Bittersweet ~side Oscar~

いつからだろう。
彼女のふとした表情に、心惹かれるようになったのは。
高慢な口調や、高飛車な態度という、棘ばかりが目立つ、まだ青い蕾のような少女だった。
いつかはその名の通りに、匂い立つ華になるだろう。
けれど、それはまだまだ先。
そんなことを思っていた自分のほうこそ、青かったのだ。


オリヴィエと偶然カフェで出くわしたオスカーは、空いたままの彼の向かいに腰を下ろすと、軽いウインクをウェイトレスに向けた。
まだ16,7の可愛らしい少女は、すぐに頬を赤くしている。
聖地におけるいつも通りの光景。
呆れたように、鼻を鳴らすオリヴィエを一瞥して、オスカーはカプチーノを注文した。
「はい、お待ちください。」
まだ頬を赤らめたまま、そそくさと去っていくウェイトレスの背中。
きっと奥で他のウェイトレスたちときゃあきゃあ騒ぐのだろう。

「新しいお嬢ちゃんだな。初々しい野の花のようじゃないか。」
オスカーが呟くと、オリヴィエは再び呆れたように鼻を鳴らした。
「まったく、あんたのマメさは尊敬する。 でも、あの子、新人なんだ。 道理でカップの扱い方がぎこちないと思ったよ。」
ネイルの施された指先がカップの縁を弾くと、チン、と澄んだ音色がする。
オリヴィエは納得したという表情で紅茶をすすった。

コーヒー党のオスカーには、紅茶の味は全くわからない。
どこが美味しいのか、味もそっけもない、というのが正直な感想だ。
『あんたにはこういう繊細な違いは分かんないんだろうね。』
いつかオリヴィエに言われた嫌味を思い出してしまった。
そんなに繊細な違いがわかるというのなら、さっさと気がついてしまえばいいのに。
本当に何もわかっていないのは、オリヴィエの方なのだ。
繊細なくせに、鈍感な男。
その上、他人には敏感だから性質が悪い。
ため息交じりに遠くを見れば、オリヴィエがじろりと睨みつけてくる。
「ちょっと、そんなにあの子が気になるわけ? やめときなよ、犯罪になるから。」
「俺はレディ専門だ。『お嬢ちゃん』は守備範囲外だぜ。」
まったくコイツこそ、そんなことばかり気にしているじゃないか、と心の中で毒ついた。


彼女の気配がする。
長年で染み付いた習性で、人の気配には敏感なほうだ。
ましてや彼女なら。
「お茶の時間を邪魔してしまってごめんなさいね。」
予想通り、ロザリアがカフェに入って来た。
手に書類を抱えているから、休憩に来たのではないだろう。
オリヴィエと言葉を交わしている間、オスカーは静かにカプチーノを傾けていた。
「どうしてもここに、サインが欲しくて。 お願いできますかしら? …オスカー。」
手にしていたクリアファイルから、ロザリアが書類を差し出した。

クールな女性は好みだ。
自分を振った男の名前を、ほんの少しのためらいだけで呼ぶことができるような女性は、特に。

言われたとおりにサインを入れ、ロザリアに書類を返した。
素知らぬ顔で紅茶を飲んでいるオリヴィエの眉が一瞬寄ったのが見える。
「これでいいか? …ロザリア。」
お嬢ちゃん、とはもう言えないが、名前を呼ぶのは気を使う。
捨てたはずの想いを隠さなければならないから。
そのままの気持ちで彼女を呼べば。
きっと、この繊細だという男には気づかれてしまうだろう。



ロザリアが補佐官になって、すぐのこと。
オスカーはロザリアから、想いを打ち明けられた。
「オスカー様は、わたくしをどう思っていらっしゃいますか…?」
声を震わせ、じっとオスカーを見つめているロザリアはとても綺麗で、そのまま抱き寄せてしまいたくなった。
いつのまにか、愛おしいと思うようになったロザリアからの告白。
まさか、彼女の方からと驚く気持ちよりも、嬉しいと思う方がもちろん大きくて。
けれどオスカーの口から出たのは、心とは裏腹な言葉だった。

