You Can't Hurry Love

聖殿の廊下を歩いていたオスカーは女王の間の前で足をとめた。
ポカポカと暖かい陽気の午後は、なにもしていなければ眠くなってしまいそうなほど過ごしやすい。
新女王アンジェリークの力は宇宙全体に満ち溢れているようで、平和そのものの状況が続いている。
そうなれば、もともとのんびり屋の女王が仕事をさぼりたくなるのも仕方がないことで。
どうすれば大人しく机に縛り付けることができるのかと、補佐官であるロザリアはいつも頭を抱えていた。
全くもって正反対と言ってもいい二人が、親友なのも宇宙の不思議なのかもしれない。

可愛い恋人と午後のお茶を楽しもうとノックをしかけた時、中から声が聞こえてきた。
「ねえ、もうすぐオスカーの誕生日じゃない?ロザリアはなにかプレゼントするの?」
自分のことだ、と、オスカーは上げかけた手を止めて、聞き耳を立てる。
「ええ。そのつもりですわ。」
忘れているとは思っていなかったが、あらためて本人の口から聞くと、嬉しいものだ。
オスカーの顔に自然と笑みが浮かぶ。
「ねえ、なにをプレゼントするの?ねえ、ねえ、教えて~。」
アンジェリークは興味しんしんといった様子だ。今頃椅子から身を乗り出しているに違いない。
「アンジェはなにをプレゼントしたんですの?そういえば、わたくし、聞いていませんわ。」
「え?!そんな…。言えないよう~~。」
アンジェリークのおもしろすぎる反応に、オスカーは笑いをこらえるのに必死だった。
アンジェリークがなにをプレゼントしたのか、よく知っている。
正直過ぎる後輩の様子から、すぐにわかってしまうものだったから。
「まあ、わたくしにも言えないようなものなの?なにかしら?」
ロザリアときたら、本当に鈍いというか、疎いというか。
そんなうぶなところももちろん、とてもかわいいのだが。

去年のイブに想いを告げてから、もうすぐ一年。
オスカーの差し出した手を受け取ったロザリアの顔を、今でも鮮明に覚えている。
それから、手をつなぐのに3カ月。
キスをするのに、さらに半年。
そのキスも…。挨拶のキス程度のまま、数カ月が過ぎている。
今までのオスカーの人生からは考えられないほど、長い道のりをかけているのだ。

「ええ!?」
ごにょごにょと内緒話でもしていたのだろう。はっきりと聞き取れない時間が過ぎて、突然ロザリアの叫び声がした。
「そんな、あんたったら。なんてこと・・・!」
「なんてこと!じゃないわ。わたしたち、もう付き合い始めて1年近かったのよ?女王試験のころからなんだから。」
「それはそうかもしれませんけど…。」
あきらかに狼狽しているロザリアに、アンジェリークが語り始めた。
「男の子なんて、そんなに待ってくれないわよ?ましてやオスカーなんて、歩くフェロモンみたいな人なんだから。」
ヒドイ言われようだ、と思ったが、じっと我慢する。
「自分にその気がなくたって、女の子の方から寄ってきちゃうわ。」
これは誉めてもらっていると思っていいのだろうか。
複雑な気分になる。
「そんな時、欲求不満だったらどうするの?!つい、ふらふらっとしちゃうかもしれないわ!」
やっぱり誉めていない。
オスカーはため息をついた。
「そんな。オスカーはそんな人じゃありませんわ。…わたくしだけを愛してくださるとおっしゃいましたもの。」
ロザリアの言葉にオスカーの胸が熱くなる。
けれど、それはすぐに冷や水をかけられたように消えた。
「心と体は別物なのよ。前にオスカーがそう言ってたんだから、まちがいないわ。」
確かにそう言ったかもしれない。
恋に悩む後輩のために、アンジェリークをけしかけたのは、自分なのだから。
「プレゼントは、わ・た・し。これしかないわ!」
アンジェリークの鼻息荒い声に気圧されたように、ロザリアが「そうですわね。」と言ったのが聞こえた。
まだ二人の会話は続いているようだったが、声が小さくなってしまってよく聞きとれない。
オスカーは静かにその場を離れた。

