それぞれの力そのものの美形揃い。
隣にいたアンジェリークのため息が聞こえてきて、ロザリアはうんざりした気持ちになった。
守護聖の力を正しく導いて大陸を育成するですって? この方たちをよく知る?
そんなこと、わたくしにはできませんわ。
ロザリアは試験について説明するディアの言葉も耳に入らないというように、9人の守護聖をまじまじと見つめた。
一人だけ女性がいる・・・・?
ロザリアの視線に気付いたのか、オリヴィエは羽のショールをひらひらと手を振るように動かす。
綺麗にルージュを引いた唇が微笑みのカーブを描くのを見て、ロザリアもやっと笑顔をつくることができた。
ディアの話が終わって、二人は謁見の間を出た。
すぐにアンジェリークが話しかけてくる。
「ねぇ。ロザリア。守護聖様って素敵な方たちばかりよね。・・・・ニューハーフの人がいるのには驚いたけど。」
「ニューハーフ?」
聞いたことのない言葉に思わず聞き返してしまった。
アンジェリークは驚いて目を丸くしたあとで、うんうんと首を縦に振った。
「そっか。ロザリアみたいなお嬢様は知らないのね。ほら、オリヴィエ様だっけ?お化粧して女の人みたいだったでしょ?
ああいう人のことをいうの。男なんだけど、心は女なのよ!」
「心は女・・・。」
幼稚舎からスモルニィで過ごしてきたロザリアは筋金入りの女子校育ちだ。
ようするに、男と接する機会がなかった。つまり、男が苦手ということ。
「そうなんですの・・・。では、オリヴィエ様は女性と同じということですのね?」
「たぶんね。」
そのあとも守護聖についてアンジェリークの批評は続き、(つまり、アンジェリークが一番素敵だと思ったのはオスカー様だということらしい。)
候補寮に戻ったころはすっかり二人は昔からの知り合いのようになっていた。
寝る前、布団を鼻まであげて、ロザリアは考えた。
心が女性というのなら、きっとオリヴィエ様は一番話しやすいに違いない。
明日はまず、オリヴィエ様のところに行ってみよう。
一日の疲れがどっと来たのか、ロザリアはすぐに眠りについた。
そして、翌朝、一番にオリヴィエの執務室に向かったのだった。
規則正しいノックの音にオリヴィエは塗っていたネイルのボトルを閉めた。
ノックをされたことなんてほとんどなかった、と思いながら「はーい、開いてるよ。」と声をかける。
恐る恐る、といった感じで顔をのぞかせたのは青い瞳の女王候補。
彼女はオリヴィエと目が合うと、一瞬激しく瞬きをして、息をのんだ。
そして、部屋に入ると、優雅なしぐさで淑女の礼をした。
「ごきげんよう、オリヴィエ様。お話をしてもよろしいですか?」
凛とした声の中に緊張があるのを読み取って、オリヴィエはソファに座るように促した。
言われるまま、ソファに座ったロザリアはオリヴィエの指先をじっと見つめている。
「あ、これ?今年の新色。あんたも塗ってみる?」
冗談のつもりでそう言うと、思いがけずロザリアは目を輝かせてうなづいた。
笑顔はすましているよりずっと可愛い。
オリヴィエは立ち上がると執務机の上のネイルのボトルをとってロザリアにわたした。
「ありがとうございます。」
受け取ったロザリアの指は細くてとてもきれいだった。
さぞ、この色は映えるだろう、とオリヴィエが眺めていても、ロザリアは一向に塗り始める気配がない。
「もしかして・・・・やったことないの?」
さっとロザリアの顔に朱が入って、ためらいがちに首が上下した。
オリヴィエはボトルを取り返すと、ロザリアの右手の小指にネイルをつけていく。
「ほら、こうやるんだよ。」
小指から薬指、中指、人差し指、最後に親指。
順に塗られていく指をロザリアは息をつめて見ていた。
「きれいですわ。」
手を光の方へかざして、ロザリアはにっこりと微笑んだ。それにつられるようにオリヴィエからも笑みがこぼれる。
「こっちは自分でやってごらん。」
初めてのネイルに悪戦苦闘しながら、ロザリアはなんとか左手にネイルをつけた。
両手に綺麗なピンクが入って、ロザリアは再び笑顔を見せる。
「ありがとうございます。・・・実は一度やってみたかったんですの。」
嬉しそうなロザリアにオリヴィエも微笑んだ。
「あんたが喜んでくれてよかったよ。・・・また、おいで。」
