花冠を君に


昨日遅くに降った雨が嘘のような晴天が広がっていた。
ところどころにできた小さな水たまりが昨夜の雨の名残を残している。
細いヒールで水たまりをよけながら、ロザリアは王立研究院から聖殿への道を急いだ。
午前中の予定は全てうまく片付いた。
午後からは陛下のところへいって・・・。
頭の中で予定を組み立てながら歩く。
穏やかな風が豊かな青紫の巻き毛を揺らした。
向こうから手を振る姿が見えた。
見間違うはずもないあでやかな姿はオリヴィエだ。
ロザリアは彼らしくない大げさな手の振り方に少し頬を赤らめると、早足で近付いて行った。
「もう、恥ずかしいですわ。どなたかに見られたらどうなさるの。」
言いながらオリヴィエの腕をつかむと、道の真ん中だというのに、突然オリヴィエはロザリアを抱きしめた。
人通りは多くはないが全くないわけでもなく、まして顔見知りばかりとあって、ロザリアは腕から逃れようと体をよじった。
たいていの場合、すぐに腕を解いて、「あんたが可愛すぎるから。」なんていうからかいの言葉が返ってくるのだけど。
一向に離そうとしない様子にロザリアは抵抗をやめて体を預けた。
隠す必要もないくらい、オリヴィエとロザリアは公認の恋人同士だ。通りすがる人たちもほほえましいと思うくらいだろう。
真っ赤になって大人しく抱かれたままになっているロザリアに閉じ込めたまま声をかけた。
「ねえ、今から出かけよう。」
え? と顔を上げたロザリアは 「今日は午後から陛下に会う予定ですの。それにまだ、仕事の時間ですわ。」 と言った。
その言葉にオリヴィエは腕を離すと、一枚の紙をロザリアに見せた。
『今日の午後はお休みにします。 アンジェリーク』
「なんですの?」 眉を寄せたロザリアに、手をつないで言った。
「だから、午後の予定はナシだよ。さあ、行こう。」

風がふっと空をなでると、足もとのクローバーが一斉になびいていく。
見渡す限りのクローバーの絨毯にロザリアは歓声を上げた。
「こんなところにこんな場所がありましたのね。」
「私の家の裏側だからね。あんまり人も来ないみたいだよ。私も最近気づいたんだ。」
隣に並んだオリヴィエはいたずらな瞳でロザリアを見て言った。
「四つ葉のクローバーを探してみない?これだけあったら、一つくらいは見つかりそうだよ。」
瞳をキラキラさせたロザリアはすぐにしゃがんで四つ葉のクローバーを探し始めた。
スリットのある細身のドレスは少し動きづらいような気がしたけれど、なんだかオリヴィエが言うと、本当に見つかるような気がする。
一生懸命に探すロザリアの近くに座ると、オリヴィエは何かを作り始めた。
暖かい日差しのせいで、朝方はつゆを含んでいたクローバーもすっかり元気を取り戻している。
オリヴィエは出来上がったものを隣に置くと、ロザリアを見つめた。
探しながら少しずつ遠くへ移動しているロザリアはクローバーの中で花の精の様に見える。長い髪がふわりと流れて、青い影が揺れた。
「ありましたわ!」 
ロザリアは立ち上がって、オリヴィエに手を振った。
その手の中には確かに淡い緑がある。ロザリアはオリヴィエに向かって走ってきた。
「ご覧になって! 四つ葉のクローバーですわよ。わたくし、初めて見つけましたわ。」
オリヴィエの隣に座るとロザリアは嬉しそうに微笑んだ。
手の中で四つ葉のクローバーが揺れる。オリヴィエはそのロザリアの手をそっと自分の両手で包むと、ロザリアを見た。
ブルーグレーの瞳はいつもより穏やかにロザリアを見つめている。その瞳にふと影が落ちた。
「これはあんたが持ってて。きっと、あんたを幸せにしてくれるから。」
ロザリアは不思議な気持ちでオリヴィエを見つめた。なにかがいつもと違う気がする。

「私ね、もうすぐここを出なくちゃいけないんだ。陛下には昨夜伝えたよ。」
昨夜の雨の理由に気づいて身を固くしたロザリアの髪をオリヴィエは優しくなでた。
ロザリアの瞳が驚きで大きく広がるのを見て、その頭をそっと肩に寄せる。
四つ葉のクローバーを見つけられたら、言おうと思っていた。
幸せを運ぶというのならきっと、私が彼女を幸せにできるはず。
「もし、あんたが望むなら、私と来てくれないかな・・・? 」
オリヴィエの腕の中で、ロザリアは何度も頷いた。 
「ありがとう・・・。」
 オリヴィエはロザリアのぬくもりを確かめるように、腕に力を込めた。
風が流れて、二人を優しく包み込む。
オリヴィエはさっき作ったものをロザリアの頭に載せた。

「これは?」 
「花嫁の冠のかわり。私だけのあんたに。」
クローバーの花冠がロザリアの上で輝いた。
「これからも一緒だよ。」
ロザリアの手からこぼれた四つ葉のクローバーを花冠にさすと、オリヴィエは自分だけの花嫁に優しくキスを落とした。



FIN

top