Delight


わたくしの腕の中で安らいだ表情を浮かべるあなた…昼間海辺を歩いて疲れたのでしょうか…。
ここの日差しは見た目よりも強いから。
いいえ…そればかりではありませんね…。

帽子など容易に捕まえられたのに…あなたを心配させたくて、わたくしはついいたずら心を起こしてしまいました。
あなたは必死になってわたくしを呼んでいましたね。

その一生懸命な姿が嬉しくて…何度も何度も…繰り返し名を呼ばれることがとても嬉しくて、わたくしはいつまでも水面を漂っていました
…あなたに見つからないように。

それにも拘らず…あなたはそんな意地悪なわたくしを助けようと、裸足で灼熱の砂の上を走り出したのです。

いけません…!

わたくしはたまらず彼女の前に姿を現しました。
あなたはとてもわたくしを心配してくださっていたのですね。
瞳にうっすらと涙をうかべてまで…あなたはわたくしを見上げて詰りました。

『あまり心配をさせないでくださいませ!』…と。

…ああ、わたくしは何という幸せ者なのでしょうか。



コテージまでの長いまがりくねった坂道を、わたくしたちは無言で歩きました。
不意打ちのような口づけをしてしまったわたくしに…まだ怒っていたのかもしれません。

部屋に戻ってもなかなかあなたのご機嫌が直らないようだったので、わたくしは慌ててしまいましたよ。
二人きりのディナーの時ですら、あなたは無口でまるで機械的に食べ物を口に運ぶばかり。
わたくしがどんなに寂しかったかお分かりになりますか?


シャワーを済ませたあなたが、ロッキグチェアに腰掛けてぼんやりと明るくなり始めた月を眺めている間、わたくしはディナーの後片付けをしながらあなたを見ていました。
カウンターに置かれたあなたが飲み残したワイン―わたくしは厳かに手に取り一口すすります。
…飲みなれないお酒にむせるあなたの姿を思い出し、その愛らしい様子にわたくしは含み笑いをもらしました。


片づけを終えたわたくしは、揺れる椅子の上で気持ちよさげにうとうとし始めたあなたを抱き上げて、衝立の向こうに運びました。
わたくしはあなたを真っ白な洗い立てのシーツの上に横たえます。
あなたの柔らかい髪が波のように広がり、あなたを守るように包んでいましたね。

その安らぎを奪いたくはないけれど…もう…これ以上待ちたくもないのです。
わたくしは愛しい人と己とを遮る、重ねあわされた忌々しい布地の間に手を滑らせました。
湯上りで掌に吸い付くような肌。わたくしの指は、ためらいがちにその上を巡りました。
すると不届き者の存在に気付いたのでしょうか、彼女の瞳が開かれたのです。
不安に彩られたふたつのサファイア…。わたくしを虜にする甘いきらめき。



わたくしは己自身をもって、彼女を崇めるのです。

…未開の聖地にわたくしは唇で踏み入れました。敬虔な畏怖と、歓喜と憧れを胸に。
あなたはわたくしの望みに応えてくださいましたね。どこまでも甘く、円やかに。

なだらかな喉下をくだり、柔らかく張りのある二つの丘を進む。
頂は薄桃色に花を咲かせ、一時、遥かなる道のりに戸惑う旅人を癒すのです。

そして広がる純白の大地…唇は刹那進路を見失いました…。
しかし迷いながらも進んでゆくとほんの少し先に小さな窪みが。

慎重に…ゆっくりと参りましょう。焦らなくてもよいのです。
窪みはさほど困難な隔たりではありませんでした。

ほどなく旅人は深く温かな茂みに分け入り、渇く者が皆求めやまぬ密やかな泉にたどり着きました。
そして柔らかな縁に手を伸べてそっと唇を浸せば甘い雫はのどを潤し、力を与えます。

旅人は、静かにその泉に身を沈め、己が名を呼ぶ妙なる調べをききました。



彼女は耐えられないといったようにわたくしの髪に指を絡ませます。
呼吸さえも忘れ、目もくらみそうな幸福がわたくしたちを取り巻きました。
彼女は紅色に頬を染めて、悦びの言葉を紡ぎます。
しかしわたくしは自分を責めずにはいられません。
彼女に苦痛を与え、なおかつその痛みには彼女の紅き洗礼を伴うからです。
ああ、それでもなお…わたくしはあなたを求めてしまう。

厭わしきわが身。
わたくしの頬を伝う涙は…喜びなのでしょうか…それとも悲しみなのでしょうか。

すると彼女の腕がわたくしを包みました。
その温もりの中に慈しみを感じます。

あなたは赦してくださるのですね…わたくしの罪を。
その白き翼で…わたくしを清めてくださるのですね。
それならば、どうか…あなたの腕の中で眠らせてください…あなたにすべてを捧げた愚かなるわたくしを。
喜びに打ち震えている…この心ごと。

そして旅人は…深い深い眠りに落ちるのです。



Fin




S.Q.様(素敵サイト「Green Tea & Herbal Tea」へは、リンクページからどうぞ。)より、SSを強奪してまいりました!
サイトでは連作の一部としてupされているのですが、あまりに美しい表現に、私が惚れてしまいまして。
熱いラブコールを送ったところ、なんと!
いただけることになりました〜〜!!!
キリリクでも、お祝いでも、なーんでもないのにいただいた、まさに強奪品ww。
快くくださって、本当にありがとうございます!

うふふ、コレ、アレですよね?
何気なく読めば、直接的な表現が一切ないので、わからないかもしれません。
でもでも!
ん??? と思ったアナタ! そうです、そうですよね?(笑)

そこそこに隠された暗喩表現が見事としか言いようがありません!
いや〜、憧れてしまうなあ。
こうしてみると、私の文章、超恥ずかしいですが///。同じサイトに並べるのが犯罪(爆)
ぜひぜひ、S.Q.さんの、素晴らしい世界に浸ってくださいませ〜。
素敵なお話をありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。


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