チートな関係

「は~~~~~」
アンジェリークの口から飛び出した長い長いため息に、一緒に午後のお茶を楽しんでいたロザリアは、くすりとほほ笑んだ。
「あら、また悩み事かしら?」
いたって平和で安定している現宇宙で、アンジェリークがため息をつく原因は一つしかない。
けれど、ロザリアはわざと知らん顔で、
「お菓子が足りなかったかしら?」
お菓子の乗ったプレートをアンジェリークの方に寄せる。

すると、すぐに
「違う~。」
アンジェ―リークが金の髪がキラキラと光って見えるほど大きく首を振った。
「では、お茶のお代わり?」
今度は、まだ半分ほど残っているカップにお茶を注ぎたすと、
「ありがとう。 でも、違う~~。」
また同じように首を振る。

「まあ、じゃあなにかしら?」
「もうわかってるくせに!」
とうとうアンジェリークは頬を膨らませた。

「ふふ、ジュリアスのことでしょう。」
少し勝ち誇ったような顔で自分のカップにお茶を足したロザリアに、
「うーん、ジュリアスのことはジュリアスのことなんだけど、わたしのことと言えばわたしのことで~。」
アンジェリークはテーブルに顔を突っ伏して、両手で髪の毛をかき混ぜている。
ふわふわした金の毛がもじゃもじゃになったころようやく、アンジェリークはバッと顔を上げた。
そして、真剣な顔で、ロザリアとひたと瞳を合わせると、
「わたし、欲求不満なの!!!」
はっきりとそう言った。


「欲求不満…ねえ?」
とてもわたくしの手に負えない、と、ロザリアに急きょ呼び出されたオリヴィエは、あくまで真面目な顔のアンジェリークの前で腕を組んだ。
「って言ったって、あんた達、ちゃんとやることはヤってるんでしょ?」
同僚の夜の事情など想像したくもないが、彼女たちが『そういう関係』であることは、嫌でもわかる。
二人の間の微妙な空気感だったり、距離感だったり。
一応、そこそこの経験者であるオリヴィエから見れば、まさに『ダダ漏れ』の状態だ。
それに、アンジェリークはたびたびオリヴィエの恋人であるロザリアに、余計なことを吹き込んでは、騒ぎを引き起こしている。
今更、清い関係だなどと言われて信じるはずもない。

さすがに返答しにくい質問だったか、とオリヴィエが反省するよりも早く
「もちろんやってるわよ。」
アンジェリークはしれっと返答してきた。
あまりに当然と言わんばかりの態度に、オリヴィエは肩をすくめた。

「なら、欲求不満じゃないじゃない。
 そういうのは、2週連続でロザリアにお預けを食らってる私が言う言葉。」

オリヴィエがつい愚痴ってしまうのは、ここ最近、ロザリアとのお泊りデートができていないからだ。
先々週は主星のパーティに招かれ不在。
やっとの先週は女の子の日と重なってしまい、抱き合って眠るだけで終わってしまった。
もちろん、その気になれば、お泊りでなくてもいいのだが…。
あんまりガツガツしすぎては、お嬢様育ちのロザリアは引いてしまう可能性が高い。
それに、オリヴィエ自身もじっくりロザリアを愛したいという気持ちがあって、エッチはお泊りの時に限る、というのが、今のところ、二人の暗黙のルールなのだ。

「この週末だって、ジュリアスが泊まったの知ってるんだからね。」
じろりとねめつけるオリヴィエに、アンジェリークはドンっとテーブルに手をつくと、勢い良く立ち上がった。
「何言ってるのよ?! 今日が何曜日だと思っているの?!
 もう4日も経ってて、溜まらないほうがおかしいじゃないの!」
「溜まるって…あんた、女の子でしょうが。」
「女子も男子も関係ない!
 わたしはジュリアスと毎日でもしたいの!
 ジュリアスにガーっと来て、ガバッと押し倒されて、ガツガツされたいの!」
きっぱりと言い切られ、オリヴィエは呆然とするよりも前に感心した。
「そのヤル気がロザリアにもあったらなあ…。」
思わずそんな呟きがこぼれる。
すると、
「ジュリアスにもあったらね・・。」
アンジェリークがドスンと椅子に腰を下ろし、二人は顔を見合わせて、同時にため息をついていた。


