It's a special day

クリスマスイブ。
クリスチャンでも何でもないレイチェルにとって、なんでもない普通の日。
ついこの間、長年の想いが叶うまでは、ずっとそうして過ごして来た日。
けれど今年は少し違う。
二人が最初に恋人として過ごすクリスマスなんだから。
特別な日にしたい、って思うのは、そんなにおかしなことではないはず。


「ねえ、エルンスト。 今度の月の曜日って、なんか予定ある?」
「月の曜日ですか?」
エルンストは眼鏡をくいっと上げ、マウスをクリックすると、プライベート用のPCにカレンダーの画面を呼び出した。
ちらっとそれを確認して、改めてレイチェルに向き直る。
「特に予定はありませんね。」
その後、一瞬、不思議そうに目を泳がせたエルンストは、ふいに合点がいったという風に頷いた。

「おかしいと思いましたが、この日は祝日扱いでしたね。
 振り替え休日というのは、どうにも私のポリシーに反します。」
「なんで? 休みが増えたら嬉しいでしょ?」
イヤらしい顔で浮かれていた首座の守護聖や、目を輝かせていた風の守護聖を思い浮かべる。
仕事が好きではない彼らを別としても、単純に休み自体はみんな歓迎していると思っていた。
レイチェルだって、今年に限っては、ちょっぴり神様に感謝したりもしたのだ。
なんといっても、ちょうどクリスマスイブなのだから。

「そもそも祝日には意味があるのです。 その記念日に感謝するために休みだというのに、振替の日なんて無意味だとは思いませんか?」
いかにもエルンストらしい考え。
言われてみれば、その通りだと、勿論納得もできる。
けれど、なんとなく寂しい気がするのは…どうしてだろう。

「そんなことはどうでもいいから! じゃ、月の曜日は空いてるってことだね。」
「はい。公的な休日であれば、もちろん。」
彼はまだ気が付いていないのだろうか。
無機質なPCのカレンダーには、確かになんの印も付いていない。
次の日のクリスマスさえも書いていない。
でも、少しくらいは、なにか考えてくれてもいいのに。
「じゃあ、どっかにすっごい御馳走とか食べに行こうヨ!」
「…なぜですか?」
「お休みだし、二人で出かけたり、したい…ナ。」
語尾がちょっとごにょごにょしてしまったが、仕方がない。

「そうですね。考えておきましょう。」
「え? そんなのダメ! 早く予約しておかないと!」
「予約? わざわざそのような手間をとるのですか?」
「ウン。だって、きっとすごく混むもん。」
言ってから、しまった、と、心の中で舌打ちした。
エルンストが人混みを好きでないことを、知っていたのに。
予想通り、エルンストは眼鏡をくいっと上げ、考えているようだ。

「では、別の日にした方がよいでしょう。 その次の日の曜日はいかがですか?」
「その日は絶対ダメ!」
エルンストの誕生日であるその日は、聖獣宇宙のみんなとサプライズパーティを計画しているのだ。
おそらく自分の誕生日を彼はすっかり忘れているのだろう。
レイチェルの強弁な反対に眉を寄せたが、それ以上深く追求してくることはなかった。
「では、仕方がありませんね。 また、日を改めましょう。」 
そう言うと、くるっと椅子を戻し、再びPCを叩き始めた。
こうなれば、話は終わりだ。
レイチェルはすごすごと鋼の執務室を後にした。


ドアを背に、ふう、と小さくため息をつく。
エルンストのことはよく知っている。 彼がこんなイベントを気にするタイプでないことも。
わかっているけれど、つまらない。
天才少女と謳われて、女王候補になって、今となっては立派な補佐官。
エルンストとは幼なじみで、ずっとほのかな想いを寄せていた。
運命は二人を見離したと思っていたのに、こうして恋人にもなれた。
望んでばかりではいけないと思ってはいる。
「なんで、あんななの!」
思わず補佐官室で雄たけびを上げると、隣の部屋まで聞こえたのか、ヴィクトールが心配そうにのぞきこんできた。
「敵襲来か?」
「そんなわけないでしょ!」
じろりと睨みつけ、ヴィクトールを追い返すと、机に突っ伏した。


レイチェルが去った後、エルンストは通常通り執務に励んでいた。
変人で仕事嫌いばかりの聖獣の宇宙で、必然的に仕事は偏りがちだ。
もともと無駄な時間の嫌いなエルンストにとっては、仕事がある方が嬉しいくらいなので、問題はない。
しばらくデータの打ち込みに集中していると、背後から声がかかった。

「こんにちは。エルンスト。今日もお忙しいようですわね。」
涼やかな声は神鳥の女王補佐官ロザリアだ。
彼女は二つの宇宙の連絡役として、こちらの宇宙へ来ることも多い。
本来ならば、首座のレオナードのところへ行くのが普通なのだが、彼の能力は生憎そういう分野においては発揮されないらしい。
必然的にエルンストを訪れることが多くなってしまっているのだった。
「はい。 次から次へとやる事が出てきているような状態ですね。 そちらはどうですか?」
「こちらも同じようなものだわ。 こちらが片付けば、またあちら。 いたちごっこですわね。」
くすっと笑みをこぼす姿は、レイチェルと変わらない年齢とは思えない落ち着きを醸し出している。
きっと彼女なら。
さっきのレイチェルのように唇を尖らせて不満を訴えたりしないだろう。

