サイクリングに行こうよ
~自転車に乗ろうよ 2~

ロザリアとアンジェリークの自転車通勤で聖殿はちょっとしたサイクリングブームになった。
まず食いついたのはスポーツ大好きのランディで、綺麗な水色のマウンテンバイクを手に入れていた。
早速アンジェリークと並んで庭園を走っている姿が見られて、親密度アップは間違いない。
続いて「僕も欲しいなぁ。」とマルセルが乗り始め、「健康増進」のためルヴァが、「美容」のためオリヴィエが、次々と自転車に乗り始めた。
そんなこんなでロザリアを含めた6人が仲良く自転車通勤をするようになったのだった。

(ちっ。面白くねぇ。)
ゼフェルは執務室のソファにごろりと横になったまま、外の喧騒を聞いていた。
窓を開け放った部屋の中には嫌でも外の話し声が聞こえてくる。
ロザリアが他の男と仲良くしているのは非常に気に入らない。
先日、自転車の練習でかなり近づいたと思ったのもつかの間、またこうして他の奴らが近付いている。
あのとき、次の日も付き合ってやるつもりで全部の執務をほっぽり出してきたゼフェルが見たのは、オリヴィエの背中に乗せられてきたロザリアだった。
「ゼフェル様、おはようございます。わたくし、乗れるようになりましたのよ。」
いつものようにツンと顎を上げて小憎たらしいセリフを言うロザリアはとてもかわいかった。
なんだか赤くなった頬もつやつやした唇もゼフェルには直視できないほどで。
隣にいるオリヴィエもいつもと違う感じで、気持ち嬉しそうに見える。
「昨日はお付き合い頂いてありがとうございました。もう、大丈夫ですわ。」 
丁寧に言うロザリアの言葉に、「おまえはもういらない。」と言われているようでムカついた。
ロザリアにそんな気持ちはないことはわかっていても、オリヴィエとロザリアの間のちょっと変わった空気にもいらつく。
「そうかよ。よかったな。自転車くらい誰でも乗れんだろ。わざわざ言ってんじゃねーよ。」 
とつい、きつい口調で言ってしまった。
いつものこと、とゼフェルの物言いには普段全く気にしないロザリアも少し眉をひそめたようだ。
「あの、ゼフェル様?」 
すごくイライラする。ゼフェルはそっけなく二人から離れてしまった。
あれからロザリアと話していない。

「今度の日の曜日だけどさ、みんなで端っこまで行ってみないか?綺麗な花が咲いてるとこがあってすごくいい景色なんだ。」
ランディの声が風に乗って流れてくる。
「いいですね!」「僕も行きたい!」 
わいわいと話す声はアンジェリークとマルセルだ。
端っこまで行こうと思ったらかなりの距離だ。坂もあるし、舗装されてない道もあるだろう。
昨日今日乗れるようになったヤツにはきついんじゃねーの、とゼフェルは思う。

「皆様をお誘いしましょうよ。」 
ロザリアの声が聞こえる。皆様がルヴァとオリヴィエのことだというのは予想がついた。
しかし続いた言葉にゼフェルは頬が熱くなる。
「ゼフェル様も自転車はお上手でしたわ。きっと一緒に行けたら楽しいと思いますの。お誘いしてもよろしいかしら。」
すぐに「え~」とか「うん」とかいろんな声が聞こえてきたが、ゼフェルの耳には全く入ってこなかった。

自分を持て余すようにゼフェルはエアバイクで飛び出した。
外の声はいつの間にかやんでいたが、ドキドキしている心臓が止まらない。
飛空都市の端っこまでエアバイクならほんの数十分だけれど、こんなところまで自転車で来ようと思ったら1時間くらいはかかりそうだ。
しばらく端っこの草はらに座った。
火照った顔がさわやかな風になでられて少しづつ冷めていく。
よし、と立ち上がって再びエアバイクに乗りこむと、聖殿から少し離れた道の途中で青い影を見つけた。自転車の隣に座り込んでいる。
ゼフェルのエアバイクの音に気付いたのかロザリアは顔を上げた。
気付かれて逃げようもなく、ゼフェルはロザリアの近くにエアバイクを止めた。

