必ず雨だろうと予想していたロザリアはそのいいほうへの裏切りに微笑んでカーテンを開けた。
もう一度、トランクの中の荷物を確認してみる。
思ったよりずっと必要なものは少なかった。
着替えはもうすでに送ってあるから、この中にあるのはぎりぎりまで必要だった日用品とどうしても手放したくなかったいくつかの思い出だけ。
ロザリアはトランクを閉めると、帽子をかぶり部屋の外へ歩き出した。
親しんだ硬質のヒールはもういらない。
ウェッジソールの柔らかな靴音は苦もなく分厚い絨毯に吸い込まれていく。
最後に一度、ドアの前で振り返ると、長いようで短かった年月が心に押し寄せてきた。
「さようなら。」
つぶやいた言葉は誰に向けてだったのか、返事もなくがらんとした部屋に取り残されていった。
鍵を開けたまま、ロザリアは片手にトランクを提げて歩きだした。
途中の道でゼフェルが待っているのだ。
約束の時間にはもう少しある。
ロザリアは幾度となく通った愛しい人への家路を頭の中で思い出した。
その分かれ道で、しばらく立ち止った。
この道を行けば、彼に会うことができるだろう。
風は柔らかにロザリアの髪をなでる。
補佐官の服よりもゆったりしたスカートが風を含んで広がった。
一瞬うつむいて、再び歩き出す。
待ち合わせの場所はもう少しだ。
家まで迎えに来てくれると言ったゼフェルに 「最後に聖地を見て行きたいの。」と断った。
この美しい土地を訪れることはもう二度とないのだから。
「遅せーぞ。」
約束の木の下で、すでにゼフェルが待っていた。
なんだかんだ言いながら、ゼフェルが時間に遅れたことはない。
「荷物が重くて・・・。」 と、トランクを指差した。
「しょーがねーな。」 と言いながら、ゼフェルはトランクを持ち上げると、 「マジ、重てぇ。」 と笑った。
候補のころの反抗的な態度が遠い昔のようだ。
実際、外の世界では何十年、時が流れているだろう。
「ゼフェルの荷物はそれだけですの?」
肩に掛けられたディパックを指差した。
「ああ、あらかた送っちまったからな。こん中に入ってんのは、今日渡されたモンだけだ。」
身分証明書、パスポート、当座の現金、その他もろもろを指を折って数えている。
不安がないわけではない。
今日から全く未知の生活が始まるのだ。
二人はゆっくりと門までを並んで歩いた。
言葉はなくてもそれぞれにこの地での暮らしを思い出していることが分かる。
外れの門まで来ると、人影が見えた。
「ロザリア!」
女王アンジェリークがロザリアに飛びついた。
「陛下!こんなところまで・・・。」
泣かないと決めていたのに、自然に涙がこぼれた。
見るとアンジェリークも同じように泣き笑いの顔をしている。
そばでゼフェルが所在無げに立っていた。
涙を見せるのは彼にとっても不本意に違いない。
ランディとマルセルがゼフェルと握手を交わす。
マルセルの目からは今にも涙がこぼれそうだ。
「幸せに、なってね。」
ただその言葉は言いたくてここに来た、とアンジェリークは言った。
もう会えない、大切な親友。
二人は最後の抱擁を交わすと、別れの言葉を告げた。
「さようなら。元気でね。」
これ以上、なにも言えなかった。
ロザリアとゼフェルの姿が門から消えると、アンジェリークはランディとマルセルに支えられるように聖殿へと戻って行った。
9人の守護聖で一番最初にサクリアが尽きたのがゼフェルだったなんて、まさに運命としか思えない。
ロザリアはシャトルの中で思った。
隣に座るゼフェルはシートベルトをつけると早速目を閉じている。
いまはそっとしておきたい。
最初の異変が来たとき、ロザリアはゼフェルの元に走った。
「下界に降りるときに、自分を連れて行ってほしい。」と言うと、ゼフェルは驚いた様子だった。
確かに補佐官は自分で退任することができる。