「あら、エルンストもなの?」
プライベート用のPCを指差したロザリアが微笑んだ。
そういえば、さっきカレンダーの画面にしたまま、放置していた。
「この日。 予定がありませんのね。」
彼女の指先は次の月の曜日を指している。
「はい。この日は振り替え休日ということで、執務がないのです。 そちらの宇宙も同じだと伺っています。」
「ええ。 お休みなの。 陛下なんて大喜びですわ。」
エルンストの脳裏に金の髪の女王陛下が浮かんだ。
お祭り好きな陛下なら、恋人である守護聖ときっとこの日を満喫するに違いない。

レイチェルの前では知らん顔をしていたが、エルンストもその日がなんの日か知らないわけではない。
クリスマスイブ。
すっかり本来の意味を失くしてしまった祝日は、浮かれた男女が、あちこちに出かける日になっている。
なぜ誕生日が恋人同士の日になるのか。
エルンストにとっては、まったく理解できないことだが。

「秘密ですけれど、わたくしも楽しみですのよ。」
「ロザリア様が?」
驚いて彼女を見上げれば、ほんのりと頬を染めた顔がある。
「だって、クリスマスイブでしょう? 多少、ロマンティックな気分になるのも仕方ないのではないかしら?」
まさかという気持ちで、目をまるくしたエルンストに、ロザリアはほんの少し悪戯っぽい瞳を向ける。
その顔は年相応な少女のようで、どうしてもレイチェルを思い出してしまった。
「女の子はみんなロマンティックが好きですのよ。 女王だって、補佐官だって、同じですわ。
 どんな天才少女だって、ね。」

「ですが、わざわざこの日でなくてもいいのでは?
 その、恋人と過ごせるなら、どんな日であっても、特別な気持ちになれると思うのですが。」
冷静な声だが、言葉だけ聞けば、相当なロマンティックではないか。
ロザリアは、目の前で眼鏡のずれを直すエルンストを見つめた。
「そうですわね。好きな人と過ごす時間はどんな時間でも特別に素敵ですけれど。」
怪訝に見つめ返すエルンストが可愛いだなんて、レイチェルにも言えない。
「特別な日を一緒に過ごすことができる、その特別はもっと素敵だと思いませんこと?
 恋人だから、一緒に過ごせる日なんですもの。」

事象があるから結果があるのではなく。
結果があって、導き出される事象。
それは確かに、素敵なことかもしれない。 

「なるほど。理解しました。
 振替祝日について、私は間違った認識をしていたようです。」
頷いたエルンストの言葉がよくわからなくて、ロザリアは曖昧に笑みを返した。
時々、彼の思考はとんでもないところに落ち付いていることがある。
きっとレイチェルなら理解できるのだろう。

ロザリアは持参してきた書類を彼に手渡すと、
「よいクリスマスを過ごしてくださいね。」と声をかけた。
ふと目を上げたエルンストがその書類を行儀よく受け取る。
「ロザリア様も。…まあ、あの方なら、そういう行事に手抜かりはないでしょう。」
「秘密ですわよ。 わたくしがこんなに楽しみにしていること。」
ふふっと眼を細めたロザリアはとても綺麗で。
唇を尖らせていたレイチェルをこんなふうに微笑ませることができたなら。
柄にもない考えに、エルンストはPCのカレンダーを閉じたのだった。



突然のメールに驚いたのは、今日がクリスマスイブだから。
けれど、さすがに平日であっても驚いただろう。
レイチェルは携帯のボタンを押すと、まずは時間を確認した。
午前6時。
冬の6時は正直真夜中じゃないかと思うほど暗い。
タッチでメールを呼びだして、飛び込んできた差出人の名前にレイチェルは、ガバッとベッドから飛び起きた。
肌寒いおかげで、すぐに脳がクリアになる。
『本日19時、セレスティアの静かな小径。入口から7番目の木の下で待っています。』
そっけない文面はいかにもエルンストらしい。
もし恋人でなければ、一体何の業務連絡かと思うだろう。

「もう! なんでこんな時間に送ってくるのヨ!」
昨日まで、なんのリアクションもないエルンストに焦れて、イライラしていた。
そのおかげで眠れなくて。
結局寝ついたのはずいぶん遅くなってからだったのだ。
なのに。
「19時か…。」
美容院に行って、そうだ、プレゼントも買って…。
頭の中で予定を組み立てたレイチェルは、あと少し、と、再びベッドにもぐりこんだ。
わくわくして眠れないと思ったのに身体は思うよりも正直で、目覚ましを鳴らさなかったことに後悔したのは、それから5時間も経ってからだった。



