パラシュート★ガール

2.

日の曜日。
なぜだか眼が覚めてしまったオリヴィエはぶらりと外に出た。
特に目的もなく歩いているつもりだったのに、気がつけば、候補寮の前にいる自分に苦笑する。
「はあ、どうなっちゃてんだろ。」
昨日、ちらりと聞いた女王候補たちの会話。
結局卵焼きの習得にはいたらず、ロザリアを含めた5人で料理をすることになったらしい。
「大丈夫よ。わたくしに任せておきなさい。あんたはその辺でうろうろしていたらいいわ。」
相変わらずの高飛車ぶりでロザリアはそう言っていた。
気になる。
正直気になって仕方がない。いやいやながらも、そう認めたオリヴィエは候補寮の中に入って行った。


「はーい。どちら様ですかあ?」
エプロンをつけたアンジェリークが顔をのぞかせて、オリヴィエを見るとびっくりした顔でドアを閉めた。
目の前でドアが閉まったのにイラッとして、オリヴィエは勝手にドアを開けて中に入る。
すると、アンジェリークを背中に隠したロザリアが現れて、腰に手を当てていた。
「やっぱり、オリヴィエ様、わたしのことを好きになっちゃたのかな~。ロザリア、なんとかして~。」
小声のつもりなのかもしれないが、はっきり言って、筒抜けだ。
年少組がびっくりした顔でオリヴィエを見つめている。
「申し訳ありませんわ。今日、アンジェリークには先約がありますの。デートでしたら後日にお願いしますわ。」
こころなし声が固い気がするのはどうしてだろう。
オリヴィエはにっこりと微笑むと、ロザリアに向かって言った。
「違うよ。」
「違う?では、どうのようなご用件ですの?」
アンジェリークが背中からひょっこり顔を出している。
「私はあんたを誘いに来たんだ。ロザリア、今日一日、私と過ごさない?」
こう言ったら、彼女はなんていうのだろう。ちょっと楽しみでオリヴィエは腕を組んだ。
「無理ですわ。」
きっぱりと、これ以上はないというくらいに断言された。…もう少し考えてくれてもいいのに、と恨みごとの一つも言いたくなる。
なぜかは分からないけれど。
「今日はわたくしもここに居る予定ですから。…オリヴィエ様もご一緒するというのなら、かまいませんけれど。」
ロザリアの耳が少し赤い。
オリヴィエはなんだか嬉しくなって、「じゃ、私もここにいようかな。」と空いていた椅子の一つに腰を下ろした。
ロザリアが頷いて、アンジェリークとともにキッチンの方へと消えて行く。

「ね、今日は手料理の会なわけ?」
「はい!アンジェリークが俺たちにごちそうしてくれるんです!」
何もかも信じてしまうランディが嬉しそうに言った。マルセルも「楽しみだねー。」とにこにこ顔だ。
ゼフェルだけが「腹減ったー。」とごろりとふてくされている。
「あんたたちも待ってるだけじゃ退屈だろ?どうせなら手伝ってあげないかい?」
オリヴィエが言うと、ランディとマルセルがキラキラと頷いた。
桃太郎とお供よろしく、オリヴィエ達がキッチンに入っていくと、ロザリアが春巻きを包んでいた。
「どうしたんですか?ランディ様。まだですよ?」
一番前にいるオリヴィエを通り越してランディに声をかけるアンジェリークはなかなかのツワモノだと思う。
ランディも一向に気にせず、オリヴィエを飛ばして会話をしている。
ある意味とてもお似合いなのかもしれない、とオリヴィエは感心した。
「うん。せっかくだから、俺達も手伝おうと思ってさ。なにかできることはないかな?」
ランディは本当にこういう時に役に立つ。心からの善意を無下にできる人間はなかなかいないのだから。

「えーっとお。」
顎に人差し指を当てて考え込んだアンジェリークの隣からロザリアの声がした。
「では、こちらの皮むきをお願いしますわ。わたくしが頼まれていたのですけれど、こちらで手いっぱいなんですの。」
サツマイモをランディに押し付ける。
「僕も何かしたいなあ。ね、なにかある?」
「それでは、ハンバーグの種を丸めていただけませんか?わたくしには出来そうもありませんの。」
ボウルの中でしっかりと練られた種をマルセルに渡した。
「じゃ、私たちは何をしようかねえ。ゼフェル。」
「はあ?オレは別に…。」
「お二人には、これを。とにかく混ぜておいてくださいませ。」
おたまを渡されて、スープ鍋の前に立たせられた。
「アンジェ。これでいいかしら?」
急に名前を呼ばれて驚いたアンジェリークは「うん。いいよ。」と首をコクコクと上下させる。
オリヴィエはクスッと笑うと、スープを混ぜた。
どうやらロザリアとしてはアンジェリークの指示で動いているということにしたいらしい。
それからもロザリアが出した指示をアンジェリークに確認するという方法で、メニューが完成した。

