もしも願いが叶うなら

2.

「ラブラブだね~~。」
午後のお茶の時間を終えて戻ってきたロザリアを、アンジェリークが頬づえをつきながらニヤニヤと笑っている。
あのバレンタインの日から、オリヴィエとは公認の恋人同士になった。
秘密にしたい、と、ロザリアはオリヴィエに頼み、彼も了承したはずだったのだが。
毎朝、補佐官室に届けられる花束。
必ず誘いに来るランチと午後のティータイム。
これだけあからさまで、気づかれないわけがない。
アンジェリークに尋問され、結局は聖殿中が知るところになってしまったのだ。
もちろん、ノワールとチョコレートの話はしていないけれど。

「そ、そんなこと…。」
冷やかされる、ということがこんなにも恥ずかしく、でも嬉しいことだったなんて。
かっと上る熱にロザリアは頬を押さえた。
「それ、またプレゼントなんでしょ?ホントに、オリヴィエったらロザリアには甘々なんだからー!」
耳元で揺れるイヤリングをアンジェリークが指差した。
さっきのお茶の時間、不意にオリヴィエの指が耳に触れたかと思うと、つけられていたイヤリング。
彼の瞳と同じ、ダークブルーの小ぶりな石が揺れている。
『これでいつも傍にいるみたいな気になれるでしょ?』
そう言って彼は優しく微笑んでくれた。

「でもね、ちょっとビックリ。」
アンジェリークはコップに残っていたジュースをストローで吸い上げると、唇を尖らせた。
「オリヴィエって、あんなに人前でイチャイチャする人だったのね。なんかイメージと違うって言うか…。
そんだけロザリアにラブラブってことなんだと思うけど!」
くすくすと楽しそうに笑うアンジェリークに、ロザリアの胸が軋んだ。
それはアンジェリークに言われるまでもなく、ロザリアが一番に感じていたことだった。


「ロザリア。」
特徴のある彼の声。
「あ、ホラ、また来たよ~。ちゃんと執務してるのかな?」
ドアから覗きこむようにオリヴィエがウインクしている。
「だーかーらー。そう言われないようにちゃんと持ち歩いてるんだから。もう補佐官室に戻るでしょ?」
「ええ…。」
「あんたと一緒だと執務もはかどっちゃうんだよね。・・・ってことで、ロザリアはもらってくから。」
肩に置かれたオリヴィエの指輪が肌に触れ、なぜかゾクリと寒気がした。

「捕まえたよ。」
補佐官室に戻った途端抱きしめられて、ロザリアは彼の腕に身をゆだねた。
暖かい胸の中は、とても居心地がいい。
オリヴィエの細い指が背中を這い、ぐっと後頭部を抱き寄せられた。
ふと降りてくる唇は、優しく触れるだけですぐにロザリアを開放してしまう。
「あんたの顔を見てないと、死んじゃいそう。」
おどけたように言う彼の言葉に、指先が冷えてくる。
「好きだよ。…ね、もっと、強く抱きしめて。」

ロザリアが力を込めると、オリヴィエは彼女を抱きかかえ、ソファへと運んだ。
自分の膝の上にロザリアを乗せ、再び触れるだけの口づけを落とす。
しばらく、彼に抱かれたままだったロザリアが不意に顔を上げた。
「オリヴィエ。本当にわたくしを好きでいてくださいますの?」
「もちろん!何回言えば信じてくれる?もう百万回は言ったと思うけど。」
オリヴィエのダークブルーの瞳に映るのは、間違いなく自分だけ。
「すぐにそうやって聞くけど…。ホントにわからないの?こんなに好きだって言ってるのに。」
オリヴィエは不満そうにロザリアを軽く睨むと、「好き、好き、好き…。」と繰り返し唱えている。
途中からキスと変えた言葉に合わせて、何度も唇を重ねた。
「もっと、キスが欲しい? 何でも言って。あんたのお願いなら、なんでも聞いてあげる。」
「なんでも・・・? それでは、髪を切って、お化粧も落として、わたくしの選んだ服を着てくださいますか?」
ほんのささやかな冗談のつもり。
『なんでも言うことを聞く』というオリヴィエに恋人として、甘えてみたくなったのだ。


