「これね、ロザリアが好きなスパークリングなの。
絶対気に入ると思うから飲んで!」
キレイなグリーンのボトルをロザリアの目の前に差し出して、アンジェリークがにっこりと笑う。
「じゃあ、少しだけ…。」
「うん! 少しね。」
言いながら、グラスにワインをなみなみと注いだアンジェリークをロザリアは軽く睨み付ける。
背の高いフルートグラスに立ち上る金の泡。
フルーティで芳醇な香りがここまで漂ってくるくらいなのだから、いいワインなのは間違いないだろう。
「じゃ、乾杯しよっか!」
アンジェリークの手にはロックグラスがあって、中には透明な液体が、これまたなみなみと注がれている。
「あんた…。」
「えへ。 だって~、ワインってどうもわたしには合わないっていうか。
こっちの方が好きなんだもん。」
手元にあった一升瓶を引き寄せたアンジェリークに、ロザリアはため息をつく。
「…わたくしは構わないけれど…。」
「じゃあ、改めて、乾杯ね!」
グラスを掲げたアンジェリークに、ロザリアも同じようにグラスを掲げた。
「何に乾杯するんですの?」
「そうだね…。」
少し考えて、アンジェリークはぱっと花が咲いたように笑った。
「ヒミツの女子会に、っていうのはどう? 今日はいっぱい女の子同志の話をしよ?」
「ふふ。わかりましたわ。」
チン、とグラスの重なる音。
見つめ合った二人は同時に、くすっと笑みをこぼした。
美味しいお酒とたわいもないおしゃべり。
女王と補佐官として、毎日一緒に過ごしていても、こうして二人でゆっくりできる時間というのは思ったよりも少ないものだ。
そもそもお酒を飲めるようになったのも、つい最近の話。
だからこそアンジェリークも随分前からロザリアの好きなお酒を用意していたし、ロザリアもアンジェリークの好きなおつまみを準備してきたのだ。
知らぬ間に杯を重ね、二人ともにアルコールが回ってくる。
実はロザリアがあまりアルコールに強くないことを、アンジェリークはちゃんと承知している。
ワインなら、グラスに2杯も飲めば、目がとろんとしてきて、耳が真っ赤になるのだ。
意外に顔は赤くならないから、本人は酔っていないと思っているのかもしれないけれど。
ロザリアは、ふう、と男が聞いたら悶絶しそうな艶めいた吐息をこぼしながら、しどけなく横ずわりしている。
アンジェリークはすっかりガードのゆるんだロザリアにほくそ笑んだ。
「ねえ、ロザリア。」
「なにかしら?」
アンジェリークを見る青い瞳はいつもの凛とした空気がすっかり消えている。
「オリヴィエって…その、どうなの?」
「どう? どうとはなにかしら?」
小首をかしげるロザリア。
「もう、ロザリアったら~。 どうっていったら、アレに決まってるじゃない。
オリヴィエとロザリアは、どんなエッチをしてるのかってこと。」
「え、エッチ?!」
ロザリアの顔がカーッと真っ赤に染まっていくのは、アルコールのせいではないだろう。
ロザリアは深窓の令嬢として育ってきたせいもあって、恋愛に関してはとても奥手で初心で、シャイなのだ。
だから、親友のアンジェリークにも、ほとんどその手の話はしてこない。
アンジェリークから聞けば、渋々答えてはくれるものの、会話としては盛り上がらまま。
今日こそは、と、ついアンジェリークが前のめりになってしまうのは、そういう理由があった。
「そんな…。 別に変わったことはないと思いますわ。」
ロザリアは真っ赤な頬を両手で押さえながら、小さく首を振る。
そして、上目づかいでアンジェリークを見つめた。
「アンジェこそ…。どうなんですの?
人に聞く前にまず自分から、だと思いますわよ。
ジュリアスはどんなふうにアンジェを…愛しますの?」
ぶほっと噴き出しそうになって、アンジェリークは慌てて口の中の冷酒を飲み込んだ。
まさかの反撃。
でも、内心、この手の話題にロザリアが乗ってきたことが楽しい。
「ジュリアスはね、すごく丁寧なの。
最初のキスから最後まで、時間をかけてしてくれるわ。」
うんうん、とロザリアが頷く。
「わかりますわ。 …きっと、手順通りに事を進めるのでしょうね。 」
ロザリアの言い方に、なぜかアンジェリークはカチンと来てしまう。
「ちょっとー! それじゃ、ジュリアスがマニュアル君みたいじゃない!