「あとは、卵焼きだよ。アンジェリーク。」
ランディが笑顔でタマゴをアンジェリークに手渡すと、なぜかロザリアもタマゴを取り出して、二人でボウルに割った。
アンジェリークがボウルの中にいくつかの調味料を入れる。
「わたくしも一緒にやって、教えていただきますわ。」
器用な手つきでクルクルと箸をまわすと、ロザリアはにっこりとほほ笑んだ。
タマゴをフライパンに流し込むと、じゅうっといい音がして、キッチンにおいしそうなにおいが漂う。
「へえ、上手だね。」
かなり練習したらしく、アンジェリークの手つきもそこそこだ。しかし、オリヴィエの目から見れば、この先の返しは…正直アブナイような気がする。
いよいよ、という時に、ドアをものすごい勢いで叩く音がしてきた。
「あれ?なんだろう?」
困ったようなアンジェリークの声に、年少組は一斉にドアの方を見る。
「早く!どなたか行ってらして!」
ロザリアが大声で言うと、ランディとマルセルが走っていく。
ばたばたとしているその時、ロザリアはくるくると素早くタマゴをまとめると、アンジェリークのフライパンと取り換えた。
やっぱり。
なにかあると思っていたオリヴィエは騒ぎに飲まれることなく、ロザリアを見ていたのだ。
今、アンジェリークの前には綺麗な卵焼き。ロザリアの前には、微妙な卵焼きがある。
それでもロザリアは平然として、フライパンのタマゴを箸でつついていた。

ランディとマルセルが戻ってくると、二人は大きなお皿を抱えていた。
「あのね、ロザリアのばあやさんから、デザートの差し入れだって。」
マルセルの弾むような声に中身を見ると、おいしそうなアップルパイが乗っている。
「へえ。ばあやさんがつくったのかな。おいしそうだね。」
言いながら、オリヴィエがロザリアを見ると、少し耳が赤い。
「誰でもいいでしょう。早く準備をなさってくださいませ。」
ロザリアがぷいと顔をそむけたのを見て、オリヴィエは少し笑ってしまった。
「あ!もう卵焼き、できたんだね!さすが、アンジェのすっごくきれい!」
「本当だな。あー、俺、見てればよかったよ。」
ランディとマルセルの讃辞にアンジェリークは照れたように笑っている。
「ち。」
ゼフェルの舌打ちする音が聞こえて、オリヴィエがそちらを見ると、ロザリアがゼフェルの腕を笑顔でつねっているのが見えた。
どうやらゼフェルもあの騒ぎの中で見てしまったらしい。
「余計なことを言ったら、許しませんわよ?」
小声で言うのが聞こえて、オリヴィエは今度こそ堪え切れずにキッチンから飛び出すと、大声で笑ったのだった。


片付けも終わった夕方。
「今からでもいいでしょ?」と、強引にロザリアを誘いだしたオリヴィエは庭園の東屋にやってきた。
そういえば、最初に女王候補たちの会話を聞いたのがここだった。
あの頃はロザリアのことが気に入らないと思っていたけれど。
ちらりと隣を見ると、綺麗な青紫の髪が目に入る。
凛と顎を上げて、悪く言えば偉そうで、よく言えば…。とてもかわいい。
オリヴィエは東屋の前のベンチに座ると、ロザリアを手招きして、隣に座らせた。
きちんとハンカチを敷いてから座るロザリアは、やっぱり高飛車に言う。
「先ほどのことでしたら、他言無用でお願いしますわ。もし、オリヴィエ様がいらっしゃらなければ、きっとゼフェル様も気づきませんでしたでしょうに。」
邪魔しに来たのか、と言わんばかりの言い草に、以前のオリヴィエなら、カチンときていたかもしれない。

「あんた、なんでアンジェのこと、かばうのさ。アンジェのこと嫌いなんだろ?」
「え?」
「だって、いつもバカにしてるじゃないか。トロイ子だ、ダメな子だーって。」
ロザリアが驚いた顔をして、オリヴィエを見ている。
丸くなった青い瞳は吸い込まれそうに綺麗で、思わず見つめあってしまった。
「いやですわ。」
ロザリアがくすくすと笑う。
初めて見た屈託のない笑顔にオリヴィエの胸がざわざわと波打った。

