Jealousy

彼女はまるで蝶のようだ、と思う。
ひらひらと男の周りを飛んで、その甘い蜜を吸っていく。
拒もうにもその美しさに拒むこともできない。彼女は蒼い蝶。

「オリヴィエ、今夜は御一緒できませんわ。」
わざわざ執務室まで出向いてきてくれたロザリアのために淹れたロイヤルミルクティーに手をつけることもなく、いきなりそう告げられた。
「ふーん、どうしてさ。今夜の約束はずいぶん前からしてあったよね。」
無駄なあがきと思っても、一縷の望みをかけて言葉にする。
案の定、彼女はふっと薄く笑って、踵を返した。
「ただ、無理なのよ。 どうしても今夜がいいとおっしゃるのなら、他の方でもお誘いになって。」
ドアの手前で言われたセリフはオリヴィエに鋭い棘を刺した。

あんた以外に誘いたい女はいないんだ。

そんなことを言っても彼女が戻るわけでもない。すがるような男を彼女が相手にするわけもない。
「わかったよ。 この次は約束守ってよね。」
再び振り向くこともなく、ロザリアは出て行った。

私に恋を告げた少女は数々の挫折や困難を乗り越えて、一人の女になった。
その青い瞳の色は淡くも濃くも様々な色をおびて多くの男を惑わせる。
面倒な恋はごめんだと、最初に言ったのは私。


昼食のために外に出ると、カフェにロザリアがいた。
向かいに座るのは確か図書館にいた男で、よくルヴァと話しているところを見かけた。
そういえば、勉強家のロザリアはよく図書館に行っている。自然と親しくなったのだろうが、男はかなり熱くなっているようだ。
テーブルから、身を乗り出さんばかりにしている男を前にロザリアは涼しい顔でランチを食べている。
その優雅な動作がかえって男をあおることに気づいているのだろうか。
立ち上がるロザリアの椅子を男があわてて引く。そのロザリアの視線がオリヴィエのほうにむけられて、挑むように重なった。
動けなくなったオリヴィエの隣をロザリアが通り過ぎた。

「あら、あなたでもそんなことをおっしゃいますのね。」
廊下で話し声が聞こえる。
「俺はいつでも真剣だぜ。君のその胸の片隅にでもとどめておいてくれよ。」
「さあ、どういたしましょうか?」
オスカーに包まれるようにして壁にもたれたロザリアは、まるで誘っているようにオリヴィエには思えた。
蒼い瞳は冷たいアイスブルーの瞳にさえ炎を呼びおこす。
オスカーがオリヴィエに気づいてロザリアを解放した。
「では、また今度。」 
すれ違いざまにオスカーだけに投げかけられた言葉にオリヴィエは思わずロザリアを追いかけた。
 

ロザリアの腕を掴んで、真正面から彼女を見る。
蒼い瞳は喜んでいるのか、疎んでいるのかわからない。ただ、小さなきらめきがのぞいた。
そのまま腕の中に閉じ込める。離したら、どこかへ飛び立ってしまいそうだ。
「本当は誰が好きなのさ?」 
尋ねた私にロザリアは唇をかさねて、微笑んだ。
その答えの意味が、わからない。
「もう、私のことは、好きじゃない?」
こんな情けないことを言う男になってしまったのか。
恋をすると人は弱くなると誰かが言った。
それが本当なら、私は恋をしている。この腕の中の青い蝶に。
「好きですわ。初めからそう申し上げておりますでしょう?」
あっさりと腕の中を抜け出して微笑む彼女をどうしようもなく欲しいと思った。 


暗い道をロザリアは足早に歩く。
3度に一度は誘いを断るほうがいい。たくさんのうちの一人と思わせるのがいい。
みんなみんな、彼の気を引くために。
今日は家に帰って、ゆっくり読書をしよう。図書館の男が薦めてくれた本がある。
悪い女は彼の前でだけ演じればいい。
面倒な恋が嫌だというのなら、軽い恋を楽しませてあげよう。
それであなたを手に入れることができるなら、わたくしはいくらでもあなたを弄ぶ悪い女になれる。
本人でさえ気付いていないのだ。意識せずともそのやわらかい翅のまたたきだけで、すでに彼を惑わせることを。


オリヴィエはシャワーを浴びて、ワインを開けた。
今頃、彼女は誰と過ごしているのだろう。この、長い夜を。
この手の中にあるのか、ないのか。恋した私はジェラシーの罠をさまよう。

彼女は蒼い蝶。私から優しい眠りを吸い取った、美しい蒼い蝶。


FIN
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