柔らかな束縛

2.

目が覚めた時、一瞬何も見えなかった。
一人きりにされたのだ、と、慌てて起き上がろうとしたロザリアは、自分の身体が重い何かに包まれているのに気がついた。
肩から背中にしっかりと回された腕。
頭の下を抱えこんでいる腕。
長椅子に横たわった自分の足に絡みついている、もう一つの足。
目に映っているのが、フランシスの胸だと理解して、ロザリアは飛び起きた。

抱きしめられていたのだと思うと、恥ずかしさのあまり、熱が出そうだ。
自然、彼の腕をはねのけるような形になり、フランシスがうっすらと目を開ける。
少し焦点の合わないスミレ色の瞳が、ゆっくりとロザリアを映しだした。

「ああ、レディ。お目ざめになられたのですね…。」
「な、なぜ、こんなことに?!」
上半身はなんとか起こしたものの、フランシスの足が絡みついているせいで、下半身は思うように動かない。
決して広くはない長椅子に二人で寝ているのだから、その密着度は隙間を探すことが難しいほどで。
彼の重みを感じたロザリアは、頬が熱くなった。

「なぜ、と言われれば、理由はこれでしょうか…?」
枕にしていた腕にきらめくブレスレット。
細い金のチェーンはもちろんロザリアに繋がれている。
「本当は毛布を持ってこようとしたのですが…。眠っている貴女を起こしてはいけないと、遠慮したのです…。
 私が毛布になった、と思っていただけると嬉しいのですが。」
「そ、そんな。」

ずいぶん眠っていたらしく、すでにかなり日が陰っている。
たしかにほんの少し肌寒い気がして、ロザリアは半袖のワンピースから出ている自分の腕をさすった。
「寒いのでしょう? こちらへいらしては…?」
まだ寝そべったままのフランシスがポン、と長椅子のクッションを叩く。
ロザリアがそこに来るのが、当然とでも言いたげな表情だ。
もし彼の言う通りにすれば、まるで抱きつくような形になってしまうだろう。
そんな恥ずかしいことにはとても耐えられそうもない。


ロザリアはふいっと顔をそむけ、長椅子から降りようと、足をバタつかせた。
「いいえ、遠慮しておきますわ。 もう眠気もなくなりましたもの。」
けれど、降りたくても、フランシスが囲うようにいるせいで降りられないのだ。
彼を跨いで、乗り上げれば、なんとかなるかもしれない。
せめてスカートでなければ。
固まったままのロザリアに、フランシスはため息のようにふっと息を吐いた。

「愛しい貴女を困らせてしまいましたね…。申し訳ありません。」
さっと身体を起こしたフランシスは、長椅子に乗せていた足を下ろし、ロザリアが降りるためのスペースを開けてくれた。
ロザリアも改めてしっかりと身体を起こし、フランシスの隣に並ぶ。
さっきまでよりも微妙に開いた距離。
二人の間で金のチェーンがするりと床へ滑り落ちた。
チェーンを手繰り寄せるために、フランシスが、くい、っと腕を引くと、チェーン越しにロザリアにもその動きが伝わってくる。

繋がっているのだ。
けれど、彼との距離が近付いているようには、少しも思えなかった。
変わらない日常。変わらないフランシス。
彼の束縛は、とても優しくて、少しつまらない。


「帰りますわ。」
「帰る?」
「ええ。もうすぐ日が落ちますわ。特に予定もありませんし、帰ってもよろしいでしょう?」
立ち上がったロザリアの手首から、さらさらと零れる金のチェーン。
ロザリアはフランシスを見下ろし、ブレスレットに触れた。
小さなリングに通ったチェーンは自分ではなかなか外しにくい。
予想外に手間取っていると、フランシスが軽い調子でチェーンを引く。

「それはいけませんね…。 最初に申し上げたはずです…。今日一日、貴女と私はこうしている、と。」
フランシスの瞳はいつも通り穏やかなまま、ロザリアを見つめている。
「冗談でしょう?」と、返そうとしたロザリアは、その言葉を飲み込んだ。
彼がふいに強い力でチェーンを引き、バランスを崩したロザリアはそのまま彼の胸にすっぽりと収まってしまったからだ。

