You Are Our Sunshine

「ねえ、気付いてる?最近ロザリアってば元気ないでしょ。」
「ああ。」
読んでいた新聞を二つに折ると、オスカーはそれを無造作にテーブルに置いた。
うららかな午後の聖地は、ともすれば眠くなるような穏やかな陽気。
いつもなら補佐官室のテラスでお茶をしているはずが、今日は男二人でヒマを持て余していた。
「ちょっと、カップをひっくり返したら承知しないよ。」
新聞の勢いでカップが鳴ったのを見て、オリヴィエが眉をひそめる。
「これはロザリアからもらった、たーいせつなカップなんだからね。」
「それは悪かったな。」
オスカーはわざと乱暴にカップを取り上げると、目の前でちらちらと揺らして見せる。
「まったく、お前の入れるカプチーノは味がないな。もっと、優しく泡立てないと台無しだ。」
「うるさいねえ。淹れてやっただけでも感謝しな!」
ロザリアのカプチーノは彼女そのままに優しい細やかな味がする。
オスカーはカップを置くと、オリヴィエの方へ少し身を乗り出した。
「で、お前は原因を知ってるのか?」
「ま、ね。」
オリヴィエもソファから身を乗り出すと、オスカーに近づいた。
微妙な距離で額を突き合わせるようにする二人。
秘密の会議、とでも言いたい雰囲気だが、たいてい内容はろくでもないことが多い。
「実はさ。」
現女王アンジェリークから聞いた、と前置きして、オリヴィエはカップの紅茶を一口飲んだ。


書類の山に埋もれそうになりながら、アンジェリークは目だけでロザリアに訴えた。
「ねえ~~、コレ、全部今日の分なの?!」
「ええ。そうですわ。」
「ちょっと、多過ぎない?定時に終わるの?」
今日はデートの予定があることをロザリアだって知っているはずだ。
いつもなら、それを見越して仕事の量をセーブしてくれるのに、今日は全くその気配がない。
「アンジェ。」
アンジェリークの心臓がどきっと縮まった。
ロザリアが名前で呼ぶ時は、たいていよくない時だから。
「ごめんなさい。意地悪しましたの。だって、あなただけデートなんですもの。」
素直にそう言われてアンジェリークはうなだれた。
たしかに少し浮かれ過ぎていたかもしれない。
つい最近もロザリアはフラれたといって落ち込んでいたばかりだというのに。
「わたしこそごめんね。大丈夫。ロザリアくらいの美人ならまたすぐに新しい彼ができるわよ。」
慰めたつもりだったのに、なぜかその言葉を聞いたロザリアは立ち上がり怒りだした。

「できませんわ!だって、わたくしを見ると、皆、逃げてしまうんですもの。」
「あ~~。」
アンジェリークも噂を聞いていた。
ロザリアと付き合った男の子たちが、なぜか怪我をしたり不幸な目に合っているというのだ。
しかも誰もその理由をはっきりというものはおらず、結局噂に尾ひれがつき、いまや「ロザリアと付き合うと不幸になる」というまでに話は大きくなっていた。
「で、でも、そういうの、気にしない人もいると思うし…。」
アンジェリークを睨みつけたロザリアの瞳はいたって真剣だ。
「もういいんですの。あきらめましたわ。きっと、わたくしはずっと一人でいるしかないんですわ。」
そこまで言って、ロザリアは肩を落とすと、アンジェリークの両手を包み込むように握りしめた。
「だから、アンジェも一緒にお仕事しましょうね?仕事に生きる人生もそう悪くないと思いますわよ?」
にっこりと言った後、ロザリアはアンジェリークの目の前にすっとお茶を差し出した。
ロザリアの入れる紅茶はとてもおいしくて、いつもなら小躍りして喜ぶのだけれど。
「さあ、今日も頑張りましょうね。」
美人の凄みは笑顔にある。
アンジェリークは言い返すこともできずに、もくもくとペンを動かしたのだった。


