Tea or Coffee?

彼女は根っからの紅茶党。
それにどちらかといえば、私も紅茶のほうが好きだ。
毎日濃いエスプレッソとか飲んで胃に穴があいてそうな(ま、ストレスが多いってのもあるだろうけど)ジュリアスとか。
甘ったるいミルク入りで、女子受け狙ってそうなオスカーとか。
コーヒーが好きなヤツよりも、お茶系が好きな人間のほうが無害な印象。
それに、麻薬みたいな刺激は、私と彼女には似合わない。
そんな気持ちも、たしかにあった。

だから。
もうすでに真っ暗になった時間に、ロザリアが家にやってきた時、私は迷わずに紅茶を淹れた。
ティーバッグだなんて無粋な真似はもちろんしない。
彼女のために取り寄せた、セカンドフラッシュのダージリンFOPを、きちんと沸かしてポットもカップも温めて。
完璧な手順で、とびきりのお茶を飲ませたい。
つまり、ようするに。
そんなことが少しも苦にならないくらい、私は彼女が好きだってこと。
ずいぶん前から、わかっているけれど。

「お代わりは?」
わざと大きめのポットを使うのは、たった1杯で彼女を返してしまいたくないから。
いつもなら、この後、ほんの少し恥ずかしそうに「いただきますわ。」と答えてくれるのに、今日の彼女は少し違っていた。
「遠慮しておきますわ。」
おっと。
予想外の答えに私は目の前の彼女を改めて見た。
きちんと結いあげた髪も、身体を覆う戦闘服のようなドレスも、才色兼備の誉れ高い当代随一の女王補佐官だ。
けれど、よく見れば、少し疲れた顔をしているし、宝石のような青い瞳のまわりがほんのり赤い。
鼻の頭のパウダーも剥がれかかった個所がある。
着替えも化粧直しもせずに来たってことは、それだけ急いで私に会いに来てくれたってことなんだろうけど。
これは結構、問題があるのかもしれない。

「美味しいお菓子があるんだけど、食べる? すっごく綺麗なチョコレートなんだよ。」
「遠慮しておきますわ。」
コレでもダメか。
意外なことに、彼女はチョコレートが大好きだ。
一粒の中にいろんな味の隠れたトリュフが大好きだってこともよく知っている。
普段は手づかみで物を食べたりしない彼女が、トレーの上のチョコを指でつまんで、一口で頬張る。
それがとても愛おしくて可愛い。
だから私もついよその惑星に出かけるとき、お土産にチョコレートを選んでしまうのだ。
今日のチョコもかなりの逸品だったのに、食べてもらえないのは残念。
まあ、また明日にでも聖殿に持っていこう。
お茶の時間は大抵一緒なんだから、慌てることはない。

彼女は青紫の睫毛をわずかに伏せ、手の中のカップをぼんやりと眺めている。
「あのね、あんたに似合いそうな、すっごく素敵なネックレスを見つけたんだけど。」
「ごめんなさい。今はそんな気分じゃありませんの。」
ぴしゃりと言われて、私は黙った。
とてもとても静かな時間。けれどとても素敵な時間。
だけど、彼女は自分が招いたその静かすぎる時間に耐えられなかったらしい。
ふう、と小さなため息をついた後、カップを置いた。


「わたくし、補佐官として、きちんと皆さまのお役に立てていますかしら?」
ああ、やっぱり。
気まじめな彼女は誰かと衝突することも多い。
他の人が言いにくいような相手、たとえばジュリアスやクラヴィスにも真っ向から意見している。
なによりも補佐官としての公平性と責任感が強いからだが、ぶつかれば傷つくことも多いだろう。
「あんたは立派な補佐官だよ。 もしあんたがいなかったら、あの二人なんてどうなってると思う?
 てんでんバラバラ、意志の疎通ゼロ。宇宙は大崩壊でビックバンだよ!」
「まあ。」
くすっと彼女が笑う。

「だいたい、陛下なんかのんびりでなーんにも考えてないってゆーか、考え付くのはロクでもないことだし、他の守護聖だってゴーイングマイウェイって感じで、あんたがやらなきゃ、誰もまともに執務なんか始めやしない。…ま、私も人のことは言えないけどね。」
大げさに肩をすくめて見せると、彼女はまたクスッと笑った。
けれど。
「自分がとても嫌な人間になったように思いますの。 自分が正しいと思ったことだけを、無理に進めようとしている気がして。
 みんなの意見を取り入れることができたらいいのに、わたくしにはそんな能力もなくて。 結局、自分のことしか考えていないのかもしれませんわ。」
再び伏せた睫毛はさっきよりも影が濃くなった。
寂しそうにうつむく姿。
彼女には申し訳ないけれど、私は少し嬉しかった。

「おいで。」
彼女に向かって両手を広げてみる。
「え?」
不思議そうに顔を上げる彼女。
「おいでったら。」
けれど彼女は動きださない。恥ずかしがりやで、子供扱いの大嫌いな彼女からすれば当たり前だ。
「じゃ、私から行くよ。」
言い終わる前に、さっと彼女の隣に移り、ぎゅっとその身体を抱きしめた。
細い身体は柔らかく暖かい。
彼女は一瞬身じろぎしたが、すぐに大人しく私の腕の中に収まった。