恋人の守護聖とともに下界へ降りることも珍しくなかった。
「なんで、オレと行くんだよ。」
ロザリアの真剣な瞳から視線をそらしてゼフェルがつぶやいた。
確かに二人は他の誰とも違う特別な仲といえただろう。
けれどそれはゼフェルの望んだ『特別』ではなく、友達という『特別』だったはず。
告白できないまま鈍いロザリアに通じるはずもなく、いつの間にか、ゼフェルの想いは心の底に沈んでいた。
この異変を感じるまでは。
「ここにいたら、息ができませんの。苦しくて、苦しくて、死にそうですわ。助けてほしいのです・・・。」
うつむいたまま絞り出すように言うロザリアをゼフェルは初めて抱きしめた。
腕の中のロザリアには、きっと今の自分の表情は見えないだろう。絶望と歓喜の相反する感情がゼフェルの中で渦巻いた。
「連れてってやるよ。」 おめーがそれを望むなら。そして、いつかはオレを見てくれると信じて。
「ありがとう・・・。」 ロザリアから漏れた吐息は重い枷がやっと解けることへの安堵からかもしれないと、ゼフェルは思った。
鋼の守護聖が交代に伴って補佐官を連れて行くという話を聞いたのは、うわさ好きの聖殿の侍女からだった。
すでに昨日女王には報告を済ませ、今日の会議で承認される手はずだ、というその話をオリヴィエは信じていなかった。
あの責任感が強く、何よりアンジェリークを大切にしているロザリアが補佐官を辞するはずがないと、心の底から信じていた。
「オリヴィエ様」と初めて呼ばれた時から、その青い瞳はまっすぐに前だけを見ていた。
あの頃、守護聖の中で一番自分を慕ってくれて、何でも相談に乗って、できる限り応援した。
そして、なににも頼らないその凛とした姿にいつの間にか目を奪われていくことに気づいても、女王候補であるロザリアに何も伝えることはできなかった。
試験が終わって、補佐官になってからは次第に距離ができてしまい、プライベートで会うことはなかったけれど。
「じゃ、ロザリアはゼフェルと下界へ降りたいのね?」 しんとした空気がロザリアの返事を待った。
アンジェリークは祈るような気持ちでロザリアを見つめていた。昨日、ロザリアから話は聞いている。
それでも、もし、誰かが止めてくれるなら、ロザリアはここに留まってくれるかもしれない。
実際は短い間だったと思う。それでもアンジェリークには何十分もの長い時間に感じた。
「・・・・はい。」 ロザリアの返事が聞こえた時、アンジェリークは自分の願いが届かなかったことを知った。
もう一度、考え直すように勧めてみようか? もう少し時間があれば、彼も変わるかもしれない。
アンジェリークが口を開こうとしたときに、 「わたくしをゼフェルとともに行かせて。アンジェリーク・・・。」
ロザリアの哀しい青い瞳にアンジェリークは黙りこんだ。
「もう、いーだろ。こいつがオレと行くって言ってんだ。・・・見送ってくれよ。」
アンジェリークはぽろぽろ涙をこぼすと、奥の部屋に駆け込んで行った。
仕方なくジュリアスが散会を告げると、ゼフェルがロザリアの背中を抱くようにして連れて行く。その後ろ姿をオリヴィエは黙って見守った。
シャトルがついた場所は、空をドームで覆われた工業惑星だった。サクリア消失までの間、第2の人生を過ごす場所をずっと考えていた。
この星を選んだのは、自分が一番輝けると思ったから。
ゼフェルはロザリアのトランクを持ち、前を歩いた。この星で暮らすことをまだロザリアには伝えていない。
多くの女性がパンツ姿のこの星で、ふんわりしたスカートをはいて長い巻髪を揺らしているロザリアはとても異質に見えた。
ゼフェルはその異質が自分とロザリアとの溝のように思えて、たまらなく不安になる。
「おめーを絶対大切にする。だから、ここにいてくれねーか・・・?」
