side Olivie

そのあと、ロザリアはオリヴィエの執務室に向かった。
ちょうど片づけなければならない書類があったので、届けがてら話をしようと思ったのだ。
ひととおり、チラシを読んだオリヴィエはひらひらと紙を泳がせた。
「まあ、陛下の言うことも分からなくもないけどね。」
思案顔で相談してくるロザリアにオリヴィエは苦笑いで答える。
「たまにはいいんじゃない。ここにいるクセのある男ばっかり見てると、普通の恋愛できなくなっちゃいそうだしね。」
「でも・・・。」
まだ、ロザリアは考え込んでいる。
生真面目なロザリアは「合コン」なんて考えもつかないらしい。

「大丈夫だって。少し話するくらいだから。結婚するってわけじゃないんだよ。陛下の見張りだと思って行っておいで。」
オリヴィエは笑顔でロザリアに言った。
するとロザリアは言いにくそうに切りだした。
「わたくし、あまり男性に好かれるタイプではありませんでしょう?今までも本当にお付き合いしたことがありませんの。
皆さん、わたくしには親しくお話ししてくださいませんし…。むしろアンジェのほうが女王府の男性職員とも仲良しですわ。
もしかしてパーティーでもアンジェの邪魔になってしまったら、と思うと心配で…。」

オリヴィエは驚いた。
(好かれるタイプじゃない?むしろ、アンタと付き合いたい男はこの聖殿だけでも山ほどいると思うんだけどね。)
確かにロザリアは少しどころか大いに鈍いところがある。ことに男女交際に限っては。
自分に寄せられる好意を少しも気づいていないらしい。
オリヴィエは以前、ロザリアにアタックしていた女王府の書記官を思い出した。
彼は毎日ロザリアの執務室に違う品種の薔薇を送り続けた。
なんでも、「どの品種のバラより美しい方に思いをこめて」とかいうカードが添えられていたそうだ。
それが30本ほどになった頃、ロザリアはお礼としてその書記官に薔薇の苗をプレゼントした。
「この聖地にしかない薔薇です。とても美しい品種なので、お探しのものであればよいのですが。」と、言葉を添えて。
その微笑みには本当に裏がなく、彼はその苗を持ってすごすご退散したとか。

それほどの鈍さなのだ。このままではまずいと心配するアンジェリークの気持ちもわかる。
「オリヴィエも賛成なのですか?」
ロザリアが首をかしげながら聞いてくる。こんな無防備な姿はまさに18歳の美少女だ。
「うん、イイと思うよ。とびきりかわいくしてあげるから、楽しんでおいで。」
「そうですか・・・。」
ロザリアの眉根が少し寄せられたように思ったが、すぐに笑顔になった。
「ではおねがいしますわ。わたくしを男性受けするようにコーディネートしてくださいませ。」
きっぱりと言ったロザリアを見てオリヴィエは頷いた。


「わ~~。ロザリアってばすごくきれい~。」
アンジェリークが感嘆の声を上げた。
「あら、陛下も、じゃなくてアンジェもとっても可愛らしくてよ。」
今日は二人揃ってとびきりのおしゃれだ。とくにいつもの「威厳がある」とか「清楚」とかそんなスタイルの必要ないおしゃれは久しぶりだった。
アンジェリークはふわふわの金の髪に合わせたイメージで淡いピンクのワンピース。
ハイウエストをマークするリボンがミニのスカートをふわっとさせるのにとても効果的だ。
アクセサリーは小ぶりなスイーツモチーフで、一段と可愛らしい。
たいしてロザリアはラベンダーカラーのワンピース。あえてボディラインを強調しないゆるいスタイルで膝上丈がとても新鮮だった。
アクセサリーは大ぶりで様々なモチーフがついたロングネックレスだけだった。いつもはアップにしている髪もゆるいカールを流している。

「ロザリアって足もきれいね~。膝とか傷一つないもん。」
アンジェリークはそう言って、自分のストッキングの膝を恨めしそうに眺めた。
「この、木登りして落ちた時の傷が嫌なんだ~。」
「木登りなんてするからですわ。宮殿の廊下を走るのもいい加減におやめくださいね。」
ほほえましい二人。そのそばに変身させた二人を満足げに眺めるオリヴィエがいた。
(う~ん、やっぱりこのオーラは隠しきれないねぇ。)
二人の少女がとても眩しく映る。
特にロザリアはあまり着ない着丈のせいかとても新鮮に見えた。
「ほめ合っててもしょうがないでしょ。早く出かけないと誰かに見つかるよ。」
「誰かに聞かれたら、今日はわたしの部屋で二人きりでおしゃべりするから、立ち入り禁止って言っておいてね。」
アンジェリークの言葉に恭しく敬礼して、送り出す。
オリヴィエの声にせかされるようにして二人は宮殿を出た。