女王試験の頃、定期審査に負けたロザリアを慰めようと、同じことを言ってくれたことがある。
その時も同じように返したロザリアに、オリヴィエは少し拗ねて、羽のショールをひらひらと揺らした。
「ファッションはねえ、私のポリシーなんだよ。誰かに言われて変えるなんて、それこそ自分を捨てるようなモンだよ。
まったく…。できないって分かってて言ってんでしょ?」
こつんと額を弾いた指。
「だから、あんたもそのままでいいんだ。無理にあの子みたいにしようとしなくていいんだよ。」
見抜かれていた。
親密度で負けたから、と、あまり気乗りしないデートにばかり出かけていたこと。

「疲れてるでしょ?ほら、目を閉じて。」
暖かいコットンが目に乗せられて、ロザリアは大きく息を吐いた。
「これで、少しは休まるから。そのまま、倒れておいで。」
オリヴィエの肩に頭を乗せ、心がゆるんだのと同時に、涙腺も緩んだように、涙がこぼれた。
もともと男性が苦手なこともあって、緊張してばかりなのだ。
「ありがとうございます…。」
頭を撫でる優しい手。
人を愛する、という気持ちを初めて知った。


「いいよ。あんたが望むならいくらでも。」
オリヴィエはにっこりとほほ笑むと、指輪を抜いた。
綺麗にネイルされた指を飾っていたいくつものリングがテーブルの上に並ぶ。
次にショール。
そして、ネックレスを外そうと後ろに回した手をロザリアが止めた。
「いいんですの。冗談ですわ。」
声が震えてしまったことを、彼は気づかない。
「そうなの?…もう、可愛いんだから。」
指輪のない手がロザリアの頬を包み込む。
「あんたが好きだよ。」
再び触れた唇がとても冷たい気がして、ロザリアは思わず身を震わせたのだった。



部屋中が闇に包まれても、明かりをつけることを忘れていた。
細い月明かりが、ロザリアの背中を照らしている。
ベッドに腰掛けたまま、ロザリアはじっと闇を見つめていた。
「にゃおん。」
ノワールが小さく鳴いて、じっと月を見上げている。
ロザリアはしやなか身体を抱き上げると、膝に乗せ、喉を撫でた。

「ノワール…。」
たしかに望んだとおり、オリヴィエはロザリアの恋人になった。
片時も離さないほど、強く求めてくれる彼。
いつも優しく、ロザリアを抱きしめ、愛の言葉をささやいてくれる。
けれど。
その言葉を聞くたびに、ロザリアは胸に鋭い痛みを感じるようになった。
オリヴィエの言葉も抱きしめる腕も触れる唇も、全ては魔法のチョコレートを食べてから。
本当は、ロザリアのことなど、少しも想っていないのかもしれない。
少しも。

「苦しいの…。」
ノワールの艶やかな毛に、月明かりを浴びて銀色に輝く雫が零れおちた。
猫は金色の瞳で不思議そうにロザリアを見つめている。
「オリヴィエの言葉を信じることができないの…。どれほど好きだと言われても、心のどこかで、疑ってしまう…。」
このまま、ずっと、こんな気持ちのままで、オリヴィエのそばにいなければならないのか。
好きだから、離れたくない。
でもそばにいると、苦しい。
零れおちる涙を止めることもできないまま、ロザリアはベッドに倒れこむように、いつしか眠りについていた。

頬に触れる柔らかな手。
オリヴィエよりも小さな手が、ロザリアの髪を梳くように撫でている。
「ごめんね…。」
目を開けると、悲しそうな金色の瞳が飛び込んできた。
「ノワール!!お願い、魔法をといて。オリヴィエを、元の彼に戻してほしいの…。」
ロザリアだけを見てくれる彼は居心地がいいけれど、好きになった彼とは違う。
懸命に伝えようと言葉を重ねるロザリアに、ノワールは小さく首を振った。

「一度かけた魔法を解くことはできないんだ。」
ノワールのつらそうな顔に、ロザリアはその言葉が真実なのだと知った。
「でもね、重ねてかけることならできる。」
絞り出すような声。
おそらくノワールにとっても苦痛の選択なのだろう。
「今の彼は、貴女のことだけで心をいっぱいにしてるんだ。だから、それを減らせば、元に戻るはずなんだけど。」
「では、そうしてくださいませ。」
ノワールはなかなか答えない。
やがて、視線をそらさないロザリアにあきらめたように、溜息をついた。