頷いたロザリアをゼフェルはそっと抱きしめる。いつかは愛が育つことをゼフェルは祈った。
体の芯が揺れるような感覚で、オリヴィエは床に倒れ込んだ。突然すぎる目眩にただの体調不良でないことをすぐに理解する。
ゼフェルとロザリアが去ってから、1ヶ月もたっていない。倒れたまま仰向けになると、目を腕で覆った。
運命の輪はどこまで残酷なのだろう。永遠の別れならば耐えられた。けれど会えるのに会わないことにはきっと耐えられない。
ドアがノックされるまで、オリヴィエは床で身じろぎもせずに寝転んでいた。
自分はロザリアから逃れられない。心が何度もそう繰り返していた。
全ての引き継ぎが終わって聖地を出た。
オリヴィエがシャトルの発着場から下りた時、ドームの空は重く鈍い色の雲が立ち込めていた。
予報では今日の天気は雪。すべての気象がコントロールされているこの工業惑星では、雪は季節を映すイルミネーションにすぎない。
雪は嫌いだ。いいことも悪いこともすべてを隠してしまう。オリヴィエは黙って荷物を受け取るとコートの襟を立てた。
王立研究院でトップシークレットにアクセスしたことに、きっと誰もが気付いているだろう。
それでも見逃してくれたのは、同時期にサクリアを失って下界へ戻るオリヴィエがゼフェルを訪ねることをみんなが予想していたからかもしれない。
二人が去った後、女王陛下はオリヴィエに言った。
「止めてくれるのでは、と思っていたわ。」
あきらめた声音が痛々しい。
聖地の空は抜けるように青い。女王の心を移すというならこの青はロザリアへのはなむけなのだろうか。
「私が?」
青から目をそむけるようにオリヴィエは横を向いた。
「あなたはロザリアを好きなんだと思ってたの。」
オリヴィエは何も言わなかった。否定しても肯定しても、全てはもう遅い。アンジェリークにもそれはわかっていた。
「ごめんなさいね。ただ、ロザリアがね、『ここにいると、ゆっくり死んでしまいそうになるの。わたくしの周りからどんどん酸素がなくなるみたいに。』って言ったの。」
だから行かせるしかなかった、とアンジェリークは涙を流した。
オリヴィエはアンジェリークの背中を抱いて、嗚咽がやむまで見守った。
あの日から自分の周りで少しずつ何かが壊れて行く音がして、やがて、サクリアを失った。
幸せな姿を一目見たいなんて、偽善を言うつもりはない。ただ、ロザリアに会いたかった。
調べた住所に足を向けると、高いコンクリートのマンションがそびえたっていて、その最上階に二人は住んでいるはずだった。
雪の中でオリヴィエは待った。金の髪を雪が覆っていく。不思議と寒くはなかったが、雪が溶けて次第に髪とコートをゆっくりと濡らしていく。
自分が何をしようとしているのか、オリヴィエには分からない。
ロザリアに会って、そしてどうするのか。下界では二人が聖地を出てから5年余りが過ぎている。
街に明かりが灯り始めたころ、銀色の髪が歩いてくるのが見えた。
少年の時は過ぎ、青年のおもざしになっても、ゼフェルの赤い瞳は全く変わっていなかった。
「おめー・・・。」
オリヴィエに気づいて、ゼフェルは立ち止る。オートロックのドアの前に立つと、ポケットから鍵を取りだした。
「来いよ。会いに来たんだろ?」
変わらぬ口調でも、とげとげしさはない。どちらかというと懐かしむような声にオリヴィエは過ぎた時間を思った。
エレベーターの中でもゼフェルは無言だった。これだけのマンションの最上階ともなれば、二人で暮らすには広すぎるくらいだろう。
もしかして、家族が増えているのかもしれない、と思った。そんなことを今まで考えていなかった。
5年という歳月は二人になにを与えただろう。
部屋の前で、再び鍵を取りだした。インターホンを一度も鳴らさないゼフェルが少し不思議に思える。