違うわよ! ちゃんと、わたしのことを考えて、一つ一つ進めてくれるんだから。」
ジュリアスの愛し方はとても丁寧で、優しい。
アンジェリークの気持ちを最優先にしてくれる。
逐一、アンジェリークの反応を見ながら、慎重すぎるほど慎重に、事を進めてくるのだ。
「でもね…。もうちょっと、なんていうか、激しく求めてくれる感じがあってもいいと思うのよね…。」
アンジェリークが残業で遅くなることが続いた週や、遠出をして疲れたような日は、決して求めてこない。
それに、いつもきちんとシャワーを浴びて、ベッドに入って…それから、なのだ。
「強引に押し倒されたり、明るいうちから、とか、たまにはそういうのもいいじゃない?」
もしも本当にイヤな時にそうされたら、それはそれで不満なのだろうが。
「ジュリアスはいつでも、物事の最善を尽くす方ですもの。
アンジェのことを考えて、無理させないように、気を配っているのだと思うわ。」
ロザリアに諭されて、アンジェリークはうなだれた。
それはわかっているのだが…。
「だって、なんか、わたしばっかりジュリアスを好きみたいなんだもん。」
もっと求めてほしい、のだ。
「それは大丈夫ですわ。」
きっぱりと否定するロザリアの瞳は真剣だ。
「ジュリアスのアンジェを見る目ときたら…わたくし、ジュリアスがあんな顔をするなんて考えてもみませんでしたわ。
女王候補のころのジュリアスは、本当に厳しい顔ばかりで。
あなたもよく怒られて泣いていたじゃありませんの。
それが、もう…。
目の中に入れても痛くない、ってきっと、ああいうことを言うのだと思いますわよ。」
「そ、そう?」
といっても、アンジェリークもジュリアスの愛情を疑っているわけではない。
愛されていることは端々に感じているのだ。
「ええ、本当に。
ほかの誰にもジュリアスはあんな瞳を向けていませんもの。 もっと自信をもっていいと思いますわ。」
なぜか慰められている。
アンジェリークは不思議に思いながらも、どこか暖かな気持ちになっているのを感じていた。
両親や血縁の人間も全て、もうこの世にはいない。
そんななか、アンジェリークのことをここまで真剣に、心の底から気にかけてくれる人間はロザリアだけだろう。
嬉しくて涙が出そうだ。
ほろ酔いのアンジェリークは、自分が泣き上戸であることをすっかり忘れていた。
おまけにアルコールが入ると、とたんにべらべら喋りたくなるということも。
アンジェリークは傍らにあった一升瓶を手に取ると、一気に呷った。
そして、大きく息を吸い込んだ。
「でもね、気配りっていうけど、それも度が過ぎると、イライラするのよ!
昨日だって、わたしがお風呂から出てきたら、ジュリアスが本を読んでたの。
結構遅い時間だったし、いつものジュリアスなら、もう帰ってるはずなのよ。
だから、きっとエッチしたいんだろうな、と思って、わたしも化粧水つけたり、髪を乾かしながら、ジュリアスがシャワーに行くのを待ってたの。
でも、言い出さないまま30分くらい過ぎちゃって、今日はいいのかな、って思ったらやっぱり、『汗を流してもいいだろうか?』って。
だから、わたしもそのつもりでいたの。
パジャマに着替えて、終わった後で飲むお水を用意して、ソファに座って、ね。」
昨夜。
執務が終わった後、ジュリアスと食事をした。
金の曜日の夜は、たいてい、この流れで、朝を迎えるか、ジュリアスが帰宅するかの二択なのだ。
食事が終わっても帰らないという事は、すなわちそういう意味。
「で、ジュリアスがシャワーから出てきたから、わたしは雑誌を読んでるふりをしたの。
早くキスしてくれないかな~とか、思ってたわ。」
まくしたてるアンジェリークに圧倒されつつも、ロザリアは適度に相槌をいれる。
「それで?」
「そしたら、ジュリアスまで本を読み始めちゃったの。
でも、フリだけよ。 わたしにはわかってたの。
だって、その本は先週読み終わったところだって知ってたんだもん。」
要するに片づけないで、そのままにしておいた、ということなのだが。
「その状態が一時間よ!?