「ああ…。これはとてもいいですね…。 こうして貴女を自由に抱き寄せられる…。」
ぐっと背中を抱きしめる腕に力がこもる。
フランシスに閉じ込められて、酔ってしまいそうだ。

ふと、彼の唇が降りて来た。
優しいキス。
目を閉じる時間もないほど、軽く触れるだけの。

「どうしても神鳥の宇宙に戻られるというのでしたら、私も共に行かなければなりませんね…?」
彼の言葉はとても冷静で、冗談ではないとわかる。
本当にこのまま、この状態でついてくるだろう。
フランシスの本心はわからないが、ロザリアが困るのを面白がっているような気がする。
ロザリアの心にむくむくと負けず嫌いが起き上った。

「わかりましたわ。 今日一日、ですものね。 日付が変わるまで、こうしていましょう。
 でも、わたくし、シャワーを浴びたいんですの。 着替えがないのは困りますわ。
 それに、お腹も空きましたし。」
言い切って、彼の顔を盗み見る。
どうせ無理なのだ。 
冷蔵庫のモノは昼にあらかた食べてしまったし、着替えもあるはずがない。
これで諦めるだろう、と、ロザリアは思っていた。
ところが。

「そうですね。 シャワーは私も浴びたいと思っていました…。
 着替えはどうぞ、私の夜着をお使いください。 下着は新しいモノがありますから…。
 食事は、私は一食くらい食べなくても構いませんが、貴女はそうではないのですね。
 近くから取り寄せましょう。 懇意の店がありますので…。」

畳みかけるように返されて、ロザリアは答えに詰まってしまった。
考えてみれば、これさえOKならば、このままでいてもいい、と言っているようなものではないか。
困惑したロザリアの前でフランシスがくすくすと笑っている。
やはりからかっているのだ、と、カッとしたが、彼のこんな笑顔は珍しい。

「では、シャワーをどうぞ。 どうしましょうか…?
 私はこのまま一緒に入っても、一向に構いませんが…?」
「いいえ! 一人で大丈夫ですわ!」
ぶんぶんと首を振ったロザリアは、真赤な頬をしている。
フランシスは、しぶしぶといった様子で、ロザリアのブレスレットからチェーンを外した。


フランシスから着替えを渡されたロザリアはバスルームで立ちすくんでいた。
どうしてこうなったのか、まったく分からない。
手の中には、彼のパジャマと新品の女性ものらしき下着。
なぜこんなものを?と、問い詰めつめても、フランシスはただ笑みを浮かべただけだった。
「もう! 一体どうなっているんですの?!」
叫んでみても仕方がない。
シャワーを浴びたロザリアがリビングに戻ると、フランシスが店から取り寄せたという、オムライスとサラダを並べていた。

向かい合わせになると、チェーンが伸びきってフォークが持ちにくくなる。
並んで食事をとった二人は、一緒に淹れた紅茶を飲みながら、たわいもない会話を交わしていた。
外食が多かったから、こんな風に食後にゆっくり会話をすること自体が久しぶりだ。
彼もロザリアもそれほど饒舌な方ではないのに、不思議と会話が途切れることはなかった。


「私もシャワーを浴びたいのですが…。」
紅茶を飲み終えたフランシスが切り出し、ロザリアは頷いた。
「どうぞ。 とてもさっぱりしますわよ。」
何気なくブレスレットを差し出したロザリアだったが、フランシスからはなんの反応もない。
首をかしげていると、彼がチェーンを引いた。

「では、参りましょうか…。 先に夜着をとっておきたいのですが。 部屋に寄ってもよろしいですか?」
「え?」
手首にブレスレットが食い込んで、ロザリアはようやく意味を悟った。
「一緒になんて、参りませんわ!」
まさかフランシスがシャワーを浴びているところを見ていろとでも言うのだろうか。
このチェーンの長さでは、ドアを閉められるかどうかも怪しいのだから。
「わ、わたくしも一人でしたわ。 あなたもお一人でいってらして!」
「ですが…。」
フランシスはわずかに睫毛を伏せ、なにかを考えているようだ。

