かくとだに

「元旦はみんなで新年会をしましょう。朝9時に集合するように。」
クリスマスの日、最後のあいさつで女王はそう言うと、にっこりとほほ笑んだ。
「はあ?正月早々、そんな早起きできるかよ。」
ゼフェルが思わず抗議の声を挙げる。
とたんに皆の視線が集中して、ゼフェルは、うっと声を詰まらせた。
「あら、ゼフェル。なにかおっしゃって?」
女王は青い瞳を細めて、羽飾りのついた扇を口元にあてると、楽しそうにゼフェルを見た。
実際、本人は楽しいのかもしれない。
けれど、その場に居たものは全て、ゼフェルに憐みの目を向けるしかなかった。
「よろしくてよ。いらっしゃらなければ、あなたが最下位ということになるだけですもの。」
「最下位?!」
全員の声がそろう。
女王が口元に当てた扇を勢いよく閉じると、乾いた音が広間に響いた。
「最下位の方は、それなりの扱いになると思いますわ。欠席されるなら、その覚悟でいらして。」
ブルーのドレスのすそをひるがえした女王ロザリアは、笑いながら奥の間に消える一歩手前で足をとめた。
「種目は百人一首にしますわ。お正月らしくて素敵でしょう?」
楽しみですわね、と独り言を漏らして、女王の姿が消える。
広間に残った10人に、ぽかんとした表情を残して。

「まったく、早すぎるーっつの。9時ってなんだよ。」
ゼフェルがぶつぶつと繰り返した。
「たとえ休みであろうと、規則正しい生活を送るようにという女王の配慮なのだろう。」
ジュリアスの言葉が深読みしすぎなのは、言った本人でさえも良く分かっていた。
だれでも、正月くらいはゆっくり寝ていたい。
けれど欠席する者はいないだろう。
もし『最下位』になったら…。どんな扱いを受けるのか、誰も想像できなかった。
「ま、別にいいんだけどよ。どーせやることねーんだし。」
良く考えれば、正月からロザリアと過ごすことが出来るのだ。
家で無駄に寝ているよりはずっと楽しいかもしれない。
「それにしても百人一首とは風流ですねぇ。なんだか楽しみになってきましたよ~。」
「ルヴァ様。百人一首ってなんですか?」
薄紫の瞳に不思議そうな色を乗せて、マルセルが首をかしげている。
中学、高校くらいまでを下界で過ごしていれば知っているはずだし、ジュリアスとクラヴィスは知識として知っているようだ。
ルヴァは知らないだろう年少組に向かって、百人一首の説明を始めた。
しかし、内心冷や汗をかいている者は他にもいたのだ。

「ねえ、あんた、百人一首、やったことある?」
「あるわけないだろう。」
壁にもたれて会話をしているふりをして、オリヴィエとオスカーはルヴァの説明を懸命に聞いていた。
もちろん、存在は知っている。
けれど、正直まともにやったことがないのは、二人とも同じで。
「わかりました!ようするに、詠んだ歌と同じのをとればいいんですね!早く歌を覚えなくちゃ。」
「そうだな。今日から俺の家で練習してみないか?身体を動かしながらのほうが早く慣れるだろ?」
「じゃあ、わたし、詠む役をやりますね!ゼフェルもやるわよね?」
「はあ?なんでオレが?!」
「まあまあ、みんなで練習したほうが楽しいですよ~。」
和気あいあいと練習の段取りをしながら部屋を出ていく者たちを横目にしながら、二人は同時にため息をついて目が合った。
すでに部屋に残っているのは二人だけ。
「まさか、練習に参加する気?」
「おまえこそどうなんだ。」
なんのプライドなのか、二人とも年少組と練習をするつもりになれないのは同じだった。
「俺はいつでも正々堂々とやる男さ。」
練習なんて姑息なまねはしないぜ、と聞こえて、オリヴィエはふんと顎をあげた。
「私だって。そんなお遊び、真剣になるまでもないね。」
火花のような視線が散って、二人は同時に背を向けた。
負けられない。あいつにだけは。
お互いにそう思ったことがいけなかったのか、神様はキチンと最高の舞台を用意してくれたのだった。