ネイルが完全にかわくまで、おしゃべりを楽しんで、ロザリアは最後に育成のお願いをした。
今日の力は全部使ってしまったけれど、とても楽しかった。
やっぱりオリヴィエ様はとても話しやすい方なのだわ。
自分の部屋に帰って、勉強の途中でふと指先が目に入る。
綺麗なピンクが自分を応援してくれているようでロザリアはなんだか嬉しくなった。
アンジェリークと二人で聖殿へ向かう途中、突然アンジェリークがロザリアの袖を引いた。
「ね、ロザリアってば、オリヴィエ様と、とっても仲がいいのね?」
試験も数カ月を過ぎて、それぞれの頑張りが形になって来ている。
今のところはロザリアがリードしているけれど、すぐにアンジェリークも追い付いてくるだろうとロザリアは予感していた。
ふふふ、と笑うアンジェリークにロザリアは両手を腰にあてる。
「まあ、あんたって子はすぐにそんなことを考えるんだから。わたくしとオリヴィエ様はあんたが思っているような関係ではなくてよ。」
そこで、ロザリアは少し考えた。そして、大きくうなづいて続けた。
「わたくしにとって、オリヴィエ様はお姉さまなの。何でも話せるお姉さまなのよ。」
「お姉さま???!!!!」
アンジェリークが目を丸くして叫んだ。
「そ、そうなんだ・・・。」
「ええ、スモルニィのときにあんたにも憧れの先輩がいたでしょう?わたくしにとってオリヴィエ様はそういう方なのよ。」
「へえ~~~~。」
たしかに、スモルニィは女学園だったからそういう憧れの先輩的存在が何人かいた。
バレンタインの時などは女性であると知っていてたくさんのチョコが送られたものだったけれど。
「それに・・・。」
なぜかロザリアは言いにくそうにアンジェリークの前で小声になった。
「オリヴィエ様の心は女性なのでしょう?ということは男性がお好きということなんですわよね。」
赤くなったロザリアを見て、アンジェリークは絶句した。
そういえば、そんなことを言ったような気がする。でも、あの頃は皆様のことをよく知らなかったからで、今ならわかる。
オリヴィエ様は、そういう人ではない、と。
あんなに親しくしていて本当にわからないんだろうか?
まじまじとロザリアを見ると、ロザリアはいつも通り自信に満ちた顔をしている。
最近わかってきたこと。
ロザリアは優秀だし、熱心だし、もちろん綺麗だし、非の打ちどころがないけれど、恋愛に関してはとてもとても疎いのだ。
自分に寄せられている好意に全く気付かないほどに。
「あ、あのね、ロザリア・・・。」
言いかけたアンジェリークの言葉を遮るようにロザリアは顔を上げて、歩きだした。
「こんな話はやめましょう。とにかく、わたくしたちのことをそんなふうに言うのは止めて頂戴。オリヴィエ様にも失礼ですわよ?」
どっちが失礼なの?と言いたかったが、ロザリアの恐ろしい視線に負けて何も言えなくなった。
すたすたと歩くロザリアの後ろでアンジェリークは自分の言葉を嫌というほど後悔していたのだった。
「ね、ロザリア。今度の日の曜日、一緒に出かけない?」
向かいに座ったオリヴィエに言われて、ロザリアはにっこりと頷いた。
最初のころの緊張がなくなって、素直な顔を見せるようになったと思う。
「では、お弁当を持っていきますわ。」
それから、ロザリアは少し視線を外して続けた。
「あの、オリヴィエ様はわたくしとばかり出掛けていて、よろしいんですの?」
・・・・本当にというか、やっぱりわかっていない。
オリヴィエはちょっと落ち込んでロザリアを見つめた。
「私はね、あんたと出かけたいんだ。」
わかる?というふうにロザリアを見ると、ロザリアも少しうれしそうに微笑んだ。
「ええ、わたくしもオリヴィエ様とお話ししているととても楽しいんですの。お姉さまがいたら、きっとこんな感じなのでしょうね。」
オリヴィエは自分の耳を疑った。
「お姉さま?」
顔を赤くして首を振ったロザリアは申し訳なさそうにオリヴィエを上目遣いで見た。
こんなロザリアの表情は初めてで、その可愛らしいしぐさにドキッとしてしまう。
「申し訳ありません。いくら心は女性でも、お姉さまなんて言われたら気分を害されますわよね。わたくし、オリヴィエ様が大好きですわ。」
「ちょ、ちょっと・・・。」
心は女性?大好き?