「よぉ、何やってんだよ。」 
ロザリアは困った顔で自転車のほうに視線を向ける。
「急に動かなくなってしまいましたの。どうしたらよいかわからなくて・・・。」 
この前の態度を気にしているのだろうか。ロザリアは遠慮気味に言った。
しゃがみこんで自転車を見ると、チェーンが外れていた。これでは動かないはずだ。
「ちょっと待ってろよ。工具持ってくっから。」 
エアバイクについている工具を出すと、手早くチェーンを直す。
その間ロザリアはゼフェルの手元をじっと見つめてしきりに感心したように首をかしげていた。
そのまなざしがゼフェルにはくすぐったいようで照れ臭い。

「直ったぜ。」 
しゃがんだままペダルをくるくる回すとチェーンとともにタイヤがくるくると回った。
「ありがとうございますわ!」 
ロザリアもゼフェルの隣にしゃがんでにっこりと笑った。
近い距離にあまり香りがしてきてゼフェルの耳が熱くなる。
「まだまだ、おめーはへたくそなんだからよ。一人であんま遠く行くなよな。」 
つい憎まれ口をきいてしまう。
「まあ!」 
案の定ロザリアはカチンときた、と言う様子で立ち上がる。 
「へたくそがどうか、ご覧になってくださいませ! 今度の日の曜日にみんなでサイクリングに行きますのよ。ゼフェル様もぜひいらして!」
両手を腰にあててふんぞり返る姿は初めて見たときのムカつく態度とおんなじだ。でも・・・。
この誘いを俺は待ってたんだよな、とゼフェルは思う。
「しょーがねーな。見に行ってやるよ。」 
ただし、とロザリアを見て、一か八か言ってみる。
「オレのぶんも弁当作ってこいよな!」
「承知いたしましたわ!」 
その返事にやった!と心の中で指を鳴らす。
突っ込まれないうちにエアバイクに飛び乗った。 
「約束だかんな!」
空にふわりと浮かびあがると一気に加速した。
顔がにやにやしてきて曲芸でもしてしまいそうだ。 
「やった~!」
ゼフェルは大声で叫んだ。


「おはよう!アンジェリーク、ロザリア。」 
約束の時間が来て集合したのはランディ、マルセル、オリヴィエ、ルヴァ、アンジェリーク、ロザリアの6人。
「ゼフェルのやつ、遅いな。」「もうおいってっちゃう?」 
などと話している間に、「よお。」と真っ黒な自転車に乗ってゼフェルが現れた。
遅刻してきたくせに すいすーいと走り出してしまい、みんなはぶつぶつ言いながらあとを追いかけた。

「あんた、ずいぶん荷物が多いねぇ。」 
ロザリアの前かごに入ったバスケットは重箱3段分くらいになっている。
弁当だけにしてはいささか大きすぎるようにオリヴィエには思えた。
「こっちのと変えてあげるよ。」 
まだ少し心配なロザリアのためにオリヴィエは荷物を交換してあげた。
「ありがとうございます。」 とロザリアが恥ずかしそうに微笑んだ。
美容のためなんて理由で用意した自転車はロザリアの青に合わせて青みがかったパープルだ。
勢いよく走りだしたゼフェルの姿はもう小さくなってしまった。
恥ずかしさが先に来るあたり、まだ子供だねぇ、と思う。
あれからオリヴィエはずいぶんゼフェルをイジメてやったけれど、まだまだあきらめていない様子は分かっている。
隣のロザリアは一生懸命ペダルをこいでいて、いつになく可愛らしい。
正直彼女に合わせて進むのはつらいけれど。
オリヴィエはなんども長い脚をフレームに乗せながらゆっくりと進んだ。

束ねた長い髪が風に流れる。
ロザリアは隣にいるオリヴィエをちらりと見た。
いつでも誰にでも変わらない態度のオリヴィエの気持ちがわからない。
あの朝には確かに少し期待したのだけど・・・。
よそ見したせいか、小石にハンドルを取られて思わず片足をついた。
すぐに 「大丈夫?」 とオリヴィエが声をかけてくれる。
最後尾で少し遅れ気味のロザリアを気にしてくれるのは、ただの親切?それとも・・・?
「なにやってんだよ!」 
ずっと先にいっていると思っていたゼフェルが突然隣にやってきた。
「ゼフェル様! とっくに先に行かれたと思っていましたわ。」 
ロザリアも驚いて返事をする。
「おめーが遅せーから、見に来てやったんだろ。とろとろしてっと置いてくぞ。」 
そう言いながらもゼフェルはロザリアの自転車に並走している。