「とりあえず、精のつくものを食べさせてみる、っていうのはどう?」
「それくらいなら、ジュリアスの屋敷のシェフに頼めるかもしれないわ。」
「そういえば、ルヴァが前にそんな薬についても調べてるって言ってたかも。」
「ルヴァを締め上げてみるのもいいわね。」
アンジェリークはぺろりと鉛筆を舐めると、オリヴィエの提案をメモしていく。
すっかり意気投合した二人は、その気のない恋人をどうその気にさせるかを夢中で話し合っていた。

「あとは、わざと嫌がってみるとか、焦らす系?」
「ダメよ! その手は散々試して玉砕してるの。」
ジュリアスはアンジェリークの内心はやってほしい気満々の『だめよ』ですら、本当にやめてしまうという優しさの持ち主なのだ。
根がキマジメだから、下手な冗談も通じないのだろう。
「そういうとこも、ロザリアに似てるよね~。」
うんうん、と、二人はまた頷きあってしまう。

「じゃあさ、香りとか。」
「香り…いいかも。」
「実は私も香りは試してるんだけど、そこそこ効果アリだよ。」
「え!ホント?!」
ささいな小細工と言われても、少しでも効果があると聞けば嬉しい。
つい、アンジェリークが声を弾ませて、オリヴィエを見つめていると。
突然、扉がバタンと開いた。


「アンジェ…」
そこまで声に出して、部屋の中のオリヴィエと目が合ったジュリアスは、コホンとわざとらしく呼吸を整え、
「陛下。」と、呼び直した。
そして、
「なぜ、そなたが・・・」
ブリザードなトーンの声でオリヴィエに問いかけたジュリアスに、アンジェリークの声がかぶる。
「あ、ちょっとオリヴィエに秘密の話があって! ね?」
こっそり目配せしているようで、バレバレなウインクに、オリヴィエは内心ため息をついた。
わざとらしすぎて、これでは何かあると言っているようなものだ。

案の定、
「秘密の…。」
ジュリアスの声のトーンがわずかに下がる。
そのほんの一瞬の変化の中で、オリヴィエは背筋がぞくりと震えていた。
わずかにジュリアスから漂った黒い感情。
それをまともに感じ取ってしまったからだ。
「ふ。」
思わず、息が漏れて、オリヴィエは慌てて自分の口をふさいだ。
けれど時すでに遅く、息の音を聞きつけたジュリアスがいつも以上の難しい顔をして、オリヴィエを冷たく一瞥する。
年少組あたりならすくみ上るような眼力だが、オリヴィエにとっては慣れたものだ。
それに、頭にひらめいたアイデアを消化するのに忙しく、ジュリアスがオリヴィエをにらみつつ、アンジェリークに報告している執務の内容など、全く気にならなかった。

どうせ、小難しい話に決まっているから、興味もない。
アンジェリークだって、本当は理解しきれていないに決まっているのだ。
それでもジュリアスが律儀に報告に来るのは…アンジェリークの顔が見たいというのが本心なのではないだろうか。
そんなことをジュリアスに指摘したら、恐ろしいので誰も言わないけれど。
「…お茶の時間があまり長引くことがありませんように。」
ジュリアスの忠告めいた一言は確実にオリヴィエに向けて言ったのだろう。
最後の瞬間まで優雅で礼儀正しい作法通りの所作をしながら、ジュリアスは女王の間を退出していった。


「ふう、焦ったわね! こんなメモをジュリアスに見られたら、わたし、さすがに恥ずかしくて死んじゃう。」
さっきまでの密談が事細かく描かれたメモを指先でひらりと泳がせ、アンジェリークは楽しそうに笑う。
…どうやら無邪気で天然肌の(はっきり言えば鈍感な)アンジェリークは、あのジュリアスの様子にも全く気が付いていなかったらしい。
オリヴィエはくすりとちょっと悪い笑みを浮かべると、アンジェリークの手からメモを取り上げた。
「あ! なにするの?!」
当然のように抗議するアンジェリークに、オリヴィエは人差し指を立てて、声を封じた。

「いいこと思いついたんだけど、乗る?」
「いいこと?」
「そ。 ジュリアスをその気にしちゃう、効果抜群の方法。」
「え?! ホントにそんな方法があるの?」
「ま、やってみる価値はあると思うよ。」
途端に、興味津々で食いついてきたアンジェリークに、オリヴィエはさらに黒い笑みを浮かべた。



それから数日。
ジュリアスはいつものように定期連絡のため、女王の間を訪れていた。
お茶の時間の後、ほぼ一日の執務を終えたころがその時間と、ほぼジュリアスとアンジェリークの中では暗黙のルールが出来上がっている。
報告の後、恋人としてほんの少しの時間語らうというのも同様。
そのはずなのだが。