お茶を誘うことをやめたオスカーは執務机に座ると、足を机にのせた。
コレはひょっとすると、ひょっとして。
オスカーは考える。
もし、アンジェリークの言う通りになったとしたら、そう、なにも拒むことはないのだ。
最高の夜を彼女にもプレゼントしてあげればいい。
その日、ロザリアを家まで送り届けたオスカーは、帰り際、彼女をいつもより強く抱きしめたのだった。


いよいよ誕生日がやってきた。
晴天の空は眩しいほど輝いていて、庭に咲く薔薇の花が穏やかな風に揺れている。
といっても、日の曜日でもなければ、もちろん祝日でもない日だ。
当然朝からいつも通りの執務が待っている。
オスカーもいつも通り聖殿に向かうと、執務を始めた。
「オスカー様!」
年少組守護聖がやって来てオスカーを取り囲んだ。
「プレゼントです!」
差し出された鉢植えやらタオルやら目覚まし時計やらを受け取って、ひとしきり話をした。
「オスカー様。楽しみですね。」
やたら元気なランディが、去り際にこっそり耳打ちしてくる。
「アンジェから聞きました。ロザリアのプレゼント。」
「ああ、そうか。」
二人の間でも話題に上ったのだろう。まったく、アンジェリークときたら、苦笑するしかない。
「俺が言うのもなんですけど、うらやましいです。」
よくわからない激励にオスカーは鷹揚に手を振った。
どうやらプレゼントは確定的らしい。
時計ばかり見ていたオスカーは12時きっかりに補佐官室へ向かった。

補佐官室をノックしても応答がない。
首をひねったオスカーはとりあえず女王の間に行ってみることにした。
女王の間をノックすると、アンジェリークがひょっこりと顔を出してくる。
「あら、オスカー。お誕生日おめでとう。」
お祝いの言葉を微笑みで返したオスカーが、ドアの隙間から中を覗き込もうとすると、アンジェリークがしっかりと扉を抑えている。
「…ロザリアはいないのか?」
「いるわ。でも、今は会えないの。」
「なぜだ?昼食を誘いに来たんだが。」
「今は忙しいの。後で行くから待っていて。」
急にバタンと鼻先でドアが閉められて、オスカーはぼうぜんと立ち尽くした。
しばらくしてから、もしかして『その時』まで焦らす作戦なのかもしれないと思いなおす。
一人でカフェに向かったオスカーは次々とプレゼントを渡す女の子たちに囲まれながら落ち着かない昼食を過ごしたのだった。

結局、お茶の時間もロザリアに会わせてもらえず、時計の針はもう執務の終わる時間を指している。
このままでは帰るに帰れないと、オスカーは執務室に居座っていた。
オレンジ色の夕日が次第に赤へと変わって行く。
おそるおそる、といった雰囲気で執務室のドアがノックされたのは、すでに一番星が出た後だった。


規則正しいノックの音に、オスカーは椅子から腰を浮かせた。
しかし、またすぐに腰をおろして、足を組みなおす。
「入ってくれ。」
ずっと待っていた、なんてことを知られるわけにはいかない。
ゆっくりと入ってきたロザリアは、キチンと後ろを向いてドアを閉めると、部屋の中ほどまで進んできた。
「あの、オスカー。」
緊張しているのか、いつもより声が硬い気がする。
オスカーは静かに立ち上がると、ロザリアに近づいた。
抱きしめたい気持ちをぐっと我慢して、1mくらい離れたところで向かい合う。
うつむいたロザリアの綺麗なうなじが見えて、オスカーの心臓が踊り出した。
「どうした?」
ロザリアは大きな柔らかそうな包みを胸に抱いていた。
シンプルなブルーの袋に大きな赤いリボン。
一瞬オスカーを見つめたロザリアは、その包みを両手でオスカーに差し出した。
「お誕生日おめでとうございます。わたくしからのプレゼントですわ。」
差し出された包みは大きさに反してとても軽かった。
オスカーはテーブルに包みを置くと、リボンをほどいてみる。
袋の中から出てきたのは、白いセーターだった。
「これは、君が?」
「ええ。」
恥ずかしそうにはにかんだ顔に青い瞳が潤んでいる。
頬が少し赤くなっているのが、とてもかわいらしい。
オスカーは取りだしたセーターを再び袋に戻すと、ロザリアを見つめた。
「それから?」
言い出しにくいだろう彼女のために、わざと尋ねてみた。
「まだあるんじゃないのか?」
ロザリアの頬がさらに赤くなる。困ったような表情のままうつむいてしまった彼女の肩に手を置いた。
しばらく時間が止まったようにお互い何も言わない。
「本当に、これだけなのか?」

