Four leaves, For dreams

「あ…。」
石畳に小さな金属が落ちる音。
慌てて足を止めたロザリアは、少し後ろに転がった小さなモノに手を伸ばしかけた。
けれど、小さなそれは、すぐに押し寄せて来た大勢の子どもたちの波に飲み込まれていってしまう。
目で追いかけたけれど、キラッと一度光を弾いたきり。
ようやく人通りが途切れた時は、すでにどこにもなくなっていた。

「おい、あぶねーぞ。」
ゼフェルは、子供たちの中に飛び込もうとするロザリアの腕をぎゅっと掴んだ。
いつも冷静な彼女にしては珍しい。
ゼフェルに腕を掴まれたロザリアは、子供たちをじっと見つめていたかと思うと、ふっと悲しそうに目を伏せた。
穏やかな気候の飛空都市。
午後の庭園には楽しそうに遊ぶ子供たちがひっきりなしに訪れている。

ようやく子供たちが途切れると、ロザリアはゼフェルの手を振りほどき、元来た道へと走っていった。
そして石畳にしゃがみこんだかと思うと、青い瞳を真剣に辺りへ向け、なにかを探しているようだ。
ゼフェルも彼女の近くにしゃがみ、声をかけた。
「なにしてんだ? 落としモンか?」
「ええ。」
真剣な声にゼフェルも思わず辺りを見回した。

「…なんなんだよ。 落としたのはよ。」
ロザリアがこんなに必死になって探すもの。
きっと立派で高価なものに違いないと思ったからだ。
「この先に付けていたトップですの。 クローバーの形をしていますのよ。」
首に下げられているプラチナのチェーンを右手で握りしめ、ゼフェルを見ることもなく、ロザリアはしゃがみこんでいる。
「プラチナの小さなものですわ。…どこへ行ってしまったの…?」
焦れたような声と泣きだしそうに歪んだ顔。
ゼフェルも一緒になって、彼女の言う小さなペンダントトップを探し始めた。

「ねーな。」
あれからも人は次々とやって来て、石畳を通り過ぎていくけれど、ペンダントトップは見つからない。
結局、数十分探し続けて、ロザリアも諦めたのか、立ち上がった。
「…もう、よろしいですわ。」
言いながらもロザリアはまだ石畳を見つめている。
その日一日中、上の空だったロザリアを、ゼフェルは苦い思いで見つめていた。


よく眠れないまま、朝を迎えたゼフェルは、まだ誰もいない聖殿にいた。
昨日のロザリアの表情がちらついて、頭から離れない。
いつも嫌味なくらい尊大で、気丈な彼女が見せた憂い顔。
家でベッドに横になっていても、寝不足の頭の奥がガンガンとするだけで、身体は眠いのに、心が眠れない。
どうせなら、と、早々に聖殿に来たのだ。

なんとなく執務机に座り、たまった書類をぼんやりと眺めてみる。
急ぎのものにだけいくつか目を通して、わきへと積み上げた。
けれど結局、頭の中に浮かぶのは昨日のことばかり。
一体誰からもらったものなのか。
ロザリアが失くしたという、クローバーのペンダント。
書類を見ていることに飽きると、ゼフェルは執務室の長椅子にごろりと横になった。
柔らかなクッションが背中を包み込む。

聖地に来るまでは、床にそのまま寝転ぶのが当たり前だった。
けれど、慣れというのは恐ろしいもの。
いつのまにかこうして長椅子に寝転がるのが当たり前になり、飛空都市に来てからもそれは変わらない。
当たり前だけれど、変わらないと思ったことも、少しづつ変わっていく。

聖地の執務室とはまた違う天井の模様をぼんやりと眺めていると、昨日のロザリアの顔ばかりが思い浮かんでしまう。
もしかして下界にいる恋人にでももらったものなのだろうか。
「あんな可愛げのねー女に恋人なんかいるわけねえか。」
呟いてみたものの、心の奥で即座に否定する、もうひとりの自分に気付く。

たしかに第一印象は最悪だった。
可愛げがないし、態度はでかい。偉そうで生意気で。数え上げればキリがない。
けれど、それ以上に、キレイで純粋で、一生懸命な女。
不器用で人見知りな、自分にどこか似ている女。
ただムカつくだけだった第一印象の殻が取れてみれば、ゼフェルにとってロザリアは気になる存在になってしまっていた。
初めて感じる想いは、不器用なゼフェルをますます不器用にしているようで。
傍にいると面倒なのに、傍にいないと落ち着かない。
もう今は、ロザリアの前で何気ないふりをするのが精いっぱいになっている。
「くそ!」
しばらくぼんやりしていたゼフェルは、いてもたってもいられなくなって部屋を飛び出した。


