intersection of two

「まあ、もうこんな時間ですのね。」
窓から差し込む光がわずかにオレンジに染まり始めたのに気がついて、ロザリアはカップの紅茶を飲みほした。
甘い花の香りのする紅茶がロザリアの喉を通っていく。
向かいに座るオリヴィエがじっと自分を見ているような気がして、カップを持つ手がふるえそうだ。
マナーに関してはどこへ出ても恥ずかしくないと自負してはいるけれど。
100%完璧なマナーよりも、彼にとって好ましいマナーでありたいと思ってしまう。

オリヴィエと過ごす午後のお茶の時間は本当にあっという間だ。
実際、女王試験の最中ということを考えれば、のんびりお茶を飲んでいる時間など無いというのが本当のところ。
なのに育成やその相談、という口実にかこつけて、ロザリアは毎日のようにオリヴィエを訪ねてしまっている。
この面倒な性格のせいで、なかなか他の守護聖と打ち解けられずにいた時、さりげなく声をかけてくれたオリヴィエ。
いつの間にか、彼と過ごすお茶の時間が密かな楽しみになっている。
このごろではオリヴィエもロザリアが来るのを待っているのではないかと思うほど、準備が整えられていて。
ますます、ここへ来たいという気持ちが抑えられなくなる。
この気持がなんなのか。
ロザリア自身ももちろん気が付いている。

「夢のサクリアはしばらく必要ないみたいだね。」
カップをソーサーに戻したロザリアの手が止まる。
「研究院で望みの予測を見て来たけど、次は緑のサクリアが求められてるって気がしたよ。あんたはどう思うの?」
「わたくしは…。」
オリヴィエの言うことは正しい。
自分も育成の検討をした時に感じていた。
緑の次は炎。次は…。
夢のサクリアはすでに多すぎるほど注いでしまっているから、しばらくは必要ないだろう。
知っていたのに、ここへ来ていたのだ。

「はい。わかっておりますわ。でも…。」
育成の御用以外で、ここへきてはいけませんか?
言いかけた言葉を、ロザリアは飲み込んだ。
目の前のオリヴィエは、いつも通りの綺麗な微笑を浮かべている。
一見女性のように見えるその美貌の下は、実にしっかりとした大人の男性だ。
その彼が、もうここへ来る必要がない、と言っている。
それはもしかすると。
いや、もしかしなくても、やんわりとした拒絶なのかもしれない。

ロザリアはいつの間にか握りしめていた両ひざの手に、さらにぎゅっと力を込めた。
「はい。…しばらくこちらには参りませんわ。」
「そうだね。でもさ、もしなんかあったらいつでもおいで。」
何もなければ来るな、と言われている気がした。
その後はどう挨拶して部屋を出たのか、はっきりと思い出せない。
ドアを閉めたロザリアはうなだれたまま、候補寮へと歩いて行った。


コツコツとロザリアのヒールの音がオリヴィエの耳に響いてくる。
その音が聞こえなくなったところで、オリヴィエは大きくため息をつくと、天井を仰ぎ見た。
これで良かった、という思いと、言わなければよかった、という思い。
相反する思いが交錯して、その場から動きだせない。

初めに声をかけたのは、同情に近い気持ちからだった。
高飛車に見えて繊細な少女の姿が昔の自分に似ている気がして、どうしても放っておけなかったのだ。
けれど、親しくなるうちにどうしようもなく惹かれていって。
それと同時に溜まってくる苦い澱。
ロザリアは間違いなく女王になる少女だ。
ならばこの想いの行く先はお互いにとって悲劇にしかならないだろう。
離れなければ、と思いながらも、今日まで言えずにいた。
「これで、よかったんだよね…。」
自分を納得させるように言葉にしても、苦い澱は消えるどころかますます降り積もるようで。
オリヴィエもまた、虚空をじっと見つめたまま、繰り返しため息をついていた。


その夜。
部屋で明日の準備を終えたロザリアは、カーテンを開けて外を眺めた。
空に輝くたくさんの星。
その一つ一つに人々の生活があり、その生活を守るために必要な女王という存在が、かえがえの無い物であることは間違いない。
その女王になるために幼い頃から努力してきた。
まっすぐに見えた自分の道。それが今、出口の見えない迷路になっている。
オリヴィエと共に生きたいと願う心は間違っているのだろうか。

