ララバイSINGER
「オスカーがもう二度と帰らないなんて……わたくしは信じなくてよ!!」
女王と首座の守護聖から聞いた話によると、もう二度と戻って来られない可能性が高い、とオスカー自身は覚悟していたそうである。
事実、生還できたなら破棄するように依頼されていたというロザリア宛の手紙には、何も告げずに置いて逝く事になることを許してくれ、といった文面が記されていた。
そして何よりも激しくロザリアを打ちのめしたのは、その遺書の筆跡が間違いなくオスカー本人によるものであったという事だった。
遺体すらも残らなかった、という。ロザリアの手元に残ったのは、左耳に付けていたピアスと、彼の剣の煤けた柄だけだった。
実のところ、ロザリアの耳を飾っているのはピアスではない。両耳ともにイヤリングだった。
本来ピアスホールを開けるには相応の手順を踏む必要があるのだが……
「ロザリア!!」
金でできたそれを、消毒も何もなしに一気に耳に通した。
「何て事を……!!」
女王を筆頭に複数の人物があまりの壮絶さに息を呑んだが、ロザリアの行動はそれだけでは収まらなかった。
「わたくしのサクリアは陛下のものとは違って微弱ですが、この程度の事でしたらば可能ですわ」
次いでロザリアが手にしたのは柄の残骸。それに僅かながらも有している女王のサクリアを通して元通りの剣の形と成した。
万事休すと思ったその時、意外な人物が動いた。夢の守護聖オリヴィエがロザリアの額に手を当てて、自らのサクリアを流し込んだのである。
サクリアに満ち溢れた女王ならばいざ知らず、剣の形を練り上げる事に全神経を集中していた補佐官ロザリアに、夢のサクリアを弾くことなどできる筈もなかった。
「オリ……ヴィエ……」
そのままロザリアは眠りに就いた。流れる時を止めたまま、幸福だった頃の夢に身を委ねて────
そしてオリヴィエは執務の合間を縫って、その眠る様をずっと見守ってきた。
それから聖地時間にして三~四年くらいが経過した頃であろうか?
誰の目から見ても、夢の守護聖の交代時期が近づいていた。
言葉を変えるならば、オリヴィエの持つ夢のサクリアが極端に弱まってきた……という事である。
そうしてロザリアは時を超えて目を覚ました。
「悪いね。私にはこれ以上アンタの眠りを維持できなくなってしまったんだ」
そう。人一人に夢を与えることすら叶わない程に。
「夢の中でも分かっていました。貴方はずっと、わたくしを見守っていて下さったのですね」
この辺りは流石に、僅かながらも女王のサクリアを持つ女王補佐官、と言ったところか?
「アイツの事を無理に忘れる必要なんか、ないよ。それに今のアンタはアイツとの子供を身籠ってる」
「それも、薄々とは察しておりました。ですから、わたくしの伴侶となる殿方はそれでもいい……とおっしゃって下さる方でないと」
「そういう物好き──と言っちゃ何なんだけど──な奴なら、私に一人だけ心当たりがあるよ」
小首を傾げるロザリアを前にして、オリヴィエは悪戯っぽい仕草で、だが真剣な目つきをして自分自身を指差した。
思いもよらなかった提案にしばらくの間、逡巡していたロザリアだったが、やがてゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……オリヴィエの事ですから、どこかの誰かさんとは違ってこういう事に関しては本気なのでしょうね」
「本気も本気さ。気がついてなかったろうけど、補佐官になる以前から私はアンタしか目に入ってなかったのさ」
もっとも、こんな事になっていなければ、隠し果(おお)せる気でいたんだけどね、とも彼は告げた。
実際、オスカーが生きていた間、オリヴィエがロザリアに対して何か特別な感情を匂わせるような事は一切してこなかったのだ。
「誓うよ。生まれてくるアイツとの子供も、将来私達の間に子供ができた時も、皆等しく扱うって……」
「信じています……貴方なら、きっとわたくし達を幸せにして下さる、と」
そして、この二人は出会ってから初めて口づけを交わし合った。
