泡沫の夏空

1.

いつもの午後。
聖殿の廊下をぶらぶらと歩いていたオリヴィエは、奥の扉から聞こえる賑やかな笑い声に足を止めた。
「わー!素敵!」
「こっちも綺麗ですわ。」
「ね、こんなのも可愛いよ~!」
女の子の楽しそうな声は、聴いているだけで気分が上がる。
でも。
「聞いてるだけよりも混ざったほうが楽しいよねえ。」
オリヴィエは小さく笑みを浮かべると、ルヴァの執務室へと足を踏み入れた。


「はーい! 陛下まで一緒になって、なんの相談?」
ルヴァの執務室の真ん中のソファに、リモージュとロザリアが顔を突き合わせるようにして並んで座っている。
テーブルの上には数冊の本。
どうやら二人はその本を見て、盛り上がっているようだった。
「ああ~、オリヴィエ。 いらっしゃい。」
ちょうどお茶を淹れていたルヴァが、ひょっこり遠くから顔をのぞかせて、再び奥へと戻っていく。
きっとオリヴィエの分のお茶も用意してくれるつもりなのだろう。

「ね、何見てんの? 廊下まで声が聞こえてたけど。」
オリヴィエが二人の向かいに座ると、リモージュが楽しそうに、一冊の本を指さした。
「うふふ、これよ!」
「なに? 夏祭り?
 …へえ、変わった服だね。 コレが夏祭りの服なの?」
指さされた先の写真を見ると、そこにはある辺境の惑星での夏祭りの様子が映っている。
元々はまじめな書物で、写真類はその解説のための資料なのだが、彼女たちはその衣装に興味を持ったらしい。
たしかに、オリヴィエでも初めて見るような変わった衣装ばかりが載っていた。

「ふーん、型はシンプルだけど、その分、色や柄のバリエーションを楽しむってことかな。」
男女とも同じような型紙の一枚布を、体に巻き付けて切るタイプの衣服らしい。
初期の民族衣装などによく見られる服だが、鮮やかな柄や帯といわれるベルトのアレンジなど、その年代による差異も楽しい。
シンプルな分だけ、イマジネーションを掻き立てられる気もする。

「あ、この柄いい!」
リモージュが金魚柄を指させば
「わたくしはこちらがイイですわ。」
ロザリアは大きな牡丹柄を指さしている。
どちらも本当にお互いに似合いそうで、オリヴィエも声を出して笑った。

「これくらいなら、ちょっと勉強したら作れそうだねぇ。」
オリヴィエは別の本をぱらぱらとめくりながらつぶやいた。
裁断から縫製まで、一通りの作り方が載っているのだが、そう難しくもない。
いつも作っているドレスに比べれば、直線的過ぎるほどだ。

「え! 作れるの? わたし、着てみたい!」
リモージュが瞳をキラキラさせて、オリヴィエに詰め寄ってきた。
「私も、あなたが着ているところを見てみたいですねえ~。」
いつの間にかオリヴィエの隣に腰を下ろしていたルヴァもリモージュに向かって、にっこりとほほ笑んでいる。
「きっと貴女にはよく似合うと思いますよ~。」
「もう、嫌だわ、ルヴァったら~。」

オリヴィエは二人のラブラブモードを軽くスルーして、向かいのロザリアにウインクをした。
「あんたは? 着てみたい?」
すると、ロザリアははじけるように顔をあげると、本に向けていた視線をオリヴィエへと移し、はにかみながら微笑んだ。
「ええ。 着てみたいですわ。」
「よし! じゃあ、ちょっと頑張っちゃおうかな。」

オリヴィエがそう言うと、リモージュは、
「わ! 楽しみ。 ね、もしも、この『浴衣』っていうのができたら、一緒に夏祭りに行ってみたいな?」
上目づかいでルヴァを見つめ、すっかり甘える恋人モードだ。
ルヴァもだらしなく目じりを下げ、
「はあ~~。それはイイですねぇ。 ぜひ、行きたいものです~。」
デレデレとリモージュと見つめ合っている。

オリヴィエはそんな二人に肩をすくめると、ロザリアに小さく耳打ちした。
「あんたも。 約束だよ?」
「え?」
キョトンと目を丸くするロザリア。
「だから。
 『浴衣』ができたら、それを着て、一緒に夏祭りに行くってコト。 イイ?」
つん、とオリヴィエは人差し指でロザリアの額を小突く。
ロザリアは少し困った顔をしながらも、素直に喜んでいるリモージュとルヴァに視線を向けて、小さく頷いたのだった。


「ま、慣れたら楽勝だね。」
オリヴィエは取り寄せた浴衣の作り方に目を通しながら、頭の中で工程を組み立てた。
今まで作ってきたドレス類とは全くアプローチからして違っているけれど、やり方としてはいたってシンプルだ。
型紙もあるし、サイズ感と裁断さえ間違えなければ、面倒な曲線がほぼ無いおかげで、それほど手間がかかるようにも思えない。
「となるとあとは…。」
自然とオリヴィエの目は布のサンプルに吸い寄せられていく。

リモージュには可愛らしい金魚と水風船を組み合わせたカラフルなものを選んだ。
帯もふわふわな飾りをつけて、思いっきりラブリーに仕上げるつもりだ。
もう出来上がりはばっちりイメージできているし、型も起こしてある。
けれど。

「うーん。」
オリヴィエは頬杖をつきながら、何度も見返したサンプルを再びめくった。
「どれもいいけど、どれも・・・なんだよねえ。」
金魚、芍薬、蝶、菖蒲。 
伝統的な『浴衣』の柄はどれもオリヴィエの知るモチーフとは違うユニークなものだ。
サンプルを見ていると、ワクワクしてくるのも確かなのだが。
「あの子にはもっと…。」

非の打ちどころのない美貌を持つロザリア。
大きな青い瞳や透けるほど白い肌。 そして人目を惹く青紫の髪。
華やかな彼女のイメージに合うのは…。
頭に浮かびかかっているのに、はっきりとした形が出てこない。
きっといろんなことを考えすぎて、かえってイメージが固まらないのだろうと、オリヴィエ自身もわかっている。
曖昧なロザリアと自分との関係と同じだ。
「うーん。」
オリヴィエは最後までサンプルをめくり、大きなため息をついていた。


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