。
こうして真面目な顔をしたと思えば、また、からかうようなことを言うのだ。
「じゃ、ホワイトデーにね。」
ネックレスから手を離して、オリヴィエはまた机の上の書類に目を戻すと、ペンでなにかを書き始めた。
そしてその1カ月後のホワイトデーの日、本当にロザリアにこっそりとネックレスをプレゼントしてくれたのだ。
「アンジェリークには内緒だよ。あんたへのお返しなんだから。」
クッキーを手に喜んでいるアンジェリークを横目に、オリヴィエがそっと耳打ちをする。
ロザリアはドレスの上からそっとネックレスに触れると、小さく頷いたのだった。

次の年はブローチ。去年はブレスレット。
オリヴィエがつけているアクセサリーをお返しにもらった。
ロザリアだけのちいさな『特別』が嬉しくて、自分がオリヴィエにとっても『特別』なのではないかという気持ちになれるのが嬉しくて。
それも、もう終わりになってしまう。
再びため息をついたロザリアは、当たり前の答えから逃げ出すように、薔薇のコロンを胸元に吹きかけたのだった。


小さなテーブルに向かい合ったロザリアとアンジェリークは、額をくっつけるようにして乙女の話に夢中になっていた。
冬とはいえ、室内は十分に暖かく心地よい。
「え?ホントなの?義理チョコはいらないって?」
何気なく告げてみると、アンジェリークはビックリと目を丸くして、そのあとフフフ、と微笑んだ。
「じゃあ、今年から義理チョコは8個ね。うーん、7個でもいいかも。」
「あら。なぜですの?」
アンジェリークはちょっぴりはにかみながら、右手のこぶしを唇に当てると笑いをこらえきれないという表情をした。

「私も、1つは本命チョコにしようかなって思ったの。」
「まあ。・・・えっ!」
「もう、そんなに驚かないでよ~。ロザリアだって知ってるでしょ?」
アンジェリークがずっと一人の守護聖を想っていることはもちろん知っていたし、たぶん両思いだろうということも薄々感じていた。
でも、今までずっと告白しようなんて気配は全くなかったのに。
「うーん。オリヴィエがやる気になったからかな!私も頑張るぞーって感じ!」
えいっと、唇に当てていた拳を振り上げたアンジェリークをロザリアはぽかんと見つめてしまった。

「ロザリアはどうするの?」
「わたくし?」
「オリヴィエにあげるの?」
ずばりと聞かれて、ロザリアは言葉に詰まってしまった。
ずっとからかわれてきたし、いつものように「もう、冗談はおよしになって。」と返そうかとも思った。でも。
ロザリアは肩を落とすと、わざとごくりと喉を鳴らすように紅茶を飲み込んだ。

「わかりませんわ。まだ、決められませんの。」
「えー!」
不満そうに頬を膨らませるアンジェリークにロザリアは首をかしげて微笑んだ。
「はっきり知るのが怖いのかもしれませんわ。わたくし、思ったよりずっと臆病なんですのね。」
「誰だって、怖いのよ?もちろん私だって、断わられたらどうしようってすっごく不安だもの。」
アンジェリークの緑の瞳がどこか遠くを見て、すぐにロザリアをまっすぐ捕らえた。
「でも、伝えたいっていう思いの方が強いの。私はこんなにあなたを好きなんだって、知ってほしいの。だから。」
やっぱり、アンジェリークは女王なのだ、とロザリアは思う。
とてもキラキラしていて、強い。
「今年は告白する!」
アンジェリークが勢い良く差し出したカップにロザリアはおかわりを注いだ。
がぶがぶと飲み干す姿は、なんだかとてもカッコいい。
そして、結局決められないまま、バレンタインデーが来てしまったのだった。


コンコンと、いつものようにいつもの時間にロザリアはオリヴィエの執務室を訪れた。
冬というには暖かい気温は、多分アンジェリークの体温が上昇しているせいなのだろうと思う。
あれだけ威勢がよかったアンジェリークもいざ、チョコレート作りを始めてみると、
「やっぱりやめようかな~。」「ううん、やっぱり告白する!」と、ボウルをかき混ぜながら右往左往していた。
多分今頃、同じようにあの守護聖のところへ行っているはず。
大きく深呼吸する間もなく、オリヴィエの声がして、ロザリアは執務室に足を踏み入れた。
まるで、今日がなんでもない日のように、いつも通りの室内。
たしか、去年まではセンターテーブルに山のようにチョコが積まれていたはずだ。
「本当に、一つも受け取ってらっしゃらないのね…。」
つい口から出てしまった言葉にオリヴィエはクスッと笑う。
「もちろんだよ。言ったでしょ?好きな子からしかもらわない、って。」
相変わらずキレイにマスカラの塗られた睫毛に縁どられたダークブルーの瞳。
オリヴィエは誰にでも優しくて、ちょっぴり冷たくて、同じような距離を持って接している。
もし、想いを伝えて、その距離からさえも外されてしまったら。
だから、このままでいい。たとえ伝わらなくても、かまわない。

