ロザリアは小さな陶器のトレーに載せられた、たった4つのチョコレートを30分かけて口に入れた。
最初の一つは香りを、次の一つは甘みを、次の一つは口どけを、そして最後の一つはそのすべてをじっくりと堪能していく。
「これは、どこのお店のものですの?」
補佐官として赴いた惑星は、石造りの建物が多く残る古びた町。
歓待のための料理も、伝統舞踊もなんとなくノスタルジックな雰囲気がする星だった。
その星で出発前にぜひにと薦められたのが、この、チョコレート。
名のあるパティシエが一つ一つ手作りしているという説明とともに期待せずに食べた。
それが。
「ええ、この星いちばんのパティシエ、ラウルのものです。お気に召していただきましたか?」
「こんなに素晴らしいチョコレート、初めていただきましたわ。ぜひ、聖地に持って帰りたいのですけれど、用意していただけまして?」
少し、高圧的だったかもしれない。
補佐官として十分な歓待を受けることが多い立場上、滅多にこのような申し入れをしないように心がけていた。
相手に無理を強いてしまう可能性があることを十分に理解していたからだ。
でも、今回だけは欲しかった。補佐官という立場を利用しても、どうしても。
もうすぐ聖地でもバレンタインがやってくる。
女王試験の時からアンジェリークと二人でせっせとチョコレートを配り続けた結果、ようやく一般にも浸透してきた。
『女性からチョコレートを贈って告白する』
こんな素敵な風習が受け入れられないはずもなく、この時期は聖地でもあちこちでチョコレートが売られている。
もちろん手作りする女性もたくさんいて、聖地中が甘いにおいに包まれるのだ。
去年、ロザリアが作ったのはトリュフ。
守護聖全員分きちんと用意した。
一人ひとりに手渡して、最後に残ったのは淡いピンクのペーパーのボックス。
そのボックスを胸に抱えるようにして、ロザリアはドアをノックした。
「は~い、開いてるよ。」
明るい声がして、ロザリアは深呼吸を繰り返す。他の方に渡した時と同じように、普通に渡せばいい。
そう思いながらもなかなかドアを開けることができなかった。
「どうしたの?」
開かないドアを不思議に思ったのか、中からドアが開いて、オリヴィエが顔をのぞかせた。
「入りなよ。・・あれ?それ、もしかしてチョコレート? なかなか来てくれないから、私の分はないのかと思ったよ。」
からかうようなブルーグレーの瞳に見つめられて、ロザリアは自分の胸の音が足元から上ってくるような気がした。
促されてソファに座ると、そっとボックスをテーブルに置く。
ピンクのペーパーが風に揺れるようにそよいだ。
似合わない色かもしれない。
そう思いながらもこの色を選んだ理由、それは。
すぐに紅茶を入れて戻ってきたオリヴィエに言った。
「あの、これ、チョコレートですわ。皆様に一つづつ用意しましたの。ですから、あの、気になさらないで。」
なぜ、言えないんだろう。
せっかくのバレンタインなのに。
「ん、ありがと。ねぇ、開けてもイイ?」
言いながらオリヴィエの手はすでにピンクのリボンをほどいている。
ペーパーを外すと出てきたのは丸いピンクのボックス。
カードには『日頃の感謝をこめて』の一文があった。愛でも恋でもなく、感謝。
それがロザリアが書ける精一杯の言葉。
ゆっくりと蓋を開けると中に綺麗なチョコレートが4つ並んでいる。
「ハートなんて、うれしいね。」
オリヴィエはクローバーのように並べられたハートの一つを手に取ると、口に入れた。
甘い、それでいて香るブランデー。
「おいしい。ホントにありがと。」
ロザリアは踊るように動く心臓を無理に抑えて、少しだけ微笑んだ。自然に赤くなった頬を気づかれないかを気にしながら。
「褒めていただいてうれしいですわ。皆さんに喜んでいただけるといいのですけれど。」
震える手のせいで、ソーサーに置いたカップが不自然な音を立てた。
オリヴィエの視線がロザリアに向いて止まる。
「では、失礼しますわね。」
振り向かずに執務室を出た。
ドアを閉めると自然に出るため息。
以前はもっと話ができた。むしろ、何でも話せた。
それなのに、今は、たった一言さえも言えない。
ロザリアの足音が消えると、オリヴィエはテーブルの上のチョコレートを一つつまんだ。
手の中で光るチョコレートは綺麗なハート型。
「たしか、オスカーの分は、丸かった、よね?」
なかなか来てくれないロザリアが気になって、あちこちを歩きまわった。
他の守護聖たちの部屋を見て置かれていたロザリアのチョコレートは彼女に似合う淡いブルーのペーパー。
そして強引に見た中身は丸いトリュフが4つ。
