はじまり

『私なんかではきっとあなたには及ばないと思うのです。』


拒絶の言葉だと気づくまでに、しばらく時間がかかってしまった。
いつも優しい言葉で私を支えてくれた地の守護聖。
きっとこのお方も私と同じ思いでいると信じていたのに 。
それが単なる思い込みだったなんて。


どうやって部屋に戻ってきたのか、いつ食事をしたのかも、全く覚えがなかった。
気が付いたら朝が来ていて、気が付いたら聖殿に向かう道を歩いていた。
気遣わしげなアンジェリークの声で我に返る。


「ロザリア、大丈夫?なんだか顔色が良くないみたい。昨日からおかしいよ。」
熱でもあるのか、と額に手を伸ばしてくる。
以前過労で倒れた時のことを気にしているのだろう。

あの時もルヴァ様は優しかった。
お見舞いに来てくださったときのことを思い出す。
胸をギュッと掴まれたような気がして、思わず手を胸に当ててしまった。
アンジェに心配をかけたくない。これはわたくしの問題だもの。

「なんでもないわ。人の心配をしている暇があったら、エリューシオンのことを考えなさい。
まだまだわたくしに追い付くには時間がかかってよ。」
胸を押さえたままいつも通り答える。
「先に聖殿に行っていてくださらない?わたくし、済ませなければならない用事がありますの。」
「うん、じゃあ、先に行くね。」
全く疑いもせず、アンジェリークは先を歩いていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで、じっと立ちつくしていた。


(このままお会いするのは無理だわ)
足が勝手に聖殿の裏庭に向かう。
広い聖殿の裏庭には一人になれる場所がいくらでもあった。
お気に入りの場所に隠れると、とたんに涙があふれ出した。
(どうしたら忘れられるのか、どうしたら・・・。)



木立のかげで泣いているロザリアを見つけた。
偶然?
いや、ワタシは彼女を探してた。
アンジェが一人で聖殿に来た時から、なんとなくおかしな雰囲気を感じていた。
時間に遅れるロザリアではない。
まして、今日は月の曜日。
日の曜日の出来事を話してくれる貴重な時間なのだ。
いつも朝一でルヴァの様子を報告に来るロザリアは輝いていてワタシが間に入る余裕はなかった。
話相手でもいい、アンタの笑顔が見られるなら。そう思って過ごしてきた。
だから、
木の下にうずくまる姿を、ほおっておけるわけがなかった。


「どうしたんだい。もう待ちくたびれちゃって、迎えに来たよ。」
オリヴィエの声にびくっと肩が動いた。
涙を見せたくないのか、顔を上げる様子はない。
オリヴィエはそっと後ろからロザリアの肩に両手を乗せた。
そのまま自分も膝を折り、抱きよせる。
「ワタシに言えることならなんでも話してごらん。」
荒い息使いのロザリアを包むように囁きかけた。
止められない涙が、オリヴィエの袖を濡らしていく。


どれだけかの時間の後、ロザリアが立ちあがった。
合わせてオリヴィエも立ち上がると、ちょうど背後から抱き締めるような形になった。
泣いている理由は想像がついた。

そういえばルヴァの様子は尋常じゃなかったね。
この子のことを大切にしてくれるんじゃなかったのかい?
ずいぶんと楽しそうにして、見せつけてくれていたじゃないか。
てっきりこの子を好きだと思っていた。
自分のお気楽さにあきれる。
がまんしていた言葉があふれ出す。


「何があったか聞かないけど、いつでもワタシはいるから。」
「アンタのそばに。」


その言葉にロザリアが体を回すと、オリヴィエはすぐに離れた。
自然と見つめあう位置に立っている。
寸分のすきもないオリヴィエの衣装の膝に土がついて、袖も涙でぬれてしまっている。
ロザリアはあわてて土を払おうとした。
「いいんだ。」
ロザリアの手を軽くさえぎると、、そのままその手をとらえて抱きよせた。
「そんなこと気にしなくていいから。悪いと思うなら、しばらくこうしていさせて。」

「オリヴィエ様、わたくし、だめでしたわ・・・。あんなに応援していただいたのに。」

寄せ合った体からオリヴィエの気持ちが流れ込んでくるような気がした。
優しい愛がロザリアを温かく満たしていく。
誰かに愛されているということが、あんなにもつらい悲しみの淵からロザリアを引き上げていた。


「アンタのこと、これからも見ていていいかな?」
どんな表情なのか、ロザリアからは見えない。
ロザリアの表情もオリヴィエからは見えていないだろう。
それでも、確かな思いがあった。

「わたくしが、元のわたくしにもどるまで、見ていてくださいますか。」

返事の代わりにオリヴィエはつけていたショールをロザリアの肩に掛けた。
「泣き顔をワタシ以外に見られないようにしないとね。執務室でメイクしてあげるからおいで。」
そこにはいつもオリヴィエがいた。
ウインクをして差し出したオリヴィエの手をロザリアはしっかりと握った。


FIN
Page Top