「はあい。 そろそろ終わり?」
なぜかお邪魔虫がやってきて、定期報告を聴いているアンジェリークがソワソワとし始めた。
「あとちょっとよね。 待ってて。」
オリヴィエの登場に気もそぞろなのが、ジュリアスにも伝わってくる。
湧き上がるモヤモヤした感情と眉間のしわ。
気にしないようにしようとすればするほど、二人の間の目配せなどがいちいち癇に障る。

「…もう終わりにしましょう。」
実際、主要な報告はすでに終えているから、執務的には問題ない。
ただ、ジュリアスにとって本当に一番大事な時間が、この後だったのは言うまでもなく。
それなのに、アンジェリークは全くそのことを忘れてしまったかのように
「じゃ、またね。」
なんだかんだでジュリアスを女王の間から追い出しにかかってくる。
当然、中にはアンジェリークとオリヴィエの二人きり。
後でロザリアも来るとかなんとか言っていたが…どこまで本当かわかったものではない。
「確認すべきか。」
そう呟いてから、己の矮小さに嘆息した。
…恋人であるアンジェリークの言葉すら信じられなくなったら終わりだ。
ジュリアスはめいっぱい後ろ髪を引かれるような気持を振り切って、光の執務室へと戻っていった。

一日だけなら、そこまで気にならなかった。
二日目も、まあ、仕方がないと思えた。
三日目は…さすがに不機嫌さを隠せなくなった。
ましてや、それ以上は。


「はあい。 そろそろ終わりでしょ?」
軽くノックしただけで、ジュリアスがいることにも構わず、オリヴィエは気軽に女王の間に入ってくる。
別になにを言ってくるわけでもないのだが、なんとなく終了を催促されている気がして、それならもっと延長してやる、というような意地悪い気持ちが湧いてくる。
これではいけない。
ジュリアスは努めて冷静であろうと、浅く息を吐き出した。

「では。」
まだ残っている2,3枚の書類をまとめてファイルに入れ、終了の空気をほのめかしてみる。
…そろそろアンジェリークもジュリアスと話したいと思っているのではないだろうか。
そんな気持ちでちらりとアンジェリークを見ても、彼女は何も考えていないように、のんびりお茶を飲んでいる。
きっとすっかり冷めきっているだろうに。
そのお茶よりもジュリアスの価値は低いというのか。
言いたいことをぐっとこらえていると、自然と額に青筋が浮かぶのが自分でも分かった。
それでも、ジュリアスは静かに礼をすると、女王の間を後にした。

どうしようもなくイライラする感情。
きっとこれがアレなのだ、と理解はしているものの、受け入れたくはない。
人を愛するということは楽しく嬉しく素晴らしいことなのに、それに付随する負の感情は…あまりにも醜い。
知りたくなかったと思うほどに。

女王の間の扉をひとしきり睨み付けてから、足を一歩踏み出したところで、背中からロザリアの声がかかった。
「ごめんなさい。 先ほどの書類に一枚、抜けがありましたの。
 こちらの方が緊急になりますから、すぐに決済をいただきたいのですけれど。」
申し訳なさそうに言うロザリアに、ジュリアスは頷いた。
勤勉で有能な彼女にしては珍しいミスだからこそ、すぐに対応するべきだろう。
その場で渡された書類に目を通し、問題がないことを確認したところでサインをするために懐を探った。
愛用のペンをいつもここに刺しているのだが、見当たらない。
「すまぬ。 ペンをおいてきてしまったようだ。」
「まあ。」
ロザリアもなにも書くものを持っていないらしく、ジュリアスは今来た廊下を引き返した。
あまり行きたくないが、いずれにしてもあのペンは必要だ。

いつもなら必ず、マナー通りのノックで入室の伺いを立てるジュリアスなのに、なぜか今は忘れてしまっていた。
焦っていたのか、虫の知らせかもわからない。
がちゃり、と重い音を立てて開くドア。
部屋の中へと視線を向けたジュリアスが最初に目にしたのは…。

背中を露わにしたアンジェリークと、その彼女に口づけるような姿勢で立つオリヴィエ。
まさに今にも抱き合おうとしているような二人。

瞬間、ジュリアスは固まった。
そして、そのジュリアスと目が合ったアンジェリークも固まった。
「どうなさったんですの?」
動かないジュリアスの隙間から中を覗いたロザリアも固まった。
「ちょっと~、ノックくらいしなさいよ。」
オリヴィエだけが通常運転で、ぱっとアンジェリークから両手を離している。

