カレンダーガール

9月の最後の日。
帰り際にカレンダーを破り捨てたロザリアは、新しい月の中頃に描かれた大きなハートマークにため息をついた。
今、部屋にあるカレンダーは女王陛下から配られたものだ。
一年の最初の執務の日に宮殿の全員に配布される特別なカレンダー。
何が特別かと言えば、このマークと、そして写真。
『聖殿フォトカレンダー』と題されたソレは、その月に誕生日を迎える守護聖の写真が載っている。
しかもただの写真ではない。
それぞれが私服だったり、季節に合わせたコスプレをしていたり。
普段、ほぼ執務服姿の彼らしか見ることのない人々にとって、ものすごく貴重なショットが勢揃いしている。
表立って何があるというわけではないが、そもそもイケメンぞろいの守護聖たちなのだ。
固定ファンがいるのは言うまでもなく、カレンダーのうわさが広まると、またたく間に争奪戦が始まり、プレミアがつき始めた。
ここ数年は相当数の海賊版まで出回っているらしく、ちょっとした騒ぎにまでなっているらしい。

そしてそのカレンダー。
守護聖は9人しかいないから、当然空きのある月も出てくる。
ノリノリの女王にせっつかれて、不本意ながら、ロザリア自身も載ってしまっていた。
今年初めて登場したのだが、4月用のセーラー服だったのがせめてもの救いで。
アンジェリークのように雪だるまの仮装までさせられたらどうしようと、内心焦っていたのだ。
今月、10月の写真はオリヴィエ。
ハロウィンと引っ掛けて、黒のロングコートを羽織り、魅惑的なウインクを投げている。
中性的な彼の姿が魔女のようにも悪魔のようにも見えて、思わずドキッとするほど迫力があるのだ。
そう、ロザリアだって、このカレンダーは嫌いではない。
この1カ月は堂々とオリヴィエの姿を眺めていられる。
ロザリアはカレンダーを机から一番よく見える場所に移動させると、嬉しそうに笑みをこぼしたのだった。


「そろそろ来年の撮影をはじめなくちゃね。」
うきうきとアンジェリークが告げた言葉に、ロザリアは半ばあきらめの表情で頷いた。
大人しく言うことを聞いておいた方が無難なのはわかっている。
刃向えばゼフェルのように寝顔を撮られたりしてしまうかもしれない。
「ねえ、みんなからの意見を聞いて、今年からちょっと変えようかと思ってるの。」
もしかしてなにかクレームでもあったのだろうか。
中止の一言を期待しながら、「ええ。時々は変えてみるのもいいと思いますわよ。」と、にっこりほほ笑みを返したら。
「ちょっと待ってて。」
アンジェリークは物入れからごろごろと台車をひっぱり出すと、大きな段ボール箱ごとロザリアの前に置いた。
「これはなんですの?」
「これはね。」
アンジェリークが足で台車から段ボール箱を横倒しにすると、中から物があふれ出した。
手紙、はがき、メモ…。
とにかく膨大な量の紙。どちらかといえば、地味な印象の紙が多いのはなぜだろう。
「投書が来たの。ううん、リクエスト?」
こぼれたはがきを取り上げたロザリアは、中身を読んだとたんに青ざめた。
「ねー!すごいでしょ! これね、全部、ロザリアの水着が見たい、っていう手紙なのよ!」
今年も水着はあった。
チェアに水着とウィンドパーカーで寝そべるジュリアスはかなりのレアショットだと思ったことも記憶している。
だが。
めまいがしたロザリアは額に手をあてて、必死に考えた。
極めて発行部数が少ないはずの聖殿限定カレンダーなのだ。いくらなんでもこの投書の量は多すぎる。
「アンジェ、あなた、まさか…。」
「うん、通信販売してるの。ほら、女王って言ってもお小遣いはそんなにないしー。」
マンガ一つ自由に買えないんだもんー、と頬を膨らませる女王の横面を、ロザリアは真剣に張り倒してやりたくなった。
世間に出まわっているのは、海賊版などではなく、女王自らが売りさばいているモノだったのだ。