「貴女への想いをすべて失くしてしまうけれど、それでもいいの?」

「魔法をかける前と同じだけ残す、ということができないんだ。増やしたり、減らしたりはできるんだけど。
最大に増やしたら、あとは最小、つまりゼロにしかできない。」
不思議なほど、動揺はなかった。
彼が元に戻るのなら。
ロザリアは、青い瞳をまっすぐにノワールに向けると、頷いた。
「構いませんわ。今のままの彼のそばにいるよりも、ずっと幸せだと思いますもの。」
ノワールの手がロザリアの頬に残る涙の跡に触れた。

「あれを見て。」
テーブルの上に、小さな白い箱が置かれている。
大きな銀のリボン。この間のチョコレートとはまるで正反対の色。
「あのチョコレートを食べさせると、彼の心から貴女への想いが消える。他はそのままだから、貴女の知る彼へと戻るはずだよ。」
その中にただ、ロザリアがいないというだけ。
ノワールの金の瞳に影が落ちた。
「貴女を幸せにしたかったのに…。」
「いいえ。幸せでしたわ。オリヴィエはとても優しくて、わたくしを大切にしてくれましたの。想われるって、こんなに素敵なことだったんですのね。
ノワールの魔法がなければ、きっと、知ることはできませんでしたわ。だから、…ありがとう。」

ふと意識が覚めると、ノワールは元の黒猫に戻り、ベッドで丸くなっていた。
けれど、テーブルの上には小さな白い箱がきちんと置かれている。
眩しい朝の光にさざ波のように揺れる銀のリボン。
ロザリアは箱をしっかりと握ると、オリヴィエのもとへ向かった。



今日一日だけ。
その日、ロザリアは一日中をオリヴィエと過ごした。
一つの机で向かい合って執務をして、カフェでランチをとり、午後のお茶には、彼の好きな紅茶を淹れた。
「オリヴィエ。本当にわたくしを好き?」
ソファに並んで座ったオリヴィエの肩に、ロザリアはそっと頭を乗せた。
彼の暖かさは、あの時と同じで、心地よくて、とても安らぐ。
オリヴィエはくすっと口角を上げるだけの微笑みとともに、髪に唇を寄せた。
「大好きだよ。」
「本当に?」
「本当に。…誰よりも大好きだよ。」
「わたくしもですわ。たとえあなたがわたくしを嫌いになっても、わたくしはあなたを好き。」
ロザリアは自らの唇を驚いた顔のオリヴィエに重ねた。
初めてのロザリアからのキス。

「このチョコレートを食べてくださいませ。」
ロザリアが差し出したのは、白い小さな箱。
「チョコレート?バレンタインに貰ったばっかりだよ?それに次は私がお返しをする方なんじゃないの?」
白い箱を強引に手に乗せられたオリヴィエは、からかうようにロザリアを見つめている。
マスカラの塗られた長い睫毛の奥にある、ダークブルーの瞳が美しい。
もう一度、この瞳に映る自分の姿を見ておきたい。
ロザリアはじっと彼の瞳を見つめた。
「絶対、食べてくださいませ。…わたくしのことを本当に好きだとおっしゃってくださるのなら。」



すぐに月は上り、闇が訪れた。
丸い月の周りを白い縁が覆い、明日の雨天を告げている。
「そこまで言われたら食べないわけにはいかないじゃないか。お肌に悪いから、あんまり立て続けには食べないようにしてるんだけどねえ。」
オリヴィエは手の中の箱を弄びながら、昼間の彼女の姿を思い出していた。
今日の彼女はなぜか様子がおかしかったような気がする。
はじめてくれた口づけ。
別れ際には目に涙を浮かべていたようにも見えた。
「まったく、仕方のないお姫様だね。」
白い箱の中にはやっぱりコインほどの大きさのハートの白いチョコレートが入っている。

チョコレートに呼ばれたような気がして、オリヴィエはそれをつまみあげた。
まるで真珠のような艶。
この間はチョコを食べた後、少し気分が悪くなった気がしたけれど。
オリヴィエは口の中にチョコレートを放り込んだ。
ホワイトチョコ特有の甘さに舌がとろける。
そして、全てを飲み込んだ。


