live together?

まずは朝食を、と二人は階下へ降りた。
日の曜日といえども執事とシェフ入るはずなのに、しんとした邸には誰の気配もない。
「今日はお帰りいただきましたの。わたくしが用意しますわ。」
気持ちスキップするような足取りでキッチンに消えたロザリアの後ろ姿をぼんやりと眺めていたオリヴィエは新聞を手にダイニングへ向かった。
椅子に座って新聞を広げてみても内容は少しも頭に入らない。
キッチンから予想もつかない叫び声や皿の落ちる音、がらがらと何かを引きずる音がひきりなしに聞こえてくる。
「大丈夫かね。」
ロザリアの「きゃっ。」という声とともになんとか食べ物の匂いがし始めてようやく安心した。

30分以上たったころようやくロザリアがトレイに載せて持ってきたのは、目玉焼きだった。
「あの、これしかできませんでしたの。あとは紅茶を淹れますわ。葉は見つけましたのよ。」
すこし申し訳なさそうにオリヴィエを見たロザリアはテーブルの上にロールパンと目玉焼きをおいてキッチンにかけ戻った。
紅茶は自信があるらしい。
ポットとカップを二つ持ってきて、オリヴィエの向かいに座った。
ロザリアはテーブルの上の目玉焼きとオリヴィエを交互に見て首をかしげた。
「あの、お食べになりませんの?」
味は変わらないと思いますけれど、と言ったロザリアにオリヴィエは少し意地悪そうに視線を返した。
ここで少し冷たくしておこうか。
「あのね。私は朝はオムレツって決めてるんだよ。しかも中がふわふわのね。だから、これは食べないよ。」
目玉焼きの皿をすっとロザリアの方に寄せると、ロザリアは一瞬とても哀しそうな顔をした。
オリヴィエの胸がギュッと掴まれたように痛くなる。
あんなに楽しそうなロザリアを見たのは久しぶりだったのに。
「ごめんなさい。わたくし、オリヴィエのことなにも知りませんでしたのね。・・・これからすこしづつわかるように努力しますわ。」
まっすぐにオリヴィエを見た青い瞳はとても綺麗だった。
「オムレツはできるの?」
「・・・・できませんの。料理はあまりしたことがなくて。」
オリヴィエは心を鬼にして言った。
「オムレツも作れないんじゃ、私と暮らすのは無理だね。とりあえず、今の私にはあんたよりコックの方が必要だよ。」
大げさに手を上げると、ロザリアはすぐに立ち上がって
「コックに来ていただくように言いますわ。もう少し、お待ちになっていらして。」と、急いで部屋を出て行った。
少し目が赤くなっていたのに気づいたオリヴィエは、なんだか胸がもやもやしてくるような気がしてテーブルに突っ伏した。

コックを連れたロザリアが戻って来てなんとか朝食が終わると、オリヴィエは出かけることにした。
これ以上ここにいると彼女のペースに巻き込まれてしまう。
「どちらへ行かれるんですの?」
「わかんないよ。」
着替えをして降りてきたオリヴィエをロザリアは綺麗な瞳で見上げた。
「一人になるよ。帰った方がいいんじゃないの?」
オリヴィエは袖のボタンをしながら鏡をちらりと見た。
寂しそうに眉を下げたロザリアが映っていてまた少し胸が痛くなる。
前髪を直してもう一度チェックすると、オリヴィエは外へ出て行った。
行くあてがあるわけではないが、いざとなればショッピングで時間がつぶせる。
久しぶりに出た街は意外にも華やかで次々に並んだ通りを眺めているだけで心がうきうきしてきた。

ワゴンに並べられたかわいらしいアクセサリーが目についた。
蒼い石の付いた小さなネックレスはロザリアにとても似合いそうだ。
「これね、とても人気があるのよ。」
店番をしていたお姉さんが美目のよいオリヴィエを見てあからさまにうれしそうに声をかけた。
「いろんな色の石がついているから、あなたの彼女に合う色を選んであげて。」
彼女いるの?と聞きたげな口ぶりにオリヴィエはその蒼いネックレスを手に取った。
「彼女にはこれが似合いそうかな。」
オリヴィエの言葉にがっかりしたお姉さんはそれでもにこやかに対応してくれる。
「これにする?」
頷いたオリヴィエからネックレスを受け取るとお姉さんは可愛らしい袋に入れて簡単なリボンを貼り付けてくれた。
「彼女、喜ぶわよ。」
彼女じゃない、と言いたかったが、わざわざ訂正するほどのことじゃない。
ただ、昨日着ていたスクエアネックのワンピースは胸元が少しさみしかったから。
オリヴィエはいつのまにかプレゼントを買ってしまったことに苦笑しながらぶらぶらと街を歩いた。
いくつかの店で買い物をして、軽食をとって、と時間が過ぎていく。
なぜか時計ばかり見ている自分に気付いたが、その気持ちには蓋をしてただ買い物を続けた。