「私が離れている間に、貴女がここを出てしまったらと思うと、これを外すことができません…。
 帰りたがっていた貴女を、無理に引き留めているのですから…。」
「わたくし、ちゃんと待っていますわ。 出ていったりしません。 約束ですもの。」

ロザリアの性格からして、そう言うだろうとはフランシスもわかっていた。
ただ、彼女自身の口からきちんと引き出しておきたかったのだ。
そうすれば、彼女は、決してここを離れない。
「わかりました…。 私としては、貴女に見守られて浴びるシャワーも素敵だと思えるのですが。」
「いいえ! 早く済ませてきてくださいませ。」
ロザリアはブレスレットからチェーンを外してもらうと、名残惜しそうに振り返るフランシスをリビングから追い出した。


カチカチと時計の音が聞こえる。
ロザリアはしんと静まり返った部屋をぐるりと眺めてみた。
品のいい調度品や、キャビネットにならんだ本やワイン。
彼と過ごす時間が心地よいように、この部屋もまるであつらえたようにロザリアにとって居心地のいい空間だ。
生家にいた頃のように、とても自然に素のままでいられる。

長椅子に腰を下ろし、ロザリアは読みかけの本のページをめくった。
集中しかかった時に目に入った、本を支える手首にキラキラと輝くブレスレット。
さっきまで、このチェーンの先にフランシスがいた。
とくに彼はなにもしなかったし、ただいつものように過ごしていただけ。
それなのに、なぜだろう。
ここに彼がいないことに、ほんの少し違和感のようなものを感じているのだ。
うまく説明できない、不思議な感覚。

考えていると、フランシスが戻って来た。
まだ彼の灰青色の髪は濡れていて、慌てて羽織ったらしいパジャマは一番上のボタンが開いている。
そんなに急がなくてもいいのに。
彼らしくない様子がほんの少し嬉しい。
フランシスはロザリアと目が合うと、とても嬉しそうにほほ笑んだ。

「待っていて、くださったんですね…。」
「あら、わたくしが約束を違えるとお思いでしたの? 心外ですわ。」
拗ねて顔をそむけると、フランシスが近付いてきて、すぐにチェーンを繋いだ。
彼の綺麗な指が、チェーンのリングを通していく。
繋がっていることがとても自然な形に思えて、ロザリアは腕を上げて、確かめてみた。
わずかに引っ張られたチェーンの先で、フランシスが微笑んでいる。
ロザリアはさっきまで感じていた違和感が、すうっと消えていくのを感じた。


日付が変わるまで、まだ数時間もある。
二人で出来るゲームを探して、まずはポーカーを始めることにした。
「せっかくですから、なにか賭けましょうか…?」
「それはおもしろそうですわね。でも、わたくし、今はなにもありませんわ。」
せいぜいバッグに入っている小物くらいしかない。
一番高価な物でも、父から貰った手鏡だ。
それもフランシスが欲しがるとは思えない。

「それを、賭けてはいかがですか…?」
フランシスはロザリアのネックレスを指差した。
パジャマに着替えてからも、ロザリアはそのままネックレスをつけていた。
ヘタに外して失くしてしまうのも困るからだ。
「人からいただいたモノを賭けるなんて、失礼ではありませんの?」
良識的な彼女の言葉はもっともだ。
けれど、フランシスは譲らなかった。

「負けるおつもりなのですか…?」
「あら、わたくし、カードには自信がありますの。サロンでも負け知らずでしたのよ?」
貴族同士の集まりであるサロンでは、カードゲームやチェスが盛んだ。
ロザリアも母に付き添って、よくゲームに参加していたものだった。
「では、問題ないでしょう…? もし、私が負けたら、この部屋の中にある好きなモノを、お持ちになっていただいて結構ですよ…。」
「あなたこそ、ずいぶんな自信ですこと。」
楽しそうに笑うロザリアにフランシスは目を細めた。