「俺も君が好きだ。」
カッとロザリアの頬が真赤に染まる。
恋という熱に浮かされた青い瞳を、オスカーは唇の片端を上げる笑みで見下ろした。
「だが、俺の好きと君の好きは違う。 この意味がわかるか?」
一瞬の間のあと、ロザリアの顔が青白く変わっていく。
やがて青紫の睫毛を物憂げに伏せたロザリアが、ぽつりとつぶやいた。

「女性としてではない、ということでしょうか…。」
オスカーはあえて返事を返さなかった。
彼女がそう理解するならば、それでいい。
ロザリアはグッと唇を噛みしめたまま、何も言わないオスカーに淑女の礼をし、ゆっくりと去っていった。
本当なら走りだしたいような気持のはずなのに、きちんと足を踏みしめる彼女の姿を、とても美しいと思う。


ロザリアはたしかにオスカーに恋をしていた。
けれど、その想いはただの恋だ。
いつかは冷めてしまう、恋。
ロザリアの『好き』と、オスカーの『好き』は違う。
恋と愛が違うように。
オスカーにはそれがよくわかっていた。

彼女の心の中にはいつでも別の男がいる。
オスカーにとっても数少ない友であるその男は、彼女を励まし、時には厳しく、包み込むような愛で、支えてきた。
たぶんロザリアは彼の想いに気が付いていないのだろう。
彼女自身が彼を必要としていることも。
激しい恋に目が眩んでいるうちは、穏やかな愛は見えない。
けれど、いつか彼女が本当の愛に気がついた時、オスカーは大切な恋人と悪友を同時に失ってしまうことになる。
何も手にしていない今ならば、失うのは、この想いだけだ。
それだけならば、きっと、耐えられる。



聖殿中がそわそわと騒がしい一日が始まった。
今日は年に一度のバレンタインデー。
全宇宙の女性の恋人を公言しているオスカーの元には、ひきりなしに女性達が訪れ、チョコレートを置いていった。
真剣な想いのこめられた豪華なモノ。
日ごろの感謝をこめた品のいいモノ。
けれど、山と積まれたチョコレートの中に、オスカーにとって特別なチョコレートはなかった。
振られた男にチョコレートを渡すような女はいないだろうから、当たり前と理解してはいる。
それでも、ふと胸に吹く風は予想していた以上に冷たかった。

帰り支度を始めたオスカーの耳に、澄んだヒールの音が聞こえて来る。
彼女の気配。
オスカーは逸る心を鎮めるように、聞こえてきたノックの音に、わざと陽気に返事を返した。
「まさか残業の知らせだなんてことはないよな?」
ロザリアはオスカーの言葉に一瞬目を丸くした後、くすっとほほ笑んだ。
「違いますわ。 …これを持ってきましたの。」
ロザリアが差し出したのは、ちょうど掌に乗るほどの小さなリボンのついた青い小箱。

一瞬、動きの止まったオスカーにロザリアは困ったような笑顔を浮かべた。
「わかっていますわ。…ただの感謝の気持ちですの。皆さまにお配りしているんですのよ。
 よろしければ、受取っていただけるかしら?」
「この俺に義理チョコか? 」
「ええ。 …義理チョコしか差し上げられませんもの。」

ロザリアの浮かべた柔らかな笑顔に、オスカーの胸が痛む。
彼女の心に訪れ始めている小さな変化は、その瞳を見ればわかる。
熱に浮かされていた青い瞳が、穏やかな愛に満ちているから。


ロザリアが立ち去った後も、執務室には、しばらく彼女の残した薔薇の香りが漂っている。
オスカーは小箱を手に取ると、リボンを外し、蓋をずらして中身を確かめてみた。
小さなチョコレートが2つ。
彼女らしい気配りで、同じモノが聖殿中に配られているに違いない。
さっきジュリアスの執務室にも置いてあったのを見ている。
ただ、彼にだけは別のモノを用意しているのかもしれない。
確かめる気にはならないけれど。

そのままチョコレートを指でつまんだオスカーは、立て続けに2つ、口の中へと放り込んだ。
甘みよりも苦みの強い、カカオの風味が溶けて広がる。
自分の選んだ道に間違いはなかった。
失くしたモノは、何もないのだから。
それなのに胸に広がる苦みに、オスカーはちいさく、溜息をついた。


FIN
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