ゼフェル、ロザリア、オリヴィエの3台が並んでやってくるのを、少し先で休憩しながら待っていたアンジェリークが見ていた。
(ゼフェル様はともかく、もしかして、オリヴィエ様もロザリアを?) 
首をかしげて考える。
わかりやすいゼフェルに反してオリヴィエはとてもわかりにくい。
(わたしはゼフェル様を応援しちゃう!)
近くに来たゼフェルの肩をたたくと、がんばってね!とサインを送るのだった。


花畑は見事に満開だった。
昨日下見しておいたはずのゼフェルでさえもその美しさに目を細めた。
昨日と同じ景色でも、隣にロザリアがいるだけで違って見える。
花を見てキラキラした青い瞳がいつもよりずっときれいに見えた。
「では、お弁当にしましょうかね~。」 
ルヴァの言葉にみんなは車座になって腰を下ろした。
それまでロザリアの隣に座っていたアンジェリークが「こっち、こっち」とゼフェルに手招きした。
それを見たオリヴィエはため息をついて、最大の敵はアンジェリークかもね、と思う。
何せロザリアへの影響力はぴか一だ。
そのアンジェリークがゼフェルの味方となると・・・。

手招きされて赤くなりながらもゼフェルはロザリアの隣に座った。
その反対側にごくさりげなくオリヴィエも座る。
ゼフェルの視線と火花が散った。
「ねぇ、ロザリア。お弁当とりかえっこしない?私の手作りなんてめったに食べられないよ~。」 
まあ、とロザリアがオリヴィエのお弁当にくぎ付けになる。
体をこっちに向かせればこっちのもの、と、オリヴィエはお弁当の包みを開けた。
「これ、本当にオリヴィエ様が・・・?」 
お弁当の中身は綺麗に調理されたものが並んでいた。
ロザリアの称賛の視線に少しうれしくなる。
「当り前じゃないか~。いまどきのオトコなら料理くらいできないとねぇ。はい、食べさせてあげる。」 
あ~んと声をかけるとロザリアは可愛らしく口を開けた。
「おいしいですわ!」 
早起きした甲斐があった、と心の中でガッツポーズをする。
ゼフェルの悔しそうな視線が心地よい。
このまま二人で・・・と思ったらやっぱり反対側から声がかかった。

「オレの弁当早くよこせよ。」 
ゼフェルがロザリアの荷物をがさがさとあさり始めた。
「ちょっと、なにやってんのさ。それ、ロザリアのでしょ。」 
オリヴィエの抗議も無視して、包みを取り出した。
「これかよ?」 
ゼフェルが持ち上げた包みは青いナプキンに包まれている。
もうひとつは赤いナプキンに包まれていて、青いものよりずっと大きかった。
「そうですわ。そちらがゼフェル様の分ですの。」 
ロザリアがゼフェルのお弁当を・・・! 
オリヴィエはサンドイッチを落としそうになって、あわててつかむ。
「じゃ、もらうぜ。」 
ゼフェルが自慢げにオリヴィエを見た。
包みをこれ見よがしに見せつけてくる様子に、殴ったろか!と思う拳をぐっとこらえる。

「ふん、思ったよりうまそうじゃねーか。ホントにおめーが作ったのかよ。」
「当然ですわ。これくらい当たり前ですもの。」 と言いながら赤い包みを開けた。
とたんにアンジェリークとルヴァの顔が輝く。
「わ~、これが『おにぎり』なのね~!」 「これですか~。」 
いつの間にかすぐ隣まで来ていた二人にゼフェルもオリヴィエもぎょっとした。
赤い包みからころころと転がり落ちたのはちいさな三角形の物体だった。
ランディとマルセルも近付いてきて興味しんしんと言った様子だ。
ルヴァはその一つを手に取ると言った。
「え~、これはおにぎりといいまして、辺境の惑星でこういった外でのランチの時に食べられるものなんですね~。軽い塩味とこの、中身が楽しいんですよ~。」
その言葉を聞いてロザリアがうふふと笑った。
「ルヴァ様のお話を聞いて、わざわざ材料をカタルヘナ家から取り寄せましたのよ。喜んでいただけて嬉しいですわ。」
ルヴァと目で合図をする様子にゼフェルとオリヴィエは驚く。
(まさか、ここにもいたのか~。) 