「わたくしはアンジェリークが女王にふさわしいと思っていますのよ。ええ、本当に。アンジェのことは大好きですわ。」
「なんだって? 完璧な女王候補だって、あんなに豪語してるじゃないか。」
時にムカつくくらい偉そうなのも納得してしまうくらい、完璧なのは確かなのだ。
育成だって、ロザリアの方がはるかに進んでいる。このままいけば、どう考えても女王になるのはロザリアなのに。
「完璧な女王候補と女王は違いますわ。だって、わたくし、アンジェと会ってわかりましたの。」
「なにを?」
「わたくしは補佐の方が向いているって。影から女王を操るっていうのも、なかなかにおもしろいことだと思いませんこと?」
にっこりと笑ってオリヴィエを見たロザリアは本当に楽しそうで、オリヴィエは唖然としてしまった。
慇懃無礼なムカつく態度も、高飛車なしゃべり方も、慣れてしまえばどうということはない。
それも彼女という存在をつくる、とびきりの要素。
きっと、アンジェリークも同じなのだろう。
そんな小さなことが気にならないほど、彼女は突然目の前に舞い降りてきて、惹きつけてしまうのだから。
「たしかに、あんたらしいかも。」
ウインクをしたオリヴィエにロザリアの頬が赤くなる。
ふたたびいつものように、つんと顎を上げたロザリアにオリヴィエはほんの少し近づいた。

どうしても聞きたいことはもう一つ。
「ね、私って、守護聖の中で一番、なに?」
ぎょっとロザリアの体が硬くなったのがわかる。
いつも平然としている彼女の思いがけずに慌てた姿が楽しくて仕方ない。
「あんた、言ってたでしょ?もう、気になって、気になって、困ってるんだよ。」
「そ、それは…。」
なにかよほど言いにくいことなんだろうか。まさか、キライだ、とでも言われるのだろうか。
せっかく気付いたところだというのに。

「それは、守護聖一、変わっている、に決まっているでしょう?」
ぷいっと顔をそらして、ロザリアが言った。
オリヴィエの目に彼女の耳が入る。赤い。やっぱり赤い。
「ウソついちゃダメ。あんたってさ、気付いてないかもしれないけど。」
さらにロザリアに近づいて、オリヴィエは耳元で囁いた。
「ウソついたり、ごまかしたりすると、耳が赤くなるんだよね。」
はっと耳を押さえたロザリアが立ち上がると、オリヴィエを見下ろしている。
今度は耳だけでなく、顔全体が真っ赤になっていた。
「オ、オリヴィエ様!今度、そのようなことをなさったら、蹴とばしますわよ!」
ものすごい形相でにらまれて、オリヴィエは肩をすくめた。
「だって、あんたが教えてくれないからさ。ね、なにが守護聖一なの?」
噛みつきそうな目でにらんでいるロザリアをもう一度座らせたオリヴィエは、ね、と首をかしげて微笑んだ。

「だから、オリヴィエ様は…。」
「なあに?」
観念した、という顔でオリヴィエを見たロザリアが口を開く。
「オリヴィエ様は守護聖で一番…。」


「おい!ロザリア。」
大声で名前を呼ぶ声に、オリヴィエも振り返った。
「ゼフェル様?どうなさったんですの?」
ゼフェルはエアバイクから飛び降りると、こちらに近づいてきた。
ロザリアも立ち上がる。
「あのよ。」ちらりとオリヴィエを見たゼフェルに、ロザリアが言った。
「オリヴィエ様も気付いていらっしゃいますわ。ランディ様たちがなにか?」
まさか、あの二人が気付くとは思えないが、万が一ということもある。
「ば、ばか。ちげーよ。…こないだ、オレ、おめーにすげーわりいこと言っちまったからよ。」
「え?なんのことかしら?」
ゼフェルは顔を赤くして、鼻の頭をかいた。
「ホラ、料理ができねーとかよ。」
「あら、そんなこと。別にかまいませんわ。どう思われていても、わたくしは気になりませんから。」
つん、と顎を上げた高飛車な様子にやっぱりゼフェルはカチンと来たらしい。
「…大体おめーが自分が作ったって言わねーからだろ!探しに来て損したぜ!」
どすどすと足音が聞こえそうな勢いで歩きだしたゼフェルにロザリアが声をかける。
なにやら二人で話していたかと思うと、怒っていた顔が嬉しそうに変わって、ゼフェルがオリヴィエの方を見た。
「おめー、ランディ野郎なんかに負けたのかよ。まあ、あんま落ち込むなよ。」
「なんだって!ちょっと、それどういうことなんだい?!」
オリヴィエが聞き捨てならないと立ち上がると、ロザリアがくるりと、振り向いた。
「オリヴィエ様。わたくし、ゼフェル様のエアバイクに乗せてもらいますわ。それでは、ごきげんよう。」
綺麗な淑女の礼をしたかと思うと、ゼフェルと連れだって、ロザリアは行ってしまった。
エアバイクの轟音がとどろいて、オリヴィエはベンチにポツンと取り残される。

結局、何が一番なのかは教えてもらえなかったけど。
「まあ、いいか。簡単にいかないほうが楽しいからね。」
もし、ロザリアが補佐官になったら、退屈な聖地も面白くなるだろう。
だからそんなに焦ることはない。
オリヴィエはクスッと笑うと、帰り道を歩きだしたのだった。


FIN
Page Top