「おい!」
「きゃっ!」
いきなり部屋に現れたゼフェルにアンジェリークは目を丸くした。
まだ早朝といってもいい時間なのだから。
「今日、ヒマだったらよ、その、付き合えよ。」
「えっ。」
アンジェリークが驚くのも当然だ。
ゼフェルとロザリアがイイ感じなのは、傍で見ていればだれでも気がつく。
バレていないと思っているのは当人同士だけだろう。

「わ、わたしとですか…?」
「ああ? 他に誰がいるってんだ?」
明らかに見下ろした目には、恋愛の欠片も感じられない。
なにか理由があるのだとピンと来たアンジェリークは、大人しくゼフェルについていくことにした。

ついた先はゼフェルの執務室。
およそデートの雰囲気のない場所に、逆にアンジェリークはほっとした。
もし、森の湖にでも出かけて、ロザリアに会ったりしたら大変なことになってしまう。
アンジェリークは雑然とした執務室をきょろきょろ見回し、なんとか座る場所を見つけると、そこにちょこんと腰を下ろした。
こうなれば、とことんゼフェルに付き合おう、と覚悟を決めたのだ。
たぶん、ロザリアに関わることだろうから、親友としては放っておけない。

一方、ここまで勢いよくアンジェリークを連れて来たゼフェルはといえば、執務机に腰掛けた状態で「あ~」だの「う~」だの意味不明な呻きを繰り返している。
アンジェリークはお茶の一つも出ないのか、と心の中でため息をつきながら、辛抱強くゼフェルの言葉を待った。
ようやく、彼が口を開いたのは、およそ20分後。
アンジェリークが舟を漕ぎ始める寸前のところだった。


「おい、あのよ、あーと、なんだ。…おめー、あいつがいつもつけてたペンダント、知ってるか?」
「は? ペンダントですか?!」
あいつ、というのが誰かは聞くまでもない。
アンジェリークは少し考えて、すぐに思い出した。
「はい! あのクローバーのペンダントですね!
 ロザリアが付けるには可愛らしすぎる気がして、わたしも気になっちゃったから、良く覚えてます。」
「そうか。 …あのよ、あれ、誰がくれたかとか、その、そういうのは…。」
もごもごと口ごもるゼフェルの顔が妙に赤い。
アンジェリークは笑いを噛み殺しながら、話し始めた。

「あれ、女王試験の前にお父さんからもらった、って言ってました。
 四つ葉のクローバーって幸運を運んでくれるっていう、伝説があるんです。 …ゼフェル様は知らないでしょうけど。
 だから、ロザリアはあのペンダントが女王になれるお守りだって話してくれました。
 ロザリアったら、『あんたにも幸運を分けてあげるわ。』なんて、わたしにも触らせてくれたんですよ。
 ライバルなのに・・・。
 あ、でも、ロザリアはライバルだって言いながら、いっつもわたしの面倒を見てくれるんです。
 この前の土の曜日も定期審査の後…。」
「だー!! もういいってーの!!」
アンジェリークの話はまだまだ続きそうだったが、ゼフェルはそれを大きな声で遮った。
女のキンキン声は寝不足の頭に突き刺さってくる。
不機嫌そうに舌打ちしたゼフェルに、アンジェリークは小さく舌を出して、口をつぐんだ。

「ゼフェル様、あのペンダントがどうかしたんですか? もしかして、壊しちゃったとか?
 そういえば、朝ごはんのとき、ロザリア、やけにため息をついてましたけど。」
「そんなんじゃねーよ。」
壊したのなら、現物があるし、いくらでも直せる。
けれど、あのペンダントは、もう手元にないのだから、直しようがない。
しばらく考え込んでいたゼフェルはふいに顔を挙げると、アンジェリークをじっと見つめた。


「おめー、ペンダントの形とか覚えてるか?」
真剣な声にアンジェリークも思わず真顔になってしまう。
まるで悪だくみをする悪代官と商人のように、顔を突き合わせる二人。
「うーん。大体は…。っていうか、普通の四つ葉のクローバーですよ? ちょっと茎のところが長いくらいの…。」
アンジェリークは薄い記憶をたどって、ペンダントを思い浮かべてみる。
本当に普通のクローバーだった。
「あ、葉っぱの付け根のところに小さなダイヤみたいなのが付いてました。」
「そういうことを思い出せっつってんだよ!」