「オリヴィエ、貴方を見込んで退位後の行き先についてお願いがあります」
「なあに? まあアンタの事だから大体の予想はつくけどね。アイツの故郷に行きたいんでしょ?」
どうしてそれを、とでも言いたげな表情をロザリアは見せたが、オリヴィエにはそれもお見通しだった。
彼自身には最早帰るところなどなかったし、ロザリアの出身惑星である主星はオリヴィエにとっては窮屈な場所だった。
その点、草原の惑星であれば子供達も、オリヴィエ自身も伸び伸びとできるだろう。
奴(オスカー)の出身惑星である、という点は少々癪ではあったが。
かくしてサクリアの尽きた夢の守護聖と、かつての女王補佐官とは揃って聖地を離れ、草原の惑星へと降りて行った。
それから数年の歳月が流れ────
オリヴィエとロザリアは結婚し、元々ロザリアが身籠っていた子供の他に、二人の間における子宝にも恵まれた。
そしてかつて聖地で宣言した通り、オリヴィエはオスカーとの子供も自分との子供達も等しく扱った。
勿論相応の時期が来たら真実を告げるつもりでいたが、まだ小さい子供のうちは両親ともにそれを隠し果せていた。
少なくとも、今のところは……
「貴方と結婚できて良かったですわ、オリヴィエ。だってわたくし、普通の女の幸せを手に入れることができたんですもの」
「アンタと結婚できて良かったのは私の方さ。あの世のアイツには悪いけど、ね」
くすり、と互いに笑みを浮かべつつ二人はキスを交わし合うのだった。
只、年に一度オスカーの命日にだけは子供達が寝静まったのを見計らって、カプチーノを三人分入れるのがオリヴィエ・ロザリア夫妻の間における習慣となっていた。
そしてその時には必ず、ロザリアの片方の耳には普段からつけている夫が選んでくれたピアスではなく、今は亡き人物が身につけていた黄金のピアスが揺れているものだった。
《了》
相河瑞穂様より、青薔薇祭に寄稿いただいたヴィエロザです!
私がヴィエロザラブラブなのを御存じで、こちらの作品を私にくださったんですよー!
よだれを垂らしていた…のが見えてたのかな?(笑)
本当にありがとうございます!
瑞穂様のヴィエロザ、めちゃめちゃ貴重ですよ~~~。
なんといっても瑞穂様=オスロザ、というくらい、オスロザ愛の深い方なんですから!
とはいえ、こちらの作品も、あえてカプ表記するならば、ヴィエロザなのでしょうが、奥底には、瑞穂様らしいオスロザ愛が眠っているように思います。
オスロザがあってこそのヴィエロザ…
言い方が難しいですが、オスカー様を愛したロザリアに、ヴィエ様も惹かれたんじゃないかな。
残されたロザリアもつらいけど、実は残していくオスカー様だってつらかったはずで。
でも、ひょっとしたら、オスカー様は自分の逝った後、オリヴィエ様がロザリアを支えてくれることを期待していたような気もします。
あの鋭いオスカー様のこと。 いくらヴィエ様が隠していても気が付いたんじゃないかな?
気が付いてても、自分がいる間は知らんふりをしていたのかも。
それも一つの友情ですよね!
オリヴィエ様がロザリアを癒す方法が、「時間」というのも素敵だと思いました。
どんな出来事もやがては過去になり、思い出に変わる…
ロザリアを幸せにしてくれてありがとう!と、私からオリヴィエ様に感謝を伝えたいですv。
哀しみを抱えながらも強く生きるロザリアは本当に美しい///。
ロザリア好きにはたまらないですよね~
お話自体は短めなのですが、その中にギュッと凝縮された世界が素晴らしくて。
同じ字書きとして尊敬です!
なお、こちらの作品にはオスロザver.もございます。
相河瑞穂様のサイトにて公開されておりますので、ぜひ、ご一読ください。
ヴィエ様とは違う、オスカー様のカッコよさを堪能できますよー///
青薔薇祭にもたくさん投稿をいただきまして、本当に大感謝です!
同じロザリア愛の同志様として、これからもよろしくお願いします。
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