「こんなにリクエストが来てるんだもん。やってくれるわよね?」
「無理よ。できませんわ。」
「全宇宙の人がこんなに期待しているのに、宇宙の平和のためよ?二人で宇宙の平和に貢献していこうって誓ったじゃないの。」
「あんたがやればいいでしょ!」
キレかけてつい、昔の乱暴な口調がよみがえってしまう。
そんなロザリアにアンジェリークはドレスの裾から一枚のはがきを取り出して見せた。
「わたしにはこのリクエストが来てるの。だから、水着は任せるわ!」
差し出した手紙には、丁寧なイラストが添えられている。
「・・・シカ?」
「トナカイよっ!」
威勢良くツッコミをいれられて、見なおせば、たしかに鼻の上が赤かった。
それ以上にこのリクエストのはっちゃけぶりはなんなのだろう。
クリスマスツリーの上でプレゼントの袋を振りまわして踊るトナカイなんて、見たことがない。
「あなた、本当にこの恰好をするつもりなんですの?」
大きく首を縦に振るアンジェリークに、まだ水着のほうがマシなのではないかと思う、ロザリアだった。


「それで、結局、承諾しちゃったわけ?」
さっきまでのアンジェリークとの会話を説明したロザリアは困ったように美しい眉を寄せた。
いつも通りのお茶の時間。
香りのよいオータムダージリンと、彼女手造りのスコーン。
添えられたクローテッドクリームはオリヴィエが特別に取り寄せたカロリーオフのものだ。
何の予定もない午後は、こうしてロザリアがお菓子を持ってオリヴィエの部屋を訪れる。
女王候補のころから続いているのだから、もうずいぶん長く、すでに習慣といってもいいかもしれない。
ただ、お茶を飲む。本当にそれだけのことなのだけれど。

「だって、アンジェがあんな恰好をするのに、わたくしだけが無事に済むはずはないという気がして…。」
何となく釈然としないところがあるのだろう。
言いながら、自分自身を納得させているようなロザリアに、オリヴィエは苦笑した。
外見はとてもしっかりしていて、一部の隙すらないような完璧なレディだというのに、まったくロザリアは素直で純粋すぎる。
まあ、そのギャップがたまらなく愛しいことも事実で。
「ここ数年、ジュリアスも我慢してらしたことですし。」
たしかに、あのジュリアスが水着になるとはオリヴィエも驚いた。
一体女王がどんな手を使ったのか、言葉を濁すジュリアスから聞き出すことはできなかったが、想像するのも恐ろしい。
断れば、どんなことになるか。
いささか頭の痛くなるオリヴィエだったが、どうしても言わずにいられなかった。

「ねえ、断った方がいいんじゃない?」
湯気の消えた紅茶のカップに口をつけながら、できるだけさりげなく言ってみる。
けれど、彼女の答えはやはり予想通りのものだった。
「ありがとう。でも、大丈夫ですわ。わたくし、覚悟を決めましたから。海に行ったと思えば、皆の前で水着になるのは当たり前のことでしょう?」
ロザリアの悲壮な決意のおかげで、勢いよく下されたカップにソーサーが悲鳴を上げた。
「恥ずかしいなんて思っていては、いけませんわよね。宇宙の平和のために人々の期待にこたえることも、補佐官の重要な使命ですもの。」
なんてこった。
本当にロザリアは素直すぎるにもほどがある。

「アンジェリーク、あんたってばとんでもない策士だよ。」
ロザリアが去った後、残ったお菓子をつまみながら、つい愚痴をこぼすオリヴィエだ。
海なら別に水着でもいい。
けれど、海でもないところで水着の女子が見たいだなんて、およそ不純な動機しかないことを、男ならよくわかっている。
セーラー服の時にいやな予感はしていたが、まさにその予感が大当たりしたというところだろう。
オリヴィエは自分の私室に残してある4月のカレンダー写真を思い浮かべた。
恥ずかしそうに頬を染めて、桜の木の下でほほ笑むロザリアは、犯罪的に可愛い。
いつも大人びた補佐官服を着ているせいで、つい年齢よりも上に見てしまうが、彼女は本来このスタイルでもおかしくない年なのだ。
風になびくスカートの裾も、下ろしたままカチューシャで止めただけの長い髪も、まるで絵のようで。
カレンダーの意味や目的はともかく、写真はどれも素晴らしい出来栄えなのだ。
毎年写真を撮りに来る彼は、よほど名のあるカメラマンに違いない。
だからこそ、オリヴィエ自身もノリノリで、つい仮装などしてしまったわけなのだが。

もし、ロザリアの水着写真を撮ったなら、それは素晴らしい写真になるだろう。
今しかない彼女の美しさを十分に引き出してくれるはずだ。
それを見たくない、と言えば嘘になるけれど、それ以上に、誰にも見せたくないと思ってしまうのだ。
「あー、もう。まさか、これも計算じゃないだろうねえ。」
天を仰いだオリヴィエが溜息をついたとき、女王の間で盛大に2つ、くしゃみが響いたのだった。