ころころとしたおにぎりをルヴァは2つ手にとっていそいそと食べ始めている。
オリヴィエは思わずルヴァを凝視した。
「あ、あの・・・。オリヴィエ様もおひとついかがですか?」 
ロザリアがオリヴィエにおにぎりを一つ差し出す。
恥ずかしそうに頬を染めてキラキラした瞳を向けられるとオリヴィエの胸がきゅ~んとする。
ゼフェルを見れば、ロザリアからの手作り弁当をバクバクと食べている。
誰にも渡さない!とばかりに両手でしっかり抱え込んでいて、中身も見えないくらいだ。
ロザリアがおにぎりを手渡してくれたのは私だけだよね、とオリヴィエはにっこりとおにぎりを受け取った。
「じゃあ、私のお弁当と交換しよう?」 
差し出したお弁当にロザリアはものすごく笑顔になった。
ひとつひとつ、丁寧に口に運んでいるのを見ると、何とも言えず嬉しくなる。

いいムードのところに、「これはしゃけですか~?」とルヴァが割り込んできて、今まで気にしていなかったけど、もしかしてこの天然っぷりは計算なの? と思う。
オリヴィエはおにぎりの包みを開けると、ロザリアに尋ねた。
「これって、どうやってつくるの?型に入れるとか?」 
普通に考えても三角にはならないような気がする。
「ええ、これは手でこうやって握るんですのよ。」 
両手を重ねたロザリアは手のひらを三角にしてオリヴィエに見せた。
「ふ~ん、じゃ、これはロザリアの手の感触が残ってるってことだよね? 愛がこもってる感じがするねぇ。」
その言葉にゼフェルの背中がピクリと動いた。

「サンドイッチなんかより、ロザリアの気持ちがぎゅ~っと・・・。」 
オリヴィエはおにぎりを口に入れた。さわやかな塩味がおいしい。
「そんなこと・・・。」 
ありませんわ、と言おうとして止まる。
確かにオリヴィエ様に食べていただきたいと思って、握ったけれど。
なぜか赤くなるロザリアを見てゼフェルが立ち上がる。

「オレのだって、ちゃんとスパイシーチキンが入ってんだぜ!オレのためって感じがすんだろーが!」
ゼフェルの大声に驚いて、「 ええ、そのほうが喜んでいただけると思って・・・。」 とロザリアは目を丸くしていった。
そうだろう!と嬉しそうなゼフェルはおとなしく座った。
もう全部食べてしまったようだ。

「ロザリアは優しいところがありますからね~。」 
うんうんと微笑むルヴァにロザリアはますます照れたように赤くなると、
「完璧な女王候補として、守護聖さまの好みに合わせるのは当然ですわ!」 と、いつものように高笑いした。
何かとおいしいところを持っていくルヴァは本当に油断ならない。
オリヴィエと目が合うと、ルヴァはVサインでもしそうな顔をしている。
いつの間にかおにぎりも三個目だ。
「ロザリアの愛がこもってる・・・。いいこと言いますねぇ。」 とつぶやくのがしっかりと聞こえた。

アンジェリーク、ランディ、マルセルの3人のほのぼのぶりが、なんだか遠くに見える、とオリヴィエは思った。
たかがお弁当、されど・・・。
新たなライバルの出現にオリヴィエは頭痛がしてくるような気がしていた。

帰り道、またロザリアと並んで走るオリヴィエがこっそり耳打ちした。
「ねぇ、今度は二人で来ようよ。私がお弁当作ってあげるからさ。」 
とたんに真っ赤になってハンドルを取られるロザリアを、オリヴィエは楽しそうに見つめていた。


FIN
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