今日から始めよう

オリヴィエ×ロザリア

1.

それはある日のこと。
オリヴィエが気分転換に聖殿の中庭をぶらりと散策していた日のことだった。
「ねえ、ロザリアとオリヴィエはつきあってるの?」
突然耳に飛び込んできた女王アンジェリークの声に、オリヴィエは足を止め、柱の陰に身を潜めた。
そっと様子をうかがってみると、中庭の東屋に女王と補佐官ロザリアが座っている。
きっと彼女たちも気晴らしに散策に出たのであろう。
中央のテーブルには、携帯用のジャグとカップが置かれていて、ちょっとしたティータイムを呈している。
ハンカチに盛られた小さめのアーモンドクッキーはおそらくロザリアの手作り。
美味しさはオリヴィエの舌でも実証済みだ。

「つきあってる? いいえ、そんなことはありませんわ」
カップを手にしたロザリアが小首をかしげて、うっすらと微笑んでいる。
女王補佐官らしい、美しい笑みだ。
「え!そうなの?! わたし、二人はてっきりつきあっていると思っていたわ~」
アンジェリークは心から驚いた様子で目を丸くして、若干食い気味にロザリアの方へと身を乗り出している。
女王としてはいささか下品だが、興味津々なネタなのだから仕方がない。

実はオリヴィエもかなり驚いていた。
オリヴィエ自身、ロザリアとはつきあっている、と思っていたからだ。
毎週とは言わないけれど、そこそこの頻度の週末のデート。
ランチも予定が合えば、一緒に過ごしているし、お茶の時間だってそうだ。
女王試験の頃から、なにか困ったことがあれば、一番に相談に来てくれるし、二人だけの秘密だってある。
それなのに。

「だって、わたくし、つきあって欲しいなんて言われていませんもの。もちろん、オリヴィエとは一番の仲良しだと思っていますけれど」
がーん。
おそらく今のオリヴィエの心境を表すとしたら、この音だろう。
ショック、の一言。
たしかに言葉にしたことはないが、それとなく好意は伝えてきたし、わかっていると思っていた。
女王候補として初めて出会ったときから、下界の時間で足かけ10年。
聖地は時の流れが違うとは言え、それなりの時間をともにしてきたという自負もある。
それがただの友達レベルだなんて。
はあ、と、こぼれたため息とともに、オリヴィエは覚悟を決めた。
ロザリアの鈍感さは予想の遙か上で、はっきり言わなければ、この先もまるで進展する見込みはない


「あのさ、私達、ちゃんとつきあおうよ」
その日の帰り、ロザリアを待ち伏せたオリヴィエは、彼女を家まで送り届けると、そう告げた。
もっとカッコいいセリフやシチュエーションも考えてはみたけれど、一番ストレートな方法を選んだのは、今度こそ、彼女にしっかり理解してもらうためだ。
今日、この日から、自分たちはただの友達ではなく、恋人同士になるのだ、と。
「えっ。つきあう・・・?」
ロザリアは少し驚いた顔をしたけれど、すぐに花のような笑顔を浮かべ、頬を染めた。
補佐官の時は凜として強い女性なだけに、可憐で清楚な姿とのギャップで、オリヴィエの胸もときめいてしまう。
もともとロザリアはものすごい美少女なのだ。

少し間があったのが気になったが、
「はい。わかりましたわ。これからもよろしくお願いします」
きまじめなロザリアらしく、丁寧に膝を折る淑女の礼を返され、オリヴィエも頷いた。
普通なら、ここでキスの一つもするところだが、相手はなんと言ってもロザリアだ。
下手なことをしてはいけないと自重する。
「こちらこそよろしくね」
そう言って、二人で微笑み合うだけにとどめた。
急がなくても、時間はたっぷりある。
今は目の前のロザリアが幸せそうにはにかんでくれるだけで十分。
帰り道、オリヴィエの足取りがスキップだったことは、お月様だけが知る事実だった。