わたし、待ちくたびれて、ソファでうとうとしちゃったわ。
そしたら、ようやく、『ベッドで眠ったほうが良いぞ』とか言って、連れて行ってくれたの。
そこからやっとキスよ! もう、待ちくたびれてドン引きだったわ。」
思い出すと、モヤモヤ感でいっぱいだ。
実際、0時を回り、アンジェリークは眠たくなっていたから、その後の行為にもあまり身が入らなかった。
ジュリアスも同じだったようで、なんとなく微妙なまま、せっかくの週末が終わってしまったのだ。
「もっと、はっきりとしてほしいのよね!
好きなら好き、したいならしたい、って態度で示せ、っていうの!」
再び、一升瓶でグラスを満たし、アンジェリークは大きく息を吐き出した。
「大変でしたわね…。」
ロザリアは同情の色を浮かべている。
「そうなの。 わたしもさすがに自分からは誘いにくいのよ。
いくら女王だからって、そんなことまで命令できないでしょ?
だから、待ってるんだけど、ジュリアスったら、いつも出足が遅いのよね。
もう眠い、ってころになって、やっと始めるんだもの。」
それがジュリアスの優しさゆえだ、という事もちゃんとわかってはいるのだが…。
もう少し、なんとかならないだろうか。
なぜかちょっぴりしみじみした気分になり、アンジェリークはため息をついた。
ロザリアも神妙な面持ちでグラスを傾けている。
とろんとした青い瞳が眠たそうに、またたいているのを見て、アンジェリークは慌てた。
このままでは、ロザリアのことをなにも聞かないまま、話が終わってしまう。
「ロザリアは? なんの不満もないの? 二人きりだもん、言ってみてよ~。」
水を向けてみた。
「不満・・・。」
思案顔のロザリアにアンジェリークの眉がピクリ動く。
「なに? どんなこと? 言ってみて!」
いまだかつてないロザリアの反応に、つい、にじり寄ってしまうのも仕方がない。
やがて。
「ありませんわ…。 本当にないんですの。
オリヴィエはキスもすごく上手で…。」
思わずがくりとアンジェリークは頭を垂れた。
そう言えば、相手はあのオリヴィエなのだ。
良くも悪くもオリヴィエは守護聖の中で、一番つかみどころのない男だと思う。
派手なメイクやファッションに誤魔化されがちだけど、なかなか女性の扱いもうまい。
オスカーとは別の意味で、女を手玉にとれるタイプだ。
きっと本当に、ものすごくテクニシャンなのだろう。
初心なロザリアが不満に思うところなんて、全くないに違いない。
「そっか…。」
聞き方が悪かったのだ、とアンジェリークは思い直した。
悪いところがないのなら、スゴイところを聞いてみよう。
そう思った瞬間、ロザリアが口を開いた。
「いつも指だけで簡単にイかされてしまうんですの。
まだ服も脱いでいないのに、って、抵抗するんですのよ?
せめてベッドで、とお願いしても、全然聞いてくれなくて…。 ジュリアスとは真逆ですわね。
オリヴィエはどこでも所構わずにわたくしを押し倒してきますわ。
嫌だと言っても、少しもきいてくれないんですの。
気が付いたら、抵抗できないくらいに感じさせられてしまって。
だから、脱がされる頃には、服もめちゃくちゃで下着も汚れているんですの。…そうね、それは嫌かもしれませんわ。」
ごくり、とアンジェリークののどが鳴る。
スゴイ。
ロザリアはワイングラスを片手に、ぼうっと耳を真っ赤にしている。
かなり酔っているのだろう。
きっと自分が何を言っているのか、わかっていないに違いない。
「その後も、舌と指で声も出ないくらい、何度も何度もイかされて、自分の体が自分じゃないみたいになってから、ようやくオリヴィエが入ってきますの。
もう、その時は何も考えられませんわ。
喘ぐのが精いっぱいで…。
気持ちいいのか、悪いのかもわからないくらいなんですの。
頭の中が真っ白になってしまって。
ようやく解放されるころには、疲れきって、声も枯れていますわ。」
「は~~。」
ロザリアの生々しい行為の説明に、アンジェリークは頬を赤らめた。
聞きたかったはずなのに、いざ、聞かされると、こんなにも恥ずかしいものなのか。
しかも思った通り、いや、思った以上にオリヴィエはスゴイらしい。
「終わった後も、ずっと抱きしめてくれて、何度もキスをしてくれて。
わたくしが眠るまで、ずっとそうしてくれているんですの。」
「へえ・・・。」
ジュリアスも終わった途端に背中を向けるような最低男ではないけれど、わりとすぐに眠ってしまう方だ。
もっともアンジェリークもすぐに睡魔に負けてしまうので、これは仕方がないと思っている。
いかんせん、アンジェリークとジュリアスの場合は始めるのが遅いのだ。
そんなことをしていたら、本気で夜が明けてしまう。
「それが毎週末ですのよ。
最近は、執務のある平日よりも、週末の方がずっと疲れますわ。
体もだるいし…。」
けだるげに首を振り、ロザリアがグラスを空ける。
見れば、ボトルの中身がすでに半分以下だ。
普段のロザリアの許容量なんてとっくに超えている。
「ロザリア、ホントに愛されてるんだね~。」
アンジェリークは素直に思ったままのことを口に出した。
ほんのちょっと、羨ましい気持ちが口調にも滲んでしまう。
「え?!」
驚いたように顔を上げたロザリアの青い瞳がぱっちりと開き、瞬きを繰り返した。
「だって、所構わずしたくなるくらいなんでしょ? 我慢できないってことでしょ?