急ぎ足で、静かな小径につくと、すでにエルンストが立っていた。
オシャレも完璧、プレゼントもばっちり。
ワクワクする心はまるで遠足の前の子供のよう。
わざわざのホワイトクリスマスは、もちろん女王陛下の思し召しだ。
女王になってもコレットは乙女な部分を忘れていない。
今はもうやんだ雪が小径を白く変えている。
雪化粧の森は、音まで吸い込まれてしまったようにしんと静まり返っていた。
「ゴメンね! 」
大きく声をかければ、エルンストが振り向く。
そのまま腕時計を確認した彼は、「まだ5分前です。」といつも通りの返答をしてきた。
いつも通り過ぎて笑ってしまうくらい。

サクサクと雪を踏み、レイチェルは大きな木に寄りかかるようにしている彼の隣に立った。
「寒いネ。…ってゆーか、なんであんな朝早くメールするの? 信じらんないヨ!」
「すみません。気が焦ってしまって。時間を見ていませんでした。」
焦る? エルンストが?
なんだかおかしくて、ついくすくすと笑ったレイチェルの手をエルンストが握る。
もしかすると、かなり待っていたのかもしれない。
彼の手はとても冷たくて、手袋をしているレイチェルにまでその冷たさが伝わって来た。
いつからいたのか、と聞こうとして顔を上げたレイチェルの視界に、エルンストの顔が近付いてくる。
思わず目を閉じると、唇に触れた冷たい感触。
手とどちらが冷たいだろう。
そう思っていたはずなのに、長い間触れ合っていた唇はいつの間にか、その冷たさを感じなくなっていた。

「なんで…?」
唇が離れた後も、今の出来事が信じられない。
想いを伝えあってからも、エルンストは手を触れたことさえ無くて。
そういうことに興味がないのだと思ってきた。

「今日はキスをしてもいい日のはずですが。」
「え? ナニ言ってるの?」
「この木。ずいぶん探したんです。記録ではまだ生息しているはずなんですが、なぜかここにしかありませんでした。
 あとで、もう一度、この小径の記録を整理しなければいけませんね。」
はっと木を見上げたレイチェルの瞳に、白い小さな実が映る。
「ヤドリギ…。」
「そうです。私は樹木に詳しくないので苦労しました。」
クリスマスはこの木の下で、自由にキスを交わしてもいいという言い伝えがあることをレイチェルも知っていた。
けれど。

「似合わない! エルンストがそんなことするなんて、似合わないヨ!」
思わずうっとりしかけた心を奮い立たせたのは、多分嫉妬だろう。
エルンストが、この木のいわれを知っていることが信じられなかった。
過去の女性に聞いたのかもしれないと思うと、どうしてもイライラしてしまう。
こういう時、自分が彼よりもずっと年下で、子供なのだと思わされるから。
「やはり似合いませんか。 あなたの願いを叶えようと思っただけなんですが。」
「ワタシの?」
「ええ。 覚えていませんか?
 あなたと会った最初のクリスマスに、あなたが教えてくれたんです。
 この木の下では、キスをしてもいい、とね。」

『見て。あそこにいる人たち。
 ワタシも大きくなったら、大好きな人とこの木の下でキスをするの。とってもロマンティックよね。』

幼かったレイチェルには本当のところキスの意味さえわかっていなかったけれど。
偶然目にした恋人同士がとても美しく見えて、つい、一緒にいたエルンストに話してしまったのだ。
あの時、彼はどんな顔をしていただろう。
子供のお守を押しつけられて内心辟易していただろうに、眼鏡の下の薄いグリーンの瞳は柔らかく微笑んでいた気がする。
今と同じように。

レイチェルは腕を伸ばすと、エルンストの首へと巻きつけた。
そのまま勢いよく、飛び込むように彼へ唇を重ねる。
「別に女の子からしたっていいでしょ?」
ふん、と、エルンストを見つめると、彼はくっと眼鏡の縁を上げた。
「ええ。構いません。 それに、あなたの突拍子もない行動には慣れています。」
憎らしい言葉だけれど、怒る気になれないのは、きっと、彼の瞳が優しく微笑んでいるからだろう。

「レストラン、空いてるかな~。」
突然、レイチェルはエルンストの腕を引っ張った。
「まさか、クリスマスイブの夜がこれだけなんてことはないでしょ?」
「まったく、あなたには敵いませんね。 きちんと予約しています。
 確かに混雑しているようです。 遅れないようにしなければいけません。」
「大丈夫なの? お店。」
「はい。その道の先達にきちんと調査しましたから。」
「ひょっとしてチャーリーじゃないよネ? アイツの食べ物の好み、最悪なんだからー!」
「いえ、フランシスです。」
「うーん。そっちも心配…。」

特別な日を一緒に過ごすことのできる幸せ。
レイチェルの楽しそうな顔を見て、エルンストはこの特別な日に、初めて感謝したのだった。


FIN
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