Far memory

執務が終わり、ジュリアスは机の整頓をした後、立ち上がった。
本来ならもっと早く帰ってもいい程度の業務だったのが…。
ジュリアスは目の前のテーブルに置かれたチョコレートの包みを腕を組んで見つめた。

「誰も取りに来なかったな。」
綺麗にラッピングされた箱は、皆に言われなくとも大事なプレゼントなのだとわかる。
だからこそ、今日一日、ジュリアスは執務室から一歩も出ずにいたのだ。
チョコレートの持ち主が現れるのではないかと期待して。
噂が広まる事を承知したうえで放置していたのも、もちろんそのためだ。
しかし。
結局、持ち主は現れず、チョコレートはまだジュリアスのところにある。

「どうしたものか…。」
このチョコを拾った時から、ジュリアスはこれが自分あてだとは、全く考えていなかった。
もちろんいくつかの義理チョコはもらうし、ホワイトデーにはお返しもする。
けれど、それ以上でもそれ以下でもないのがジュリアスにとってのバレンタインだった。

チョコレートを手に取り、箱をひっくり返してみる。
やはり宛名も差出人もなく、外装に手掛かりらしいものは全く見受けられない。
『きっとジュリアス様にチョコを渡したくても、直接渡せない、恥ずかしがり屋の女の子が部屋の前に置いていったんですよ!』
不意にランディの声が頭の中によみがえり、ジュリアスは手の中の箱をもう一度まじまじと見た。
義理チョコには思えない丁寧なつくりだ。
外はもう暗い。
今、聖殿に残っているのはジュリアスと警備員くらいだろう。

ジュリアスは覚悟を決めると、リボンの端を引いた。
するするとリボンを外し、そのまま包装紙のテープも剥がしていく。
解いたリボンと包装紙は丁寧にたたみ、テーブルに置いた。
出てきた小箱は上品な淡いピンク色で、花の型押しが施された美しいものだ。
贈り主は高貴なセンスの持ち主らしい。
包装紙をはがした途端に鼻をくすぐる甘い香りから、チョコレートも質の良いものが使われているとすぐにわかる。
箱を開け、中身を確認したジュリアスは、小さくため息をついた。
やはりカードや差出人を特定するものはない。

箱の中には6つのチョコレートが入っていた。
白と微妙に色の違う茶色が2種。 それが2つずつ。
チョコレートの上にはそれぞれ砂糖のまぶされた小さなバラの花弁が乗せられている。
食べられる花があるとは聞いたことはあっても目にしたのは初めてだ。
鮮やかな薔薇の赤がチョコレートに映えて、目にも美しい。
一つ一つ丁寧に作られていることがうかがえて、このまま捨ててしまうのは惜しいと思ってしまった。
捨てるくらいなら、食べたほうがチョコレートも浮かばれるだろう。

ため息をつきながら、一つ摘まみ、口に運ぶ。
最初に感じたのは、花弁にまぶされた砂糖の甘さ。
そして、花の香り。
やがて広がるチョコレートは、上質の洋酒が溶け込んでいるのか、鼻に抜けるアルコール特有の風味がある。
飲み込んでしまうのが惜しいほどの美味しさ。
ジュリアスは二つ目を取り出しかけて、手を止めた。

手作りとは思えないほどのクオリティ。
これほどのチョコレートなら、やはり取り返したいものではないのだろうか。
ということは、間違いなどではなく、本当にジュリアスに贈られたものなのかもしれない。
落ちていたのではなく、置いてあった。
そう考えるべきなのだろうか。

「わからぬ…。」

ジュリアスは考え込んでしまった。
こっそりジュリアスにチョコレートを贈りたい人物がまるで思い浮かばない。
もっとも、ジュリアスにとって顔と名前が一致する女性自体、そう多くはないのだ。
その中で特別な人物となると、さらにまるで心当たりがなかった。
考えている間も、ジュリアスの周りを甘いチョコレートの香りが包み込む。

忽然と現れたチョコレート。
まるで別の世界から降ってわいたような。

ジュリアスはふと、同じように消えた人物のことを思い出した。
ジュリアスにとっても関係が深く、お互いに口に出すことはなかったが、彼とは確かな信頼関係を築いていたはずだ。
教師と生徒というよりも、兄と弟。
もしも彼が今もこの地にいたならば、ジュリアスに感謝の意味でチョコレートを贈ってくれることもあったかもしれない。
本来のバレンタインの意味とは違ってしまうけれど、少し天然な彼ならば、その違いなど気にしないだろう。
手先も器用だったから手作りもお手のモノだ。

「まさか、な。」
そう思いながらも、この聖地では不思議なことが当たり前のように起こることも事実だ。
人が消え、チョコが現れる。
そんなことも…あるのかもしれない。
チョコレートを摘み上げたジュリアスは、二つ目を口に入れた。
ホワイトチョコの甘さは、どこか懐かしく、遠い思い出を呼び起こしてくる。

もしも二度と会えなくても。
どこかで生きていてくれるなら。
それでいい。

ジュリアスは口の中のチョコレートが消えていくまでのつかの間、彼の幸せを祈っていた。


FIN
Page Top