ロザリアの言葉がうまく理解できずに混乱していると、それをどう思ったのか、ロザリアは逃げるように出て行ってしまった。
ぽかんとして、テーブルの上のカップを見ると、すっかり冷めた紅茶が残っている。
オリヴィエは冷たい紅茶を飲み干すと、訳がわからないというふうに首をかしげた。
飛空都市は今日も晴天で、明るい日差しが肌に暖かい。
ロザリアは手に箱をぶら下げて、一人で道を歩いていた。
先週二人で森の湖に行ったけれど、なんだかオリヴィエ様は元気がなかった。
もしかして、途中でアンジェリークとオスカー様に会ったことが原因かもしれない、と思う。
「よう、お嬢ちゃんもデートなのか?」
オスカーがロザリアに声をかけた。
「お嬢ちゃんと呼ぶのはおやめ下さいませ!デートではありませんわ。ただのお出かけですの。」
ロザリアははっきりと言い返した。
ふとアンジェリークを見ると、なんだか顔を青くしてぼーっと立っている。
オリヴィエを見る気の毒そうな視線がやけに気になった。
「アンジェ?」
ロザリアの声に我に返ったアンジェリークはオスカーを無理に引っ張っていく。
「それじゃあな。うまくやれよ。」
軽口を言うオスカーを睨みつけて、ロザリアはオリヴィエに向き直った。
そう、やっぱり、オスカー様と会ってから元気がなくなったような気がする。
思い出しながらロザリアは考えた。
もしかして、オリヴィエ様はオスカー様を?
たしかにオスカー様は素敵だ。男らしいと言えばそんな気もする。
二人が仲良く話しているところも何度も見ている。
ロザリアは自分の考えに気持ちが落ち込んだ。
なぜ、オリヴィエ様がオスカー様を好きだと思うことがこんなにも苦しいのかしら。
男同士だからって、偏見を持つようなことはしたくないと思っていたのに。
目的地に着いてロザリアは足をとめた。
オリヴィエの私邸は何度も来たのに、なんだか今日はすいぶん入りにくい気がする。
ロザリアは息を吸い込んで、門扉を開けた。
「ごめんくださいませ。」
しんとした邸から返事は聞こえない。ドアに手をかけて鍵がかかっていないことに気付くと、ロザリアは中へと入って行った。
意味もなく足音を忍ばせて廊下を進むと、リビングのドアがほんの少し開いている。
そっとドアを開けると、ソファの上でオリヴィエが眠っていた。
休みの日だからだろうか。
オリヴィエの髪はメッシュがなく、ハニーブロンドが柔らかな日差しを受けて輝いている。
ロザリアは静かに近づくと、オリヴィエの顔を覗き込んだ。
メイクもしてらっしゃらないのだわ。
初めて見る素顔はもちろんドキッとするほど綺麗。今まで見た誰よりも。
伏せられた金の睫毛、すっきりと通った鼻筋。滑らかな肌。
そして、ルージュのない唇。
こうして見てみると、オリヴィエ様はやっぱり男性なのだ、と思う。
そして、とても、素敵。
息がかかるほどに近づいて、ロザリアは自分がなにをしようとしたのか気付いた。
キス、しようとしていた?
「わたくし・・・。」
意識したらとたんに恥ずかしくなって、ロザリアは家を飛び出した。
心臓がバクバクと音を立てて動いている。
もう走れない、と、急に足が悲鳴を上げて地面にうずくまった。
「オリヴィエ様はオスカー様が好きなのよ?わたくしったら本当にバカですわね・・・。」
どうして、こんな気持ちになるのか。
ロザリアはやっとわかった。
うずくまった先に咲いていたタンポポが風に少し揺れていた。
肌寒さに目を覚ましたオリヴィエは廊下へ続くドアが開いていることに気付いた。
「あれ?閉めたと思ったんだけどな。」
ブルっと体を震わせたオリヴィエはドアを閉めようとしてテーブルの上にある箱に気付いた。
中身は、手作りのクッキーとパウンドケーキ。
ロザリアが来た?
そういえば、感じた薔薇の香り。夢の中で会っていたロザリアのものだと思っていたけれど。
夢の中のロザリアは可愛らしく瞳を閉じて、オリヴィエに近づいてきた。
あれは、夢じゃなかったんだろうか?
