変わることは止められないから

昨日渡したプレゼントは喜んでいただけたかしら。
楽しいデートの最後に渡したのはずっと考えて考えて、それでも悩んで悩んで、ようやく渡したものだった。
綺麗な装飾に包まれたひと振りの小さな剣。
自分の瞳と同じ青い石とオスカーの瞳と同じ淡い青の石と二つが並んだ銀の剣はロザリアがわざわざ作らせたこの世に一つしかないものだった。
もし、オスカーとデートをすることがあれば渡したい、とずっと思っていて、ようやく昨日渡すことができた。

月の曜日の朝一番にオスカーの執務室をノックしたロザリアは、ドアを開けると同時に目に飛び込んできたその剣がどんな宝物よりも大切に思えた。
「オスカー様、気に入っていただけたようでなによりですわ。」
いつも通りの淑女の笑顔でロザリアは言った。
椅子に座ったままロザリアを出迎えたオスカーは、ロザリアを見て意味ありげな笑顔を見せる。
その瞳だけでロザリアは胸がきゅっと痛くなった。
「お嬢ちゃんはセンスがいいな。俺の喜ぶものがわかっているようだ。」
すっと立ち上がってロザリアのそばに来ると、きれいな巻き毛を手に取った。
全く動揺を見せずにその手を払ったロザリアをオスカーはふっと笑みを漏らして見つめた。

「全くお嬢ちゃんにはかなわないな。今日はどれくらい育成したらいいんだ?」
「ではすこし、お願いいたしますわ。」
表情を崩さずに淑女の礼をして退出したロザリアは、ドアが閉まるとふーっと大きく息をついた。
こんなに好きでいることをどうしても知られたくなかった。


オスカーを初めて見たのは、最初に守護聖を紹介された星の間だった。
一目見たときから、心が吸い寄せられて、目が離せなくなってしまった。
この飛空都市に来た理由さえも、この人に会うためだったのではないかとすら思えた瞬間。
『一目ぼれ』なんていう言葉をバカにしてきた自分が恋の罠にかかったことにすぐに気づいた。
大陸の民が求めるサクリアよりも、自分が求める人に会いに行ってしまう。
「俺に会いに来てくれたのか?」 という、ただその言葉を聞くためだけに何度も炎の執務室へ通った。

「よお、お嬢ちゃん。今度の日の曜日は空いているか?」
通りすがりにかけられた声にロザリアはびくっと肩を震わせた。
その声だけで全身の空気が震える。
何気ない風に振り返ると、強気な青い瞳で返した。
「申し訳ありませんわ。今度の日の曜日は育成の予習にあてたいんですの。」
嬉しさを隠して淑女の微笑みをする。
「それは残念だ。次は必ずOKしてくれよな。」 
残念そうなオスカーにロザリアは舞い上がりそうになった。
自分に好意を持っているのではないか、と密かに喜ぶ。
「お嬢ちゃんはやめて下さいと申し上げていますでしょ!」 
睨みつけたロザリアを軽く受け流すオスカーは楽しそうに見えた。
確かにオスカーは自分を見ている、と感じていた。


「ロザリア、今日はどこへ行くの?」 
いつの間にか毎朝一緒に行く様になったアンジェリークに聞かれて、ロザリアは背筋を伸ばして答えた。
「そうね、まずはルヴァ様のところへ行って、それから・・・ジュリアス様かしら。」
嘘をついたことがロザリアの胸に棘のように突き刺さる。
きっと最後はオスカー様のところへ行くのに。
「ふ~ん。わたしはね、ゼフェル様のところへ行って、そのあとは・・・オスカー様のところかな?」
ずきっとその名前を聞くだけで心に大きな波が立った。
オスカー様のところに行かないで。 
口から飛び出しそうになる言葉をロザリアは懸命に抑えた。
「そうなの。エリューシオンは炎の力が必要なのね?」
ロザリアがなんとか絞り出した言葉に、アンジェリークは恥ずかしそうにうつむいた。
「ううん・・・。あのね、オスカー様に来てほしいって言われたの。ねえ、これってどういうことだと思う?」
そういって、澄んだ碧の瞳を向けたアンジェリークをロザリアはまっすぐ見ることができなかった。

先々週、オスカーを誘った時、「今度の日の曜日は先約があるんだ。また誘ってくれよな。」 と言われた。
先週も、同じ言葉を返されたのではなかったか。
ロザリアは育成のファイルをぎゅっと握ると、落ち着かせるようにゆっくり息を吐いた。
「先週の日の曜日はどなたかとお約束があって?」
アンジェリークは少し頬を染めると、キラキラとした瞳でロザリアを見た。
「あのね、オスカー様がご一緒したいって言ってくださって、デートしたの。
 ロザリアはオスカー様のことどう思う?素敵な方だけど、すこしプレイボーイみたいよね?」
足もとが崩れそうになる感覚に必死で耐えた。
握りしめた手が色を失っていくことが自分にもわかる。
「そうね。・・・素敵な方だと思うわ。見た目よりもずっと誠実な方じゃないかしら。」
「え!ロザリアもそう思うの?わたしもね、オスカー様って軽く見えても本当はとても優しい方だと思うのよ!」
だってね・・・、と話し始めたアンジェリークの声がロザリアの体全部にしみこんでいく。