「ごめんなさい。あなたには物足りなかったのですわね。」
ロザリアはうつむいていた顔をあげると、部屋の片隅にあるプレゼントの山を見た。
まさに、山のように積まれた色とりどりの箱。
大きなものから小さなものまで、一体いくつあるのか、ぱっと見では見当もつかないほどだ。
「つまらないものを差し上げてしまって。本当にごめんなさい。」
聞き返す間もなく、ロザリアは部屋を飛び出して行ってしまった。


「ちょっと!」
飛び出したロザリアとほぼ同時に、アンジェリークが足音も高く部屋に入ってきた。
その顔は言うまでもなく怒りに満ちている。
「オスカー!あなた、どういうつもり?これじゃ足りないっていうの?」
アンジェリークが指差した先には、ブルーの紙袋。
焦って戻したせいで、袋がめくれて、中身がほんの少し飛び出している。
「さっきまでかかって、やっとできたのよ?ずーっと前から一生懸命作ってたみたいなんだから!」
オスカーはもう一度、袋を手に取ると、中身を取りだした。
真っ白なセーターは複雑な模様編みのとても凝ったもので、手編みとは思えないほど、キチンと目がそろっている。
几帳面なロザリアらしい。
「最近、執務も忙しかったし、あんまり寝ていないくらいなのに。オスカーのバカ!女心なんて、ちっともわかってないじゃない!」
アンジェリークが怒るのも無理はない。
「目が赤かったな。」
潤んでいた青い瞳が赤かったことに、今になって気づいた。
「俺は大バカ者だ。」
ソファにどっかり座りこんだオスカーを前に、ひとしきりアンジェリークは大声でがなりたてると、最後は疲れたようだ。
「いらないなら、わたしがもらうわ。」
テーブルの上に置かれたセーターにアンジェリークが手を伸ばす。
オスカーはその手をそっと押さえた。
「悪かった。だから、取り上げたりしないでくれ。」
「謝るなら、わたしじゃないでしょ?」
言いたいことを言って、多少すっきりしたのかもしれない。アンジェリークはいつもの調子に戻ると、部屋を出ていった。

入れ替わりのようにして、顔をのぞかせたのはランディだった。
「あれ?オスカー様、一人ですか?」
きょろきょろしているのは、アンジェリークを探しているからなのだろう。
オスカーがソファに座ったまま、手招きをすると、ランディは能天気そうにオスカーの近くに来た。
「お前にも責任がある。」
「え?何のことですか?」
「ロザリアのプレゼントのことだ。」
しばらく考えていたランディが、ようやく思い出したというように瞳を輝かせた。
「あ!もらったんですね。手編みのセーターなんて、うらやましいです。アンジェは不器用でそういうの苦手だから。」
無邪気な顔に毒気を抜かれてしまう。
そういえば、ランディはただ「うらやましい」と言っただけで、自分が勝手に思い込んだのだ。
「わ、これですか?スゴイですね。大作だ!」
「ああ。」
「時間かかってそうですね。」
「ああ。そうだな。」
「編んでいる時間も俺のことを考えていてくれたんだなーって気がして、すごくうれしいですよね。」
「ああ…。」
「オスカー様?」
ランディは大きなため息とともに天井を見上げているオスカーの顔を覗き込んだ。

「大変!ロザリアがいないわ!」
壊れるのではないかと思うほどドアが勢い良く開いて、アンジェリークが走り込んできた。
「きっと帰っちゃったのよ。どうする?」
「どうするって、俺達にはどうにもできないよ。」
「ランディったら!まずは家かな。どうしよう?どっかでやけでも起こしてたら・・・!」
「やけって、どういう意味なんだよ。」
「決まってるでしょ!変な男に引っ掛かって・・・!あ~ん、ロザリア~~。」
興奮しているアンジェリークの頭にぽんと手を置いたオスカーはマントを翻すと、さっそうと執務室を出ていく。
「オスカー!なにかあったら、あなたのせいなんだから!」」
叫んだアンジェリークにオスカーは後ろ手で軽く手を振った。


