(きっと、こういうことにも詳しいですわね。)
しょっちゅう聖殿を抜け出して夜遊びしているのをよく知っていたのだった。
執務室に行くと、ゼフェルは相変わらず執務そっちのけで何やらメカをいじっている。
背後からそっと忍びより声をかけた。
「何をしてらっしゃいますの?」
「うわ~~。」
思い通り驚いたゼフェルに満足して、ゼフェルの机のそばの椅子に腰を下ろした。
礼儀正しいロザリアが許可もなく座りこむのはこの部屋だけだ。
「なんだよ、てめーは。びっくりすんだろ!」
転がり落ちて真っ赤になって怒るゼフェルを気にした様子もなく、ロザリアは話を切り出した。
ロザリアが差し出したチラシを見たゼフェルは、「はあ~~、何だこりゃ。」とチラシを投げ捨てた。
「ばっかじゃねえの。おめー、まさか行くつもりじゃねーだろーなあ。」
「ですから、アンジェが行くのですもの。わたくしが行かないわけにはまいりませんわ。」
ロザリアがイライラと返す。
「そんなこと言って、おめーも興味あんじゃねえの。」
「ありませんわ!」
いつものごとく、といえばいつものごとく言い合いになってしまう。
遠慮のない二人だからこそなのだが、エスカレートしてしまうのだ。
同じようにイライラしてきたゼフェルは机の上のペットボトルを乱暴に取り上げた。
「おめーが行く必要ねーだろ。大体、おめーにはお・・・。」
とんでもないことを言いかけて、あわててペットボトルの水を口に含む。
「お?」
言いかけてやめたゼフェルに続きを催促するように言い返した。
「お、お、男なんて寄ってこねえって言ってんだよ!おめーみたいなかわいげのねぇ女が合コンなんて行ったって無駄だってえの!」
(しまった!)と思ったが、時すでに遅し。
顔を真っ赤にしたロザリアは「ゼフェルに聞いたわたくしがバカでしたわ!」と、部屋を飛び出して行った。
何となく、瞳のふちが光っていたような気もしたが、ゼフェルはロザリアを追いかけることはできなかった。
次の日の昼休み、ロザリアは帽子にサングラス、そしてマスクの変装3点セットで聖殿を出た。
どう見ても怪しい人だが、ロザリアは気付いていない。
補佐官服ではばれる、とさすがに思ったのか私服に着替えさらに黒いコートまではおっている。
ロザリアが向かった先は、大きな書店だった。
(ふう、少し面倒でしたけど、ここまできてよかったわ。)
雑誌コーナーの前に立ったロザリアはその充実ぶりに満足した。
聖殿の敷地内にもコンビニらしきものはあるが、いかんせん種類が少ない。
しかもお目当ての雑誌類はほとんどないのだ。
(全く、ジュリアスの反対がなければ、こんなに苦労しなくて済みましたのに!)
聖殿の敷地内に売店を、という話になった時、雑誌やらコスメやらの「浮ついたモノ」を置くことをジュリアスは強弁に反対した。
おかげで、売店は飲食物とわずかな日用品、文房具などがあるのみだ。
(帰ったら、書類を山のように回して差し上げますわ。)
ロザリアから黒いオーラが見えた。何といってもこの格好は暑いのだ。
雑誌コーナーで仁王立ちしたロザリアは、棚に合った女の子向けファッション誌を素早く数冊手に取ると、走り去るように会計を済ませた。
(男が寄ってこないですって!完璧な合コンスタイルを見せて差し上げるわよ!)
とにかくロザリアは負けず嫌いだったのだ…。
補佐官室に戻ると、買ってきた雑誌を広げ、早速読み始めた。
普段ならあり得ないその行動も、今のロザリアにはまったくの無問題だ。
何冊目かの雑誌を読み始めたロザリアの瞳が突然輝きだした。
小悪魔○ゲハ。
そこには「究極のアゲ嬢ファッション!これでオトコはあなたに夢中!」とあった。
(これだわ!)