じろっと睨まれた上に、強い口調で言われたアンジェリークは、つんと唇を尖らせた。
「そういう言い方されると、何も思い出せなくなりますよ~。」
「なに?!」
「そうだ、わたし、やりたいことがあるんですよね~。ちょっと力仕事なんですけど。」
「はあ?!」
「誰か手伝ってくれないかな~。」
「おい…。」
「お手伝いしてくれたら、記憶力が蘇りそうなんだけどな~。」
「ったく、女ってのはこえー。 …なんだってんだよ。」

火花を散らす攻防戦に勝ったのは、もちろんアンジェリークで。
「えっと、部屋の片づけをしたら、ものすごくごみがいっぱい出たので、捨てるのを手伝ってほしいんです。」
「そんだけか?」
「あと、ルヴァ様からお借りした本を返すのと、マルセル様のお庭の穴掘りと、リュミエール様のお部屋に頼まれてた花を運ぶのと…。」
「わかった。 そのかわり、おめーもイイ仕事しろよ?」
「もちろんです!」
勢いよく胸を叩いたアンジェリークと苦虫を噛み潰したようなゼフェル。
協定が結ばれた二人は、大きく頷きあったのだった。



数日後。
聖殿の廊下を歩いていたアンジェリークにロザリアが声をかけた。
「今からどこへ行くつもりなのかしら? わたくしはルヴァ様のところで育成の進め方の検討をするんですの。
 あんたみたいなおバカさんでもわかるように説明してもらえるから、ついてきてもよろしくてよ。」
相変わらずの高飛車な口調だが、言っていることをよく考えれば、親切なのだとわかる。
アンジェリークはぴたりと足をとめた後ふりかえると、微妙な笑顔を浮かべた。
「ご、ごめんね。 ちょっと今日はもう予定があって…。」
「まあ、そうなんですの。 じゃあ、仕方がありませんわね。 あとで、わたくしの部屋にいらっしゃいな。教えて差し上げるわ。」
「うん! ありがとう!」

そそくさといった雰囲気で小走りに去っていくアンジェリークの背中に、ロザリアは首をかしげた。
このところ、アンジェリークはどうも様子がおかしい。
なにか隠し事でもしているのか、ロザリアを避けているような気さえするのだ。
寂しくない、といえばウソになる。
初めてできたと思った大切な友達に、もう嫌われてしまったのかと思えば、泣きたいくらいだ。
けれど、素直にそれを問いただすことのできない自分の性格も分かっている。
ロザリアはアンジェリークの消えた方に向かって、小さくため息をつくと、ルヴァの部屋に歩き出した。


ルヴァとの議論はとても有益なもので、ロザリアは満足して部屋を辞することが出来た。
ドアを閉め、ふと気がつくと、少し先でアンジェリークの声が聞こえる。
どこから聞こえてくるのか、なんとなく胸騒ぎがして、ロザリアは声のする方へ足を向けた。
思った通り。
アンジェリークの声はゼフェルの執務室から聞こえてくる。
話している内容まではっきりとは聞き取れないが、なにか楽しげに言い合っているようだ。
ゼフェルが「うるせえ!」と怒鳴っているのが聞こえて、ロザリアは目を伏せた。

ゼフェルは無作法で口が悪くて、態度も最悪だ。
けれど、繊細で人の心に敏感で、嘘の付けないまっすぐさがある。
どことなく自分に似ている気がして、いつの間にかロザリアはゼフェルに親しみを感じるようになっていた。
初めて異性に対して、感じた気持ち。
友情、なのか、それとも。
ロザリアは手のひらを胸元に当てて、すぐに手を下した。
今まではその場所に父からもらったペンダントがあったのだ。
『立派な女王になれるように』
父の願いを、ペンダントを意識することで確認していた。
でも、今は、それがない。
ゼフェルの声が聞こえてくる。
ドアをノックして、二人がなにをしているのか、確かめたい。
けれど、ロザリアは、ドアを恨めしげに一瞥しただけで、なにもできなかった。
もしも二人が、ロザリアの見たこともないような親しげな顔をしていたら。
逃げるように走り去ったロザリアは、自分がとてもみじめな気がした。



それから10日ほど経って、ゼフェルはようやく、まともに執務をしていた。
ここのところずっと、執務室に来ていても、別のことにかかりきりだったのだ。
たまりにたまった書類や、育成の処理も限界に近い。
いつもならこれだけたまっていれば、見るだけで嫌気がさしてくるのだが、今日は違う。
できあがった満足感と、それに対する期待。
入り混じった複雑な感情のせいで、どうにも落ち着かない。
けれど、それが結果として、ゼフェルを執務へと向かわせることになっていた。
なんとか片付くめどがついたのは、お茶の時間に近い頃。
じっと時計を見たゼフェルは、なにかをポケットにしまい込むと、執務室を飛び出した。