けれど、アンジェリークは固まったまま。
開いたドレスのファスナーから露わになった素肌に赤い下着が見えて、ジュリアスの頭は真っ白になった。
あんな派手な色の下着は見たことがない。

「きゃっ!!!」
ジュリアスはアンジェリークに向かって猛牛のように突進していた。
理性が鳴らすアラームがどこか遠くの方で鳴っているのが聞こえたが、もはやそれどころではない。
アンジェリークの腕をつかみ、グッと自分の方へと引き寄せると、
「え。 あ?!」
アンジェリークに有無を言わせず、膝裏に手を入れ、あっという間に抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこだが、甘い空気は微塵もなく、まるで荷物を運んでいるかのような機械的な動きだ。
そして、そのまま、アンジェリークを女王の奥の間のプライベートルームへと運び入れていく。
その間、数秒。
アンジェリークはもちろん、オリヴィエもロザリアも、一言も発する間もない出来事だった。


ベッドの上にアンジェリークの身体を放り投げると、ジュリアスは彼女にのしかかるようにかぶさり、両手をついた。
真下に見下ろしたアンジェリークは驚きなのか大きく目を見開いている。
その瞳がジュリアスをさらに追い立てると、彼女は気が付いているのだろうか。
…普段のジュリアスがどれほどの自制心でアンジェリークに対しているのかも。

ジュリアスは湧き上がる黒い感情のまま、
「オリヴィエとなにをしていた?」
質問の形をとっているのに、答えを言う隙を与えず、アンジェリークに口づけた。
「あ…。」
息つく間もないほど、アンジェリークの口中を自らの舌と唾液で埋め尽くしていく。
すでにファスナーの落ちていたドレスは、あっという間にアンジェリークの身体からはがされ、扇情的な赤の下着だけがジュリアスの目に眩しい。
男に魅せるためだけのデザインで、申し訳ない程度の部分しか隠していないレースの上下。
アンジェリークの白い肌の上で炎が踊っているようにも見えて。

派手な色がジュリアスの好みでないことは、アンジェリークだって知っているはずだ。
では、誰の好みで。
この、赤を。

ジュリアスはアンジェリークの後頭部を抑え、何度も唇を重ねた。
その水音が耳を刺激し、体の熱さが増していく。
激しい口づけで、アンジェリークの瞳はすでに次の刺激を期待する甘い色だ。
ジュリアスは目障りな赤い下着を取り去ると、すでに硬くなっている胸の頂を口に含んだ。
「んん!」
待ちかねた刺激にアンジェリークは背中を反らせ、ジュリアスの髪の中へと指を絡める。
目に焼き付いた下着の赤よりも紅く。
ジュリアスはアンジェリークの体中に唇を落とし、情事の証拠を残していった。



真夜中。
疲れで眠ってしまっていたジュリアスは、起き上がった瞬間、その場の惨状に青ざめた。
乱れたベッドに残る、明らかな情事の痕跡。
全裸の自分と、その隣で同じく全裸のアンジェリーク。
彼女の体には無数の赤い痕があり、ジュリアスが『したこと』の証拠がバッチリと残っている。
それによく見れば、彼女の目じりには涙のあとのようなものまであるのだ。
さっきまでのアンジェリークにした数々の行為がどっと脳裏に押し寄せてきて、
「私は何と言う事を…」
服を着ることも忘れ、ジュリアスは頭を抱えた。

すると、
「…どうしたの? ジュリアス?」
むにゃむにゃと寝ぼけ眼のアンジェリークがジュリアスの背中に体を寄せてきた。
汗が渇いた素肌は少しべたっとした感触があったが、彼女の体のもっとも柔らかい部分があたり、ジュリアスはどきりとする。
同時に、彼女が愛おしくてたまらなくなって。
ジュリアスはベッドから飛び降り、床に膝をつくと、アンジェリークの手をとった。
騎士から姫に対する儀式のように。
ジュリアスは恭しくその手に口づけを落とすと、静かに首を垂れる。