「あけましておめでとう。」
あでやかな和服姿のロザリアが脇息にもたれながら、上座から声をかけた。
アンジェリークと守護聖たちが窮屈そうに和服に身を包んでいるのを見て、扇子の陰でくすりと笑う。
昨日、「必ず着用するように」と、手紙を付けて届けさせたのだ。
朝から着付けを手配するのも忘れなかった。
ゼフェルは暴れたらしいが、ロザリアにとって、そんなことは予想済みだ。
それよりも。
思った通り、和服姿も良く似合っている。
メッシュの無い金の髪を無造作に束ね、素顔に近い状態で居るオリヴィエを見て、ロザリアは吐息を漏らした。
男性用の着物に派手なメイクは合わなかったのだろう。
いつもより男らしくて・・・素敵だ。
その姿にときめいていしまっていることを気付かれないように、ロザリアは扇子で頬を仰いだ。
一方、オリヴィエもロザリアの和服姿に目を奪われていた。
見事な薄紫の振袖。
いつもの扇を扇子に持ち替えても、ロザリアの優美な指先は変わらずに美しい。
長い髪をおろして、てっぺんに少しだけ結い上げた髪形もとてもよく似合っている。
オリヴィエは慣れない和服の袖を、なんども引きながら、ロザリアを見上げた。

「さあ、さっそくはじめましょう。」
ロザリアの声に、アンジェリークが札を用意する。
守護聖プラスアンジェリークで2対2の対抗戦を5か所で行うらしい。
勝てばそこで終了。負ければ…延々と試合を続けるループが待っている。
説明を受けて、みんなは青くなった。
要するに、今日は勝者を決めるのではなく、敗者を決めるのだ。
『最下位』。
いったい、女王は何をさせるつもりなのだろう。
今までの所業を思い出して、みんなは心のハチマキをキュッと締めたのだった。

「わ!ルヴァ様、お強いですね!」
「ええ~~、たまたまですよ。好きな歌が先に出ましたからねえ。」
「クラヴィスはもういいわ。わたしに勝ったんだもん。最下位じゃないわよね?」
「そうですわね。アンジェもいいわ。守護聖の中で決めればいいですもの。」
「さすがです。ジュリアス様。」
「そなたはもう少し精進すべきだな。」
歓声と落胆の声が入り混じり、1回戦が終わった。
「あら、珍しいのね。こういうことはお得意に見えましたのに。」
オリヴィエがどきり、と振り返ると、すぐ後ろにロザリアが立っていた。
「リュミちゃんってば、強いんだもん。仕方ないね。」
大げさに肩をすくめるオリヴィエにロザリアは薄く唇をあげて微笑んだ。
「次のお相手には勝てますかしら? 楽しみですわ。」
隣でランディがゼフェルにからかわれている。
見ればほとんどの札をゼフェルがとってしまったようだ。
ランディ相手なら勝てるだろうと、オリヴィエはほっと胸をなでおろした。
が。
それが甘い考えだったことを30分後には思い知らされたのだった。

「どうなってんのさ・・・。」
思いがけない差に、オリヴィエは茫然と自分の札を見つめた。
たった3枚。
手の中の札はそれだけ。
「ランディ、がんばって!」
めちゃくちゃ私情の入ったアンジェリークの応援は仕方がない。
二人は新婚なのだから。
それ以上にやっかいなのは、読み手がアンジェリークなことだった。
1回戦、プロの詠み手の録音だったそれを変えたのは女王の一言。