鍵をまわす姿をオリヴィエはじっと見つめた。5年たったロザリアはどんなふうに変わっているのか、変わっていないことを信じたかった。
ドアを開けて灯りをつけた。真っ暗だった玄関がぼんやりと照らされる。
いつも通りの静けさに、ゼフェルは黙って靴を脱いだ。今日が雪だと知っていて、スニーカーを履いて行った。靴はこれしか持っていない。
「入れよ。」
外で待つオリヴィエに声をかけると、タオルを取りに洗面所に向かった。
綺麗なタオルを選んで手渡して、奥に入って行くゼフェルをオリヴィエは追いかけた。
広いリビングにはほとんど何もなかった。テーブルとソファ、テレビとパソコン、壁一面のキャビネットは中身が見えない。
何よりも人の気配がなかった。
ゼフェルは冷蔵庫からペットボトルを2本取り出すと、ソファの一つに座った。ギュッという革張りのソファの音が静かな部屋に響いた。
「わりぃな。こんなもんしかなくて。座れよ。」
同じく隣のソファに座ったオリヴィエにペットボトルを渡す。変わらないミネラルウォーターのラベルに苦笑した。
ごくり、とミネラルウォーターを飲む音がする。オリヴィエはキャップをとることもせずにゼフェルが話しだすのを待った。
ロザリアはいない。
ゼフェルが部屋に連れてきたのは何かを話すためなのだろう。ペットボトルにキャップをして床に転がすと、ゼフェルは話し始めた。
聖地を出たゼフェルは元守護聖の立場からすぐに今の会社に就職が決まった。
常に先端の技術を勉強してきたゼフェルにとってもその待遇が破格のものであることもわかっていたし、必死に仕事を覚えるために打ち込んだ。
最初の一年は瞬く間に過ぎて、ロザリアとの暮らしは平穏だった。忙しすぎるゼフェルがあまり構わなかったこともあったかもしれない。
そして、2年目が来て、ゼフェルは少しづつロザリアが自分を見てくれていると思った。
別々の寝室にするために買ったこの広いマンションで、向かい側の部屋に眠るロザリアを何度自分のものにしようと思ったか。
でもそれをしなかったのは、時間がかかってもいいと思えるくらい、ロザリアを好きだったから。
ロザリアも学校に行き始めると、二人はますます忙しくなり、なかなか昼は顔を合わさなくなった。
朝食は必ず、夕食も週に3回は一緒に取っていたし、だんだんと距離が縮まっていると思ったとき、ゼフェルは見てしまった。
ロザリアが聖地から持ってきた宝石箱の中にたった一つ入っていた片方だけのイヤリングを。
そのイヤリングを見忘れるはずはなかった。かつて聖地にいた日々で隣に座っていたその男の耳を鮮やかに飾っていたものだったから。
毎晩そのイヤリングをロザリアが見つめていると知ったときに、ゼフェルはロザリアの心がまだ少しも変わっていないことを知った。
誰よりも一途で、そのくせ不器用で、本当の気持ちはすべて飲み込んで他人のためにでも一生懸命になれる。
そのかたくななまでに純粋な気持ちを、ゼフェルは何よりも好きだった。
そう、そのロザリアがたった1年足らずで忘れるはずがない。息ができなくなるほど好きだった、あいつのことを。
全て自分がガキだったせいだ、とゼフェルは言った。結論を急ぎすぎたことをいまでもずっと後悔している、と。
「オレと結婚してほしい。」
ボーナスで買った指輪はブルーダイヤ。この世でもっとも純粋な蒼い石はロザリアにふさわしいと、ずっと前から準備してあった。
ロザリアの左手をとって、薬指にはめる。手が震えて何度もつかえた自分をゼフェルは叱咤する。
本当の試練はここからだ。
「もし、おめーがオレを好きじゃねーんだったら、これは捨ててくれ。」
今日は帰らないと言って、仕事に向かった。ロザリアの答えは明日になればわかる。ゼフェルは少し秋の気配がしてきた街を歩いて行った。