「先ほどの私の乱暴な振る舞いをどうか許してほしい。
 そなたが…あまりにオリヴィエと親し気にしていたことに……嫉妬したのだ」
とうとう認めてしまった。
ジュリアスの中で認めたくなかった『嫉妬』という感情。
アンジェリークに出会うまで、自らと無縁だったその感情はジュリアスにとって、卑下するものでしかなかったのだ。
それなのに。
激情に駆られ、欲望のままにアンジェリークの身体を貪ってしまったことを、ジュリアスは深く深く反省していた。
首座の守護聖でもある自分が、人間としてあるまじき行いをしたのだ。
もしも、アンジェリークが許さないと言えば、この場で命を絶っても構わない。
そこまで思いつめていた。

「いいのよ。 ジュリアス。」
うっとりした様子で顔を赤くしたアンジェリークがジュリアスのそばへと降り立った。
ベッドのそばに二人で座り込み、顔を見合わせる。
二人ともまだ素っ裸。
はたから見ていれば、とても滑稽な姿なのだろうが…二人の瞳はとても真剣だった。
「わたしこそ…誤解させてしまってごめんなさい。」
アンジェリークがジュリアスの顔をぎゅっと胸に寄せると、柔らかなふくらみがジュリアスの頬に触れる。
甘い甘いアンジェリークの香り。
その柔らかさと暖かさは、尖っていたジュリアスの心も柔らかく包み込んでくれるような気がした。



翌日。
「は~~~~~~。」
アンジェリークの口から飛び出した、長い長いため息に、テーブルを挟んでお茶を飲んでいたオリヴィエは嫌そうに眉をひそめた。
「ちょっと、そのにやけた顔、引き締めないとジュリアスにドン引きされるよ。」
「えへへ。 だって~~~。」
アンジェリークの顔はオリヴィエの指摘通り、ニヤニヤしてだらしがない。
しかも、なんだか肌もツヤツヤ。
唇も頬も血色がよく、生き生きしているのだ。

「ま、希望通りのガーっと来て、ガバッと押し倒されて、ガツガツされる、だったんでしょ?
 ホント、おめでと。」
心なしか嫌味なオリヴィエの口調はともかく、アンジェリークの企みはこれ以上ないほど成功していた。
おかげで体調もすこぶるよく、気分も晴れやか。
大満足なのだから、つい顔がにやけるのも仕方がない。

「もう、ジュリアスってば、ホントにすごかったんだから~!
 あんなのとかこんなのとか、どうして今までやってくれなかったのかしら。
 わたし、気持ちよすぎてイキっぱなしで涙が出ちゃったもの。」

もちろん、今までのアンジェリークを気遣いながらの優しいベッドも気持ちがよかったのだが、なんといっても昨日は量が違った。
「3回よ! 一気に3回!」
ガツガツしたジュリアスは本当に男らしくて…。
滅多にお目にかかれない汗ばんだ身体や、ぎらついた野獣のような瞳。
額に張り付いた金の髪もたとえようのないほどセクシーで、思い出すだけで下半身が熱くなって、ムズムズしてきてしまう。
今すぐだって、アンジェリークは準備OKなのだ。
でも。

「ジュリアスってば、昨日のことを反省して、しばらく禁欲するとか言ってるの。
 ねえ、どうしたらいいと思う?」

アンジェリークのため息の原因がこれだ。
アンジェリークが許しても、ジュリアスは自分自身が許せないらしい。
けじめとして、しばらくアンジェリークには指一本触れない、と、勝手に誓いを立ててしまったのだ。
全力でやめさせようとしたけれど、真剣なジュリアスは頑として譲らなかった。
これではまたすぐに欲求不満がやってきてしまうに違いない。
おまけに以前よりもスゴイめくるめく世界を知ってしまったとなれば、禁欲生活など、到底、アンジェリークには耐えられない。

「もう一回、オリヴィエに手伝ってもらおうかな?
 オリヴィエの作戦、完璧だったもの。」
『意外と嫉妬深そうなジュリアスを燃やしちゃう作戦』
毎日ちょこっとずつ邪魔をしてストレスをためさせたうえに大爆発、の、わりとストレートな作戦だったのだが。

「いや、でも、あの時は焦ったよ。
 私がチョイスした勝負下着の試着の最中に、急に入って来たもんねえ。」
実は、まだ作戦の途中だった昨日。
偶然が重なり、たまたま狙った通りになったから、全ては結果オーライだ。

「ね、もう一回、やってみない?」
アンジェリークがねだるような視線を向けると、オリヴィエは美意識に反するほど首を何度も横に振って、
「絶対に嫌!」と否定した。

あの時、アンジェリークとオリヴィエに嫉妬したのは、実はジュリアスだけではなかったのだ。
一緒に覗いていたロザリア。
彼女の機嫌を直すために、オリヴィエがどれほど苦労したことか…。
もう二度とお手伝いなんて御免だ、と思うほどには大変だった。