ルヴァも、リュミエールも、ランディも、マルセルも、ゼフェルも、みんな丸かった。・・・あとの2人は分からないけど。
「私だけ、特別と思っていいのかな?」
三つ葉になったクローバーはなにも答えてはくれない。
オリヴィエは包みを元のように戻すと、チョコレートを大事そうにしまった。
「それが・・・。こちらのパティシエは大変な変わり者でして、これだけ用意するのがやっとで・・・。」
苦り切った表情で大使が告げた。
ロザリアの滞在の間、彼は世話係として実によく働いてくれていた。その彼がこう言うのだ。
入手困難なのは本当なのだろう。
「では、わたくしが直接出向きますわ。行列でも何でも並びますから。」
権力を振りかざすことを嫌う人間がいることも知っている。
補佐官が来るから、と無理に献上させられたのだとしたら愉快ではないだろう。
ならば、ロザリアとして買いに行こうと思った。
「お店の場所だけ教えていただけるかしら?護衛などは必要ありませんわ。すぐに戻りますから。」
無理に聞きだした店の住所と地図を片手に1時間後には店の前にいた。
なぜか大使が困った顔をしていたのが気になったものの、どうしても欲しい。
行列どころか、店は静かな様子で、ロザリアは何度も手の中のメモと看板を見比べた。
間違いない。
簡単な木のドアを開けると、来客を告げるベルが鈍い音を立てた。
中にいたのは一人の男性。
おそらく30にもなっていないであろうその男は、ドアに一瞥をくれた後、再び手元の新聞に目を移した。
「あの・・・」
しんとした店内にロザリアの声が響く。
男は音を立てて新聞を畳んだ。
「今日はもう何もないよ。予約なら10日後の分になるけど。」
どうする?と言いたげに向けられた視線はぶっきらぼうな口調と同じように無遠慮で。
この人が、あのチョコレートを?
ロザリアはその視線にひるむことなく言った。
「チョコレートをいただきたいの。できるだけ、早く。」
まっすぐに見つめ返したロザリアと男の視線がまともにぶつかる。
「無理だな。チョコレートはこの時期滅多に作らない。バレンタインだなんだと浮かれた女どもが買いに来る。」
浮かれた女どもですって?
こんな失礼な人が本当にあのチョコレートを?
「浮かれたなんて思い違いですわ!女性がどれほどの想いをチョコレートに込めているか、おわかりにならないの?」
ついムキになってしまったのは、自分が伝えられない想いを込めたから。
結局、伝えることはできなかったけれど。
真っ赤になって怒るロザリアを呆れたように見つめた男は、すぐにぷっと笑いを漏らした。
「おもしろいな、あんた。じゃ、想いとやらを込めてあんたが自分で作ってみればいい。教えてやるだけならいいぜ。」
畳んだ新聞が床に落ちた。
「俺はラウル。あんたは?」
「・・・ロザリアですわ。」
こうして、ロザリアのチョコレート修行が始まった。
「え?帰らない?どういうこと?」
ロザリアからの直通フォンにアンジェリークは問いかけた。
「ですから、こちらでしたいことができましたの。しばらくこちらに滞在しますわ。有給、残ってましたわよね?」
「残ってるけど・・・。ちょっと待って!ロザリア~~~。」
ツーツーと機械的な音がして途切れた電話をアンジェリークが恨めしげに見つめた。
「ロザリアがいなかったら、この書類の山、どうするの・・・?」
机の上の紙の山は今にも崩れ落ちそうなくらいに溜まっている。
大げさな泣き声にひょっこり顔をのぞかせたのはオリヴィエ。
「どーしたの?うわ、すごいことになってるねぇ。」
ロザリアが出張に出てから全く仕事らしいことはしていないのだから当然といえば当然で。
今さらながら、彼女の能力に感心してしまう。
「あ、オリヴィエ。ちょっとでいいから手伝って!! サインはするから、読むだけのヤツと分けてほしいの~~。」
アンジェリークのうるうるした瞳に負けて、オリヴィエはロザリア用のいすに座った。
アンジェリークの隣にキャスターを転がすと、一番上の書類を手にとる。
「まったく、こんなになっちゃって。・・・ロザリアはいつ帰ってくるの?」
さりげなく聞いてみた。
こんなに姿を見ないのは久しぶりで、なんだか落ち着かない。
「それがね!」
ペンを片手に書類を凝視していたアンジェリークが勢いよく顔を上げた。
「なんだか、やりたいことがあるとかって、しばらく帰らないって言うの~~。」
「やりたいこと?」
「なんでも、スゴイ人がいるらしくて。よくわからないんだけど、その人としばらく一緒にいるって。」
「・・・男?」
まさかとは思うけど。
行った先で好きな男でもできた?