「大丈夫。あんたはちゃんとがんばってる。」
「補佐官ですもの。当然ですわ。」
「当然なんて思わないよ。 でも、それを当たり前と思って、ちゃんと行動できるあんたはすごい。」
私は抱きしめながら、彼女の背を撫でた。
言葉というのは時々ひどく不器用で、思っていることの半分も伝わらない。
たとえば、今、私がどのくらい彼女を愛しく思っているかってことも、言葉にすれば、たった5文字にしかならなくて。
だから、私は、その言葉にならない分の想いをこめて、彼女の背を撫でた。

「誰がなんて言っても、私はあんたのやることや考えてることを信じてる。
 もし、辛いときは、私に言ってよ。 文句でも愚痴でも、ヤツあたりでも。なんでもいいから。」
「ヤツあたりだなんて。」
そう言いかけて、さっきの自分の態度に思い当ったのだろう。
完璧な女王補佐官だったら、勧められたチョコレートを、たとえお腹一杯でも食べただろうし、ネックレスの話にだって、適当に相槌を打っていただろう。
「ごめんなさい…。わたくし、あなたに甘えていましたのね。」
さっと朱に染まる頬。

「甘えてもらえるなんて、最高に幸せだね。」
「でも、不愉快になられたのではなくて?」
彼女の不安そうな声に、私は背を撫でていた手を頬に回した。
赤らんでいた青い瞳がじっと私を見つめている。
「まさか! あんたが甘えてくれる相手が私だってことが、嬉しいんだ。…他の誰でもない、私だってことがね。」
腕の中の彼女が私の背に腕を回し、ギュッとしがみついてきた。
私は再び、彼女の背をあやすように撫でる。
「あんたが辛い時、いつでも傍にいるから。…ううん、傍にいたいんだ。」
やっぱり言葉はもどかしい。
私は彼女を強く強く抱きしめた。私が傍にいることを、その体温で知ってもらえるように。

「ジュリアスが、わたくしの意見は理想論にすぎない、と。」
ぽつりと話してくれた彼女の小さな愚痴。
この間から、ある惑星の処遇で押し問答を繰り返していることは知っていた。
おそらくジュリアスにも苛立ちがあるのだろう。
キツイ言葉を返してしまうのは、彼女の主張にも一理あると思っているからだ。
「理想がないと、前には進めないよ。 あんたの気のすむようにしたらいい。
 どちらも間違いじゃないからこそ、ぶつかるんだ。 そこから新しい道を見つけることができるように、もっともっとぶつかんなよ。」
「でも…。」
「みんなが一番いい道を探してるんだ。悪いことが起こるはずなんてない。そうでしょ?」
真面目な言葉と一緒に軽いウインク。
「そうですわね…。あの惑星にとって、一番いい道が正しい道なんですのね。」
彼女の頬が胸にあたって、穏やかな呼吸が聞こえてくる。
もう、きっと大丈夫だ。


私は立ち上がり、冷めてしまった紅茶の代わりにコーヒーを淹れた。
ちょっと刺激的なほうが、頭もクリアになるかもしれない。
それに時には癒すことよりも、ぶっ飛ばすくらいな勢いがいいこともある。
香りですぐに分かったのだろう。彼女が顔をしかめている。
舐めるようにゆっくりとカップを傾けて、口に含むたびに難しい顔だ。
「美味しい?」
「…正直に申し上げると、あまり。」
「そっか。」
私もカップを傾け、こげ茶色の液体を飲み込んだ。
やはり苦いばかりの気がして、顔をしかめてしまった。

ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
なんの言葉もないけれど、穏やかに時が過ぎていく。
私と彼女がこうして同じ時間を過ごすようになってから、もうどれくらいたつだろう。
多分、同じ思いを抱えているはずなのに、お互いにあと一歩を踏み出そうとはしてこなかった。
なのに今日は、麻薬のようなコーヒーの香りが、私の脳を刺激する。

「ね、明日の朝、一緒にコーヒーを飲まない?」
そう言ってみたのは、冗談でも、嘘でも無くて。
嫌いなコーヒーの誘いを、彼女が受けてくれたなら、その一歩の始まりになるかもしれない予感がしたから。
ちょっとびっくりした青い瞳が私を見つめている。
「明日だけ、ですの?」
「ずっとでも、勿論いいけど。」
もう言葉遊びのような駆け引きは必要ない。
頷くように目を伏せた彼女を、私は抱き上げ、寝室へと連れて行った。


翌朝。
私は約束通り、ベッドの彼女にコーヒーを運んだ。
一口口に含んだ彼女はやっぱり顔をしかめている。
私もベッドに腰を下ろし、彼女の腰を抱き寄せた。
胸にしなだれかかる彼女の長い髪。わずかに残る薔薇の香りに誘われて、私は艶やかな唇に触れた。
深い深い口づけに、飲んだばかりのコーヒーの味が混ざり合う。
「やっぱり紅茶にしようか?」
私は彼女の手からコーヒーのカップを奪い取り、サイドテーブルに置いた。
「ええ。わたくしもコーヒーは…。」
なぜか顔を赤らめた彼女に、私はニヤリとほほ笑んだ。
ひょっとして彼女も、私と同じことを思っているのだろうか。

「キスの味がわからなくなっちゃった。もう一回、ちょうだい。」
私は再び彼女の唇に口づけを落とすと、そのままベッドに押し倒した。
紅茶を淹れるのはもう少し後でいい。
コーヒーのせいでわからなくなってしまったキスの味がわかるようになるまでは、こうして彼女を抱きしめていたいから。


FIN
Page Top