いつか恋と呼べるまで

うららかな聖地の午後。
穏やかな日差しと柔らかな風は、どうにも眠気を運んでくる。
つい執務机に頬杖をつき、その後、突っ伏してしまったティムカは、はっと顔を上げて、辺りをきょろきょろと見渡した。
たしかに今日は学習の予定も入っておらず、学芸館で待機、という、言ってみれば退屈な一日だ。
けれど、いくらなんでも、机で居眠り、などということは、自分自身に恥ずかしい。
女王試験の教官。そして、一国の王子。
どちらの立場でも、怠惰な生活など許されないのだから。

ティムカは小さくため息をついた。
しんと静まり返った学芸館。
女王候補たちが訪れている時はそれなりに賑やかだが、普段の3人だけの時は、本当に静かなのだ。
セイランはあの通りの性格だから、じっとしていることはまずないし、学芸館にいるときは、なにかを描いていたりする時だから、邪魔をすればすこぶる機嫌が悪い。
ヴィクトールは超がつくほど真面目だから、学習の予習や鍛錬で、いつも忙しそうだ。
結局、ティムカも一人で予習や本を読んで過ごしている。
もちろん不満はない。 不満はないけれど。

本になんとか集中しようとしていると、ドアのノックの音がする。
慌てて顔を上げたティムカは、椅子から飛び降りると、返事と同時にドアを開けた。
少しびっくりした顔で立っていたのは、補佐官のロザリア。
彼女はティムカと目が合うと、にっこりとほほ笑んだ。
「ごきげんよう。ティムカ。」
「あ、ロザリア様…。こんにちは。」
もしかして、誰かが遊びに来てくれたのでは、と少し期待していたこともあって、ティムカの反応は少し間の抜けたものになってしまった。
そのことに自分自身で気がついて、ティムカの顔が赤くなる。
そして、ロザリアに不快な思いをさせたのではないかと気になった。
けれど、ロザリアはそんなティムカに気づかなかったのか、優しい笑みを浮かべたままだ。
ほっとして、ティムカはロザリアを中へと招き入れた。


「お邪魔してしまったかしら?」
机の上に広げたままの本に目を止めたロザリアがティムカに声をかける。
「いいえ。 少し休憩しようと思っていたところなんです。 おいでいただき、ありがとうございます。」
ティムカの礼儀正しさは、ロザリアにとって、とても好ましい。
年相応かと言われれば、たしかにメルやマルセルの方が、その通りなのかもしれないが。

「アップルパイを焼きましたの。 よろしければ、お一つ、いかがかしら?」
ロザリアは、手に提げていた大きなカゴから、ペーパーに包まれたパイを一切れ取り出した。
焼きたてのパイの香りが辺りに広がって、ティムカの鼻をくすぐる。
暖かい、香り。
ロザリアからパイを受け取ったティムカは、そのままの姿勢で、固まったように動けなくなってしまった。
鼻の奥がツンとして、目の前がかすんでくる。
「あ、ありがとうございます…。」
それを言うのがやっとだった。

「お茶、用意しますわ。 わたくしもご一緒してよろしいでしょう?」
動けないティムカを見て、ロザリアは奥のキッチンへと姿を消した。
我慢していた涙がティムカの瞳からパイを受け取った手に零れおちる。
泣いている?
手に触れた暖かな雫で、ティムカは自分が泣いているのだと気がついた。
パイの香りを嗅いだ時、とても懐かしかった。
国ではいつも、父母がいて、おやつの時間はまだ小さな弟と一緒に過ごして。
勉強も武芸の鍛錬も、年の近い侍従たちがいて。
考えてみれば、ティムカの周りには、いつでも誰かがいた。
本当の意味での孤独は、ここへ来るまで、感じたことさえなかったのだ。

涙が止まった後も、しばらく呆然としていたティムカは、パイをテーブルに置き、顔を上げた。
ゴシゴシと手の甲で涙をぬぐい、微笑みを作ってみる。
ようやく落ち着いた、と思った時、背後から、紅茶の香りが漂ってきた。
ティムカのよく知る、ハスの花の香りが混じっている。