「おねがい~~~。
 今度はもうちょっと軽いのでイイから~。」
「軽いのってナニよ?!」
「そうだな~、一緒にベッドに入る、とか。」
「全然軽くないじゃない?! むしろ悪化してるよ!」
「服はちゃんと着てるつもりよ。」
「当たり前!」

言い争っていると、がちゃりとドアが開き、ジュリアスが顔をのぞかせた。
そして、部屋の中にオリヴィエがいるとわかると、明らかにムッとした顔をしている。
「外まで声が聞こえていましたが。」
じろりと二人を睨み付ける目は氷のように冷たく、空気が瞬時に北極並みの冷気に変わる。
ジュリアスの額に浮かぶ青筋に、アンジェリークはピンと閃くと椅子をけるようにして立ち上り、ジュリアスのそばへと走り寄った。


「ジュリアス。 わたし、ちょっと疲れちゃったの。
 奥の間で休みたいから、連れて行って。」
甘えるようにトーガのすそを掴み、瞳を潤ませてじっと見つめる。
ジュリアスはアンジェリークのわかりやすい甘えっぷりに弱いのだ。
きっと今、ジュリアスには相当な葛藤が起きていのだろう。
心では昨日の約束を守りたいのに、体の方は大きく裏切って、きっとすでに臨戦態勢なのに違いない。
微妙に腰回りに力が入っているのが、同じ男であるオリヴィエには痛いほどよくわかった。

「…仕方がない。 疲れているのであれば、休むのがよかろう。」
「じゃあ、連れてって~。 もう歩けない~」
ジュリアスに両手を伸ばし、アンジェリークは抱っこを催促している。
そんなアンジェリークに戸惑いながらも、ジュリアスは要求されるがまま、アンジェリークを抱き上げていた。
大切な姫君を守るように。

「ねえ、ジュリアス。 マッサージしてほしいな?」
「う、うむ。 少しだけだぞ。」
「少しじゃイヤ。」
「わかった。 そなたの気のすむまでマッサージをすると約束しよう。」
もうすっかりジュリアスはアンジェリークの言いなりだ。

ああ、昨日に続いて今日までも。
きっとジュリアスは美味しくいただかれてしまうのだろう。
小悪魔な女王陛下とその忠実なしもべ。
見た目とは180度違う役回りだが…案外、ジュリアスもそれで幸せなのかもしれない。

オリヴィエがそんなことを考えながら二人の姿を眺めていると、扉が閉まりかける寸前、ジュリアスがちらりと視線を向けてきた。
バッチリと目が合って、オリヴィエがどういう顔をしようかと迷っているうちに、ジュリアスに浮かんだ表情は。
どこか勝ち誇ったような、満足そうな微笑み。
それはまるで、オリヴィエに見せつけてるようにも見えて…。

もしかしたらジュリアスの方が確信犯なのかもしれない、とオリヴィエは思った。
忠実なしもべのふりをして、公然とアンジェリークとイチャイチャできるように仕向ける策略家。
確かに昨日はちょっと予想外の展開だったのかもしれないけれど、いつも、焦らされてガツガツさせられているのはアンジェリークの方で…。
オリヴィエの脳裏に、ぴょんぴょん跳ねる小悪魔(アンジェリーク)を使役する賢者(ジュリアス)が浮かぶ。
むしろこの方がしっくりくる絵面ではないか。
それに、ジュリアスらしい。
なんといっても、彼はこの宇宙の首座の守護聖様で、幾多のピンチにおいて、彼の力が必要不可欠だったのは言うまでもないのだから。


「ああん、そこ。 気持ちいい。」
「こうか?」
「もっと強くして。 あん、ジュリアスったら~」
奥の間からうっすらと聞こえてくる、マッサージかもしれないが、ちがうかもしれない声。
ありがたいことに、本日も宇宙は平和で、きっと執務はおざなりだ。

「私もイチャイチャしてこよっと。」
オリヴィエはお茶の残りを飲みほして立ち上がると、補佐官室へと向かった。
生真面目な彼女をその気にさせる方法を、頭の中で思い浮かべながら。

そして。
女王陛下と首座の守護聖による残業(?)は、その日も遅くまで続いたのだった。


FIN
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