透明な思い出

「ねえ、ロザリア。前から気になってたんだけど、聞いてもいいかな?」
ロザリアの部屋で紅茶を飲んでいたアンジェリークが言った。
たっぷり3杯は砂糖を入れた紅茶をアンジェリークはおいしそうに飲んでいる。
最初は見ているだけで胸やけしていたロザリアもすっかり慣れたものだ。

「なにかしら?」
ロザリアが豊かに巻いた髪をついっと後ろにやった。そんな仕草もとても優雅だ。
「あの、額縁に入れたリボン、ずいぶんくすんでいるわよねぇ。そんなに貴重なリボンなの?
今しているのとそっくりに見えるんだけど・・・。」
「あら、気付いたの?そう、同じ色と長さのものをわざわざ取り寄せているのよ。」
ロザリアがツンと顎をアンジェリークに向けて答えた。

「どうして?何でそんなことしてるの?」 
もっともな質問にロザリアはうっと詰まった。
さらに、顔を赤くしてなにやら恥ずかしそうだ。
「そ、そんなに言うなら教えて差し上げてもよろしくてよ。よく、聞きなさいね。」
アンジェリークはうんうん、と目をキラキラさせてうなづいた。


ロザリアが5歳のとき、家族で辺境の惑星の別荘へ出かけた。
一面の雪がキラキラと輝いて、小さな子どもなら、建物の中でじっとしているなんてできっこない。
小さなころから厳しく躾られてきたロザリアにとってもそれは例外ではなく。別荘という気安さもあって、一人で雪遊びをしていた。
そのとき、急に強い風が吹いてロザリアのリボンが飛んだ。
青い髪に目立つようにと結ばれた白いリボンは雪の色にまぎれてなかなか見つからなかった。

「そのときよ。あるお方が現れたの。」

リボンを追いかけて離れたところまで来てしまっていた。
ロザリアは心細さに震えたが泣くのは嫌だった。でも、帰り道もわからない。
「どうしたの?」
ロザリアに声をかけてくれたのは若い男だった。
「まいご?」
ロザリアは首を振る。 
「リボンを探しに来ただけですの。白いリボンなんですけれど、あなた、ご存じなくて?」
精いっぱい虚勢を張って答えた。 それでも揺れる瞳に気付いたのだろう。
その男は自分の付けていた青いリボンをとると、ロザリアの髪に結んでくれた。
「こっちのほうが似合うよ。」 
そのあと、別荘の近くまで送ってくれたのだ。

「わ~、素敵ね! ね、その人の名前とか、顔とか覚えてないの?」 
アンジェリークは身を乗り出して尋ねた。
テーブルの上のカップがアンジェリークにおされて、かちゃり、と音を立てる。
「それが、全然ですの。わたくしも小さかったし、寒さで帽子なんかもかぶっていたでしょう?声くらいかしらね。わかるのは。」
ロザリアは紅茶のカップに口をつける。
「その人が、ロザリアの初恋の人なのね~。」
お茶を吹き出しそうになる。
「もう、あんたなんかに話すんじゃなかったわ。」 
ロザリアは赤くなってテーブルをたたいた。

初恋なのか、と思う。優しい声でわたくしの髪に結んでくれたリボン。どうしても捨てられなかった。
今も心に残る素敵な思い出。


「ど・う・し・た・の?」 
ぼんやりしたロザリアにオリヴィエが声をかけた。
茶化したような物言いに、ロザリアはおどろく。
あまりに奇抜なそのスタイルにロザリアはオリヴィエをどちらかというと敬遠していた。
(いけない、今は育成のお願いに来ていたのだったわ。) 
あわてて淑女の礼を返す。

「育成を少し、お願いいたしますわ。」
「ん、わかった。」 
オリヴィエがロザリアを見ている気がした。何となく落ち着かない。
オリヴィエが急に立ち上がって近付いてきた。 
「リボン、曲がってるよ。」 
そう言って、ロザリアの後ろに回ると綺麗に結びなおしてくれた。
「うん、こっちのほうが似合うよ。」

ロザリアの心の琴線に触れる甘い声。ロザリアは振りかえってオリヴィエを見た。
優しい暗青色の瞳。真っ白な景色で確かにその瞳は静かな海のように見えた。
立ったまま動かなくなったロザリアにオリヴィエが顔を寄せる。
「どうしたの? また、迷子になった?」
ロザリアの目がこぼれおちそうに開かれてオリヴィエの視線とぶつかる。
「この白いリボン、アンタに返せてよかったよ。」
手に乗せられたリボンは、確かにあの日失くしたリボン。

ロザリアの透明な思い出に、今、鮮やかな色がついて動き出す。


FIN
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