オリヴィエはクッキーを一口かじると 髪をかきあげた。
休みだからとメイクもせずに寝転がっていたのは、ロザリアを誘わなかったから。
デートじゃない、と言われたことが思いのほかこたえていた。
このまま、「お姉さま」とやらでいなければならないんだろうか。
なぜロザリアが帰ってしまったのかわからないまま、オリヴィエはクッキーを食べた。
今日で3日。
ロザリアはオリヴィエの元を訪れていなかった。
意識してしまったら、今までのように接することが出来そうもない。
ため息をついたロザリアにアンジェリークが声をかけた。
「ね、ロザリア。今日はどうするの?」
「え?」
ロザリアは黙ってしまった。育成のお願いをしたら、あとは行くところがない。お茶を飲む相手もいない。
暗い表情をしたロザリアをアンジェリークが慰めようと背中をたたいた。
「一緒にオスカー様のところに行かない?おいしいカプチーノを淹れて下さるのよ。」
それにね・・・とアンジェリークに押されたロザリアはピタッと足を止めると、アンジェリークに向かって大声を上げた。
「オスカー様ですって!!あんたったらオスカー様のことが好きなの?オリヴィエ様が可哀想よ!」
廊下をうろうろしていたオリヴィエはロザリアの大声に耳を傾けた。
「オリヴィエ様はオスカー様のことが好きなのよ?それなのにあんたったら!」
声がやむとばたばたとロザリアらしからぬ足音が遠ざかっていく。
茫然としたアンジェリークが立っているところに近づくと、オリヴィエはアンジェリークの目の前で手をひらひらとさせた。
「オリヴィエ様・・・・。」
目が点になっているアンジェリークがポツリとつぶやいた。
さっきのロザリアの言葉がオリヴィエも信じられない。
好き?誰が、誰を、好きだって?
「ごめんなさい・・・。わたしのせいなんです・・・。」
「は?」
「わたしが、オリヴィエ様の心が女性だ、なんて言ったから・・・。」
とりあえず執務室に連れて行くと、アンジェリークは申し訳なさそうにぽつぽつと話し始めた。
「仕方ないよ。」
そうとしか言えない。そういえば、前にもロザリアはそんなことを言っていた。
何のことか分らなくて深く追求しなかったけれど。
「あんたのせいじゃない。」
アンジェリークの背中をなでながら、オリヴィエはため息をついた。
とにかく一番に考えなければならないのは、・・・・あの誤解だろう。
オリヴィエはアンジェリークににやりと笑いかけると、ちょいちょいと手招きした。
「ね、ホントに私に悪いと思ってるなら、ちょっと勇気を出してくれない?」
不思議そうな顔をしたアンジェリークにオリヴィエはごにょごにょと耳打ちした。
とたんに響いたアンジェリークの大声に壁の絵が揺れる。
「え!え!え!やらなきゃダメですか~~~。オリヴィエ様~~~。」
動揺してソファに座ったままぴょんぴょん飛び跳ねたアンジェリークをじろりと見て、オリヴィエは頷いた。
「オリヴィエ様~~~。」
「結果は保証するから。絶対大丈夫。がんばってね。」
にっこりとすごみのある綺麗な顔で微笑まれて、アンジェリークは仕方なく指令を受け入れたのだった。
アンジェリークがオスカーに告白して、二人が正式に付き合うことになった、というニュースが流れたのはそれからすぐ。
変わらずに女王試験は続けられることになって、仲睦まじい二人の姿があちこちで見られるようになっただけ。
恒例の週末のお泊りでそのことを聞いたロザリアは、「噂にならないように気をつけなさいよ。」とアンジェリークに念押しした。
もし、オリヴィエ様の耳に入ったら、きっとオリヴィエ様はすごくショックを受けるだろうから。
布団にもぐりこんで嬉しそうに話すアンジェリークにロザリアは複雑な気持ちだった。
オリヴィエ様がふられたというのなら、もしかして自分の方を見てくれるかもしれない。
そんな考えを持った自分が恥ずかしくなって、ロザリアも布団にもぐりこんだ。
とにかく、アンジェリークが幸せになれたことはとてもうれしい。
ノロケ話をきくなんて、少し前なら考えられなかった。
けれど、ロザリアはアンジェリークの話を聞くのが本当に楽しくて、幸せを分けてもらった様な気持ちになっていた。
噂が広まって、やはりオリヴィエは元気がないように見える。
ロザリアは心配しながらもどうしても声をかけることができなかった。
今日は日の曜日。
もちろんアンジェリークはオスカーとデートしている。
どうしようかさんざん迷って、ロザリアは朝から焼いたクッキーを綺麗な包みに包んだ。
ただ、これを持っていくだけ。
そう言い聞かせて、オリヴィエの私邸に向かった。
いつかと同じように返事がないまま中へ入ると、ソファでオリヴィエが眠っていた。
この時間はお昼寝の時間なのかしら?