「お茶を淹れますわ。」
ロザリアは微笑むと、奥のキッチンへと向かった。
ケトルをセットして、持参した缶の封を開けると、途端に辺りに漂う少しビターな香り。
ドキンとロザリアの心臓が音を立てる。
どうか、オリヴィエにこの香りが届きませんように。
「今日のお菓子はオレンジケーキですの。少し焦がしてしまいましたけれど、お許しになってくださいませね。」
本物のオレンジのスライスが飾られたパウンドケーキをテーブルに並べた。
オレンジのフレッシュな香りとコワントローの甘い香り。
「おいしそうだね。…チョコじゃないのが残念だけど。」
「まあ。どなたからも受け取らないのではなかったのですか?」
「ん~?好きな子からはもらうって言ったはずだけど。」
冗談なのか本気なのか。
オリヴィエは笑いながらロザリアを見ている。
ロザリアはどう返事をしたらいいのか分らなくて、紅茶を一口飲んだ。
ほのかに甘い香りがして、胸が痛む。
いつものようにたわいもない話をしていると、時計の鐘が鳴った。

「では、そろそろ失礼しますわ。今日も少し残業になりそうなんですの。」
「ねえ。ちょっと待って。」
立ち上がりかけたロザリアはその声にもう一度、ソファに腰をかけ直した。
「どうかなさいまして?」
ロザリアを見つめるダークブルーの瞳。
いつからだろう。このポーカーフェイスの奥の気持ちを知りたいと思うようになったのは。
ロザリアもじっとオリヴィエを見つめ返すと、時計の音がカチカチと響いている。

オリヴィエはソファから立ち上がると、ロザリアの背後に回った。
「オリヴィエ?」
ふわりと肩にかけられたのは、グレイのストール。
オリヴィエはロザリアの肩にストールをまきつけると、左端にピンをとめた。
「今年はこれでいい?」
「え?」
なぜ?というよりも早く、背中から抱きしめられた腕にロザリアの全身が熱くなる。
耳に寄せられたオリヴィエの金の髪から薔薇の香りがして、今のぬくもりが夢ではないということをやっと理解できた。
「お返しだよ。このストール、綺麗だって言ってたでしょ?私もあんたに似合うんじゃないかって思ってた。」
ドキドキのせいで頭がすっかり回っていないロザリアに、オリヴィエはほんの少し腕の力をゆるめて、もう一度、言った。
「ホワイトデーまで、待てないって言うんなら、今、あげてもいいんだけど。」
固まっていたロザリアがくるりと頭をオリヴィエの方に向けると、すぐ目の前にからかうようなオリヴィエの顔がある。
近過ぎる距離にまた、前を向いた。

「でも、わたくし、お返しはいただけませんわ。」
「どうして?」
「だって、チョコレートを…。」
渡していない、と言うべきなのか、それとも。
迷っているうちに、オリヴィエの桜色のネイルが白磁のカップを弾いた。
「もらったよ。もう、飲んじゃったし。」
やっぱり気付かれていたのだ。
拒絶されるのが怖いと思いながらも、伝えたい気持ちもあって。
悩んで選んだのが、「THÉ AU CHOCOLAT」。
ロザリアの手がポーチの中に入っている缶を握りしめる。
「あんたの気持ち、受けとったから。」
ストールの上から抱きしめる腕の暖かさに、ロザリアはやっと素直に頷いた。

「でも残念。あんたのスペシャルチョコ、今年は食べられないんだね。」
ため息をついたオリヴィエにロザリアはぎょっと目を開いた。
「それは、あの、どういうことかしら?」
「私専用の薔薇のチョコ、かなり好きなんだけど。」
バレていたのかという驚きで、口をパクパクさせたロザリアに、オリヴィエはクスッと笑いを漏らした。
「他のヤツがどんなのをもらってるか、気になっちゃうじゃないか。まあ、特別扱いってわるい気はしないもんだけどさ。」
にっこりと微笑むオリヴィエにロザリアも堪え切れずに笑ってしまう。
「チョコだけ『特別』っていうのにも、そろそろ飽きてきちゃったんだよね。」
どこまで本気でどこまで冗談なのか。
そんな彼が好きなのだから、もう、諦めるしかない。
「今度作って来ますわ。バレンタインには少し遅れてしまいますけれど。」
「じゃあ、今日はこのチョコで、もう少し話そう? 残業なら、私も付き合うからさ。」

いつの間にかオリヴィエの手の中にあった「THÉ AU CHOCOLAT」。
ロザリアは恥ずかしそうに頷くと、二人でキッチンへと向かう。
漂い始めた甘い香りに、ロザリアが言った。
「好きですの。あなたが。」
「うん。知ってる。それにね、私もあんたが大好きだよ。」
クスッと笑って、オリヴィエはロザリアの額を人差し指でこつんとつつく。
「だいたい、好きでもない子にプレゼントするほど、私はボランティア精神にあふれてないんだけどね。あんたってば、ニブすぎ。」
オリヴィエはロザリアの肩のストールをキレイにかけ直すと、耳元に唇を寄せた。
「もう離さないから、覚悟して。」
ドキッと、目を開いたロザリアがオリヴィエを見ると、いつものように少しからかうような瞳の彼がそこにいて。
「チョコより甘いモノがあるんだけど、知りたくない?・・・ほら、目を閉じて。」
チョコレートの香りには魔力があるというけれど。
これは、オリヴィエの魔力なのかもしれない。
そう思いながら、ロザリアはそっと瞳を閉じた。


FIN
Page Top