和やかに始まったはずのゲームだったのに、ロザリアはすっかり熱くなっていた。
なんどか勝ちを手に入れたものの、トータルではまったく敵わない。
むしろ、勝たせてもらっている、と思うようなゲームも何度もあった。
ロザリアが強い札を持っていると、必ず彼はドロップする。
手札を覗かれているのではないかと思ったが、それはありえないだろう。
カードを持つお互いの手が動くたびに、金のチェーンが揺れていたが、それすらも気にならない。
昼間、転寝したおかげか、全く眠気を感じないまま、二人は勝負を続けていた。

「さあ、どうなさいますか…?」
フランシスがスミレ色の瞳をロザリアに向けた。
彼の表情はもとから読めない。
まったく、ポーカーフェイスとはよく言ったモノだ。
ロザリアはカードをオープンにして、溜息をついた。
「ノーハンドですわ。 …今日はツキがありませんわね。」
フランシスもカードをオープンにしてロザリアに見せた。
5のワンペアが一つ。
こんな手でレイズするなんて、信じられない。
悔しいけれど、やはり彼には敵わないのだ。


「私の勝ち、でしょうか…? では、戦利品をいただきますね。」
ロザリアの背後に回ったフランシスは、彼女の長い髪を前へ流し、ネックレスの留め金をあらわにした。
白いうなじにシルバーがきらめき、息をのむほどに艶やかだ。
ここに、オリヴィエの手が触れたのか。
フランシスは一瞬渦巻いた暗い感情に、めまいを覚えた。

「フランシス…? 外していただいて、構いませんのよ?」
じっと彼の手を待っていたロザリアが声をかけると、ふわりと、彼の香りが近付いてきた。
「貴女は少しもおわかりでないのですね…。」

オリヴィエの気持ちを、フランシスは気付いている。
ネックレスを贈ったのも、フランシスへの挑発なのだろう。
同じ宇宙で、同じ時間を過ごすことの多い彼の、ささやかな所有権の主張。
だからといって、彼女を渡す気など、微塵もない。
所有権は、彼女に愛されている、こちらにある。
ネックレスなど、外してしまうのは簡単だ。
…もう、この手の中に落ちた。

耳元でささやく甘い声に、ロザリアの身体がゾクゾクと震えた。
首筋を撫でるフランシスの手は、ひやりと冷たく、それなのに、触れられるだけで熱が灯る。
ロザリアが振り返ると、フランシスはネックレスを自分に付けて、微笑んでいた。


「似合いますわ。 あなたの瞳も青みがかっていますもの。」
「そう、でしょうか…?」
「ええ。とても。 これならオリヴィエもきっと喜びますわ。
 似合う人につけてもらうのが、ジュエリーにとっても幸せだって、おっしゃっていましたもの。」
嬉しそうに笑うロザリアに、フランシスは内心苦笑した。
彼女は態度こそ厳しいが、気まじめで、純粋で、人の行動の裏を読んだりはしない。
表裏のない透明さ。
だからこそ、彼女といると、心が穏やかになるのだが。
ある種の鈍感さは、不安になるほどだ。

「この次、神鳥の宇宙にいらっしゃるときは、ぜひつけていらしてね。
 オリヴィエには、わたくしからお伝えしておきますわ。」
その時のオリヴィエの顔を想像して、フランシスは今度こそ笑みを隠せなかった。

「なにか、おかしいんですの?」
ムッと眉を寄せたロザリアが詰め寄って来る。
「いえ。…貴女は本当に、とても可愛らしい方ですね…。」
抱きしめたくなって、腕を上げると、金のブレスレットがフランシスの目に入った。
二人を繋げている、細いチェーン。



「あ!」
ふと時計が目に入って、ロザリアは思わず声を上げた。
いつの間にか、時計の針は0時を回っている。
「時間ですわ!」
言いかけて、急に唇がふさがれた。
いつもの優しいキスとは違う、少し、乱暴なほどに重ね合わされる唇。
「ん…。」
声を漏らしたロザリアは、フランシスの背中に手を回した。
引っかかりを感じる手首に、まだ繋がっていることを実感してしまう。

長いキスも終わりは突然だ。
不意に唇を離したフランシスは、静かにロザリアのブレスレットからチェーンを外した。
自由になったことを確かめるように、ロザリアは数回手首を振ってみる。
そんなに重いチェーンではなかったはずなのに、なぜかずいぶんと軽くなったようだ。
フランシスもブレスレットからチェーンを外している。
おそろいのブレスレットだけが、それぞれの手首に残った。