「わたくしったら…。」
きらめく星を見ながらロザリアは自嘲の笑みをこぼした。
共に、なんておこがましい。
彼はロザリアのことなど、何とも思っていないのだから。
今日の午後の出来事を思い返して、ロザリアは胸を押さえた。
苦しくて、息がとまりそうだ。頭も心も、まるで思うように動かない。

「あの方に出会わなければよかった。」

オリヴィエに出会わなければ、きっと、もっと楽になれた。女王になることだけを見ていられた。
オリヴィエがいなければ、こんなふうに苦しむことも迷うこともなかった。
今のままでは、とても女王になどなれはしない。
諦めることも手に入れることもできない宙ぶらりんの心を直すためには、その存在自体を否定しなければならなかった。
想うことすら、許されないくらいなら。
いっそ、いなくなってしまえばいいのに。
ベッドの下に明日のドレスを準備して、ロザリアはマットレスに身体を投げ出した。
気持ちが高ぶっていても、身体は疲れ切っている。
知らないうちにロザリアは眠りの世界へと誘われていたのだった。



朝が来れば、いつも通りの日常だ。
身支度を整えたロザリアは、聖殿へと足を向けた。
小鳥のさえずりが心地よく、道に咲く花までもロザリアを見送ってくれているような気がする。
それなのに、なぜか心が重く感じるのだ。
先を行くアンジェリークに小走りで追いついたロザリアは、彼女と並んで聖殿の扉をくぐった。

「ねえ、ロザリア。今日はどこへ行くの?」
「そうですわね。マルセル様のところかしら。」
望みの予測を頭に思い浮かべながら、ロザリアは答えた。
するとアンジェリークがにやり、とイヤな感じの笑みを浮かべて、ロザリアを肘でつついてくる。
「オリヴィエ様のところへは行かないの? たまにはランチもしたらいいのに~。お茶ばっかりじゃなくってね!」
その言葉を聞いたロザリアの足がピタリと止まった。

「誰ですって?」
眉を寄せ、怪訝そうに瞳を細めるロザリアにアンジェリークは再びにやりと笑いかけた。
「だ・か・ら。オリヴィエ様! わたしには隠さなくったっていいでしょ?」
恥ずかしがりやなロザリアの性格を知っているアンジェリークがこそこそと耳元で囁く。
さて、真赤になったロザリアに殴られるかもしれない。
アンジェリークが思わず飛び退くと。
ロザリアは不思議そうに首をかしげ、言った。
「オリヴィエ様…。どなたかしら?初めて伺う名前ですわね。」


バタン! といまだかつてないほど大きな音でドアが開いて、オリヴィエは飛び込んできた二人を目を丸くして見つめた。
頬を紅潮させたアンジェリークに引きずられるようにして部屋に連れ込まれたロザリア。
昨日のことを思い出して、なんとなく彼女を直視できなかった。
「オリヴィエ様よ! 夢の守護聖の!」
アンジェリークの天然には慣れてしまったけれど、今のは一体どんな冗談だろう。
ぽかんとしたオリヴィエの前で、ロザリアが首をかしげた。
「…夢の守護聖…。ええ。知っていますわ。9つのサクリアの一つですわ。…でも、この方がそうなんですの?」
澄んだ星空のようなロザリアの青い瞳。
その深い青は昨日までと同じようにオリヴィエを映している。
「…思い出せませんわ。この方のお名前も、なにも。」
ロザリアの唇から零れた無情な言葉に、オリヴィエとアンジェリークは茫然とその場に立ちつくした。


「他のことは全て覚えているのですね?」
補佐官のディアが心配そうにロザリアの手を握りしめた。
「はい。」
正直、ロザリアも困惑していた。
これまでの自分のことは全て覚えている。女王試験のことも、育成のことも。全て。
それなのに、この人物のことだけが、抜け落ちたかのように思いだせない。
他の8人の守護聖のことは昨日交わした会話までもしっかりと覚えているというのに。

「理由はわからぬのか?」
ルヴァに尋ねたジュリアスの様子に、とくに慌てた気配はない。
謁見の間に集められた守護聖たちもそれは同じだった。
全て忘れているのなら大ごとだが、ロザリアには変わった様子はない。
試験について、むしろ昨日までよりも明確な意思が持っているようにさえ見える。
不思議には思うものの、忘れたのがオリヴィエのことだけだというのなら。
もう少し様子を見てからでもいいのではないか。
口には出さないものの、そういう空気が全員に流れている。