「とてもおいしい紅茶ですね。」
「ロータスティですの。 ティムカなら気に入ってくださると思いましたわ。」
ロザリアは優しい笑みを浮かべている。
さっきのことに気づいていないはずはないのに、ロザリアはなにも尋ねてこない。
それに、彼女の持っていたカゴには、まだいくつかアップルパイが残っていたはずだ。
これから配るつもりだったのかもしれないのに。
彼女は紅茶のカップをゆっくりと傾けている。

それから、ロザリアは聖地のいろんな話をティムカに教えてくれた。
まだ女王候補の頃の陛下の話。
守護聖たちの失敗談や、自分が補佐官になったばかりのころにやってしまった、とんでもないことの話。
いつの間にか、ティムカもつられて、たくさん話してしまっていた。
故郷のこと、自分の夢。
好きなものや苦手なもの。
ポットにたっぷりあった紅茶が無くなって、ようやくロザリアは腰を上げた。


「ちょっと休憩のつもりが、ずいぶん長居してしまいましたわ。 お邪魔してしまって、ごめんなさいね。」
「いいえ! あの、 とても …楽しかったです。」
キラキラした瞳で見上げてくるティムカに、ロザリアはにっこりとほほ笑んだ。
「わたくしもとても楽しかったですわ。
 …あ、今度の土の曜日に、わたくしの家でお茶会を開こうと思っていますの。
 まだどなたもお誘いしていないんですけれど、ティムカが来てくださるなら、きっとメルやマルセルたちも来てくれると思いますわ。
 どうかしら?」
平日はまだみんなに会うことができるけれど、週末は本当につまらない。
ティムカは大きく頷いた。
「はい! 喜んで伺います!」
「よかった。 お待ちしていますわね。」

ロザリアは大きなカゴを手に持つと、会釈をして部屋を出ていった。
アップルパイの香りに、ほんの少し混じる、薔薇の香り。
今まで薔薇にはあまりなじみがなかったけれど、今はその香りが、とても暖かな物のように思える。
「土の曜日ですね…。」
机の上のカレンダーにティムカは大きな丸を描きこんだ。
初めて、お茶会に誘われたことがとても嬉しくて、楽しみでたまらない。
読みかけていた本を広げると、さっきまで集中しきれなかったのが嘘のように、文字を追い始めたのだった。



お茶会がやってきた。
午後からなのに、やたらと早く目を覚ましてしまったティムカは、ベッドの中で何度も寝返りを打っていた。
手土産はいらない、と事前にロザリアから知らされていたが、本当に手ブラなのは不安だ。
結局悩んで、ティムカは小さなブーケを用意した。
ロザリアのイメージは深い青だろう。
青に似合うように、と、ティムカは白い花を選んだ。

「あの、お招きいただきまして、ありがとうございます。」
胸に手を当てて、丁重な礼をしたティムカを、ロザリアが出迎えた。
「いらっしゃいませ。 あちらで、マルセルたちが待っていますわ。」
すでにテーブルについて、ティムカに手招きしているのは、女王陛下だ。
その隣にコレットとレイチェル。 向かい側にマルセルやメル、ゼフェル、ランディといったメンバーが座っている。
「今日は可愛らしいお客様をご招待しましたの。」
年の近い彼らは、ティムカにとっても楽に話せる相手だ。
自然と安堵のため息が漏れてしまい、隣にいたロザリアが笑みを浮かべたのがわかる。
ティムカは少し気恥ずかしくなって、慌てて、手にしていたブーケをロザリアに渡した。
「ささやかですが、ご招待のお礼です。」
「まあ。 嬉しいですわ。」
白いブーケを手にしたロザリアが、ティムカをまっすぐに見つめた。
綺麗な青い瞳。
まるで海のような、深い青。

「ねえ、ティムカ。早くこっちにおいでよ! ケーキがふやけちゃうよ。」
「その前にわたしが食べちゃおー。」
「あ、陛下。 ダメだよお。 メルだって、我慢してるのにい。」
「だってー。 美味しいモノは早く食べたほうがいいわよね? コレットもレイチェルもそう思うでしょ?」
「陛下、ワタシ達を共犯にしないでほしいんですケド…。」

