Auld Lang Syne

「これでいいかしら。」
ロザリアは身体を伸ばして、がらんとしたクローゼットを見回した。
それほど長い年月を過ごしたわけでもないのに、気が付けば満杯になっていたクローゼット。
ドレスの一つ一つに詰まった思い出を振り返りながら処分していく作業は、なかなかに時間がかかってしまった。
これからはもうこんなきらびやかなドレスを着る機会はないだろう。
そう思いながらも捨てられなかったいくつかだけを衣装ケースに残し、あとは全てゴミ袋へと詰めこんだ。

次は、本棚。
クローゼットの扉を閉め、ロザリアは本棚へと向き直った。
ここは定期的に整頓しているから、それほど時間がかかることもないだろうが。
それでも膨大な数に思わずため息がこぼれてしまう。
ロザリアの本好きは子供のころからだが、補佐官になってからは勉強することも増え、それに比例して本も増えていた。
古びたものも新しいものも。
ここもまた、一つ一つに思い出の詰まった大切な場所だ。

スライドになっている棚の一番奥に手を伸ばし、古びた雑誌を取り出したロザリアは、パラパラとページをめくってみる。
今となってはレトロといえるファッションのページ。
『このリボンを外して、コサージュに付け直した方が、あんたには似合うと思うよ。』
そう言って、買ったばかりのワンピースを手直ししてくれた彼のことを思いだして、胸が苦しくなった。
二人でこんなファッション誌を見ながら、たくさんおしゃべりして。
メイクやヘアスタイルまで教わって。
懐かしくて、切ない、大切な思い出だ。
あのワンピースはやっぱり捨てられなくて、衣装ケースの奥で眠らせてある。

雑誌類をまとめて縛り、次の本を手に取る。
すると、分厚い本の隙間から、ひらりと何かが舞い落ちてきた。
「・・・?」
拾い上げたロザリアの手が止まる。
さっき、彼のことを思いだしたからだろうか。
まるで呼び出されたかのように舞い落ちてきたその紙は、一枚の写真だった。





ロザリアとアンジェリーク。
無邪気に笑う二人は、スモルニイの制服を着ているから、まだ女王候補のころだろう。
カメラに向かって真っすぐに瞳を向け、照れたように笑うロザリアと元気いっぱいなアンジェリーク。
それぞれに雰囲気は違うけれど、キラキラと輝いている。
少女だったあのころは、何をしても楽しかったし、逆にささいな悩みで傷つきもした。
ケンカもしたし、たくさん泣いた。
…それでも今思えば、なんて美しい季節だったのだろう。

ロザリアはふと熱くなる目頭に人差し指を添えると、
「アンジェリーク。 見てちょうだい。」
隣の部屋で同じように片づけをしているアンジェリークに声をかけた。


「え?なに??」
どうやら連日の片付けに少し飽きていたらしく、パタパタと靴音を立てて、すぐに、アンジェリークが走り寄ってくる。
そして、ロザリアが差し出した写真を手に取ると、目を輝かせた。

「わ! 懐かしい~~~。 これ、女王候補のころだよね?
 なんでこんな写真撮ったんだっけ?」
アンジェリークに問われて、ロザリアも記憶を呼び起こしてみる。
飛空都市で写真を撮ったのはたしか、一度きり。
同時にアンジェリークもその時のことを思いだしたのか、ロザリアに飛びついてきた。

「これ! あの時でしょ!
 ルヴァが古い写真機をどっかの惑星から持ち出してきた時!」
「持ち出してきただなんて…人聞きが悪いですわよ。
 きちんと買い取って来たとおっしゃっていたではありませんの。」
「そうだっけ? 捨てられそうになってたのを拾ったとか聞いたけど?」
「まあ、わたくしには買い取ったと言ってましたのに。
 あんたにはホントのことを言っていたのね。」
「えへ。 もう時効でしょ?」
「まったく…。 あんたたちはいつもそうだったわ。 なんでも二人で勝手にどんどん進めてしまって。
 わたくしがどれだけ苦労させられたことか…。
 いきなり二人で旅行に行った時なんて、本当に大変だったんですのよ?!」
「もう! ヤダな~そんな昔のことぉ~。」

きゃはは、と、ふざけ合いながら、写真を眺める。
はしゃぐような年齢は過ぎているけれど、この写真を見た瞬間、気持ちだけがあの時代へ飛んでいってしまったようだ。
あとからあとからいろんなことが浮かんできて、言葉が尽きない。
彼らのことを語るのも久しぶりだった。
思いだせば辛いばかりで、泣いてしまいそうで…お互いに何も言わずに過ごしてきたから。
でも、それももう今日で終わりだ。
立場のないただの女性なら、また素直に泣いてもいいし、怒ってもいい。
二人を置いて行ってしまった彼らにも、そうせざるをえなかった運命にも。

「ね、ロザリア。」
突然、写真と同じようにロザリアの背中に身体を預けてきたアンジェリークが呟く。
「なあに?」
アンジェリークの顔は見えなくなったけれど。
ロザリアの後頭部にアンジェリークの心臓が重なり、力強い鼓動が響いてくる。
ずっと黙ったままでいると、別のリズムを刻んでいたその鼓動がロザリアの鼓動と重なって一つになってきた。
まるで一つの身体のように。
そして。

「わたし達、ずっと一緒にいようね。」

明るい声なのに、その言葉はとても重いものに思えて。
肩に乗ったアンジェリークの手にロザリアは自分の手を添えると、ぎゅっと掴んだ。

「あたりまえじゃないの。 わたくしがいなかったら、あんたは何もできないでしょう?
 お茶一杯、ロクに飲めなくなってよ?」
「そ、そんなことないよ~。
 これからはわたしの庶民パワーが絶対役に立つんだから!」
「そうかしら? じゃあ、あんたはこれからどうするつもりなの?」
「えっと~。 とりあえず、スイーツ巡り?」
「…。」
「下界では最近、パンケーキが流行りなんだって。 行ってみたいと思わない?」
「パンケーキ? そんなもの、朝食じゃありませんの。」
「違うんだって! ふわっふわで、クリームとシロップがたっぷりで、フルーツもてんこ盛りなんだよ!」
「ふうん。
 …まあ、あんたがそんなに行きたいっていうんなら、一緒に行ってあげてもよくてよ。」
「うん! 一緒に行こ!
 最初はパンケーキでしょ。 次はカップケーキ。
 それからクロワッサンたい焼き! 食べたことのないスイーツをぜーんぶ制覇しようね!」

楽しそうに指を折るアンジェリークの声に、ロザリアは静かにほほ笑んだ。
失くしてしまったものも、たくさんある。
けれど、今もこの手に残る大切な宝物があるから。
きっとこれからも歩いていける。

「これからが楽しみですわね。」
「うん!」
「…太らないように気をつけなくては。」
「……うん…。」

二人でにっこりと笑い合う。
ロザリアは写真を手帳の中に挟み込むと、片付けの続きを再開したのだった。


FIN
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