「では、今日の出会いを祝して、カンパーイ」
司会者の声に合わせて、あちこちでグラスが重なる音がした。
会場で落ち合った女官はマリンという名の20歳くらいの子だった。
マリンもとびきりのおしゃれでロザリアから見てもとてもかわいかった。
淡いオレンジのチュニックにフリルのスカートがのぞいている。男の子受けでは一番かもしれない。
マリンは二人よりもずっと慣れていて、次々に男の子と話している。

「え~と、アンジェとロザリアもこっちに来てお話ししよ?」
今日は身分を隠しているので、名前で呼んでほしい、とあらかじめお願いしてあった。
とはいえ、同年代の女の子に名前を呼ばれるのは久しぶりで、それだけで二人の気分は高揚していた。
乾杯のグラスに口をつける。
少しアルコールを感じたが、軽い口当たりで飲みやすかった。
アンジェリークはすっかりマリンと話を合わせて、男の子たちと盛り上がっている。
小さいころからずっと女王候補として女子校育ちのロザリアは、話を聞くことに徹していた。

「あそこの3人組、すっげーかわいくね?」
「ホントだ。声かけたいけどな~。ちょっと無理目かな~。」
あちこちでロザリア達を噂している。
どうみても今日一番の「アタリ」の3人組は男の子たちの注目を集めていた。

しばらくして、、ロザリア達はやはり3人で来ていた男の子たちとひとつのテーブルを囲んだ。
自己紹介として、名前と年齢を言い合う。
「マリンです。20歳です。女王府で働いてます。」
「アンジェです。18歳です。同じく女王府です。」
「ロザリアです。18歳です。女王府に勤めておりますわ。」
嘘をつくことが後ろめたくてなんとなく歯切れの悪い口調になってしまう。
ロザリアの固い雰囲気に少しきまずい空気が流れた。

(それにしてもアンジェって本当にすごいわね。誰とでも仲良くなれて羨ましいですわ。)
やっぱり自分はこういうところには向いていない、と思う。知らない人と話すのは何となく気遅れしてしまう。
以前のようにガードのために高飛車になってしまうようなことはなくなったが、苦手意識は消えていなかった。
盛り上がる様子をみて、ロザリアはグラスに口をつける。
ワインを飲みなれたロザリアにとって、甘いカクテルはアルコールを全く感じなかった。
すこしの酔いがロザリアをいつもより朗らかにしたようで、だんだんと話にも入れるようになっていく。
隣にいる男の子がロザリアに話しかけた。

「君みたいな人、聖地で見たことがなかったよ。いつもどこで買い物とかしてるの?よかったら案内したいな。」
ロザリアの視界いっぱいに入ってくる話しぶりだ。
(え~と、確かこの方はクラウスさんだったわね。)
さっき聞いたばかりの名前を思い出す。目の前の男の子は大学生らしいが、とても勉学に励んでいるようには見えない。
「ええ。わたくしあまり宮殿の外には出ませんの。仕事が山積みで最近はお買い物すらできませんのよ。
もっと時間があったらぜひご案内していただきたいのですけど。」
ロザリアは申し訳なさそうに答えた。
クラウスはきょとんとした顔でロザリアを見た。そして、苦笑いする。
「買い物というのは口実で、パーティーが終った後でも会いたいな、という意味なんだけど。」
うすい茶色の瞳がロザリアにしっかりと向けられた。
勘違いの恥ずかしさに思わず赤くなる。それを別の意味でとったのかもしれない。
クラウスがロザリアに近づく。二人の距離は肩が触れ合うかという10cmくらいの距離になっていた。

(あ~、ロザリアってば、やっぱり変なのに引っ掛かってる!)
アンジェリークはハラハラして二人を見ていた。
(ロザリアみたいなお嬢様は免疫がないから、悪いのに騙されやすいのよ!)
何を話しているのかは見えないが、男が下心満載なのはバレバレだ。
アンジェリークは周りに集まる男どもに適当に受け答えしながら、
(ロザリアに変なことしたら、このバックを投げつけてやるから!それとも強烈なサクリアをお見舞いしてやろうかしら!)
そんな物騒なことを考えていた。


