変わらないこともここにあるから

夕陽が落ちるのをぼんやり眺めていたオリヴィエは、メールの着信ランプに気付いてディスプレイを見た。
『今からお会いできますか?』
たった一言だけの手紙はきっと彼女から。
差出人を確かめることもせずにコートを手に取ると、外へ飛び出した。
かさかさと落ち葉のこすれる音が響いて、歩くたびに足もとに散らばる。
寒くはないけれど、暖かくもない。
まるで自分と彼女のようだと思った。

庭園の片隅のベンチにロザリアはいつものように座っていた。
ただのベンチなのに背筋をピンと伸ばして座るその後ろ姿はなぜだかとても綺麗に見える。
ブーツの足音が聞こえたのか、彼女の体が動いてふりかえる。
夕日を浴びた顔は逆光でよく見えなかった。
オリヴィエは急がないでその隣に座る。
「どうしたの?」
まっすぐにオリヴィエを見た青い瞳は少しだけ悲しそうに揺れた。
「べつに・・・。なんでもありませんわ。ただ、お話ししたくなったんですの。」
それ以上何も聞かない。
彼女が話し始める。
「今日は一日部屋で予習していたんですの。でも、いいお天気でしたでしょう?外に散歩に行ったんですわ。」
それから・・・と話す彼女はにこにことして楽しそうに見えた。
オリヴィエも相槌を打ちながら、今日一日の出来事を話した。
何でもない会話が続いていく。
「オリヴィエ様とお話しできてよかった。」
そう言った彼女はいつもの花のような笑顔で、オリヴィエは少し胸が痛かった。

今日、あいつとアンジェリークが会っていることを知っていた。
恋人たちの湖でゆっくり話をするといっていたから、たぶんまだあそこにいるだろう。
だから昨日オリヴィエは彼女を自分の私邸に誘った。
オリヴィエから誘うことは今までほとんどなかったから、彼女は少し驚いて彼を見た。
そしてすぐに何かに気付いたように瞳を揺らした。
「申し訳ありませんわ。明日は試験の予習をしたいと思っていますの。」
強がりな嘘に気付いても、オリヴィエは頷いた。
「それじゃ、仕方ないね。しっかり勉強して。・・・私は明日は一日家にいるつもりだからさ。」
いつでも呼んで。あんたが会いたくなった時は。 
そんなことは言えなかった。

「私と付き合っちゃう?すごく楽しいと思うよ。」
冗談みたいに顔を覗き込んで聞いてみる。胸がドキドキして喉がからからになりそうだ。
彼女はにっこりと笑って、「そうしましょうか?」なんて答える。
その笑顔がたまらなく愛しくて、オリヴィエは空を見上げた。
夕日が落ちるのは早い。
薄闇になりかけた空にぼんやりと星の明かりがともり始めた。

「星が出てきたよ。」
彼女も上を向いてまだぼんやりとしたその明りを眺めている。
涙がこぼれそうになるのを我慢しているように見えた。
抱きしめてしまいたい、と何度も手を動かしては止める。
『友達』だからこうしていられる。
けれど、この想いをどうしたら変えられるというんだろう。
「明日、湖までご一緒していただけませんか?」
彼女の口からの誘いの言葉にオリヴィエは息が止まりそうになる。
寂しい時、私を呼んでほしい。そう思いながらもただそれだけのために誘われることはつらかった。
「いいよ。迎えに行くから。」
オリヴィエの返事に柔らかく微笑むと、彼女はベンチを立って歩き出した。
『送らないでくださいませ。』
以前に言われたきり、あとを追うことはやめた。
送ってほしい人は別にいる、と彼女の瞳が告げていたから。

夜に包まれても、オリヴィエはそこに座っていた。
落ち葉の色にも見分けがつかなくなる頃、二つの人影が見えた。
闇にまぎれてもその赤い髪と立派な体躯はすぐに目につく。
その隣に並ぶ華奢な金の髪の少女を抱きしめるように歩いていた。
自分達しか見えていないだろう彼らはきっとオリヴィエには気付かない。
「恋人か・・・。」
音にすればただの4文字の言葉にすぎないのに、なぜ『友達』とはこんなにも違うんだろう。
二人が通り過ぎた後、ようやくオリヴィエは立ち上がった。

湖は静かだった。
月の曜日に来ることは初めてだったが今日は本当に誰もいない。
キラキラと光る水面がまぶしくてオリヴィエは目をそらした。
「水が冷たいですわ。」
秋色の景色は近くの木々を様々な色に変えていた。
手を浸したロザリアが楽しそうにばしゃばしゃと水を波立たせる。
そのたびに虹色の光が彼女の顔に輪をつくった。
「オリヴィエ様も試してみてはいかがですか?」
笑いかけた顔はとてもきれいだった。
「やだ。ネイルが取れちゃう。」
オリヴィエが首を振るとロザリアは手で水をすくってオリヴィエにかけた。
羽飾りが水に濡れてしゅんとしたのを見てロザリアが笑う。
「こら!」
次々に水をかけてくるロザリアにオリヴィエも掛け返す。
気づけば二人とも髪も服も濡れていた。

ハンカチを出したロザリアがオリヴィエの髪を拭いた。
「いいよ。」と、言っても彼女は拭き続ける。
彼女の顔が近付くのが怖くて、目を閉じた。
『恋人』なら彼女を拭いてあげられるのに。
今の自分はただこうして立っているだけ。
「手、冷たくない?」
ロザリアが上を向いた。
「少し冷たいですわ。」
真っ赤になった手をオリヴィエに見せた。
「私はまだあったかいよ。ほら。」
そう言ってオリヴィエは彼女の手を握った。

ただの『友達』ではこんな理由でもなければ手を触れることもできない。

「本当ですわね。とても温かいですわ。」
ロザリアの手を両手で包み込むように暖めた。
彼女の手と自分の手が次第に同じ温度になっていく。
なぜ、誰かを好きになるんだろう。
こんな思いをするくらいなら、彼女と出逢わなければよかった。
「もう、大丈夫ですわ。」
その言葉にオリヴィエはそっと手を離す。

「帰ろうか?」
頷いた彼女と並んで帰り道を歩いた。
楽しそうに笑うロザリアを見て、やっぱり出逢えたことの方がずっとずっと幸せなのだと思う。

たとえあんたが誰を好きでも、私はずっとあんたを想ってる。 

手を伸ばせば触れられる距離でオリヴィエはただ彼女を見ていた。


FIN
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