カレンダーの撮影は順調に進んでいる。
今年からくじ引きで担当の月を決めることになり、オリヴィエは2月を引き当ててしまった。
まあ、生まれからして寒い時期は得意だし、重ね着のおしゃれが楽しめるから、自分的には何の問題もない。
むしろ問題は他の月だ。
きょろきょろとくじ引き会場となった女王の間を歩いて情報収集してみれば、やはり8月と12月がない。
ロザリアは断れなかったのだ。

お茶の時間にそれとなく確認してみると、衣装もすべて、アンジェリークが用意するらしい。
「わたくしがスモルニイの水着しか持っていないと言ったら、アンジェリークが着せたいものがたくさんあるって言うんですの。」
「へ。スモルニイの水着ってどういうの?」
「どう、って…。普通の紺色のワンピースですわ。」
一瞬、頭によぎった妄想に、オリヴィエは紅茶を吐き出しそうになってしまった。
それはそれで、ものすごくマニア受けするに違いない。
オリヴィエは少しだけ、ほんの少しだけアンジェリークの良心に感謝した。
もちろん、『着せたいもの』がどんなものなのか、本当に感謝するのはそれからだけれど。
そして、とうとうロザリアの撮影の日が来てしまった。


床一面に広がる色とりどりの水着。
撮影場所は無数にある宮殿の空き部屋の中から、一番南側の日当たりのよい場所が選ばれていた。
背景など、今は合成でどうにでもできるらしい。
大勢に見られながらの撮影ではないことに、ロザリアはほっとしていた。
「好きなの選んでいいのよ!」
ロザリアはキラキラとまぶしく光るゴールドのラメをつまみあげると、そう言ったアンジェリークの前に突き出した。
「ほとんど布がないじゃありませんの。」
紐にわずかについた布は口を隠すことすら難しい程度の面積しかない。
「うふ、それは冗談よ。こっちとかどう?」
これまた申し訳程度にしか布のないギラギラしたメタリックパープルと、肩ひものない大きな花柄。
アンジェリークが両手に掲げた水着はびっくりするほどハデハデしく、ロザリアの範疇を超えていた。
「ロザリアってば、ホントにスタイル抜群だし、お肌もきれいだから、こういう派手なのも着こなせると思うのよね!」
ショッキングピンクのフリルの水着を、アンジェリークはため息交じりにロザリアに当てている。
「わたしはこういうの、似合わないんだよねー。ビキニなんて絶対無理だもん。」
羨ましげにじっとりと見上げてくるアンジェリークの視線に思わずたじろいだ。

「もう少し、控え目なものはありませんの?」
「そうだなあ。」
がさがさと水着の山をかきわけたアンジェリークが一つを選びだした。
白地に小さな花模様と蝶。所々に細かなビーズやスパンコールが縫い付けられ、動きに合わせてキラキラと光が反射する。
今まで見せられた水着よりも、どことなく繊細で優雅な雰囲気だ。
レースの縁取りもかわいらしい。
サイドを紐で結ぶタイプだから、それなりに露出はありそうだが、布地の量も極端に少ない感じではない。
「これ、可愛いでしょ?わたしも試着してみたんだけど、ちょっと、まあ、あんまり似合わなくて。」
微妙にお腹の肉をつまみあげながら、アンジェリークがブツブツとつぶやいている。
ロザリアはその水着を受取ると、着替えをするためにドアの向こうへと移動した。
撮影とはいえ、カレンダー1枚分だし、着替えをしてからカメラマンをこの部屋へと呼ぶらしい。
今、カメラマンは控えの間で休憩中だ。
去年会った穏やかな初老の男性を思い出し、ロザリアはドレスのファスナーに手をかけた。


「ぴったりですわね。」
まるであつらえたように、水着はロザリアにぴったりだった。
ただ、着てみる前はわからなかったが、かなりトップスのカッティングが深くて、少しかがむと、胸がこぼれおちてしまいそうになる。
ロザリアはカップをなんどもひっぱりあげ、位置をずらそうとしてみたが、思うようにいかず、結局はこの位置にしか無理なのだとあきらめた。
ボトムスも思ったより小さく、ヒップがぎりぎり隠れるくらいしかない。
大きなフリルが付いているから、いやらしさよりもかわいらしさが強いのが救いだが。
「どうしましょう。」
鏡を見るたびに恥ずかしさで体が熱くなる。
こんな姿を、もし、彼に見られたら。
水着のことを話した時、彼はさほど興味がなさそうだった。
仕事の一部とはいえ、もし、彼がはっきりと止めてくれていたら、ロザリアだって、断っていたかもしれない。
「もう、しっかりなさい!」
奮い立たせるように自分の頬をつねってから、ロザリアはドアを開けた。