「そうかも。・・・あ~ん、早く帰って来て~~。」
しゃかりきになってサインを繰り返すアンジェリークに書類を渡しながら、オリヴィエはそわそわしてくる自分に苦笑していた。
思ったよりもずっと、難しい。
隣でケーキをつくるラウルの手はそれほど繊細でもきれいでもなくて。
なのに、出来上がるケーキはため息が出るほど素晴らしい。
「温度、気をつけて。」
言葉通り、あれからラウルはロザリアにチョコレート作りを教えてくれた。
材料費はもちろんロザリアもち。他に接客をすることが条件。
第一印象通り、人当たりはとても悪いけれど、お菓子に対する真摯な姿勢は尊敬に値する。
売切れたら終わり、の店が終った後が、ロザリアの練習時間になった。
同じ材料、同じ手順。
なのに、出来上がりは全く違う。
二人の作るチョコレートには歴然とした差があった。
「そりゃ、俺はずっとこれだけをやってきたんだ。」
素直な感想を口にしたロザリアにラウルはおどけるようにそう言った。
「あんた、ましな方だぜ。もうちょっとやれば、似たもんにはなるはずだ。」
励ましの言葉とともに頭に置かれた手は甘い香りがして。
ロザリアはラウルを見つめて微笑んだ。
必ず、最高のチョコレートを作ってみせる。・・・・あの方のために。
ガラス張りの店内をのぞくと、奥から人影が現れた。
長い髪を一つに束ねて、さえない白いかっぽう着のようなものを着ていても一目でロザリアだとわかる。
オリヴィエが声をかけようかと迷った時、青紫の髪の上に乗せられた三角巾がはらりとおちた。
ロザリアのすぐ後ろで三角巾を拾い上げたのは若い男。
はにかむようにそれを受け取るロザリア。
ケーキのショーケースを二人で覗き込む姿は、まるで仲の良いカップルで。
自分の見た光景が信じられないとでも言うように、オリヴィエは2,3度瞬きをした。
そうしても二人の姿が消えるはずはなく、オリヴィエは踵を返して歩きだす。
本当に好きな男ができていたなんて。
もう、聖地には戻ってこないかもしれない。
そう思うだけで、胸が苦しい。
言えずにいた言葉はこのままどこかに消えてしまうんだろうか。
聖地に戻ったオリヴィエは机の引き出しからピンクのリボンをとりだした。
去年のバレンタイン。
あのとき、何か言っていればこんなふうにはならなかった?