ワイワイ騒がしいテーブル。
みんながティムカを待ちかねているようだ。
「このままでは、本当にケーキを食べられてしまいますわ。…さあ、参りましょう。」
ロザリアの手が背中を押すと、手招きしているメルに向かって、ティムカは早足で歩き出した。


楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
ロザリアのお手製のケーキはとてもおいしくて、とりとめのない話をして騒ぐ時間が楽しくて。
気がつけば、かなり日が傾いていて、オレンジ色の日差しに、影が長くのびている。
風が少し強くなって、テーブルクロスが何度か大きくはためいた。
ちらりと時計を見たロザリアに、ティムカの胸がチクリと痛む。
このまま、時間が止まってしまえばいいのに。
プレゼントしたブーケを、ロザリアはテーブルの片隅に活けてくれていた。
透明なベースに揺れる白い花。
青と白はとてもよく似合う。

「メル、もっとみんなと一緒にいたいな~。」
思っていたことをすぐそばで言われて、ティムカはドキリとメルを見つめた。
「本当だね。 すごく楽しいから、もっと遊んでいたくなっちゃう。」
マルセルも、メルと目を合わせて頷いている。
自分もだ、と、ティムカも言いたかった。
けれど、そんな子供じみたことを言ってはいけないような気がして、ただ、黙って言葉を飲み込んでしまう。

少し離れて茶器を片付けていたロザリアが、3人の傍に近づいてきた。
「では、今日は、このまま、ここにお泊りしてみませんこと? 」

「「「え!」」」
思わず顔を見合わせて、声を揃えてしまった。

「メル、ロザリア様のおうちにお泊りしたいよ! マルセル様も、ティムカさんも一緒がいいよ!」
すぐにメルがおおはしゃぎを始める。
「ホントにいいの? ロザリア。 迷惑じゃないの?」
ロザリアを気にしながら、マルセルもワクワクした様子が隠しきれない。
「ええ。もともと今日は陛下がお泊りする予定だったんですの。 どうせなら、みんな一緒の方が楽しいですわ。
 …ねえ、アンジェ。いいでしょう?」
ゼフェル達とお茶を飲んでいたリモージュも笑顔で頷いた。

「ロザリアがいいなら、わたしもいいわよ。 ね、どうせなら、コレットもレイチェルも一緒にどう?」
「え。ワタシたちもですか? 楽しそう! 行こうよ、アンジェ。」
「うん。レイチェルが行くなら…。」
「ゼフェル、俺達も呼ばれてるのかな?」
「バーカ。 オレはイヤだからな。」
「そんなの認めませーん。女王命令よ!」
「都合のいい時ばっかり、女王かよ。」
「陛下ー。ゼフェル様が、なんか言ってマース!」
「うわ!」

「じゃあ、決まりですわね。 パジャマを持って、もう一度、いらして。
 夕食は取り寄せておきますわ。 あとは好きなお菓子でもなんでも持ち寄りましょう。」
みんなのやり取りをぼんやり見ていたティムカに、ロザリアがにっこりとほほ笑んだ。
行きたい、と言えなかったのに、ちゃんと、わかってくれている。
「ありがとうございます…。」
ぽつりと零れた言葉は、すぐにまた片づけを始めたロザリアには聞こえていなかったかもしれない。
わいわいと騒ぐみんなの中に、いつの間にかティムカも引っ張り込まれてしまった。
ふとロザリアの方に目を向ければ、オレンジ色の夕陽が彼女の横顔を照らしている。
夕焼けの色は、物哀しいだけではないのだと、ティムカはそう思った。



総勢9名のお泊り会は、とにかく一瞬も沈黙の時間がないまま、真夜中を迎えた。
食事にお風呂。
それだけでも大騒ぎで、まるで屋敷がキャンプ場にでもなったようだ。
一度、話を聞きつけたオリヴィエとルヴァが顔を出したものの、お子様たちのあまりのテンションに疲れたように、早々に逃げ帰ってしまった。
「お泊り会って言えば、コレだよな?」
ゼフェルが持ち込んだウノが始まった頃には、もうみんなが子供に戻ったようで。
いつもは凛としているロザリアも、弾けるようにコロコロと笑っている。
こんな風に笑う彼女を初めて見た。
綺麗というよりも、可愛らしい。
ティムカはつい目を引き寄せられてしまい、何度もカードを見落とした。
負けることには慣れていなかったけれど、なぜか少しも悔しいとは思えない。
勝っても負けても。
とにかくなにもかもが楽しかった。