「わー!ホントに素敵!似合ってる!」
アンジェリークがロザリアの周りをぴょんぴょんと手を叩きながら飛び跳ねている。
ここまで手放しで褒められれば、悪い気がしないというのも人情だ。
「このままモデルになってもいいわ! ホントに綺麗!」
「もう、止めて頂戴。」
恥ずかしくてどうにかなりそうで、思わず腕を体に回して、隠そうとしてしまった。
「隠しちゃダメ!もっと良く見せてー。」
「もう!」

騒々しい女の子の声に、ドアノブに手をかけたカメラマンが困ったような顔で見上げてくる。
オリヴィエはちょっぴり肩をすくめて、彼と入れ替わると、思い切りドアを開け放った。
「はい、お邪魔するよー。カメラマンさんも待ってるからねー。」
中にいた少女たちが一斉にこちらを見る。
アンジェリークは満面の笑顔で、ロザリアはさっと頬を染めて。
「「オリヴィエ?!」」
二つの声が重なった。

「どうなさったんですの?…その格好。」
ロザリアが頬を染めるのも無理はない。
秋も深まりつつある季節だというのに、オリヴィエはハーフパンツにシャツをはおっただけの姿なのだ。
常に露出が激しいオリヴィエだが、こんなにラフなスタイルを見るのはロザリアにとって初めてで。
何より驚いたのが、今日のオリヴィエはメイクもメッシュもしていない。
彼の素顔の美しさに、ロザリアは目をそらすことも忘れて、つい見入ってしまった。
彼女からの甘い視線に、いつもならウインクの一つでも返すところだけど。
とたんに目に入ったロザリアの姿があまりにも可憐で、余裕がなくなる自分に焦る。
ふうと大きく息を吐いたオリヴィエは、さっきからにやにやとしているアンジェリークに、大げさに唇を尖らせて見せた。

「では、撮影を始めてもよろしいですかな?」
カメラマンが声をかけると、オリヴィエはシャツを脱ぎ捨てて、上半身をさらした。
しなやかなヒョウを思わせる、無駄なく筋肉の付いた細い体。
綺麗という言葉が、いちばんぴったり来るような気がする。
オリヴィエは脱いだシャツをロザリアの肩にかけると、彼女の手をひいた。
彼女の手がびくりと震え、体温が上がるのがわかる。

一番日のあたる場所まで彼女を連れだすと、オリヴィエは立ち止まり、ロザリアを不意に抱きしめた。
その弾みで肩にかけたシャツが滑り落ちて、床に広がる。
「オリヴィエ…?」
震える声が愛おしい。
初めて感じる彼女の柔らかさと、触れた個所から点る熱にオリヴィエの鼓動が激しくなる。
ほんの一瞬の後、オリヴィエは自分の物とは明らかに違うリズムが肌に伝わるのに気づいた。
うつむいているせいで、彼女の姿はその見事な青紫の髪しか見えないけれど。
きっと、自分よりもはるかに動揺しているに違いない。
つい強く抱きしめたくなる想いをなんとか抑え込んだ。
「腕を私の背中にまわして。」
ロザリアの肘を持ち上げて、オリヴィエは自分の背中に掌を向けさせた。
「そう。私を抱きしめていいから。」
真っ赤になった耳が小さくうなづく。
オリヴィエは腰をかがめると、彼女の顔を自分の肩に乗せ、唇を耳元に寄せた。
まるで、恋人たちが秘密の話をするときのように。
今まで寄せ合っていた身体がほんの少し離れて、ロザリアはようやく息ができたようだ。
長く息を吐き出した。