探し回って、ようやくロザリアを見つけたのは、図書館の中。
ゼフェルは彼女の前に立つと、「おい、ちょっと来いよ。」と、小さく声をかけた。
視線を机の上の本から外したロザリアは、ゼフェルをじっと見上げている。
その青い瞳が、なんとなく怒っているように見えて、ゼフェルはつい、イライラと机に両手をついた。
バン、と、大きな音が図書館に響いて、空気が震える。
ロザリアは不快そうに眉をひそめると、再び視線を本に戻した。

「おい、オレの声、聞こえてんだろ?」
「聞こえておりますわ。 …アンジェなら、ルヴァ様とカフェにいますわよ。」
つんとした声で、意味のわからない事を言うロザリアを、ゼフェルは舌打ちして見下ろした。
可愛げがないのは相変わらずだ。
しかも、今日のロザリアは、また初めのころのような硬い殻に身を包んでいる。
ゼフェルはいきなりロザリアの読んでいた本を机から取り上げた。

「なになさるんですの!」
自分の上げた大声に、ロザリアは口をつぐむ。
ほとんど人気がないとはいえ、ここは図書館なのだから、大きな声を出してはいけない。
そのすきにゼフェルは、本を持って図書館の外へと歩き出していた。
背後の気配で、ロザリアが迷いながらもついてくるのがわかる。
時々、「返して下さいませ!」だとか、「どこまで行くつもりなんですの!」 という声が聞こえてきたが、ゼフェルは全部無視していた。
すたすたと歩くゼフェルに、ロザリアは付いて行くのがやっとのようだ。
一足先に着いたゼフェルが森の湖のほとりに立っていると、息を弾ませたロザリアが、急に走り出してくるのが見えた。

「ほらよ。」
ゼフェルが手にしていた本を差し出すと、ロザリアは顔を真っ赤にして、それをひったくるように受け取った。
「あ、あなたは、どうして!」
「おめーがわりいんだろ。 何べん呼んでも返事もしねー。」
「だからって、こんな!」
「うるせえな! おめーが最初っからついてきてりゃあ!」
「御用件をおっしゃていただければ、わたくしだって!」
「言えることと言えねーことがあんだよ! このバカ女!」
「なんですって!」
ますます顔を赤くして、突っかかってくるロザリア。
ほんの少しのにらみ合いのあと、ゼフェルが大きくため息をついた。


「やめだ。…こんなことしに来たんじゃねー。」
目をそらしたゼフェルはごそごそとポケットを探っている。
急に放り出されたロザリアは、振りあげたこぶしをゆっくりと下ろし、ゼフェルの動作を見守った。
「これ、やる。」
ゼフェルは、取り出したモノをロザリアの手に押し付けた。

勢いで、つい受けとったロザリアは、改めて、それを目の前に掲げ、まじまじと見つめた。
キラキラと輝く細いシルバーのチェーン。
そのさきに、小さな飾りが一つ。
「これは…。」
ロザリアはチェーンをたぐり、掌に飾りをのせる。
木々の隙間から零れる日差しを受けて、キラキラと輝く小さなクローバー。
それは、ついこの間失くしてしまったペンダントによく似ていた。

「こないだの時、おめーが落としたって落ち込んでただろ?
 すんげえ大事なもんなんじゃねーのかって、気になっちまってよ。
 アンジェリークに聞いて、なるべく似たように、作ってみたんだ。」
いろんな事を言うつもりだったのに、いざとなると、上手く言葉が出てこない。
ゼフェルは視線を泳がせたまま、ぶっきらぼうに告げた。

ロザリアもじっと黙り込んだまま、ペンダントを見つめている。
長めについた茎も、葉の根元に小さな石がついているところも、以前のペンダントと同じ。
けれど、ゼフェルのくれた方は、クローバーの葉の形が一枚一枚違い、葉脈も手彫りで繊細な細工が施されている。
以前のモノよりも、手が込んでいるのは間違いないだろう。

『アンジェリークに聞いて』
ゼフェルの言葉を思い出して、ロザリアはきゅっと胸が痛くなった。
このところゼフェルの執務室にアンジェリークが通っていたのは、このためだったのだと、思い当ったから。
そうとわかればアンジェリークの不審な様子も、ゼフェルの態度も全部納得できる。
でもそれならば、どうして。
ロザリアは、クローバーを光にかざしながら、まだ割り切れない醜い感情が消えて行かないことに気がついた。