苦い後悔とともに出たため息が手の中のリボンを揺らした。
銀のトレーの上で光を受けたチョコレートがキラキラと輝いた。
艶のある茶色はうまくテンパリングができた証し。
「うん、いい感じだ。これなら俺の弟子って言ってもいいぜ。」
満足のいくように出来上がったチョコレートはたったの5粒。その一粒を試食したラウルが言った。
「正直、あんたにできるとは思わなかった。・・・想いってヤツ、確かにこもってるのかもな。」
照れたように笑うラウルにロザリアは深々と頭を下げた。いくら感謝しても、し足りない。
「ありがとうございました。これで、あの方に想いを伝えますわ。」
できる限りの努力をした。これで伝わらない想いなんてあるはずがない。
「もし、うまくいかなかったら、ここで働かせてやってもいいぜ。ショコラティエにしてやる。」
最後に握った手はとても優しくて、ロザリアの心に染みてきた。
綺麗にラッピングした4粒のチョコレートをかばんに詰めて、ロザリアは店を出た。
相変わらず、ラウルはショーケースの向こうで新聞を読んでいる。
ドアのベルが最期の余韻を消したとき、ようやくラウルは顔を上げた。
「あんたがそんだけ想ってる男に、ちょっと会ってみたかったな。・・・会ったら殴っちまうかもしれないけど。」
音を立てて膝の新聞が落ちて、ラウルはドアを開けた。
通りの向こうのロザリアの姿はもう消えていて、最後に食べた彼女のチョコレートの味だけがいつまでも心に残っていた。
明日がバレンタイン、というときにロザリアは戻ってきた。
「ロザリア~~。もう戻ってこないかと思った~~。」
書類の山で正面からは髪の毛すら見えない状態でアンジェリークが叫ぶ。
「そんなはずないでしょう?有給と申しあげたはずですわ。・・・それにしてもこれはなんですの?」
舞い上がる紙にロザリアはため息をついた。
これでは帰宅早々から仕事を始めなくてはならない。
着替えも早々にロザリアはたまりにたまった仕事を片付け始めた。
とりあえず、明日まで何も考えずに仕事をしたい。そのあとは・・・。
ロザリアが帰ってきたことを聞いて、オリヴィエは執務室から飛び出した。
しかし、女王の間の前まで来てその勢いがぴたりと止まる。
何を言えばいい?補佐官を辞めたいとだけ言いに来たのかもしれない。
迷うなんてらしくない、と思いながらもノックすることができなかった。
いつからこんなふうになったんだろう。
恋をすると人は臆病になるというけれど。
ずっと前からそれに気付いていたのに、気付いていないふりをしていた。
自分の執務室に戻ったオリヴィエはじっと天井を睨みつけた。
明日はバレンタイン。
オリヴィエは引き出しのリボンをペン立てに結び付けた。まるで、おまじないでもするように。
当然のように聖地のバレンタインは好天。
ドアを開けた途端に色とりどりの包み紙で飾られた箱が目に飛び込んできた。
ソファの上にもテーブルの上にも執務机の上まで占領しているそれにオリヴィエはうんざりとため息を漏らす。
「あのさ、こんなにもらってどうすんの?全部食べるの?」
「当然だ。俺を想って女性たちが届けてくれるんだぜ?断わるなんて罪なこと俺に出来るはずがないだろう?」
嬉しそうな様子を隠そうともしないオスカー。
今日という日は彼のような人間にとって重要なエネルギー源になっているらしい。
オリヴィエは山と積まれたチョコレートを一瞥すると、ある色を探してみた。
ない。
淡いブルーの薄いペーパー。
「あんた、これで全部なの?」
顎に手を当てて考えるようなそぶりをしたオスカーは思いついたように薄笑いを浮かべた。
「そういえば、補佐官殿からまだ頂いていないな。じきに届けてくれるだろう。」
ちっとマニキュアをかんだオリヴィエをオスカーは無言で見ている。
とくにあいさつを交わすことなく、オリヴィエが出ていくと、オスカーは机の上のチョコレートの包みを手に取った。
「俺が本当に欲しいのだって、この中のたった一つなんだぜ?」
そのペーパーの色はある女性の面影で。
オスカーは手に取ったそのチョコレートの包みをそっと飾棚の上に置いた。
年長2人以外の部屋をのぞいたオリヴィエは、まだ誰もロザリアからチョコレートをもらっていないと知って、息が苦しくなった。
あれほど毎年几帳面に配っていたロザリアが今年になって止めるとすれば、それはここを出ていくからとしか思えない。
考えたくない想像で、塗りなおしたばかりのネイルを噛んでしまう。
すこし剥げたその赤が心に開いた穴のようで、オリヴィエは天を仰いだ。
何もする気になれずに、ただ執務机に頬杖をついていると、次第に日が傾いてくる。
背にした窓から伸びる自分の影をカーテンを閉めずに眺めた。
軽く2回。そのあとに強く2回。
くせのあるノックの音でオリヴィエははっと顔を上げた。
返事を返しても、いつまでもドアは開かない。
感じるデジャヴは神様がくれたやり直しの合図?