オープンカフェでぼんやり日が沈むのを眺めていたオリヴィエは、紅茶のカップを手に取った。
朝飲んだ紅茶はとてもおいしかった。誰かと向かい合って座るダイニングはとても久しぶりで。
カップの中に自分の顔が映る。
彼女はもう帰っただろうか?
家を出るときに見た寂しそうな顔を思い出して、じっとその赤褐色を見つめた。
足もとに置いた紙袋がかさりと音を立てた。
もう少し、暗くなってから帰ろう。
オリヴィエは最後に行きつけのブティックを見ようと立ち上がった。
その時、目に入ったプレゼントの袋を紙袋の奥の方へ強引に押し込んだ。

夕食を済ませて戻ると、邸は真っ暗だった。
ひとつも明かりがついていない家はいつも通りのはずなのに、なぜか胸が痛くなる。
両手に提げたショップ袋を玄関のポーチに下ろすと鍵を取り出した。
鍵をまわしても、ドアが開かない。
もしかして、開いてた?
荷物を外に置いたまま、オリヴィエは急いでブーツを脱いだ。
廊下の明かりをつけてもしんとしている。
リビングにも人影がなく、やっぱり誰もいないのか、とソファに腰を下ろした。

私は何を期待してたんだろう。
「おかえりなさいませ。」
と、可愛らしい声でロザリアが出迎えてくれることを、心のどこかで期待してた?

シャツのボタンを緩めるとなぜかため息が出てくる。
しばらくじっと天井を見つめていたオリヴィエは水を飲もうとダイニングへ向かった。
灯りをつけて、オリヴィエは目を丸くした。
明かりの下でロザリアがテーブルに突っ伏して眠っている。
腕を枕にした横顔は子供のようにあどけない。
昨日からあまり寝ていなかったせいもあるのだろう。灯りがついても目が覚める気配はなかった。
そのロザリアの近くにおかれたお皿に、オムレツがちょこんと乗っていた。

ケチャップで大きなハートマークが描かれたオムレツにオリヴィエは驚いた。
ロザリアにこんな少女らしいところがあったのを知らなかった。
冷蔵庫から水を出そうとしてシンクが目に入る。
その中に山のようなタマゴの殻があった。

「がんばったんだね。」

努力家で、何でも一生懸命なロザリアがいつでもかわいいと思っていた。
そう、まるで妹みたいに。でも、何か違うような、そんな気もする。

オリヴィエは静かにロザリアの向かいに座ると、揃えられていたフォークを使ってオムレツを口に入れた。
すっかり冷たくなっていて、やたらとケチャップの味がするけれど。
「ちゃんと中がふわふわになってるよ。」
聞こえていないはずのロザリアが微笑んだような気がして、オリヴィエはなぜかドキッとした。


目を覚ますと、ソファの上にいた。
暖かい毛布がかけられていて、ロザリアは赤くなる。
「わたくし、またねむってしまったのですわね。」
オリヴィエが近付いてきて、隣に座った。
「あんなとこで寝ていたら、かぜをひくよ。・・・寝るなら2階を使うといい。」
「え?」
今、オリヴィエはなんて言ったの?
2階を使っていいと、それは、どういう意味なのかしら?

「オムレツ、ちゃんとできてたよ。おいしかった。」

ロザリアはダイニングに走った。
食べ終えたオリヴィエはすでにお皿を片付けていて、なにも残っていない。

「わたくし・・・。」
往復して息を切らしたロザリアは恥ずかしそうに笑った。

「もう一度、作りますわ!」

笑顔に胸がギュッとする。この気持ちはもしかして、もしかして。
オリヴィエは立ち上がってロザリアの後ろに回ると、買ってきたネックレスをつけた。

「これは?」
「買い物してたら、あんたに似合いそうだと思って。今日がんばったご褒美。」

ロザリアのうなじがさーっと赤くなって、ゆっくりと振り向いた。
「ありがとう・・・。わたくし、男性からアクセサリーをいただくの、初めてですわ。」
潤んだ青い瞳はとてもきれいで。
「あなたのお嫁さんになれて、わたくし、本当にうれしいんですの。・・・・あなたでよかった。」

この子は本当にわかってるんだろうか? その言葉の意味を。
私と結婚することがよかった、というその意味を。

「今日はもう遅いから、オムレツは明日の朝作ってよ。」
「でも・・・。」
「あんたの部屋、掃除しなきゃいけないでしょ? 私の隣、空いてるから。」
ロザリアは首をかしげた。
「結婚している二人は同じ部屋ではないのですか?」
オリヴィエの目がぎょっと開いた。
「ほら、まだ、お試しでしょ?結婚式をしたら同じ部屋ね。」

ああ、なんてことを言うんだろう。さすがにそれは耐えられそうもない。

「わかりましたわ。」
今夜は部屋の掃除をすることになりそうだ。リビングに置いたままになっていたロザリアの荷物を持ち上げる。
それが少しも嫌じゃないどころか、すごくうれしいことに気づいてオリヴィエは笑ってしまった。

「ねえ。」
階段を上がりかけてオリヴィエは声をかけた。
「あの大量のタマゴ、全部一人で食べたの?」
上目遣いになって恥ずかしそうにロザリアが言った。
「明日になればわかりますわ。」
先に階段を上っていくロザリアの姿に首をかしげたが、手招きするかわいい姿にタマゴのことはすっかり忘れてしまった。

・・・・次の日の聖殿の社員食堂のランチがオムレツなのを見るまでは。


FIN
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