「これから二人で抜け出さない?」
クラウスは覗き込むようにしてロザリアにささやく。
(まるで、オスカーみたいね。)
ロザリアは可笑しくなってしまった。
「わたくしは魅力的に見えまして?」
あれから話をしながら結構グラスを重ねてしまった。少し足もともふわふわしている。
上目遣いで見上げる瞳は酔いのせいか潤んでキラキラしていて、普通の男なら放っておけないだろう。
「もちろんさ。君に魅力を感じない奴はどうかしてるよ。今夜は一緒にいてもいいのかい?」
くすくす笑う姿をOKと受け取ったのか、クラウスがロザリアの肩を抱こうとした。

アンジェリークがクラウスの動きに気付いてバックを振り上げた時、二人に近づいた人影に気づいた。
(なによ、もっと早く来なさいっていうの!こうなったら、わたしは思いっきり遊んでくんだから!)
そう決めてかわいく微笑むと、「アンジェ、あのサラダ食べたいな?」と周りに声をかける。
われ先に、と料理を取りに行く男の子たちを見て、「やっぱり女王様だわ…。」と、マリンがつぶやいた。


「ごめんね。このコはワタシが先約なんだ。」
突然手を掴まれてクラウスはうめいた。振り返ると自分より背の高い男が腕をねじり上げようとしている。
深くかぶった帽子で顔ははっきりとは見えないが、かなりの美形であると予想はできた。
「少し、あっちへ行っててくれないかな?」
にこやかな言い方だが、有無を言わせない迫力があった。
放された手をさすりながら、クラウスは仲間のほうへ退散して行った。

「なんだよ~。もうちょっとだったのに。」
悔しそうにアンジェリークの周りにいた仲間に声をかけた。
「急に出てきてさ、アイツなんなの?君は知ってる?」
アンジェは少し考えるポーズでこたえた。
「きっと、ロザリアの王子様じゃない?」
きらりっと光った瞳にクラウスが後ずさると、アンジェリークは堂々と言った。
「アンタごときがロザリアに近づこうなんて百年早いっていうの!早く、飲み物持ってきて!」
なぜか言うことを聞いてしまう自分に首をかしげるクラウスだった。


「ロザリア、ちゃんと歩けないのかい?」
あの場所から早く連れ出そうとかなり焦ってしまった。
オリヴィエは黙って手を引かれているロザリアを振り返ると、気遣わしげに言った。
ドアを抜けると中の喧騒が嘘のように静かだ。
ドアの横の植え込みのブロックに並んで腰をかけると、しばらく言葉が途切れた。
「なぜ、いらしたんですの?楽しんでおいで、とおっしゃいましたわ。」
うつむいたまま、ロザリアが話しだした。
「うん、どうしてかな。」
オリヴィエの声は静かだった。さっき、男の手をねじり上げた時の激しさはすっかり消えている。
「もうちょっとで、ヤツの腕を折っちゃうところだったよ。」
おどけて言うオリヴィエに顔を上げたロザリア。
汗をかいた額に青紫の髪が張り付いてなまめかしい。
上気した頬と潤んだ瞳にオリヴィエの胸が痛いほど波打つのがわかった。

「我慢できなかった。アンタのその姿を他の男が見るのが。気づいたらこの店に来ててさ。」
オリヴィエの瞳がロザリアの瞳に重なって、視線がぶつかる。
「気づいたら、アンタの邪魔をしてたってこと。・・・・ごめん。」
「オリヴィエ…。」
オリヴィエの腕がロザリアをとらえる。
「気づかないふりをしてた。アンタをこんなにも独り占めしたいって気持ち。」
熱い視線にロザリアの体も熱くなる。アルコールとは違って心から来る熱。
掴まれた腕が燃えるように感じた。

「送り出してくれたオリヴィエを見て、わたくしの想いは叶わないものだと思いましたわ。」
オリヴィエの手に自分の手を重ねて、ロザリアはオリヴィエを見つめた。
「行くな、なんて言えないよ。わかるだろう?ワタシはアンタが幸せでいることを望んでた。それがほかの男でもさ。譲れる、と思ってた。」
「オリヴィエは馬鹿ですわ…。」
オリヴィエの胸に頬を寄せる。
「ごめんね…。」
抱きしめる手に力を込めて囁く。二人の唇がそっと近づいた。


月明かりの下で手をつないで歩く。
「ワタシ以外の男と飲んだらダメだよ。」
「まあ、どうしてですの?」ロザリアが膨れる。
「あんなアンタは誰にも見せられないよ。」オリヴィエがロザリアの耳に唇を寄せる。
「次はワタシだって我慢できないかもね。」
不思議そうな顔をしたロザリアに「そのままのアンタがいい。」とオリヴィエはふたたび口づけた。


その頃アンジェリークは2次会のカラオケでマイクを占領していた。
すでに時計は12時を回っている。
たくさんの男を従える様子は「合コンの女王」として長く語り継がれたという…。


FIN
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