それってオリヴィエが本当にロザリアに夢中ってことじゃない?」
「そ、それは・・・。」
アンジェリークの言葉に、ロザリアは衝撃を受けていた。
オリヴィエの行動を、ロザリアはそんなふうに考えたことがなかったからだ。
人よりも性欲が強いのかもしれないと、少し怖いと思っていたくらいで。
「オリヴィエって、あんまり物欲がないじゃない?
綺麗なものは好きだけど、執着はしてないっていうか。
どっちかっていうと、来る者は拒まず、去る者は追わずって感じで。
たぶん、今までもたっくさん女の子と付き合ってそうだけど、結構そんなふうだったんじゃないかなって思うのよね。」
たしかに。
ロザリアはつい先日の出来事を思い出していた。
オリヴィエの屋敷でロザリアは彼の部屋にあった綺麗な香水瓶を倒して割ってしまった。
アンティークのヴィンテージ。
おそらく同じものはこの世に二つとない逸品だったはずだ。
オリヴィエがその香水瓶を気に入って、よく使っていることを知っていたロザリアは、壊してしまったことに青くなった。
彼の不興を買うことは恐ろしかったが、隠しておくことはできない。
それこそ額を膝につける勢いで頭を下げたロザリアに、オリヴィエはひらひらと手を振って笑ったのだ。
「それがコレの寿命だったならしかたないでしょ?」と。
考えこむロザリアにアンジェリークは続ける。
「それなのに、ロザリアには、めちゃくちゃ執着してるんだもん。
常に自分のものだって確認してないと、落ち着かないみたいじゃない。
本当はずっとそばに置いときたいくらいなのかもね。
あ~、スゴイ。
ロザリアってば愛され過ぎ!」
ぱちくりと目を丸くしたロザリアの顔が急に真っ赤になった。
それはアルコールなんかのせいじゃなく。
きっと、あの時のオリヴィエのあんなこんなを思い出して、その愛情を再確認したのだろう。
両手で火照った頬を抑えて、少し俯いて。
恥ずかしがるロザリアは可愛すぎる。
「わたしだって、そんなふうにジュリアスに押し倒されたいわ!
もう~~~!!」
アンジェリークはやけになったように、一升瓶を傾けた。
が、もう中身がほとんど残っていないことに、がっくりと肩を落とすと、ごそごそと奥のキャビネットから別のボトルを取り出した。
そして、新しいボトルの封を切るのももどかしく、アンジェリークはグラスを満たしていく。
こつん、こつんとガラスの触れる音がするのは、すでに手元がアヤシイせいだ。
零しそうになって、グラスの縁を舐める姿は、宇宙の女王とは思えないが、今はそんなことを言っている時間じゃない。
いつのまにかロザリアも近寄ってきていて、新しいボトルに手を伸ばしている。
「それ、焼酎だよ?」
「え? …あら、わりと美味しいんですのね。」
こくりと透明な液体を飲み込んで、ロザリアが笑う。
「ねえ、アンジェ。
ジュリアスが所構わず迫ってくるような人だったら、あなたは彼を好きになっていて?」
「えっ。」
今度はアンジェリークが絶句した。
いつも勤勉実直で、本当に誠実な人。
他人以上に自分に厳しく、公正な目を忘れない。
純粋すぎて、不器用で、誤解されやすくて。
でも、そんなジュリアスだから、好きになったのかもしれない。
「う~ん。
もしかして、ジュリアスがオリヴィエみたいな人だったら、ってことだよね?