すでに夜の闇が落ち始めている。
ロザリアはうす暗い部屋の真ん中に座って、余った毛糸をめちゃくちゃに引っ張り出していた。
綺麗に巻きとられていた毛糸はくるくるの塊になって、こんもりと積まれている。
ロザリアはそれをゴミ箱にぎゅうぎゅうと詰めると、ベッドのわきにしゃがみこんで顔をうずめた。
「わたくしったら、なんてバカなのかしら。」
きちんとオスカーに欲しいものを聞けばよかった。
そうすれば、あんなにがっかりした顔をさせることもなかったのに。
半年も前から準備した手編みのセーター。
淑女のたしなみとして無理にやらされていた時と違って、好きな人のために編むのはとても楽しかった。
「本当にバカですわ…。」
しばらくそのままぼんやりしていたが、灯りをつけようと立ち上がる。
明るすぎれば、涙がこぼれてしまいそうで、隅に立ててあるスタンドの明かりだけをつけた。

その時、かたり、と窓が鳴った。
ガラスをたたく音にロザリアがカーテンを開けて外を眺めると、オスカーが立っていた。
「開けてくれないか。」
首を横に振ったロザリアに、オスカーは言った。
「窓を割ってもいいのなら、開けなくてもいい。君に言い忘れたことがあるんだ。」
右手を拳にかたどったオスカーは窓ガラスを軽く叩いた。
本当に窓を割るつもりなのだろうか、とロザリアは不安になる。
そんなことをすれば、例えオスカーがどれほど頑丈であってもケガをするだろう。
仕方なくロザリアが窓を開けると、黒い影が部屋に滑りこんできた。
「ロザリア。」
オスカーの声はロザリアから思考を奪ってしまう。
立ちすくんだロザリアの体をオスカーは優しく抱きしめた。
「まだ言っていなかったな。」
腕の中のロザリアは身体を固くして、黙りこんだままだ。
オスカーは耳元に唇を近づけると、そっと囁いた。

「プレゼントをありがとう。」
驚いたロザリアが顔をあげた。
「でも…。」
物足りなかったのではなくて?と聞こうとしたロザリアに気付いたのか、オスカーは抱きしめていた手を離すと、上着の前を開けた。
ロザリアの目の前にさっきまで必死で見ていたセーターの模様がある。
「着てくださったの?」
「ああ。ぴったりで驚いた。君はいつの間に俺のサイズを測ったんだ?」
ロザリアの頬が赤くなる。
恐る恐るオスカーの背に手を回したロザリアは、「こうして、計ったのですわ。」と胸に頬を寄せた。
自分に飛び込んできたロザリアをオスカーは再び抱きしめる。
優しく、包み込むように。

「これは暖かいな。まるで君が抱きしめてくれているみたいだ。」
ロザリアは何も答えない。
じっと、オスカーにもたれるように抱きしめられている。
しばらくそのままでいたオスカーは彼女の体から立ち上る薔薇の香りに、口づけをしようと顔を近づけた。
とたんに崩れ落ちそうになる身体。
オスカーが抱きとめると、彼女の青い瞳はまぶたに隠れて、唇からは寝息が漏れている。
ふっと笑みを浮かべたオスカーは、ロザリアの体をベッドに横たえた。
「疲れていたんだな。」
安心しきった寝顔は、普段の凛とした彼女からは想像できないほど、あどけない。
忙しい執務の間にプレゼントを準備したのだ。
ほとんど寝ていないと言っていた、アンジェリークの言葉を思い出す。
ロザリアのほんのり染まった頬がほんの少し微笑むと、言葉を紡いだ。
「オスカー様…。」
どんな夢を見ているのだろう。
女王候補のころの呼び名でオスカーを呼んだロザリアは、嬉しそうにオスカーの手に触れた。

「この寝顔もプレゼントだな。」
繋がれた手を握り返したオスカーは、もう片方の手でロザリアの額にかかった髪を払う。
急ぐことはない。
待てば待つほど、手に入れた時の喜びも大きいものだ。
そして、彼女にはそれだけの価値がある。
目を覚ました彼女がどんな顔をするか想像して、オスカーは優しく微笑んだのだった。


FIN
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