「それってさ、やっぱり私たちのせいかな?」
ロザリアに男ができるたびに、あらゆる手を使って追い払ってきたのは、間違いなくこの二人なのだ。
「違うさ。根性のないやつらが悪い。」
きっぱりと断言するオスカーをある意味うらやましいと思いつつ、オリヴィエは人差し指を立てた。
「だけど、実際ロザリアは元気がないわけでしょ?仕事に生きるとか言っちゃって、お茶もしてくれないし。」
「うむ。」
味のしないカプチーノの香りが漂ってきて、オスカーも眉を寄せた。
確かにこのままでは、毎日執務に来る楽しみがなくなってしまう。
すでに今日はもう帰ろうかと思っていたところなのだ。
「で、お前はどうしたいんだ?」
こういう時のオリヴィエはたいてい何か考えがあることを知っているオスカーは、冷えかかった味もそっけもないカプチーノを飲み干した。
「うふ。わかっちゃった?ホラ、もうすぐロザリアが補佐官になった日じゃない?」
正確にはアンジェリークが女王になった日なのだが、この二人にはそんなことはお構いなしだ。
「もう2年か。早いな。」
「そうだねー。…じゃなくて、その日にパーティがあるのは知ってるでしょ?」
「当たり前だ。もちろんエスコートするつもりだろう?去年もそうしたじゃないか。」
まるで絵のような3人に誰ひとり近づいてくる者もなく、素晴らしい夜を過ごした。
けれど、あれからロザリアの信者が増えてしまったのも間違いなく、綺麗にしすぎたとオリヴィエはひそかに後悔していた。
「だけど、いつも3人ていうのもアレじゃない?今回はさ、決着つけようじゃないの。」
「決着だと?」
「そ。ついでにロザリアにも笑顔になってもらっちゃおうってコト。どうする?乗る?」
「とりあえず聞いてやる。話してみろ。」


「食事会?」
「そう。私たちがあんたに作ってあげるから、それを食べてほしいんだよね。」
「オスカーも料理なさるんですの?」
「ああ、もちろんだ。俺にできないことはない。君の心も溶かすようなおいしい料理をプレゼントするぜ。」
意外な言葉に目を丸くしたロザリアは、そのあと花のように笑った。
「まあ、楽しみですわ。ちょうど週末に何の予定もありませんでしたの。喜んでお伺いします。」
久しぶりに見た綺麗な笑顔にオスカーの手が伸びる。
「やはり君には笑顔が似合うな。」
柔らかな巻き毛に触れた手にロザリアの頬が染まった。
「その笑顔を俺だけのものに…。」
がつっと音がして、オスカーがうめき声をあげる。
アイスブルーの瞳がオリヴィエのヒールを睨みつけたが、オリヴィエはどこ吹く風、という顔でそっぽを向いた。
「それじゃ、日の曜日、待ってるから。」
「ええ。楽しみにしていますわ。」
まだ何か言おうとするオスカーを引きずるようにして、オリヴィエは補佐官室から連れ出したのだった。


日の曜日。
お昼前にオリヴィエの屋敷についたロザリアは漂う匂いに顔をほころばせた。
ノックしようとして、その匂いが庭から漂ってきていることに気付くと、裏へ回る小道を急ぐ。
庭へ通じるオールドローズの茂みを抜けると、すでにギャルソンエプロンをつけた二人が揃っていて、オリヴィエが手を振っているのが見えた。
「いらっしゃい。」
庇の下にテーブルとイスがセットされていて、綺麗な白いテーブルクロスが風に揺れている。
ロザリアが近づくと、オスカーが手を取り、オリヴィエが椅子を引いてくれた。
テーブルの上に一組だけセットされた銀のカトラリーはロザリアのために用意してくれたのか、薔薇の小さな透かしが入っている。
「お二人は一緒に食べませんの?」
真ん中の椅子に座ったロザリアがそう言うと、オリヴィエがウインクした。
「そう。今日の私たちはあんたにサービスする役だからね。楽しんで。」
「まずは、アペリティフだ。さあ、飲んでくれ。」
オスカーが差し出したカクテルグラスが金色に輝く。
「まるで太陽の色ですわね。」
「君という太陽をイメージしてみたのさ。俺たちにとって、君は太陽だからな。」
オリヴィエが腕を組んで、フンと鼻を鳴らした。
「まったく、あんたって男は、ホントに…。」
それでもロザリアが嬉しそうにしているのを見れば、怒る気もしなくなる。
「ホラ、アペリティフで夜まで過ごすつもり?…ここからが勝負だからね。」
「当然だ。」
奥へ消えた二人の背中にロザリアは首をかしげた。
「勝負?」
料理の大会にでも出るつもりなのだろうか?
不思議に思いながらもロザリアは金色のグラスを傾けた。

スープはオリヴィエ、前菜はオスカー。
二つのお皿がロザリアの前に並んだ。
「どう?桃のポタージュ。あんたが好きそうだと思ったんだけど。」
一口、スープを口に入れると、ロザリアは驚いた。
「本当においしいですわ。ふんわりと優しい桃の味がします。」
「ホントにって…。あんた、ちょっと疑ってたでしょ?」
「ええ、実は。だって、お二人が料理をされるなんて知りませんでしたもの。」
「俺の方も食べてくれ。」
カクテルグラスの中の小エビとジュレをフォークですくうと、オスカーが見つめる前で口に入れる。
「こちらもおいしいですわ。本当にオスカーが?」
ふっとため息のように笑ったオスカーは「君への愛という調味料のせいかな?」とウインクした。
「バカなこと言ってないで、次、準備できてんの?」
オリヴィエの言葉に肩をすくめたオスカーが奥へ消えていくと、すかさずオリヴィエが隣の席に座る。
「幸せそうに食べてくれる顔見ると、私も嬉しいよ。」
じっと見つめるオリヴィエのブルーグレーの瞳にロザリアの体温が少し上がる。
アペリティフのアルコールのせいか、ロザリアの頬がほんのり染まっていた。
「ええ。とっても幸せですの。それは本当ですわ。」
「ん。私たちも腕のふるい甲斐があるよ。でさ。」