「ロザリア。」
既に聞きなれた声が、名前を呼ぶ。
ロザリアは起き上がると、闇に光る金の瞳にほほ笑んだ。
「もう、彼はチョコレートを食べたかしら?」
黒い髪がフルフルと横に揺れる。
「今ならまだ間に合うよ。止めて来ようか…?」
今度は青紫の髪が横に揺れた。
「いいえ。これでいいの。」
そう言いながら、涙がこぼれてしまう。
後悔はしていないけれど、彼を失うことは純粋に悲しい。
「オリヴィエがわたくしを好きだと言うたびに、本当は嫌いなんじゃないかしら、魔法のせいでこう言っているだけなんじゃないかしら、と疑うくらいなら。
魔法のせいで、嫌われたのかもしれない、本当はわたくしを好きなのかもしれない、と思うほうが、ずっと幸せな気持ちでいられますわ。
それに。…もう一度、好きになってくれるかもしれないでしょう? わたくしはその奇跡を待ちたいと思いますの。」

人間の時のノワールの毛は猫の時よりも少し硬い。
ロザリアは自分の膝に彼を抱き寄せると、ゆっくりと髪を撫でた。
「もし、もう一度、願いを叶えてあげる、って言われたら、貴女はなにを願うの?」
おとなしくロザリアの膝枕で撫でられている姿を見ると、やはり猫なのだと思う。
「そうですわね…。」
頭、肩、背中、とロザリアは手を滑らせた。
少し硬かった毛が、いつの間にかなめらかな猫の毛に変わっている。
薄い月明かりしかないはずなのに、猫の体は青白く光っているように見えた。

「オリヴィエに想いを伝えられる勇気が欲しいと言いますわ。」
そして、彼の本当の気持ちを知る勇気が。
瞬間、ノワールの体が眩しく輝いた。
ロザリアは思わず目を閉じると、急激に意識が薄れていくのを感じた。




小鳥のさえずりが朝を告げている。
倒れこむように眠ったはずなのに、きちんと肩まで布団が掛けられ、柔らかな枕に頭を乗せている。
昨夜、ノワールと話していた途中からの記憶がまったくなくなっていた。
けれど、昨日の出来事ははっきりと覚えている。
今日、聖殿で出会った時。
オリヴィエはもう、ロザリアのことを見てはくれないだろう。
深いため息をついて、ふと顔を上げると、テーブルの上に小さな箱が置いてあるのが目に入った。
紫の大きなシフォンのリボンの結ばれた、ワイン色の箱。
以前、アンジェリークと一緒に買ったチョコレートと同じ。

「これは…?どういうことですの?」
黒い箱のチョコレートを渡した後、これはこっそり捨てたはずだ。
なぜ、また、ここにあるのだろう?
突然、布団の下から、「にゃーお。」と猫の鳴き声が聞こえた。
勢いよくめくった拍子に、布団の下敷きになってしまったらしい。
ロザリアがあわてて布団を直すと、猫はもそもそと這い出した黒い身体をフルフルと震わせて、すぐに枕の上に丸くなった。
まるで、いつか見たような情景。
着替えも忘れてぼんやりしていると、時計の音が部屋中に鳴り響いた。
「いけない、こんな時間ですわ。」
ロザリアはワイン色の箱を手に抱えたまま、聖殿へと向かったのだった。


「おはよう!ロザリア。いよいよバレンタインデーね。」
にこにこ顔のアンジェリークが、補佐官室に顔を出した。
「何を言っているの?バレンタインデーなら、とっくに終わったじゃない。」
自分の言葉が胸に棘をさす。
まだオリヴィエには会っていないけれど、きっと、もう、ここに顔を出してくれることもないだろう。
毎朝、必ず置いてあった花も、やっぱり今朝はなかったのだから。

「もう!ロザリアこそ何を言ってるの? 今日がバレンタインデーじゃない!…そこにチョコレートだって、用意しているくせに~~。」
結局、家から持ってきてしまったワイン色の箱が、ちょこんと執務机の上に置かれたままになっている。
「早くあげに行かなくちゃ! 意外とモテるかもしれないわよ~。」
「意外、って。あなた、失礼じゃない?」
「だって、パッと見は、ねえ?」
「ちょっと、あなた、誰のことを言ってるの? わたくしが誰にチョコレートを渡すって言うのよ。」
腰に手を当てて眉を吊り上げたロザリアに、アンジェリークがペロッと舌を出した。
「うふ。見てたらわかるわ!あなたたちって、本当に…。」
「あら、アンジェ、あなたこそ急いだ方がいいのではなくて? まあ、あの方なら、あなた以外は受け取らないでしょうけど。」
「えっ!ホントだ!一番に渡したいから、もう行くわ!…ロザリアも頑張ってね!」