いつのまに二人はそんなに親しくなったのだろう。
全く気付かずにオスカーが自分だけに向いていると勝手に思い込んでいた。
可愛い少女ではなくて、素敵なレディでいたいとオスカーの前ではいつでも毅然としていたのに。
そのかたくなな態度が知らずにオスカーを遠ざけてしまっていたことを今の今までわからなかった。

「あ、もう着いちゃった。 ね。今晩また聞いてくれる? きっとまた今度の日の曜日もって、誘われると思うの。」
無邪気に微笑むアンジェリークは恋する少女の輝きに満ちていて、ロザリアは思わず目をそらしてしまった。
「じゃ、あとでね!」
元気に表階段を駆け上がるアンジェリークをロザリアはじっと見つめていた。

「今度の日の曜日にご一緒していただけませんか?」
たしなみとして身につけさせられた想いと裏腹な微笑みを浮かべてロザリアは尋ねた。
まだ何の予定もないことをアンジェリークから聞いている。
オスカーは残念そうな瞳をすると、「先約があるんだ。」と言った。
ロザリアの指先が静かに冷たくなっていく。
「それでは仕方がありませんわね。この次はお願いいたしますわ。」
同じ言葉をオスカーから聞いたのがつい昨日のことのように思えた。
一度もロザリアを見ずに応えたオスカーをロザリアはまるで別人のように感じていた。

その夜、枕を抱えたアンジェリークはパジャマ姿で、真っ赤になっていた。
「あのね、やっぱりオスカー様に誘われたの。今度の日の曜日!」
ロザリアは目眩がして、ベッドに手をついた。
先約がある、と言ったのは今朝のことではなかったか。
「オスカー様ったら、わたしのことを素直でかわいいって!一緒にいると楽しい気持ちになるって!」
キャーッと言って枕に顔をうずめたアンジェリークをロザリアはぼんやり眺めていた。

もっと、素直に答えていたら。もっと、自分の気持ちを伝えていたら。
「どうしたらいいのかな~? ロザリアはどう思う?」
こんなときでも感情を出せない自分が恨めしいと思った。
ロザリアができたことはその青い瞳を一瞬揺らすことくらい。
「あんたなら大丈夫よ。そのまま気持ちを伝えればきっとオスカー様も応えて下さるわ。」 
いつものようにはっきりと答えたロザリアをアンジェリークはじっと見つめている。
「なんだか、ロザリア、変よ。 まるで、泣いているみたい・・・。」
少しうつむいていた顔を上げて、ロザリアは微笑んだ。
「あら、おかしな子ね。わたくしのどこが泣いているというの?」
いつも通りの淑女の笑みにアンジェリークも見間違いかと微笑みを返した。
「早く、ロザリアにも素敵な恋がくるといいね!」
電気を消したベットの中でアンジェリークが囁いた。

すぐに寝息を立て始めたアンジェリークに布団をかけ直すと、ロザリアはうつぶせになって肩を震わせて泣いた。
声を出さずに泣くことには慣れている。
アンジェリークを憎むことも、嫌うこともできない。まして、オスカーを嫌うことも。
あの方をもし、わたくしに返してくれるなら、もうなにもいらないのに・・。
あなたにすべてをあげるわ。だから、わたくしから、あの方を取らないで・・・。
ロザリアの目からこぼれた涙は、全て枕に吸い込まれて、なにもなかったかのように、消えた。

「よう、お嬢ちゃん。 俺になんの用かな?」 
変わらないオスカーの声はロザリアの胸に突き刺さった。
好きで好きでたまらない人の声から消えた甘い響きをロザリアは思い知る。
ふと見上げた棚の上にはあの日プレゼントした剣がまだ飾られていた。
けれど、今朝アンジェリークが持っていた可愛いリボンは自分には似合わない。
「育成を・・・たくさんお願いいたしますわ。」 
たくさんお願いしたのはしばらく会わなくてもいいように。
「ああ、わかった。」
ロザリアは淑女の礼をすると、すぐに執務に戻ったオスカーを見つめた。
初めて心から恋した人を焼きつけるように見つめた瞬間、くるりと向きを変えて部屋を出て行く。

オスカー様の想いが誰にあったとしても、わたくしは変わらない。

背筋を伸ばして部屋を出たロザリアは、グッと顎を上げて次の予定に向けて歩き出したのだった。


FIN
Page Top