罰ゲームが一通り回ったところで、一応のお開きをロザリアが宣言した。
「さあ、女の子はわたくしの寝室へ移動しましょう。」
陛下と女王候補たちが一気にいなくなり、客間には男ばかりが残される。
もちろん明かりも落とされてしまったから、真っ暗になっているのだが、興奮しきった状態で、簡単に眠れるわけもない。
ゼフェルがカーテンを少し開けると、白い月明かりが、眩しいほどに部屋の中を照らしだした。
「ねえ、みんなで、怖い話とかしない?」
「え!メル、コワイのイヤだよ~。」
「じゃあ耳ふさいでろ。 オレが、聖地に来たばっかりの頃に聞いた、めちゃくちゃいい話があんだぜ。」
「うんうん、聞きたい!」
「ゼフェルって、ホントに悪趣味だよな…。」
「なんだよ、ランディ野郎はビビってんのか?」
額を突き合わせるようにして、5人は寝転んだまま丸くなった。

「じゃあよ、いくぜ。」
隣のメルがティムカにギュッと抱きついてきた。
実はティムカも怖い話はすごく苦手だ。
広い宮殿の隅にいるという悪魔の話で、散々、爺やに脅された。
でも、しがみついてくるメルが暖かくて、なんとなく、怖さを感じない。
それに反対隣りのランディがわずかに震えているようなのも、おかしい。
「ティムカさんは、怖くないの~?」
不思議そうに見つめるメルにティムカはくすりと笑った。
「みんな一緒だからでしょうか。 あんまり怖くないんです。」
「あ、そうだね。 メルもだよ。 一人ぼっちで寝る時の方がずっと怖いの。 みんなでいるから、今日は全然怖くないね。」

「おい、聞いてんのかよ?」
不機嫌そうなゼフェルに慌てて二人は居住まいを直した。
「ゼフェル様、生き生きしてるね…。」
メルの言葉に、また笑ってしまう。
「でよお。 その角っこにマジでいたんだ…。」
ゼフェルの話は本当に怖くて、ティムカは夜の聖殿には絶対に行かないようにしようと固く心に決めたのだった。



週が明けて、ティムカの毎日は急に忙しくなった。
それまでどことなく遠慮していたようだったメルやマルセルたちが、学芸館に訪れてくれるようになったからだ。
ランディに誘われて庭園でフリスビーをしたり、ゼフェルのメカチュピをみんなで飛ばしたり。
この間まで読みかけていた本の続きを気にする時間もないほど、あわただしい日々。
女王候補たちが訪れるのを待つだけだった時とはまるで違う。

今日も庭園でメル達と別れて、ティムカは学芸館への道のりを急いでいた。
夕方の風は、常春の聖地であっても少し肌寒い。
淡いオレンジ色の日差しが木々の隙間から零れおち、その光の合間を縫うように、ティムカは歩いていた。
ふと、道の先にいる、青い人影が目に入る。
一瞬、足を止めたティムカは、すぐに駈け足になると、その人影の前に、立ちはだかった。

「あの、ロザリア様。」
「あら。ごきげんよう。ティムカ。 そんなに急いで、どうなさったの?」
走ったせいで、息を乱したティムカに、ロザリアが微笑みかける。
夕焼けのオレンジの光は、やはり彼女と在ると暖かい。
ティムカはお茶会の日から、ずっと気になっていたことを、思い切って切り出した。


「先日は、お茶会を開いてくださってありがとうございました。
 僕、あれから、みんなと仲良くなれたような気がします。」
あの日、ひとりぼっちだったティムカを気遣って、お茶会を開いてくれたのだろうと、確信している。
聖地に来てから、ずっと、寂しかった。
けれど、もともとの立場のせいもあって、ティムカは自分から気軽に声をかけることができなかったのだ。
お茶会とお泊り会は、ティムカにいいきっかけを与えてくれた。
それも全て、ロザリアのおかげ。