風のようにアンジェリークが消えると、ロザリアはチョコレートの箱を再び手に取った。
彼に似合うと思って選んだ、紫のシフォンのリボンがふわふわと揺れている。
時計の日付も、日めくりのカレンダーも、さっきのアンジェリークの言葉も。
なぜか今日が2月14日だと指している。

あの出来事は夢だったのだろうか?
ノワールが魔法使いだったことも、想うの叶うチョコレートも、全部。
ロザリアは箱を手に取ると、部屋を飛び出した。
もう一度、もう一度やり直せるなら、今度は。


「オリヴィエ、お話がありますの。」
なのにいざとなると、ここから言葉が出てこない。
チョコレートを持ったまま、立ちつくしているロザリアに、オリヴィエが近付いてくる。
いかにも義理だという顔をして、チョコレートを渡してしまえば。
緊張しすぎたせいか、そんな考えが浮かんできてしまう。
けれど、それでは前と同じ。
知りたかった彼の気持ちは、魔法でなくてもわかるのだ。ほんの少し、勇気を出すだけで。
不意に猫の鳴き声が耳の奥で聞こえた。

「好きなんですの!」
勝手に口から飛び出した言葉に、思わずロザリアは両手で口を押さえた。
手を離した勢いで、床に転がるチョコレート。
ゆっくりとそれを拾い上げたオリヴィエは、彼女の耳元に、一言、返事を返したのだった。




次の日の曜日、オリヴィエはロザリアの屋敷に来ていた。
恋人同士になってから初めての二人きりのデート。
オリヴィエとしては、いろいろと考えないこともなかったが、どうやらそれは許してもらえそうもない。
膝の上に、でーんとノワールが乗っているのだから。
「オリヴィエ、お菓子はいかが?」
紅茶を運んできたロザリアが、オリヴィエとノワールを交互に見ながら、楽しそうにほほ笑んだ。
「お菓子はね、…止めとくよ。」
紅茶を一口飲んで、オリヴィエはため息をついた。
彼女の作ってくれたお菓子を本当は食べたい。でも。
「見て、ココ。」
指差した額にぷっくりと吹き出物ができている。
「気がついたら、出来てたんだよねぇ。ま、普段からチョコレートを食べすぎたりすると、できるんだけどさ。」
オリヴィエはロザリアに向かって軽くウインクをして見せた。
「今年はあんたからもらった一つしか食べてないのに、変でしょ?…よっぽど、愛が詰まってたのかな?」
「まあ!」
からかいにロザリアが頬を染める。
「本当はたくさん食べたんじゃありませんの? わたくしに隠れて!」

「ん?そう思う?…ホントに、あんたのくれたのしか食べてないよ。だって、私が好きなのは、あんただけなんだからさ。」
「オリヴィエ…。」
ロザリアのうるんだ青い瞳が愛おしい。
抱きしめようと、伸ばした手に鋭い爪が伸びた。
「にゃおん。」
「痛!…もしかして、ヤキモチ?」
真っ黒なしっぽをピンと立て、オリヴィエを威嚇しているようだ。
「怪我は良くなったのに、このごろ疲れた様子だったから、安心しましたわ。オリヴィエに飛びつく元気があるんですもの。」
「まったく・・・とんだライバルだね。」
肩をすくめたオリヴィエに、ロザリアが微笑んだ。

「にゃーにゃーにゃー。」
猫の姿のまま話しかけたノワールは、きょとんとしたロザリアの指先を舐めた。
きっと彼女はすべてを夢だと思っているだろう。
本当はたくさん魔法を使ったから、少し疲れたのだ。
特に時を戻す魔法は、ものすごく体力を消耗するから。
回復するまで、しばらくは人間の姿になれないし、暇つぶしに彼の邪魔でもしていよう。
それにしても、吹き出物だなんて。
イヤリングは庭先に埋めたけれど、どうやら身体はごまかせないらしい。
「にゃーお。」
ロザリアの膝に飛び乗り、身体を丸めたノワールは、眠そうに金の瞳を閉じたのだった。


FIN
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