はしたないと思いながらもロザリアは忍び足でオリヴィエに近づいた。
ブルーグレーの瞳を隠す金の睫毛が、寝息に合わせて上下している。
本当に素敵。
メイクしている顔ももちろん女性のように綺麗だけど、あのときからロザリアにとって一番好きなのはこの素顔。
目を覚まさないオリヴィエにロザリアは息をとめて、顔を近づけた。
鼻先が触れるほどに近づいて、ぱっと離れる。
「きっと、わたくしのことを好きになっていただけることはないんですわよね。」
心が女性だから、話しやすいのだと思っていた。でも本当は・・・・そんな理由ではなかったのかもしれない。
オリヴィエ様だったから近くにいたいと思った。
ロザリアはもう一度、静かに顔を近づける。
自分の体が震えているのに気づいて、また、顔を離した。
綺麗な顔にドキリと胸が震えて、ロザリアは両手で胸を抑える。
「オリヴィエ様・・・。」
名前を呼んで、勇気を奮い起した。
きっとこんなチャンスはもう2度とない。
今度は目を閉じて、息がかかるまで唇を近づけて、そこで止まる。
あと数センチが近付けない。
心臓が飛び出しそうなほど音を立てているのがわかる。
その姿勢のままじっとしていると、突然ぎゅっと抱きしめられた。
「いつまでそうしてるつもり?私、待ちくたびれちゃったんだけど。」
「オリヴィエ様?!」
目を開いた先にある、オリヴィエのブルーグレーの瞳。
「あ、あの、わたくし・・・。」
「なに?」
オリヴィエの腕は少しも緩められる気配がない。ロザリアの頬がだんだん熱を帯びてきた。
「オスカー様と、アンジェリークのこと、気を落とされているのではないかと・・・。」
自分でもなにを言っているのかわからない。
そんなロザリアをオリヴィエは優しく見つめ返した。
「ああ、あの二人?よかったよね。私がアンジェに告白するように勧めたんだ。」
「え?」
どうして、そんなことを?
「だって、二人とも好きあってるの、バレバレだったでしょ?・・・おかしな誤解も解けるしね。」
全く気付かなかった。あの二人が好き合ってるなんて、アンジェリークから言われるまで全く。
「でも、オリヴィエ様は元気がなかったですし、その、二人のせいではないのですか?」
オリヴィエの指がロザリアの頬を滑る。
綺麗なピンクのネイルは初めて会ったときにつけてくれた色。初めから、特別な人だったと今になって気付いた。
「ん?わからないの?・・・あんたったらちっとも私のところに来てくれなかったじゃない?」
指がロザリアの顎にかかる。
「さみしくて、元気も出ないよ。好きな女の子に冷たくされたら、そうなるのが普通ってもんだろう?」
好きな女の子。それは、もしかして。
オリヴィエの腕を急に意識してしまった。
自分の下にあるオリヴィエの体はどう考えても男性のもので、ロザリアは恥ずかしさで体が熱くなってくる。
「好きだよ。」
驚いて目を開いたロザリアの唇をオリヴィエのそれがふさぐ。
ゆっくりと伏せられた青紫の睫毛を見て、オリヴィエはロザリアを優しく抱き寄せた。
「あの、なぜ、メイクをなさるんですの?」
オリヴィエの膝にのせられたまま、ロザリアはオリヴィエに尋ねた。
こんなに素敵なのに、隠してしまうのはもったいないような気がする。
「なに?素顔の方が好き?」
赤くなって頷いたロザリアを見て、オリヴィエは髪をなでた。
さらさらと指を滑る髪を胸に抱き寄せる。
「じゃ、これからはあんたの前では素顔でいようかな。・・・男だと思ってくれないと困るからね。」
そう、素顔の方が確かにキスはしやすいし。男じゃないとできないこともある。
クスッと笑って、オリヴィエはロザリアに何度もキスを繰り返したのだった。
FIN