「試験の続行には問題ないと思いますよ~。私なりに見解はありますが…。」
ちらりとこちらを見たルヴァの視線を、オリヴィエはわざと避けた。
ルヴァの言いたいことは、聞かずとも分かる。
ロザリアを傷つけたのではないか。
そう考えるのが当り前だろう。

「もし、他のことも忘れるようになったら、改めて精査する、ということでよいか?」
「ええ、いいと思います。」
ルヴァが頷き、困ったような顔をしたロザリアにアンジェリークが駆け寄った。
「大丈夫よ!きっとすぐに思い出すわ。勉強のしすぎで頭がパンクしたのよ! わたしなんかもっと、いろいろ忘れちゃうもの。」
慰めなのか、励ましなのか。
アンジェリークがけろっとして言えば。
「ストレスってやつじゃないのかな?」
と、ランディ。
「試験のプレッシャー、すごいだろうからね…。」
マルセルも同意する。
「オリヴィエのコト忘れたからって、試験には関係ねーだろ。」

ゼフェルの睨みつけるような視線も、オリヴィエには全く気にならなかった。
ロザリアが申し訳なさそうに自分を見るたびに。
自分とロザリアの間にあった、絆とでも言うべき繋がりが失われてしまったことを思い知るのだ。
青い瞳に宿っていた熱も、オリヴィエだけに見せたはにかむような笑顔も。
まるで初めて会った頃のような固い殻に覆われて見えなくなってしまった。
「あの、オリヴィエ様…。これからもよろしくお願いいたします。」
優雅な淑女の礼をしたロザリアが、まるで別人のように思えて。
オリヴィエはただ頷くことしかできなかった。



試験は順調に過ぎていく。
オリヴィエはルヴァの部屋から漏れ聞こえてくるロザリアの声に深くため息をついた。
あれから変わったことは何一つない。
相変わらず試験は続いているし、ロザリアが新たに何かを忘れていくようなこともない。
みんなの日常は当たり前に続いている。
オリヴィエもロザリアと会えばあいさつを交わすし、時々は立ち話をすることもある。
けれど、彼女の中でオリヴィエはほぼ初対面なのだ。
社交辞令のような言葉を交わすことにオリヴィエが疲れてしまう。
出かけた湖での出来事も、二人で飲んだお茶の香りも。
彼女は何一つ。
覚えていないのだから。
望みの予測を調べてみれば、夢のサクリアはまだ十分過ぎるほどフェリシアを覆っている。
育成のためにロザリアがオリヴィエを訪れることはないだろう。

「離れたい、って、思ってたのにね…。」
一人で過ごすお茶の時間にも慣れたはずなのに、また紅茶を淹れてしまっていた。
彼女の好みのダージリン。
いざ彼女が離れてしまったとたん感じたのは、砂をかむような虚しさだった。

なぜ、ロザリアは忘れてしまったのだろう。
試験のプレッシャー? それならば試験そのものを記憶から消してしまうはずだ。
そうでないとすれば、思い当ることは一つしかない。
試験のためとはいえ、興味もない男とお茶をして、話をして、休日にはデートのようなこともして。
彼女にとっては、自分の存在自体がプレッシャーになっていたのかもしれない。
もしかすると、思い出すのもイヤなほど、嫌われていたのだろうか。
そう言えばあの日も、ロザリアは『もう来ない』と言っていた。
目の前に置いてあった紅茶のカップの湯気は、いつの間にか跡形もなく消えている。
自分が離れたいと思う以上に、彼女も離れたいと思っていたのだ。
いっそすべてを忘れてしまいたいほどに。


執務を忘れてぼんやりしていると、いつのまにか暗闇が辺りを包んでいる。
窓を開け、外の空気を招き入れたオリヴィエは、そのひんやりとした空気に髪をなびかせた。
手を伸ばせば、届きそうなほどの星空。
いずれロザリアはこの宇宙の女王になる。
今の彼女は迷いなく、女王への道を進んでいるから、それは遠くない未来に違いない。
試験が始まったばかりの頃のように、女王だけを目指して進むロザリアは美しいとさえ思う。
彼女にとって、オリヴィエと過ごした日々は何の意味もないのかもしれない。
それを思い出して欲しいと思うこと自体、わがままではないのだろうか。

