「本当に帰っちゃうの?」
荷造りを進めるロザリアの隣でアンジェリークは残念そうに口をとがらせた。
「ええ、それがわたくしの新しい使命ですもの。」
もし、女王試験に敗れた時は生家へ戻り、しかるべき相手と結婚してカタルヘナ家の血を守ること。
それは両親との約束だった。
「わたくしが負けることなどありえませんわ。」と、言って出てきたけれど。
実際、リードしたのは序盤だけで、すぐに自分が女王の器ではないと気付いた。
努力だけでは埋められない天賦の才があるということをロザリアも理解したのだ。
それでも途中で投げ出すことなくやりぬけたのは、一人の守護聖のおかげだった。
もとよりかなうはずがないことはたぶん気付いていただろう。それでもいつもロザリアを応援してくれていた。
「私はあんたの味方だよ。」
そう言って支えてくれた。
いつしかロザリアの心にその姿は一人の男性として映っていたのだ。
「補佐官になってよ~。わたし一人じゃ不安なの。」
できることならアンジェリークを支えていきたいと思う。
でも、もう、オリヴィエのそばにはいられない。
生家に帰ると伝えた時、「残念だね。あんたに女王になってほしかったよ。」 と、いつものように笑ってくれた。
きっと慰めるためだったのだろうが、いっそのこと責めてくれたほうがロザリアにとっては気楽だった。
「オリヴィエ様・・・。」
そのあとの言葉が続かない。
カタルヘナの血を守ること、その意味をご存知ですか?と聞きたかった。
「あんたの幸せを祈っているよ。」
その一言でもう何も言えなかった。引き留めてほしいという願いは届かなかったのだ。
ロザリアは最後に淑女の礼をすると、ゆっくりとほほ笑んだ。
「もし、わたくしのことを思い出すことがあれば、どうか笑顔を思い出してくださいませ。」
それだけ言えたことに感謝した。
「わたくしのフィアンセは10歳年上なんですって。いったいどんな方なのかしらね?」
その言葉にアンジェリークは涙をぽろぽろこぼした。
「ほんとうに、いいの?」
いろんな意味のその言葉に、ロザリアはにっこりと笑った。
「あんたに会えてよかったと思ってるわ。」
ロザリアが生家へ戻ったのは、その日の夕方だった。
窓から吹き抜ける風の冷たさにロザリアは身を震わせた。
初めて見たフィアンセと名乗るその男は予想したよりずっと普通で、ロザリアはほっとした。
この方と一生を添い遂げるのだ。胸が痛くて、心から血が噴き出してくる。いつかは忘れられるのだろうか。
もし、あのとき、「わたくしを攫って。」と言っていたら、何かが変わったのかしら?
遠い聖地は星空の向こうにあって、すがたさえも見えない。
そこに住まう愛した人を想って、ロザリアはそっと窓を閉めた。
ロザリアが去ってから、オリヴィエは星空を眺めた。
このまたたく星のひとつに、愛する人が住んでいる。
「忘れられないよ、あんたのこと。」
私と別れる事を選んだあんたに、想いを告げることはできなかった。
それでも、想い続けることだけならいいよね?
瞳の奥にロザリアの笑顔が浮かんで、そして静かに滲んでいった。
FIN