…好きにならないかも!」
あはは、と大笑いして、
「じゃあ、ロザリアは?
オリヴィエがいっつも生真面目にベッドに入って、明かりを消して…みたいな人だったら、好きになってた?」
意地悪く尋ねてみると。
「そうですわね…。」
ロザリアは頭の中で、想像してみた。
きちんとパジャマを着こんだオリヴィエが、ベッドの上でロザリアを抱きしめて。
明かりを消して、見つめ合って…。
ある意味、映画のようなシーンは理想的ではあるけれど…。
なんだか、そんなふうに「さあ、やるぞ」という空気を醸し出されると、逆にロザリアは恥ずかしくなる気がする。
逃げ出してしまいそうだ。
「好きにならないかもしれませんわ。」
つい、くすくすと笑ってしまった。
ロザリアの笑い声につられるように、アンジェリークも笑い出す。
どうやら泣き上戸を超えると、笑い上戸になるらしい。
アンジェリークは、目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら、ひいひいと大笑いした。
「わたし達って、すごく合ってるよね?」
「ええ、全然合ってないところが、すごく合っていると思いますわ。」
女王候補同士のライバルとして、初めて出会った時。
お互いにきっと苦手意識があったと思う。
庶民とお嬢様。
優等生とどこにでもいるクラスの一人。
重なる部分なんて一つもなかった。
けれど、今、こうしてお酒を飲んで、恋人の話をしている自分達は、間違いなく親友なのだと言い切れる。
「あ、そのお菓子、わたし、まだ食べてなかったのに!」
さっきまでお皿に盛られていたキャラメルナッツが見る影もなくなっている。
ロザリアの手作りのキャラメルナッツは、市販のモノよりも甘くて、アンジェリークの大好きなおつまみなのだ。
知っていて、ロザリアも作ってきてくれたはずなのに。
「あら、ごめんなさい。 これが最後の一つでしたわね。」
あーんと大きな口を開けて、ロザリアが最後の一つを口の中に放り込んだ。
キャラメルの香ばしい匂いが、ふんわりと漂ってきて、アンジェリークは歯噛みをする。
「ずるいー! じゃあ、この焼き菓子はわたしが全部食べちゃうんだから。」
「まあ、あんたって、本当に食いしん坊ですわね。 太っても知らなくてよ。」
むにっとロザリアがアンジェリークの頬を摘まむ。
仕返しに、アンジェリークはロザリアの胸を真正面から揉んだ。
「きゃあ!」 と、ロザリアが甲高い声をあげたが、お構いなしでふにふにと揉み上げる。
掌からはみ出すほどのボリュームが、アンジェリークには羨ましい。
「ここはロザリアの方が脂肪が多いのよね。
ほかは断然わたしの方が多いのに!