「せっかくですもの。アンジェリークに詠んでもらいましょう。」
「ええ?わたしで大丈夫かな?」
「練習に付き合って、ずいぶん詠んでいたでしょう?とても上手になっていましたわ。」
みなさまもよろしくて?と同意を求められた時、何も考えずにうなづいてしまった。
後悔という言葉の意味をかみしめたのは、少し経ってから。
「えーっと、秋の~~~田の?」
突拍子もない口調に、オリヴィエが混乱していると、ランディの手がさっと札に伸びる。
もちろん決まり字なんて全く関係のない勝負だ。
下の句に入ってからしか探せないのだが、アンジェリークの詠み方は、テンポが違う。
どこからが下の句なのか、良く分からないのだ。
「はい!」
ランディの元気な声が響く。
「わあ!またとれちゃった。オスカー様ごめんなさい。」
マルセルの申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな声も聞こえる。
オリヴィエがちらりと見上げると、ロザリアは扇子の奥でとても楽しそうに微笑んでいた。
やられた。
練習を繰り返したメンバーはアンジェリークの詠み方の癖を良く分かっているのだ。
少し考えないと動き出せないオリヴィエとは勝負にならない。
あっという間に、最後の一枚をランディがとり、オリヴィエは頭を垂れるしかなかった。


「こういうことになるとはね…。」
「ああ。」
向かい合った二人の前に札が並んでいる。
文字だけの飾り気のない札が、全部で100枚。
今度こそ負けるわけにはいかない、とオスカーを見れば、オスカーはにやりと不敵に笑った。
「降参してもいいんだぜ。」
「だーれが!あんたこそ後で泣いても知らないからね!」
さっきの詠みで疲れた、という理由で、詠み上げはまた録音の物に変わる。
二人の周りを取り囲む18の瞳。
オリヴィエの少し後ろにロザリアがいて、札を熱心に眺めている。
ちょうど目が合って、オスカーがウインクをすると、ロザリアは微笑んで扇子を口元にあてた。

アンジェリークが再生のスイッチを押すと読み上げが始まる。
「ももしきや~~~。」
探すのに時間がかかるのは仕方がない。
最初の一枚をとったのは、オリヴィエのほうだった。
「ほら。私にツキがあるみたいだね。」
「まだ最初の一枚だろう?」
お互いに負けず嫌いなのは承知の上だ。
次々と詠み上げられていき、残りが50枚ほどになった時、二人の札はほぼ拮抗していた。
「いい勝負ですねえ。」
「お二人ともがんばってー。」
見守るギャラリーのほうも白熱する戦いに夢中になっている。
このまま、最後までもつれるのかと思ったが、少しづつオスカーが札をとることが多くなっていった。

「あんた、急におかしいじゃないか!」
あと一枚とられたらオスカーの勝利が確定する所で、オリヴィエは思わず声をあげた。
さっきまで同じくらいにしか動き出せなかったオスカーが、下の句の一文字目ぐらいで取るようになったのだ。
なにか裏があるのではないか、とどうしても疑ってしまう。
オスカーはふっと笑みを浮かべた。
「どうやら俺には勝利の女神がついたらしい。お前に勝ち目はないぜ。あきらめるんだな。」
「はあ?何言ってんの?」
ばかばかしいと一蹴したものの、結局次の一枚もオスカーが驚くべき早さで取り、オリヴィエの最下位が決定したのだった。

茫然としたオリヴィエの肩をアンジェリークが叩く。
「残念だったわね。最下位はオリヴィエに決定ー!」
パチパチ、とわけのわからない拍手に送り出されるように、オリヴィエは一番前に座らされた。
後ろに控える8人がほっとしたような顔をしているのが恨めしい。
一段高くなった上座から、ロザリアの青い瞳がじっと見つめていた。

「みんな、楽しんで頂けたかしら?」
脇息にもたれたロザリアはゆっくりと皆を見まわすと、にっこりとほほ笑んだ。
「はい!とっても楽しかったです!」
マルセルの声にうなづく姿。
1週間ほどの練習も含めて、久しぶりに頑張った充実感があふれている。
「最下位は、オリヴィエなのね。」
ロザリアの言葉に、オリヴィエは肩をすくめた。
こうなれば煮るなり焼くなり好きにすればいい。
まさか積年の恨みとばかりに蹴られたりするようなことはない・・・と信じたい。

