再生 ~君の空へ after~

この町に着いてから1カ月が過ぎた。
ワタシは毎日ロザリアと話をしていた。
飛空都市でかなりの時間を二人で過ごしたと思っていたのに、話したいことはたくさんあった。
いつでも話すのは彼女、聞くのはワタシ。そんなふうだったから。

「今日も来てたんですか?」 
後ろから声がかかる。
そういう彼もほとんど毎日のように来ているではないか。
ワタシは立ち上がった。
「うん、話したいことがたくさんあってね。」
寒い惑星の短い夏はそろそろ終わろうとしている。
初めて訪れた時より数段冷たくなった風に、あたりの木々の葉が拭き流れていく。
彼が不快に思う前に立ち去ろう、と歩きだす。
「今日、時間はありますか?」 
ワタシは彼に顔を向けた。
視線をそらしてはいるものの、口調は柔らかくなっている。
「もちろん。いつだって暇だよ。」
ワタシは肩をすくめて答えた。

よく似た二人が歩いているのは格好の注目の的だった。
「その、お兄さんは誰?」 
次々と声がかかる。
彼はそのたびに笑顔で「遠い親戚だよ。」と答えていた。
確かにワタシ達は遠くて近いつながりがある。
ワタシは思わず微笑んだ。
「なにがおかしいの?」 
途端に不機嫌そうになった彼に答える。
「ん?遠くないでしょって思っただけ。」 
とたんに彼は赤くなってそっぽを向いた。
「しかたないだろ。まさか おじいちゃんですって言えないし。」 
初めより幾分砕けた口調にワタシは素直にうれしかった。


「ここだよ。」
ロザリアが建てた学校。
レンガ造りの門は大きく開け放たれていた。
彼に促され中に入る。建物の中は光にあふれていた。
大きく開いた天窓からこぼれる光。
「冬は割と暗いからね。少しでも明るいようにってさ。」
「光の棟」と書かれた建物に入ると、いくつかの教室が並んでいた。
ガラッと扉が開いて、子供たちが飛び出す。

「せんせーーい、こんにちはー。」 
にこにこした顔が並んだ。
「今日は休みだろ。何してるんだい?」 
彼は腰をかがめて尋ねた。子供に向ける顔は優しい。
「忘れ物、とりに来たの。これ。」 
手に持ったノートを大きく掲げた。
彼はよしよし、というように頭をなでると子供たちを送り出す。
子供たちはワタシの顔を不思議そうに眺めていたが、微妙な空気に敏感なのか誰も尋ねてこなかった。
「先生、だって。」 
ワタシのくすくす笑いに彼はカッと朱に染まる。
こんなところは誰かに似ていると思った。
「当り前さ。ロザリアおばあさまの孫なんだもの。教師になるにきまってるよ。」
彼の瞳が輝く。夢にあふれた彼の瞳がワタシの胸も照らす気がした。

さらに並んで歩く。
特別教室なのだろう。さっきよりも大きめな教室がある。
それぞれの教室の前に大きなプレートが下がっていた。
「水の間」は美術音楽室、「炎の間」は鍛錬場、「風の間」は運動場になっている。
「全部守護聖様から取ったって言ってたよ。子供たちにそのサクリアの力を授けてほしかったんだって。」
技術室は「鋼の間」、理科室は「緑の間」、図書館は「地の間」になっている。

「そういえば、おばあさまが「告白するなら鍛錬場にしなさい」って言ってたな。あなた、どうしてだか知ってますか?」
ワタシはかつて聖地一のプレイボーイと言われた男を思い出していた。
「う~ん。ワタシはお勧めしないなぁ。あんまり、アイツには似てほしくないね。」
彼のきょとんとした顔がおかしかった。
(地は図書館か、そのままだね。) 
にこやかに聖地を去って行ったルヴァの顔を思い出す。

「ここが闇の間、なの?」
どう見ても保健室の様子に思わず隣にいる彼に尋ねる。
「はい、安らぎを与える場所らしいですよ。仕事をしてから来る子供たちもたくさんいますからね。」
ロザリアのセンスに苦笑した。
(なかなか面白い選択だよね。)
「夢の間は、向こうなんですよ。」 
彼が廊下の向こうを指差した。
ワタシの胸がドキンと大きく鳴った。


「夢の間」のプレートは暗青色に金のブレードが付けられた華やかなものだった。
彼が扉をあける。
ワタシは思わず目をつぶった。ロザリアの答えがここにある。
「ここが、夢の間です。」
瞼越しに光が降り注ぐのがわかった。ゆっくり目を開ける。
目の前に現れたのは、色の洪水だった。
「この部屋は、卒業生が書いた「未来」の絵が飾ってあります。毎年、卒業生が共同で1枚の絵を描くんです。」
子供たちの描いた「未来」は、光の中で生き生きと輝いていた。
色の洪水の中で、ワタシはロザリアの声を聞いた気がした。
「ありがとう。」 
誰にともなくつぶやく。
彼の耳に届いたのか、ただ彼は目の前の絵を眺めていた。


ワタシは部屋に戻ると、着ていたスーツを捨てた。
聖地から持ち帰ったのは、この指輪ひとつ。 
その大きな青い石がついた指輪もかばんにしまう。
ロザリアの人生に触れる日はワタシの過去をめぐる日でもあった。
その中で何か大切なものがワタシに返ってきたような気がしていた。

次の日、ワタシはロザリアに花を手向けた。
最後に選んだ花は薔薇。彼女には一番ふさわしい気がした。
「行くんですね。」 
彼の声がする。
「何で、あんたはそうやっていつも後ろから出てくるのかな~~。」 
ワタシは苦笑した。
「あなたがいつも背中を向けているからでしょう!」 
まるで昔にも聞いたようなセリフだ。
哀惜のきもちよりも懐かしさを感じる自分に気付いた。
「僕もようやく楽ができますよ。」 
となりに立った彼がつぶやく。
「あなたはここにいるべき人じゃない。 おばあさまの意志は必ず僕が継いでいきます。」
彼が手を出した。

「だから、お別れですね。」
ワタシも手を差し出して、彼の手を握る。
「あんたのこと、どこにいても大切に思っているよ。」
ワタシは彼に近づくと、そっと耳打ちした。
「今度会うときはあそこにいる彼女に似合う、素敵なウェディングドレス、デザインしたげるから。」
木の陰から小さくのぞいている桃色の髪の女性を指さした。
「ち、違います、まだ、そんなんじゃないです!」 
あわてて首を振る姿が、今まで大人に見えた彼の本当の姿なのかもしれない。
ワタシは荷物をぶら下げて歩きだした。
「さようなら。」 
彼と最後に交わした言葉はおよそありふれた言葉だった。


薄雲がせわしなく空を流れている。その隙間から時折こぼれる日差しはもう冬色に見えた。
「夢」は「未来」。
ワタシは振りかえらない。
これから続く道はもうワタシだけの道だから。
思い出は胸にあって、いつでもワタシのそばにいる。
「う~ん。やっぱりネイルしようかな?こんな地味な格好じゃ、とてもデザイン会社には就職できないかもねぇ。」
ワタシはかばんに詰め込んだ服を思い出す。
「やっぱり、まずは戦闘服の準備だね。買い物に行かなくちゃ!」
電車の時刻を気にして、ワタシは走りだした。


FIN
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