「おい!オリヴィエ、お前は準備できてるのか!」
つかつかと歩いてきたオスカーに、オリヴィエは「はいはい。」と手を上げた。
「できてるって。あんた待ちなんだからさ。できたら教えてよ。それまで私はロザリアと話してるんだから。」
「もうできた。早く戻ってこい。」
しぶしぶ立ち上がったオリヴィエをオスカーが連れていく。
ロザリアが待っていると、ワゴンを押した二人が奥からやってきた。
黒いギャルソンエプロン姿の二人は本当に素敵で、ロザリアは思わず見とれてしまう。

「メインディッシュは魚からでいいな?」
オスカーの皿に盛られているのは真っ白な塊。
「真鯛の岩塩焼きだ。今からこれを割るから、少し待ってくれ。」
オスカーが木づちで塩を割ると、湯気とともに魚の香りが辺りに漂う。
「ハーブを使われたのですわね。とてもいい香り。」
「ああ。これは昔、野外訓練で教わったのさ。魚と塩があればどこででもできる。それにきちんと作ればこうして、立派なメインにもなる。」
器用に塩を避けて、魚を皿に盛りつけたオスカーは、周りにハーブを散らしてロザリアの前に置いた。
「さあ、どうぞ。俺の手料理なんて、滅多に食べられないぜ。」
崩れそうに柔らかな魚の白身は口に入れると豊かな自然の味がする。
ロザリアはオスカーに微笑んだ。
「とてもおいしいですわ。なんだか昔に返ったみたい。」
「その笑顔が見られるなら、何度でも作りたくなるな。」
いつの間にか隣に座ったオスカーがロザリアを優しく見つめた。
ふわりと吹く風がオスカーの前髪を揺らすと、うるさそうにその髪をかきあげる。
その姿は、とてもセクシーで、なぜだかドキリとしてしまった。
「ちょっと、こっちもできてるんだけど。」
オリヴィエは皿にオレンジのソースをかけると、ロザリアの前に置いた。
「鴨、好きだったよね? お昼だからオレンジをたっぷり乗せといたよ。ひまわりみたいでしょ?」
花びらに見立てたオレンジの真ん中に種のように並んだ鴨のローストがある。
一口でさわやかな酸味が口いっぱいに広がって、ロザリアは目を細めた。
「本当に信じられないくらいおいしいですわ。こんな才能をお二人とも隠していましたのね。」
「隠してたわけじゃない。」
頬杖をついたオスカーが言った。
「作りたいと思う相手がいなかっただけさ。」
「そうそう。料理ってさ、喜んでくれる人がいると思うと、すっごくやりがいがあるんだよね。大切な人には、喜んでほしいじゃない?」
オリヴィエが続ける。

「イヤなことがあるなら、何でも言ってよ。あんたの笑顔が見たいんだからさ。」
両側から見つめられて、ロザリアは困ったように微笑んだ。
「ごめんなさい。わたくしったら、お二人に心配をかけていましたのね。ただ、少し不愉快な噂を耳にしてしまっただけですの。」
「噂?」
「ええ。」
ロザリアはフォークとナイフをテーブルに置いた。
料理が冷めるのが気にかかったが、二人の気持ちを無視するわけにはいかない。
「わたくしと付き合うと不幸になるのですって。…事実、フラれてばかりですわ。よほど、運が悪いのかもしれませんわね。」
少し翳った青い瞳が痛々しくて、オスカーはロザリアの頭に手を置いた。

「そんな噂、俺は信じないぜ。俺達を見ればわかるだろう?」
頭に置いた手を戻したオスカーは、グラスに水を注ぐと、テーブルに置いた。
日差しが水滴に反射して、テーブルクロスに虹色の輪を作る。
うつむいていたロザリアがその虹につられて、ふと顔をあげた。
「一番近くにいる俺達がこんなにピンピンしてるのに、他の奴らがどうなろうと、それがロザリアのせいなはずがない。」
「そうだよ。私なんて不幸どころかめちゃくちゃ幸せだよ。あんたのおかげでね。」
二人の言葉にロザリアは微笑んだ。
「心配してくださって、ありがとう。あなたたちがいてくれて、わたくしは本当に幸せですわ。つまらない噂を気にするのはもうやめます。」
「そうそう!あんたには私たちがいるんだからさ。」
オリヴィエの優しい言葉。
「なにがあっても、俺達は君の味方だ。それは覚えておいてくれ。」
オスカーの力強い言葉。
ロザリアは目に光が浮かぶ。