「なぜ、ですの?」
「なぜ、って?」
「こんな…。」
ロザリアが回した腕をほどこうとするのを、かるく抑えてとどめる。
「わからない?…水着なんて、気にするようなことじゃないって、思おうとしたんだけどね。やっぱり無理なんだ。
あんたのこんな姿を他の男には見せたくないんだよ。」
囁くようなオリヴィエの言葉にロザリアの体温が上がるのがわかる。
「…どうしてですの?」
さっと朱が差した首筋にオリヴィエはさらに唇を近付けた。
「私はね、あんたにメロメロなんだよ。こんな風に嫉妬しちゃうくらいにさ。気がついてなかったのかい?」
ロザリアの手がピクリと動いた。
彼女の顔が見えないこの状況を、今ほどもどかしいと思ったことはない。
喜んでいるのか、怒っているのか。この目で確かめたいと思うのに。

「そうであればいい、とは願っていましたけれど。」
ロザリアの顔に花のような笑顔が浮かんだ。
ほんのりと頬を染め、オリヴィエの肩に乗せた顔を少し傾けたまま。
傍で見ていたアンジェリークが、思わず見惚れてしまうほど、幸せそうな笑顔が。
「わたくしも、ずっと、あなたを想っていたんですのよ?気がついていらして?」
フラッシュが光った。


山と積まれたカレンダーが、今年も聖殿で配るために用意されている。
ただ一つ今までと違うのは、事前の申し込みで一般にも配布されるようになったことだ。
「いいお小遣いになったのに…。」
ブツブツとつぶやくアンジェリークを肘ではたいて、ロザリアはカレンダーのチェックを始めた。
「出来上がりは秘密だなんて…。気になってしょうがなかったわ。」
「だってー。ロザリアの水着姿は全然映ってないんだから、いいでしょ?」
「それはそうですけれど…。」
撮影の間、写真のことをすっかり忘れていたロザリアは、後になってからどんな写真になったのか、気になりだした。
もし、恥ずかしい姿の写真を撮られていたりしたら、『他の男には見せたくない』と言ってくれたオリヴィエに顔向けできない。
アンジェリークにのらりくらりと交わされ、ロザリアはカメラマンにまで尋ねた。
けれど、彼にも余裕のほほ笑みで、
「とても素敵な写真になりましたよ。ちなみに水着姿は映っていませんからご安心を。」と、言われてしまったのだ。
アンジェリークはともかく、カメラマンの言うことは信用できると思ったロザリアは、写真を追求することをやめたのだが。
カレンダーをめくっていったロザリアの手が中頃で止まった。
さーっと青ざめた後、かーっと赤くなる顔。
「アンジェリーク!!! あんた、知ってたわね!」
火が出そうなほど真っ赤な顔で睨みつけてくるロザリアに、思わず後ずさりするアンジェリーク。
「待ちなさい!!」
「素敵な写真じゃないのーーーー!!!」
丸めたカレンダーを持って、追いかけまわしてくるロザリアからアンジェリークは必死で逃げ回っていた。


「いい写真だな。ロザリアにこんな顔をさせるとは、お前もやるじゃないか?」
「んふふー。これ、すっごくいい虫よけになると思わない?」
「まあな。」
オスカーの手からカレンダーを受取ったオリヴィエは、まだまだ先の8月のページを開くと、壁に止めた。
「あの時、あの子、こんな顔してたんだね。」

彼女の白い腕は触れるか触れないかの位置で、戸惑うようにオリヴィエの背中にまわされている。
好きな人に触れるときの緊張とときめきが、そのまま映し出されたようなポーズだ。
そして、肩越しに覗く彼女の顔は、純粋な喜びだけに満ちていて。
写真を見ているだけで、ロザリアがどれほど目の前の男性を想っているのかがわかってしまう。
それほど、彼女は美しかった。

「だが残念だな。」
壁のカレンダーをコツコツと指の背で叩いたオスカーがにやりと笑った。
「この男、正体不明だと、もっぱらの噂だぜ?」
「はあ?」
確かに後ろ姿だけだし、メッシュも入れていない髪ではオリヴィエとはわからないかもしれない。
金髪の男性なんて、それほど星の数ほどいるのだから。
「俺がかつらをつけてるんじゃないのかって、お嬢ちゃんたちに詮索されてな。まあ、否定も肯定もしないでおいたが。」
「なんだって?そこは否定するところでしょ!」
「お前もそろそろ極楽鳥を卒業したらどうだ?そうすればこの男がお前だって、皆もわかるだろう?」
笑いながら肩を叩いたオスカーを、オリヴィエはじろりとにらむと、メッシュのさした髪をつまんで肩をすくめたのだった。


そして。
その年のカレンダーを見た世の男性の嘆きは言うまでもなく。
世の女性たちが『後姿だけの美青年』にいろめきだったのも、もちろん言うまでもない。


FIN
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