「帰る前にお茶はいかがですか…? カードに夢中になっていたせいか、喉が渇きました…。」
ロザリアが頷くと、フランシスはキッチンへと消えていった。
彼の姿が見えなくなるのは、今日、2度目。

ロザリアはまだ付けたままのブレスレットを眺めた。
細かな金の細工はとても美しくて、フランシスの持ち物らしい優雅なものだ。
同じモノが二つ。
もしかすると、誰かと付けるつもりだったのかもしれない。
イヤな気持ちが押し寄せてきて、ロザリアはため息をついた。

シャワーを浴びるためにフランシスがいなくなった時よりも、ずっと、あの違和感は大きくなっている。
カチカチとなる時計の音、それ以外は何も聞こえない。
深夜、一人でいることなんて、普段なら当たり前なのに。
この気持ちが『寂しさ』なのだ、とロザリアはようやく気がついた。
フランシスが傍にいないことが、この寂しさの理由。


「どうかなさいましたか…?」
トレーを抱えたフランシスが戻って来た。
ソファに座ったまま、ぼんやりとしているロザリアを不思議に思ったらしい。
トレーをテーブルに置き、彼はロザリアの隣に腰を下ろした。
フランシスの香りが、寂しいと思っていたロザリアの心に流れ込んできて、まるで抱きしめられているように広がってくる。

「寂しかったんですの。 …ここに一人きりで置かれてしまったから。」
ロザリアは彼の胸に頭をもたれかけた。
フランシスの鼓動が、ほんの少し早くなっていくのがわかる。
きっと、自分もとても早くなっているだろう。
もう、頬が熱い。

「そんな顔をしたら、貴女を帰せなくなってしまいますよ…?」
ロザリアが黙って目蓋を閉じると、暖かな唇が降りてくる。
さっきよりもずっと熱いキス。
フランシスの手が、ロザリアの背中を抱き、唇の上を彼の吐息が這いまわっている。
彼の手が動くたびに、ブレスレットが肌に触れ、冷たい金属の感触に身体が震えた。


「もう一度、貴女を繋いでしまいたい…。
 私から離れないように。ずっと…。」
他の男の目から隠して、誰にも触れられないように。

耳元に零れたフランシスの言葉に、ロザリアは一瞬、そうなってもいいと、思った。
このまま彼に繋がれて、彼だけを感じて。
でも、それは、今までの自分とどこが違うというのだろう。
結局のところ、どこにいても、なにをしても、フランシスのことばかり考えている。
これは、もう、彼に繋がれているのと同じだ。

「わたくし、もうとっくに、あなたに繋がれていますわ…。」

呟いたロザリアは、いつの間にか眠りに落ちている。
胸に安らかな寝息を感じて、フランシスは微笑んだ。

「いいえ、貴女はやはり、少しもわかっていらっしゃらない…。繋がれているのは、私の方ですよ…。」
この世界に、自分を留めてくれている、見えないチェーン。
いつでも、チェーンの端を握っているのは彼女の方だ。


ベッドサイドに置いた細いチェーンをフランシスは指先で取り上げた。
指に絡むチェーンは意外に丈夫で、巻きつけた指先がわずかに赤黒く変わっていく。
身体に与えられる痛みは、いくらでも耐えられる。
けれど心に与えられる痛みには、慣れることはない。
もしも、彼女を失う日が来たら。

いっそ本当に繋いでしまおうか。
目も声も塞ぎ、彼女の世界をすべて、自分だけで埋め尽くしてしまおうか。
甘美な誘惑の声が、時々めまいのように訪れる。
もしも、その日が来たら、簡単に、自分は堕ちてしまうだろう。
声に導かれるまま、彼女を永遠に閉じ込めて、全てを奪い尽くす罪人になりさがる。
今はただ、その日が彼女よりも早く来ないことを祈るだけだ。

「どうか、どこにも行かないで…。」

フランシスはロザリアの瞼に唇を落とすと、彼女の身体を抱き直した。
両腕でそっと包み込む。
それは、とても、柔らかな束縛。


FIN
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