むすんでみせて

今日も聖地は晴天。
女王試験の開始からほぼ3カ月。
予想通りというか、序盤の大きなリードもあり、育成はロザリアがかなり優勢の状態だった。
窓が開け放たれた図書館は風が通り抜けるように作られていて、今日のような風の強い日はいささか不便でもあった。
バサバサと風が資料をなでる。
大切なコピーが飛び散らないようにロザリアは分厚い本で重しをした。
懸命に文字を追う瞳は知性の輝きに満ちている。
どうにもおさまらない風に青紫の長い髪がゆるく流れた。
きれいにカールされた髪も風のいたずらで少し崩れ気味だ。

ロザリアはあたりを見回した。
「どなたもいらっしゃらないみたいね。」
ひとりでうなづくと、ポーチの中からゴムをとりだした。

(本当はあまり好きではないんですけれど。)

いわゆる「おばさん結び」に髪をひとまとめにすると、今まで集中を邪魔していたものがなくなり、すっきりした。
貴族の淑女としてはこの髪型はあまりほめられたものではない。
ばあやが見たら「そのようなお姿はお嬢様にはお似合いになりません!」とでも言って、アップにでもするのだろうが…。
ひとりでいる以上、できる範囲にまとめるしかない。

(誰も見ていませんものね)

改めて資料に向き合うと、いつもの集中を取り戻した。


(お、今日もいやがる・・・)

昼寝スポットに最適な窓際の特等席。
いつももごとく執務室を抜け出したゼフェルは「自分の席」に女王候補の姿を見つけた。
「自分だけの特等席」は近頃この女王候補に取られ気味だ。
しかし、まじめに勉強している者に対して「どけ。」とはさすがのゼフェルも言えない。
しかも努力を重ねる姿をみると、なんとなく心がざわざわする。
常に進歩する器用さに追いつくためにゼフェルも新しい技術を学んでいる。
何かを学ぶことは嫌いではない。
だからこの女王候補の姿を認めると別の場所へ移動するのが常なのだが。

(なんだぁ、あの恰好は)

髪を一つに結んで、周囲に本で壁を作っている。
絵にかいたような「ガリ勉」だ。おもわず笑い声が漏れた。

笑い声に気付いたロザリアが顔を上げると、ロザリアの顔が真正面にゼフェルの瞳に映った。
顔の周りの髪がなくなって、もともとの美しい顔がまともに目に入る。
いつもより少しくだけた感じに見えて、年相応の少女の顔があった。
青い瞳がとても眩しい。
ゼフェルの胸がとくん、と音を立てた。

「なんですの!笑ったりして失礼ですわ!」
口調がきつい。
恥ずかしいのか真っ赤になって抗議するロザリアをゼフェルは「かわいい」と思ってしまう。

(何考えてんだ、オレは。)

「ガリ勉みたいだぜ。みたいじゃなくて、事実かもしんねーけどな。」
憎まれ口で気をそらそうとがんばる。

「なっ。」
ロザリアはあわてて髪をほどいてにらみつける。
ツンと顎を上げていつものようにゼフェルを見るが、カールの崩れたロザリアはいつものようにとっつきにくい感じではなかった。

「いつもそうやってろよ。そっちの髪型のほうがいいと思うぜ、オレは。」
ますます真っ赤になるロザリアに「しまった。」と思うけれど、もう遅い。

「じゃまになんねーだろ。遊びに行くときもよ。」
「え?」
首をかしげるロザリアに勢いで言った。

「今度の日の曜日に、どっか連れてってやっからよ。動けるように髪はむすんでこいよ。」
さっきみたいによ、と続けたゼフェルは照れたようにそっぽを向いた。
生まれて初めてのデートの誘いはちっとも器用じゃなかったけれど、しばらく固まったロザリアがにっこり微笑んでした返事は、
もちろん「イエス。」

髪をポニーテールにしたロザリアが、ゼフェルと連れ立って歩くのを見て、聖地の人々が驚くのはもうすぐ。


FIN
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