「では、今日の新年会は解散にしますわ。最下位の方は残ってくださいませね。」
皆がぞろぞろと部屋を後にすると、ロザリアはオリヴィエを奇妙な表情で見つめていた。
その表情のまま、ロザリアがこほんと咳払をする。
そして、扇子をたたむと帯にさしこんだ。
「今日はこの後、何か予定がありまして?」
つんと横を向いたまま、ロザリアが言った。
「別にないけど。」
だって、一番一緒に居たいのはあんたなんだから。
そう言いかけたオリヴィエの前でロザリアが立ちあがった。
「では、行きましょう。」
「は?」
ロザリアはドアの前までどんどん歩いて行くと、くるりと振り返って腰に手を当てた。
「わたくしの屋敷ですわ。…お正月休みで使用人には全員暇をとらせましたの。
最下位のあなたには、休みの間、わたくしの使用人になって頂きます。」
頬が赤いのは、どうしてなんだろう?
つんと顎をあげて、目をそらしたまま、ロザリアはその場に立っている。
オリヴィエがくすり、と笑いをこぼすと、ロザリアの声が飛んできた。
「なにがおかしいんですの?」
「ん?なんでもないよ。」
あの顔が喜びを隠そうとしているのだとしたら、とても嬉しいことなんだけど。
オリヴィエはよっこいしょ、と立ち上がると、ロザリアの為にドアを開けた。
「さ、行こっか。まずは何をしたらいいのかな?」
「そうですわね。お雑煮でも作って頂こうかしら。」
「了解。…でもさ、私、作り方、わからないんだよね。」
並んで歩いていたロザリアの足が止まる。
「まあ、仕方のない方!わたくしが作るのをよーく見て、おぼえておきなさい。」
「はいはい。」
オリヴィエの鼻先にピンと人差し指を立てたロザリアは、素直な態度に満足したのか、また歩き始めた。
すたすたと進むその足取りが楽しそうに思えて、オリヴィエもなんだか楽しくなってきたのだった。


「なんだよ!最下位のほうがおいしいじゃねーか!」
聞き耳を立てていたゼフェルが悔しそうに床を蹴った。
「失敗しましたね~。まさか、そんなことになるとは思いませんでしたよ~。」
ルヴァも残念そうに首を振る。
「俺としたことが、こんなチャンスを逃すなんてな…。」
最後の最後で失敗したと言ってもいいオスカーもため息をついた。
3人ともそれぞれにこの後ロザリアを誘おうと、部屋の前で待ち構えていたのだ。
結果として中の会話を聞いてしまい、すごすごと廊下の隅に固まることになったのだが。
はあ~と、3人のため息が重なる。
「そういやー、あんた、なんで急に最後にとれるようになったんだ?」
ゼフェルにしてみれば、最後の追い上げは本当に不思議で、絶対に何かからくりがあると思っていた。
「ロザリアが教えてくれたのさ。」
「ロザリアが?」
「ああ。途中で気付いたんだ。無意識に当たり札を目で追ってるのさ。俺はその視線の先で待ち構えてたってわけだ。」
ルヴァが納得したというように、うんうんとうなづいた。
「なるほど~。そういうことだったんですねえ。勝利の女神、とは上手く言ったものです。」
「ま、結局は、試合に勝って勝負に負けた、というところだがな。」
たもとに腕を突っ込んで、オスカーは苦笑いを浮かべた。
あの時、ロザリアはどちらを応援していたのだろうか。
オスカーの勝利を望んでいたのなら、それは。
「まだ、これからだぜ。オリヴィエ。」
ぽつりと言ったオスカーに、ルヴァが微笑む。
「ええ。まだまだ時間はありますとも。とりあえず、今年の抱負でも語り合いませんか~。」
「オレにも飲ませてくれるんだろうな?」
「少しだけですよ~。ああ、ほかのみんなにも声をかけましょうかねえ。」
「ランディ野郎は呼ぶなよ。どーせアンジェリークといちゃついてんだろ。」
3人は仲良く肩を並べて、男だけの新年会の準備を始めたのだった。


FIN
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