ふと、風が通り過ぎて、滝の水音の音色が変わる。
その音に弾かれるように、ロザリアが口を開いた。

「これは三つ葉ですわ。 わたくしのペンダントが四つ葉だったのを、アンジェリークなら知っているはずですのに。」

もし本当にアンジェリークに聞いていたのなら、ゼフェルだって知ることができるはずだ。
嘘なのか。
それとも、四つ葉のクローバーを捧げるには、ロザリアはふさわしくないということなのか。
ゼフェルが花言葉を知っているとは思えないけれど、ロザリアは気になってしまった。

「…おめーなら知ってんだろ? 四つ葉のクローバーの意味ってヤツをよ。」
相変わらずゼフェルはロザリアの顔を見ないままでいる。
ちらりと目に入ったゼフェルの横顔がほんのりと赤らんでいて、ロザリアまで体温が上がってきた。

「これ作るのに、マルセルにクローバーを見せてもらって、そんときに話を聞いたんだ。
 四つ葉は幸運を運んでくれるんだろ?
 おめーの父親が、女王になれるように願いを込めてプレゼントしてくれた、ってのもわかるぜ。
 でも。」

少しの沈黙の後、ゼフェルはロザリアをまっすぐに見つめた。
真摯な真赤な瞳に射竦められて、ロザリアもまっすぐに見つめ返すしかない。

「おめーなら、幸運なんかに頼らなくたって女王になれる。
 誰よりもスゲー女王に。」

「ゼフェル様…。」
少しの揺らぎもない、ゼフェルの言葉がロザリアの胸に響いてくる。
生まれながらに女王の資質を持ち、女王になることが当たり前だと思って、この地に来た。
けれど、試験を過ごすうちに、迷うようになったのも本当だ。
このまま女王になって、後悔はしないのか、と。
ロザリアは、なぜか痛みを感じる自分の心に気が付いていた。
女王にふさわしいと言ってくれるゼフェル。
その言葉を本当なら、何よりも喜ばしいと思わなければいけないはずなのに。

「わたくし、女王になりますわ。誰よりも立派な女王に。」
ロザリアはその痛みに蓋をして、にっこりとほほ笑んだ。



髪を結いあげて、女王の冠を乗せる。
ロングドレスに金の翼とベールをつければ、女王の正装だ。
「ロザリア! …じゃなかった、女王陛下、ご準備はよろしいですか?」
扉の向こうからちょこんと顔を出し、金の髪をのぞかせているのは、補佐官のアンジェリーク。
「ええ。 今日の議題はなんだったかしら?」
ドレスのスカートを軽くつまみ、ロザリアは優雅なしぐさで歩き出した。
ロザリアが女王になって、もう数か月。
すっかりその姿も聖地になじんでいる。

「えーっとね。 ジュリアスがどこかの惑星を早急に調査したい、って言ってたのと、…ゼフェルが例の事故があった惑星から戻ってきた報告かな。」
「そう。」
ゼフェル。
処理のためとはいえ、危険な惑星へと出向いていった彼のことがずっと気になっていた。
無事ならば、それでいい。


ペンダントをくれた、あの日。
ゼフェルはロザリアにこう言った。
「おめーにまだ四つ葉はやれねー。」
「え?」
「女王になって、そんで、おめーかオレか、どっちが先かわかんねーけど、お互いにここから解放されて、二人で生きていけるようになったら。
 オレがもう一枚、葉っぱをつけてやる。」
ロザリアはぽかんとゼフェルの顔を見つめた。
なにかとてもロマンチックなことを言われているような気はするのだが、ゼフェルという人物のせいもあって、よくわからない。

「鈍い女だな。 女王じゃなくなったら、四つ葉のクローバーにしてやるって言ってんだよ!」
「それは…?」
まだ呑み込めないロザリアにゼフェルは小さく舌打ちをして、そっぽを向いた。
「ほら、アレだ。 なんつーの? 花言葉?」
ゼフェルは真っ赤になって、銀色の髪にガシガシと手を入れると、頭を振っている。
四つ葉のクローバーの花言葉。
ふわふわしている頭を絞って、それを思い出したロザリアの顔が一気に赤くなった。

「とにかく、そういうことだ! だから、おめーは女王になれ! わかったか!」


ふっと思い出し笑いをこぼしたロザリアに、アンジェリークが不思議そうに首をかしげている。
「陛下? どうかしたの?」
「ふふ。なんでもありませんわ。」

いつか、お互いになんのしがらみもなく、生きていけるようになったら。
ゼフェルがくれる四つ葉のクローバーが、真実の愛を運んでくれるだろう。
その日まで、大切に育てておきたい。
ロザリアは胸の三つ葉のペンダントにそっと手を当てると、会議の間へ急いだのだった。


FIN
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