ねえ、やっぱりオリヴィエに揉んでもらうようになって、大きくなった?」
「そ、そんなわけありませんわ! あんたこそ、ジュリアスに揉んでもらったらいいじゃありませんの!」
「ジュリアスはそんなにおっぱいフェチじゃないみたいなのよね。 どっちかっていうと、足?」
「…オリヴィエは…。 …好き…かもしれませんわね。」
「やっぱりー! そうだと思った~。」
「足よりは普通ですわ!」
くだらないことでコロコロ笑って。
さりげなくのろけ話なんかもしたりして。
楽しくて、つい飲みすぎて。
いつまで話していたのか、お互いに全く記憶のないまま、いつのまにか、部屋はしんと静まり返っていた。
次の日。
女王の私室のドアの前で、ジュリアスは動物園のクマのように、うろうろと歩きまわっていた。
『女子会だから絶対に覗かないでね!』と、念押しされて、いつもの逢瀬を拒まれたのだ。
たまのことだから、と、寂しく一人寝をし、朝になって、ここへやって来たものの、まだ扉は固く閉ざされている。
仕方なく、執務室へ行き、手近な仕事を片づけて、もう一度来てみたが、まだ扉は一向に開く気配がない。
中はしんと静まり返ったまま。
人の気配すら感じられる気がしない。
かといって、女性の部屋に無断で侵入することもできず、結果、ドアの前でうろうろとしているのだ。
「ちょっと~。 日の曜日にまで呼び出しってどういうこと?!」
相変わらずのきらびやかなファッションに身を包んだオリヴィエが、愚痴りながらやって来た。
アンジェリークが心配でたまらなくなったジュリアスは、中にいるであろうロザリアの恋人であるオリヴィエに連絡をとったのだ。
…一人では部屋に入れないが、二人ならば許されるだろう、と信じて。
「陛下が出てこられないのだ。」
「ロザリアと一緒なんでしょ? 別におかしくないんじゃないの?」
ジュリアスと同じように、オリヴィエも
『久しぶりにアンジェと女子会をしますの。 申し訳ないけれど、週末はご一緒できませんわ。』
と、すげなくロザリアに告げられ、わびしく一人寝を囲っていたのだ。
ロザリアがどれほどアンジェリークを大切に思っているか知っているし、ロザリアのそういう部分も愛おしい。
だから、彼女の帰りが遅いことも、別に気にしていなかった。
女の子同士のおしゃべりの楽しさをオリヴィエは十分承知していたからだ。
「何を言う! もう昼になるのだぞ。
一度も出てこぬとは、なにか異常事態があったのやも知れぬ。」
「ただの寝坊じゃないの? ホラ、盛り上がり過ぎて徹夜したとかさ。」
心配でたまらないという雰囲気のジュリアスをなだめるために言ったオリヴィエの言葉に、余計にジュリアスは不機嫌になったようだ。
「そなたは気にならぬのか?
もしや、中で二人が倒れてでもいたらどうする? 宇宙にとっても一大事なのだ。
事態は一刻を争うのだぞ?!」
オリヴィエはため息をついた。
全くジュリアスはどこまでも…アンジェリークを大切に想っているのだろう。
もっともオリヴィエも全く心配していないわけではなかった。
あのロザリアがこんな時間まで寝坊するという事は、確かに信じがたい。
朝まで寝かせなかった日でも、ロザリアはきちんとオリヴィエよりも先に起きているのだから。
「開けるぞ。」
いつの間にか、ジュリアスは手にしていた合鍵をドアに差し込んでいる。
鍵を持ってるなら、さっさと開ければいいのに…と思わないでもないオリヴィエだったが、黙っておいた。
ドアを開けるジュリアスの顔があまりにも真剣で、とても冗談を言えるような空気ではなかったからだ。
重いドアを開けると、まぶしい光が目を射った。
昼間なのだから当たり前かもしれないが、このキラキラした眩しさは明らかに日差しではない。
天井につりさげられた豪奢なシャンデリアが、煌々と辺りを照らしているのだ。
もちろん分厚いカーテンは閉まったまま。
気づけば、部屋中に立ち込めているアルコールと、甘いお菓子の香り。
ジュリアスの額にうっすらと青筋が立ってきたのはなぜだろう。
ふと床を見たオリヴィエは、そこに二人の少女が寝転がっているのが目に入った。
どーんと大の字であおむけにぐうぐうと眠っているアンジェリーク。
その隣で、猫のように丸まってすやすや眠っているロザリア。
転がる3本のボトルは空になっていて。
食べ残しのお菓子類はテーブルの上どころか、床にまで散らばっていて。
まさに惨状、といってもいいだろう。
一体どうしたらこうなるのか。
電気も消さず、雑魚寝とは。
「…。」
思わず絶句したオリヴィエは、ロザリアのそばに近づくと、膝を折り、彼女の顔を覆っていた長い髪を払いのけた。
無防備な寝顔。
とても楽しそうに笑みを浮かべて、ロザリアは眠っている。
こんな顔は、オリヴィエにだって、なかなか見せてはくれない。
傍らのジュリアスも同じように、アンジェリークの顔を見て理解したのだろう。
すっと音も立てずに立ち上がると、さっさと部屋の外へと出て行ってしまった。
慌ててオリヴィエも後を追うと、ジュリアスは入った時と同じように、ドアに鍵をかけ、大きなため息をついた。
「女子会とは、恐ろしいものなのだな。」
「ま、覗いちゃダメってことはよくわかったね。」
なぜか大いに共感して、二人はそのまま、聖殿を後にしたのだった。
FIN