そして、その日、ロザリアはこの家を出て行った。聖地から持ってきたトランクと少しの荷物を持って。
もちろんあの宝石箱はない。ロザリアの指をひと時飾った蒼い指輪はテーブルの上に置かれていた。
「捨ててくれって言っただろ!」
がらんとした部屋でゼフェルは指輪を投げつけた。カツン、と床を鳴らして転がった指輪はゼフェルの視界の中ですぐにぼやけていく。
何もない。すべてがそのまま残っているのに、ロザリアがいないこの家はまるで何もない。ゼフェルは初めて涙が枯れるまで泣いた。
それを恥ずかしいとは全く思わなかった。
「それっきり会ってねぇよ。」
床に置いてあったペットボトルをとるとゼフェルはごくごくと飲みほした。
それから3年間、ゼフェルはロザリアを待ち続けたのだろう。このマンションを離れないのもきっとそのためだ。
「どこに行ったのか、わからないの?」
バカな質問だと思いながらオリヴィエは聞いてみた。
「オレは知らねぇよ。知りたくもねぇ。いつでも戻ってこれるように待ってるだけだ。」
ゼフェルはもう少年ではなかった。愛する人を想う一人の青年になった。
全てを知っていても、もしロザリアが戻ってきたら受け入れるというその想いが、ゼフェルを大人にしたのだろう。
部屋に沈黙が訪れた。しばらくして響いたデジタルな音でゼフェルは顔を上げた。
「わりぃな。仕事のメールだ。」
その言葉でオリヴィエは静かに立ち上がると、ペットボトルをゼフェルに返して部屋を出た。
玄関でゼフェルが口を開いた。
「おめーはあいつのこと、どう思ってたんだよ。」
男物の靴をはいたオリヴィエなら本当のことを言ってくれるかもしれない。
あの虚構に満ちた美しい場所では自分の心を出しては生きていけないから。けれどメイクの下で心を殺す必要はもうない。
「愛してるよ。ずっと。」
ゼフェルがドアを開けて、オリヴィエを見つめた。もう二度と会うことはないだろう。忘れがたい時間と想いを共有したこの人と。
部屋の奥で再びデジタルなアラームが鳴った。
「じゃ。」 「ああ。」
重いドアが閉められて、オリヴィエは雪の降りしきる外へ出た。
うっすらと街を覆う雪はどこまで続いているのだろう。ドームの下は一面の雪景色のはずだ。
聖地にいたころ、雪を見たことがないと言ったロザリアはどこかでこの雪を見ているのだろうか?
それともこの星から出て、新しい道を歩いているのだろうか?
オリヴィエは片方の手袋をそっと外した。てのひらで淡い雪はすぐに溶けていく。
なぜ、この手を離したんだろう。自分から遠ざかったロザリアをすぐに捕まえていればよかった。
大人のふりをして、メイクの下に本当の気持ちを隠していた嘘つきな自分。
失くしたイヤリングをロザリアがどこで見つけたのか、オリヴィエはすぐに思い出した。
女王になったアンジェリークのためにドレスを作った日、誰にも見せたくないというアンジェリークの願いで女王の奥の間でドレスを合わせた。
その日の夜まで落としたことに気づかなかったし、どこで落としたかなんて、全く記憶になかった。
すぐに新しいものを作らせて、それきり忘れてしまっていたのだ。
ロザリアはオリヴィエとアンジェリークが隠れて奥の間で逢瀬をするような関係だと思い込んだのだろう。
アンジェリークのために想いを封じ込めたのだ。ゆっくりと息ができなくなるほどに。
聖地から逃げだして、それでも捨てきれないくらい、ロザリアは想ってくれていたのだ。この私を。
オリヴィエは顔をあげて目を閉じた。顔に当たる冷たい雪は次第に小さな粉雪に変わっていく。
瞳の中のロザリアは17歳のままの顔で、そこにいた。粉雪では涙を隠すこともできない。
想い続けていれば、きっといつか巡り会える。
遠くに見える街の煌めくネオンの中へ、オリヴィエは静かに歩いて行った。
FIN