「せっかくのお料理ですもの。一緒に食べませんこと?」
肉を刺したフォークをオスカーの前に差し出すと、オスカーが口を開けた。
「なかなかうまいな。」
「でしょう?盛りつけのセンスも素晴らしいですわ。はい、次はオリヴィエも。」
魚の身を乗せたフォークが近付いてきて、今度はオリヴィエが口を開けた。
「へえ。大したもんじゃないか。意外。」
「意外とは失礼だな。俺にできないことはないと言っただろ。」
「もうちょっと食べさせて。あーん。」
「調子に乗るな!そんなに食べたきゃ、俺が食わせてやる。」
「ちょっ!」
二人のやり取りにロザリアがくすくすと笑う。
やがて、自分たちのカトラリーを取りに行き、3人で全てを平らげたのだった。

ロザリアが持参したタルトタタンをデザートにしていると、オリヴィエが尋ねた。
「ね、どっちの方が料理上手だったと思う?」
ふっと、オスカーが笑うのが聞こえて、ロザリアは困ってしまう。
「俺だと、素直に言っていいんだぜ。」
「私だよね?」
二人を交互に眺めて、ロザリアはますます眉を寄せた。
「どちらかなんて…。選べませんわ。だって、どちらも大好きですもの。困りますわ。」
一瞬の沈黙の後、オリヴィエが笑いだすと、続けてオスカーも笑いだした。
「選べないってさ。どうする?」
「どうしようもないな。…また3人で行けばいいさ。」
「そうだね。どちらも大好きって言うんじゃね。」
なかなかやまない笑い声にロザリアが膨れると、二人は慌ててなだめ始める。
素敵な午後が3人の間に流れていったのだった。


白いタキシードでそろえたオスカーとオリヴィエは、ロザリアを連れてホールへと向かった。

ロザリアと二人のナイト

就任記念日のパーティが、女王の挨拶から乾杯へと移り、最初のワルツが流れ始める。
「今日のあんたは特別キレイ。そのドレスもすっごく似合ってる。」
「オリヴィエが選んでくださったんですもの。当たり前ですわ。」
淡いラベンダー色のドレスに、クレマチスの花飾り。
清楚で優雅なロザリアの魅力が一段と引き立っている。
「君が一番綺麗だな。」
「まあ、オスカーったら。」
フルートグラスを手にして、オスカーは泡の向こうで笑うロザリアとオリヴィエを見た。
その絵もなかなか悪くない、と、ほんの少し思う。
「さあ、一曲目は俺と踊ろうか。」
オスカーがロザリアの肩に手を置くと、オリヴィエがその手をギュっとつねった。
「お前…。」
細められたアイスブルーの瞳に、オリヴィエはフンと鼻を鳴らす。
「私と踊ろう?ね?」
ロザリアの手を取ろうと伸ばしたオリヴィエの手をオスカーがはたき落とした。
「あんたねえ…。」
にらみ合う二人に、割って入る声。

「ロザリア様。」
ひょろ長い眼鏡の男が顔を赤くして近づいてくる。
「探していたんです。最初の一曲はぜひ、ご一緒したくて。」
「まあ、ありがとうございます。」
同じようにほんのりと頬を染めたロザリアがその男の手を取ると、二人はダンスの輪の中へと入って行く。
「ちょ、ちょっと、どういうこと?」
「俺が知るわけないだろう。」
怒ったようなオスカーの背後から、ひょっこりとアンジェリークが顔を出した。
「噂とか迷信を信じない、理系な男の子らしいわよ? こないだ告白されたばっかりなんだって!いいわよね~。」
オスカーが振り返ると、アンジェリークはもう恋人の守護聖とダンスを楽しんでいた。
流れ出した音楽はそうそう止まることもなく、フロアはダンスを楽しむ人々であふれている。

煌めくシャンデリアの明かりの下で、ぽつんと男が二人。
「ね、いつにする?」
シャンパンを一口飲んだオリヴィエがつぶやいた。
フルートグラスに立ち上る泡はふつふつと昇る怒りにも似て。
「今日の帰りだ。あんな真似されて、黙っていられるか。」
「だね。あいつの根性、見せてもらおうか。」
オリヴィエがオスカーのグラスに自分のグラスを重ねる。
ガラスの触れあう軽やかな音が、彼への弔いの鐘のように二人の耳には聞こえたのだった。


FIN
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