今まで見たことのないそのファッションはいささか刺激的だったが、確かに男性は喜びそうだ。
何より「今、一番の流行」と書いてある。
「オトコを虜にする…」だの「モテ系」だの、今のロザリアがまさに求めていた言葉だ。
よく見ると、ほかの雑誌には「モテる」という単語は出てこないではないか。
(見てらっしゃい、ゼフェル!)
ロザリアは雑誌のファッションを取り寄せるために電話に手を伸ばした。
補佐官権限ですぐに届いた衣装は、雑誌で見るよりずっとアブナイ感じがした。
何よりいつもの衣装の何分の一だろうという布地の量だ。
少し怖気づいたが、早速試着してみることにした。
何よりゼフェルをあっと言わせなければならないのだ。
着てみると、意外にも似合っている。
サテンのように光った布地は紫がかったブルーでロザリアの髪の色によく合っていたし、ボディラインにフィットした服はロザリアのスタイルのよさを際立たせていた。
(あとはメイクと髪型ね。)
ゆるくアップにして、おくれ毛を出す。
盛り込み具合は今一つだったが、ルーズな感じは雑誌のイメージ通りだ。
メイクはぎりぎりまで頑張ったが、どうしてもうまくいかない。
(しかたありませんわ。)
いつもより濃い目のルージュとグロスだけにしたが、それだけで十分にセクシーだ。
ロザリアは雑誌と鏡に映った自分とを見比べて満足げに微笑んだ。
昨日のケンカですっかり落ち込んでいたゼフェルはロザリアのノックの音に飛び跳ねる勢いでドアを開けた。
黒いフードの付いたコートを着込んでいるロザリアはまるで何かの宗教の信者だ。
(まさかオレを呪い殺すとかいうんじゃねーだろーなー。)
少しビビりながら部屋に招き入れる。
ドアがしまる音と同時に、ロザリアがコートを脱いだ。
「ほーほっほっほっ。これでも男が寄ってこないとおっしゃいますの?」
昔のような高笑いとともに現れたロザリアの姿に、ゼフェルは仰天した。
ボディラインに張り付いたサテンのブルーのドレス。
体の凹凸がすべて丸わかりだ。超ミニといってもいいスカートからはすらりとした足が伸びている。
ホルターネックの首元からは豊かな胸がこぼれ落ちそうなくらいに主張し、肩と背中が無防備に開いたドレスは、体のほとんどが露出しているように見えた。
アップにした髪もいつもの補佐官スタイルとは違って何ともいえずセクシーだ。
ゼフェルの目が点になり、まん丸になり、顔が真っ赤になっていくのをロザリアはさも得意げに眺めた。
ゼフェルは体中のあちこちが意思とは関係なく動きそうになるのを必死でこらえる。
少しでも動いたらとんでもないことをしでかしそうだ。頭の中で円周率を唱え続けた。
「わたくしでも、このくらいのことはできましてよ。それでは、パーティーで楽しんでまいりますわ。ごきげんよう。」
グロスでつやつやした唇を動かしてロザリアが微笑んだ。
そして、絶句したゼフェルを横目に、ロザリアは再びコートを着込むとゆうゆうと部屋を出て行った。
ゼフェルは固まっていた。茫然自失。
(反則だろー。あれじゃ、オレじゃなくたって…。)
あわてて動けるようになったゼフェルはいそいで追いかけたが、すでにロザリアとアンジェリークは外出した後だった。
ロザリアとアンジェリークがパーティに着くと、会場中の男の子たちの視線が集まった。
ロザリアの姿に初めは驚いたアンジェリークもよく見れば似たようなスタイルだった。
「やっぱ、今のスタイルはこれよね!」とアンジェに言われた時、ロザリアは少しゼフェルに感謝した。
ゼフェルに言われなければ、今頃さえないお嬢様スタイルで壁の花になっていただろう。
意気揚々と会場の真ん中に進むと、次々と男の子たちが声をかけてきた。
ロザリアとアンジェリークの手に男の子の自己紹介カードがどんどん集まっていく。
(ほら、ごらんなさい。わたくしだってその気になればモテモテなんですからね。)