「ねえ、今度の日の曜日だけどさ」
告白の日から数日。
オリヴィエとロザリアは、爽やかな風に誘われるようにテラス席を選び、カフェで午後のお茶を楽しんでいた。
聖地は常春で、外でのお茶が本当に心地よいのだ。
恋人同士になったからと言って、急になにかが変わるわけでもない。
今までと同じように、お茶とケーキを食べながら、おしゃべりに花を咲かせていた。
「セレスティアで買い物でもしない?ちょっと欲しいものがあるんだよね」
これも別に珍しいことではない。
二人でセレスティアに行くのも、買い物をするのも、ずっと今までしてきたことだ。

ロザリアは紅茶を一口飲んで、
「ええ。その日は大丈夫ですわ。わたくしもちょうど買いたい物がありますし、ご一緒しましょう」
にっこりと微笑む。
「じゃあ、決まりだね」
細かなことは決めなくても、今までと同じように、ロザリアを迎えに行けばいいだけだ。
今までもずっとそうしてきた。

その時、口には出さなかったけれど、オリヴィエの胸に微妙な違和感の棘が刺さった。
つきあいだして最初のデートなのに、ロザリアは特に何も感じていないようだ。
補佐官としては百点満点の美しい所作でケーキを口に運び、甘みを噛みしめては、にっこりと微笑む。
まあ、たしかに、ここまでは今までと何も変わらないから。
恋人らしさなんてモノが急に出てくるはずはない。
オリヴィエは棘を振り払うように、自分自身に言い聞かせていた。



日の曜日、オリヴィエはいつもの時間にロザリアの私邸を尋ねた。
もちろんロザリアもきちんと支度をして、オリヴィエを出迎えてくれる。
清楚な白いワンピースに薄手のラベンダー色のカーディガンと上品なパンプス。
まだ暑いけれど季節的には秋に近い、この時期ぴったりのファッションだ。
補佐官の時よりも薄めのメイクもオリヴィエ好み。
きっとこの日のために時間をかけてオシャレをしてくれたのだと思うと、オリヴィエの気分も上がった。

澄んだ青い空が目に眩しいほどの好天。
綺麗に整備されたセレスティアの町並みを、二人は並んでぶらぶらと散策していた。
商店の立ち並ぶエリアは、店先にも賑やかに色とりどりの品物が並び、眺めているだけでも楽しい。
露天のジューススタンドで、生のフルーツを直接搾ったジュースを買い、飲みながら歩いたりもした。
「今日はどちらへ?」
オリヴィエの目当ては、新色のネイルとグロスだが、まずはロザリアが買いたいという物を探したい。
「あんたの行きたいところからでいいよ」
オリヴィエがそういうと、ロザリアは
「新しい茶葉を買いたいんですの
と、この頃お気に入りの銘柄をいくつか上げる。
「陛下もこのフレーバーティはシュガー無しで飲めますのよ」

楽しそうに話すロザリアの横顔に、オリヴィエはまた微妙な違和感の棘を感じた。
いつも通りのロザリアの笑顔。
もちろんそれはとても美しく、なんの問題もないのだが、あまりにもいつも通り過ぎて、彼女にとって今日という日が何でもない日なのではないかと思えてしまうのだ。
ちょっとくらい意識してくれてもいいのに。

茶葉の店を出て、オリヴィエはロザリアへと手を伸ばした。
彼女が持っていたショッパーを受け取り、空いた手を握る。
さりげなく指と指を絡めた恋人つなぎ。
ロザリアは繋がれた手に一瞬視線を落とし、すぐに頷いた。
「いやだった?」
内心の不安を押し隠して、きゅっと握った手に軽く力を込めると、
「いいえ。嬉しいですわ」
ロザリアはにっこりと笑う。
けれど、歩きながら
「恋人つなぎですのね。そうですわ、わたくしたち、おつきあいしているのでしたわ」
まるで言い聞かせるように、ぶつぶつ言っているロザリアに、オリヴィエはまたなんとも言えない気持ちになるのだった。