「女王になることが、あんたの夢だったんだもんね…。」
ならば、このまま日々を過ごしていくのが、ロザリアのためなのだろう。
彼女と過ごした時間こそが夢だったと思えばいい。
オリヴィエはロザリアのために買っておいた紅茶の葉を全て流しに捨てた。
排水溝に吸い込まれていく茶葉を見つめながら、この想いも一緒に流れてしまえばいい。
そう思った。


「オリヴィエ様。育成をお願いいたしますわ。」
丁寧な淑女の礼とともに紡ぎだされる言葉。
同じ声なのに、違うように感じるのは、心の在り方のせいなのか。
「ん。了解。」
たったそれだけの会話。

ロザリアはどの守護聖とも同じように接していて、特別な関係を築くような様子がなかった。
たとえ今さら叶わない想いだと知っていても、彼女が別の男と親しくなるのを見るのは辛い。
ふと、ロザリアが別の守護聖と一緒にいるのを見るたびに、鋭い棘が胸に刺さる。
いっそ、彼女のように忘れてしまえたら。
そう願いかけて、何度も首を振った。
ロザリアのことを忘れてしまいたくはない。
たとえどれほど傷ついても、そこに幸福があったことは事実なのだから。
そして。
いよいよロザリアが新女王に立つ日が訪れた。



今夜、彼女は女王になってしまう。
本当に手の届かない人になってしまう。
締め付けられるような苦しさをどこかに捨ててしまいたくて、オリヴィエは早足で森の湖に向かっていた。
滝の前で祈れば、会いたい人に会える。
そんな伝説を信じていたわけではないけれど。
オリヴィエは湖のほとりに立つと、静かに風を受ける湖面を見つめた。
飛空都市で過ごすのも、あとわずか。
ふと、風が色を変え、木々がざわめく。
小枝を踏みしめる音に思わず振り向くと、そこにロザリアが立っていた。

「ロザリア…。」
思わず呼んでしまった名前に、愛おしさがあふれてくる。
オレンジの夕陽の中で、ひときわ輝く青紫の髪。澄んだ湖よりも美しい青を持つ瞳。
ロザリアは困ったような顔をして、その場に立ちすくんでいる。
特に親しくもない相手とこんな場所で二人きりになってしまったことに、とまどっているようだ。
オリヴィエは柔らかく微笑むと、その場を立ち去ろうと彼女に背を向けた。

「誰かに呼ばれたような気がしましたの。」
あなたなのですか? と、聞かれているような気がして。
オリヴィエはロザリアの方へ向き直ると、彼女をじっと見つめた。
揺れる青い瞳の奥に、隠された答えはわからない。
けれど、今日は、最後の日だ。
「そうだよ。私が呼んだんだ。…あんたに会いたかった。」

「あんたは忘れちゃっただろうけど、ここはね、私とあんたが最初に二人きりで出かけたところなんだよ。」
その日もオリヴィエは今と同じ場所に立ち、ロザリアはすぐ隣にいて。
他の守護聖の噂話や、メイクの話をした。
育成の時とは違う、彼女の素の笑顔に、すでにもう惹かれていたのだと思う。

「ここへは何回も二人できたよ。私の故郷の話もしたし、あんたの小さい頃の話もした。
…犬に追いかけられて薔薇の花壇に逃げ込んだって話も、お母様のネックレスを壊してしまって、こっそり庭に埋めたことも聞いた。」
ロザリアの顔が不思議そうに傾げられる。
今の彼女には全く記憶の無いことだ。
それでも話さずには居られなかった。
「他にもたくさん話をしたんだ。あんたはいつも私の部屋にお茶をしに来てくれて。私が淹れる紅茶をおいしいって飲んでくれて。」
ロザリアの眉がグッと寄せられている。
苦しそうな顔をしているのは、こんな話を聞かされることへの不満だろうか。

「もちろん育成もしたよ。私はさ、そんなに勉強家じゃないし、知識だってあるわけじゃないけど。
二人で考えたやり方がうまく行った時は、あんたもすごく喜んでくれたよね。」
話しながら、足が勝手に彼女に近づくのに気がついていた。
ゆっくりと、でも確実にロザリアとの距離は縮まっている。
ただ物理的な距離でしかなくても、傍にいられるだけでときめく心。
彼女は気づいているのか、いないのか。
オリヴィエをまっすぐに見たまま、ピクリとも動かない。
オリヴィエは手を伸ばし、ロザリアを包み込むように抱きしめた。
あれほど焦がれたぬくもりを、閉じ込めた喜びが心の底から溢れだすようで。
彼女が自分を忘れていても、そんなことは構わない。
このまま別れてしまうくらいなら。