帰ったら、このカードをゼフェルに見せようと、ロザリアは思う。
そして、出てきたときのゼフェルの顔を思い出した。
(あの顔…。)
思い出し笑いの笑顔は殺人的に魅力的で。
男の子たちの間に争奪戦の空気が流れ始めた。
「おい!」
突然、手をひかれて、ロザリアはよろめいた。
そして、そのまま手を引いた相手の胸に倒れこむ。
「帰るぞ!」
驚いて顔を上げると、ゼフェルがいた。
私服のゼフェルはやんちゃな男の子といった感じで、この場所にそぐわない。
ロザリアが動かないせいか、ゼフェルは再び手を引っ張ると、「帰るぞ。」と繰り返した。
「彼女はいやがってるだろ。」と、周りにいた男の子が間に入ろうとする。
「うるせーんだよ!」と、ゼフェルがいきなり殴りかかった。
人混みがさっと開いて、男の子が倒れ込む。勢いでテーブルがひっくり返った。
険悪な雰囲気にロザリアはゼフェルの袖を引いた。
「ゼフェル、こんなところでいけませんわ。騒ぎを起こしたら正体がばれてしまいます。」
ロザリアの声にゼフェルが振り向いた。
「うるせーな!ごちゃごちゃ言うな!」
ゼフェルの顔は尋常ではない。真っ赤な瞳がさらに燃えるように赤い。
ロザリアは驚いて手を離した。
「おめーはオレのもんなんだ。おとなしく帰りやがれ!」
静まり返っていた会場にゼフェルの絶叫が響き渡った。
さらに続く沈黙。
唖然とした人々にアンジェリークが言った。
「王子様のお迎えよ。お姫様は帰らないとね。」
さあさあ、とばかりに二人をドアへ押しやる。
自分の言った言葉に茫然としたゼフェルはますます真っ赤になって、ロザリアを引っ張って行った。
残ったアンジェリークは、合コンを思う存分満喫したのだった。
「あの・・・。」
「なんだよ?」
恥ずかしさに顔を上げることもできないゼフェルはうつむいたまま答える。
「手を離していただけませんこと?」
「あ、ワリィ・・・。」
思い出したように手を離した。
立ち止ったロザリアに合わせて、ゼフェルも立ち止まる。
ロザリアがバックの中から取り出したのは、さっきの自己紹介カードだった。
「見てくださいませ。わたくし、こんなにモテましたのよ。昨日の言葉を訂正していただけませんこと?」
どこまでも高飛車で負けず嫌い。両手を腰にあててゼフェルを見ている。これがロザリアなのだ。
ゼフェルは笑いだした。
「あーあー、オレの負けだよ。おめーはすげーモテてたぜ。」
「笑うのはおやめになって!」
ロザリアがこぶしを握ってゼフェルをポカポカと叩く。
その手をつかんで、ゼフェルはロザリアを見つめた。
「でもよ、モテんのはオレからだけでいいだろ。」
照れたようにそっぽを向いて、「オレ、オスカーみてー・・・。カッコワリィ・・・。」とつぶやく。
「とにかく、おめーはオレのもんなんだ。わかったか!どこも行くな!」
「おめーが、好きだ。」
ゼフェルがロザリアを抱きしめた。ロザリアは全く抵抗しない。
(誰よりもゼフェルに見せたかったんですわ。わたくしを女の子としてみてほしかったの。
誰よりも素直になれる人。これからはゼフェルにだけモテたらいいですわ。)
ロザリアもゼフェルの背中にそっと手をまわした。そして、二人の影がぎこちなく重なった。
「ところで、ゼフェルはこのファッションをどう思いますの?」
ゼフェルは詰まった。
「その気になりましたの?」
あくまでもロザリアは無邪気だ。
(おめー、その気の意味わかってんのかよ!)
一人突っ込むのもむなしい。
「さーな。なんなら試してみるかよ?」
手を頭の後ろで組んで気をそらす。
「そこまで言うなら試してみてもよろしくてよ。」
ロザリアが怒ったように言った。
(また、ケンカになってしまうかしら? せっかくゼフェルに好きって言われた日ですのに・・。)
そんなロザリアの額にキスをして、
「今はまだこれでいいぜ。」と、ゼフェルはにやりと笑った。
(この次はこれじゃすまねーけどな!)
FIN