オリヴィエが立ちあがってドアを開けると、中から開いたドアに驚いて目を丸くしたロザリアがいた。
「入りなよ。・・あれ?それ、もしかしてチョコレート?」
ソファに座ったロザリアのために紅茶を淹れた。
湯気とともに香るベルガモットは、甘いチョコレートによく合う。
「あの、これ、チョコレートですの。」
テーブルに置いた小さな包み。それだけ言って、言葉が止まってしまった。
緊張を隠すようにカップに手を伸ばしたロザリアの向かいでオリヴィエがチョコレートの包みを手に取っている。
手の中には淡いピンクの薄いペーパー。可愛らしいピンクのリボンの真ん中には小さな薔薇の飾り。
「ありがと。開けてもイイ?」
頷いたロザリアに微笑んで、オリヴィエは包みを開けた。
中には去年と同じようなハートのチョコレートがクローバーのように並んでいる。
艶のあるチョコレートを指でつまむと、口に入れた。
とたんに広がる香りと甘みと柔らかな口どけ。
そのおいしさにオリヴィエは立て続けにさらに2個、口に入れた。
「これ・・・。あんたがつくったの?」
正直、手作りのレベルを超えている。
それどころか今までに食べたどのチョコレートよりもおいしかった。
頬を赤くしたロザリアは頷きながら言った。
「先日、訪問した惑星で習いましたの。陛下に無理を言って滞在した甲斐がありましたわ。」
あなたに食べていただきたくて。
また、その一言が出ない。
「・・・・他のみんなもすごく褒めたんじゃない?」
まだ、届いていなかったチョコレート。
ロザリアはカップをソーサーに戻して、テーブルの上に置いた。
濃い目に出したアールグレイはまだ半分ほど残っている。
「これだけしかできませんでしたの。とても難しくて。」
「これだけ?じゃ、あんたは食べてないの?」
「ええ。本当は5つできたのですけれど、味見に食べていただいたのですわ。
パティシエに認めていただいたんですもの。食べてはいませんけれど、味は保証できますわ。」
それとも、お気に召しません?
そう言いたげに青い瞳が見つめていた。
あのパティスリーにいたのがチョコレートの作り方を習うためだとしたら。
有給をすべて使うほどの時間をかけたチョコレートを私に全部くれたとしたら。
それが特別でなくて一体何だって言うんだろう。
ピンクのボックスには最後のハートが残っている。
オリヴィエは最後のチョコレートをつまむと、向かい合ったロザリアの隣に座った。
急に近づいたオリヴィエにロザリアは動くこともできずにじっと座っている。
オリヴィエは手にしたチョコレートを口に入れた。
そしてロザリアの頬を両手で包むようにして顔を向けさせると、静かに唇を合わせた。
驚いて一瞬体を固くしたロザリアの瞳がゆっくりと閉じられる。
オリヴィエの唇から伝わるのは、今まで食べたことのない、甘美な味のチョコレート。
あの惑星で初めて食べた時の衝撃よりも何よりも、甘い甘い、心まで溶かすような味。
「好きなんだ。ずっとずっと、前から。」
そっと唇を離したオリヴィエが抱きしめたまま囁いた。
綺麗な青い瞳に喜びの雫が浮かんで、瞳を潤ませる。
瞬きもせずに、ロザリアはオリヴィエを見つめた。
「今日はバレンタインですもの。わたくしからも言わせてくださいませ。」
言いたくて言えなかった一言がようやく言葉になって伝わっていく。
「あなたが好きですわ。ずっとずっと、女王候補の時から。」
もう一度重なった唇はお互いに同じくらい甘いチョコレートの味。
二人の特別な時間が今日のバレンタインからようやく始まった。
FIN