「あんたが好きだよ。」

伝えてしまおう。なにもかも。
心からの想いを。全部。
とたんにロザリアの身体から力が抜け、オリヴィエの腕の中に崩れ落ちる。
意識を失うほどショックだったのか、と伝えてしまった言葉への後悔が溢れて来た。


目が覚めたロザリアは、自分が湖のほとりの柔らかい草の上に寝かされていることに気がついた。
身体の上にかけられた、見事な羽のストール。
オリヴィエのものだ、と飛び起きて辺りを見回せば、彼は少し離れた場所で湖面を眺めていた。
すでに暗闇が忍び寄り、白くかすんだ一番星が遠くの空に浮かんでいる。
オレンジと青の混ざる不思議な時間に、佇むオリヴィエの姿。
逢魔が時と呼ばれるのにふさわしい、どこか世界と分け離れたような風景の中に、溶け込むような美しさで彼が存在していて。
ロザリアの胸に、蓋をしていた想いがこみあげてくる。
なぜ、こんなにも大切なことを忘れていたんだろう。
思い出した。
彼との出会いも過ごした日々も。
しばらく見惚れていると、ロザリアの視線に気がついたのか、オリヴィエが振り向いた。

「オリヴィエ様…。わたくし…。」
どこから話せばいいのか、わからない。
おろおろと目を泳がせたロザリアの前に跪いたオリヴィエは、彼女の額にひんやりとした手を乗せた。
「よかった。何ともないみたいで。…ごめんね。」
辛そうにほほ笑むオリヴィエ。
「なぜ、謝るんですの?」
ほかにいくらでも伝える言葉があるはずなのに、そんな言葉しか出ない自分が歯がゆい。
オリヴィエはますます辛そうに目を細めると、ロザリアから手を離した。
「さっきの言葉なら忘れて。 私の存在があんたの負担になってたっていうのに、また、あんたを傷つけた。…ごめんね。」

「もう忘れるなんてできませんわ。
 だって、あなたは薔薇の花壇に隠れたと言ったわたくしを、あんなに笑ったじゃありませんの。傷だらけになって、とても痛かったんですのに。」
「ロザリア…?」

彼のダークブルーの瞳を、ロザリアはじっと見つめた。
想いをこめた視線に気づかないオリヴィエではないはずだ。
「あなたが好き…。忘れてしまわなければ、生きていけないほど、あなたが好きなんですの…。」
すっと聞きたかった愛の言葉が、ロザリアの心を生き返らせた。
閉じ込めていた想いが、まっすぐにオリヴィエへと伝わっていく。
「あなたに『もう来なくていい』と言われて、苦しくて。こんな想いをするくらいなら、あなたがいなくなってしまえばいいと思って…。」
いつの間にか、オリヴィエの腕の中に包み込まれていた。
「私も、あんたが好きだよ。」
苦しいほど、強く抱きしめられた。
女王になることよりも、欲しいと思った彼の心が、ここにある。


ぼやけていた星の輪郭がはっきりと輝き始め、オレンジの光が消えていく。
ロザリアの建物が中央の島に着くまで、残された時間はわずかだ。
オリヴィエはロザリアを抱きしめたまま、一つ、二つ、と数を増やしていく輝きを見上げた。
「これで終わりだなんて思ってないよ。 私たちは、今から始まるんだから。」
想い合っていたのに、すれ違って無駄にしてしまった時間を取り戻したい。
彼女が女王になり、自由に出られないというのなら、いくらでも会いに行く。
忘れられるくらいなら、いっそ殺されてもいい。
そして、忘れてしまうくらいなら、死んだ方がましだ。

腕の中のロザリアの青い瞳がオリヴィエをじっと見上げている。
オリヴィエがその頬に手を当てると、青紫の睫毛がそっと伏せられた。
彼女が自分を求めている。
自分が彼女を求めているように。
少し欠けた月が二人を眩しく照らし始めた。
やっと重なり合った想いを確かめるように、オリヴィエはロザリアの唇にそっと誓いの口づけを落したのだった。


FIN
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