「そう言っていただけると、わたくしも嬉しいわ。」
ロザリアの笑みがより深いものに変わる。
彼女のことを厳しい補佐官だという声をよく耳にするけれど。
オレンジの光の中のロザリアは、ただただ…キレイだ。

「今度の土の曜日の夜はメルの家に行くんです。 その次はマルセル様で、その次はゼフェル様。
 みんなの家に行こうね、って約束しました。」
「わたくしと陛下も、女王候補の頃は、毎週、お泊り会をしていたんですの。 とても楽しかったわ。」
ふと、彼女の青紫の睫毛から長い影が落ちた。
微笑んでいるのに、どこか儚げな表情に、ティムカの胸がツンと痛くなる。
「あ、あの…。僕のために、本当にありがとうございました。」
胸に手をあてて、ティムカはロザリアに深い礼を返した。
痛む胸を押さえるように。
彼女はそのままの笑顔でティムカを見つめていたかと思うと、突然、くすり、と息を漏らすように笑った。

「あなたのためだけではありませんのよ。」
「え?」
意外なロザリアの言葉にティムカは首をかしげた。

「補佐官になって、ようやく執務になれて来たと思ったら、すぐに女王試験が始まりましたわ。
 今度は女王候補たちを出迎えて、わたくしが導く立場になって。
 今まで以上に頑張って、背伸びをして、少し、疲れていたんですの。
 補佐官になってから、みんなもわたくしにどこかよそよそしくなったような気がしていましたし。
 陛下とも女王候補時代は毎週お泊りしていたのに、このごろはなかなか話もできませんでしたわ。
 この間、コレットやレイチェルとも一緒に、久しぶりにたくさんお話もできて、とても楽しかったんですの。
 …だから、半分は、わたくしのためでもありましたのよ?」

ロザリアはいつものように、優しく微笑んでいる。
彼女自身もきっと少しさびしいと感じていたから。
ティムカの心にも気がついてくれたのだろう。
いつも凛として、強く見えたロザリアが、とても近くに感じられる。


「ロザリア様は、おいくつなのですか?」
「まあ、女性に年齢を聞くだなんて、少し失礼ではありませんこと?」
からかうようにそう言われて、ティムカは耳まで赤くなった。
「す、すみません…。」
「ふふ、冗談ですわ。 ここへ来たのが17の時。 聖地ではまだ一年も経っていないんですのね…。」

遠くを見るロザリアの瞳は、やはり少し陰りを帯びている。
聖地と下界の時の流れの違いは聞いてはいるが、ティムカにはもちろん実感できない。
試験の間だけは同じ流れに設定されているから、終わった時にティムカだけが取り残されているということもない。
けれど。
もう、下界には、きっとロザリアを知る人間は誰もいないのだろう。
聖地で暮らす、ということの寂しさを、ティムカはようやく、ほんの少し理解したような気がした。

「ティムカは13歳でしたわよね?」
「はい。 もうすぐ14です。」
「とてもしっかりしていますわ。 わたくしが13の時なんて、ただ言われたことをこなすだけで精一杯でしたもの。」

小さな子供を褒めるような言葉に、チクリと胸が痛む。
ロザリアとの違いは、4年。
歩きだしたロザリアの隣に並ぶと、ティムカの方がまだ少し小さい。
けれど、これから大きくなって、きっとすぐに、彼女を追い越せるだろう。

「またお茶会に呼んでくださいますか?」
「ええ。この次は、ヴィクトールとセイランにも声をかけましょうね。」
ロザリアの青い瞳がティムカを優しく見下ろしている。
オレンジ色の夕陽に照らされる青は、とても暖かく、白よりもずっと彼女に似合っているような気がする。
今度のお茶会には、オレンジのブーケを持っていこう。
彼女の横顔を眺めながら、ティムカはそう思った。


いつか、貴女の寂しさも強さも、全てを包み込むような男になりますから。
その時まで、どうか、待っていてください。
貴女に恋をしていると、告げることができる日まで。


あおい楚春様より


FIN
Page Top