Side Charlie「はいはい、どなたさんですか~?」 パタパタと軽快なリズムを刻む靴の音。 何のためらいもなく、開かれたドア。 仮にも守護聖なのだから、もう少し威厳をもって対応してもいい気がするけれど。 「え? ええ?! ロザリア様?! 本物?! なんですの? もしかして宇宙の危機でっか?!」 ヘイゼルの瞳を真ん丸に見開いて、チャーリーは絶句している。 その顔がいかにも喜劇俳優のようで、ロザリアはくすっと笑ってしまった。 彼といるといつもこうだ。 ツマラナイ日常がなんとなく楽しくなって。 気が付けば笑っている。 「こんばんは。 間違いなく、ロザリアですけれど、宇宙の危機ではありませんわ。」 くすくす笑いの収まらないロザリアに、驚きの消えたチャーリーが破顔する。 「いや~、本物でっか! それに宇宙も平和やったら、何も言うことないですわ!」 「本当に。 いろいろありましたものね。」 意味ありげにロザリアが頷けば、つられたように、チャーリーもうんうんと頷く。 チャーリーと初めて会ったのは、この聖獣宇宙の女王試験だった。 商人として聖地に来た彼は、補佐官であるロザリアにとって、ただの協力者の一人にすぎなかった。 時々、女王の注文した怪しげな商品を届けに来ては、ロザリアの眉を顰めさせるような、それだけの人物。 そのころはまさかロザリアも彼に惹かれるとは思っていなかったし、接点もそれほどなかった。 それに恋に落ちる決定的な出来事があったのか、と問われれば、そうでもない。 ただ、3度目に出会ったアルカディアの地で、不安に押しつぶされそうになっていたロザリアを、いつも笑わせてくれたのがチャーリーだった。 どうでもいい商品の売り込みや、たわいもないダジャレ。 バカバカしいと思いながらも、彼といると、ロザリアは自然と笑っていた。 いつの間にか張りつめた気持ちを和ませたくなると、ロザリアの足は、チャーリーの店に向くようになっていて。 …会いたい、と思う気持ちが特別なものなのだと気が付いた時、宇宙は平和を取り戻していた。 聖地と下界の時の流れは残酷なほど違う。 実際、ロザリアにとっての数か月が、彼にとっては3年という月日だったのだ。 もう2度と二人の運命が交差することなどないと、諦めかけていたのに、また出会ってしまった。 しかも、今度は、同じ時間の流れの中で。 「…せやけど、ほな、なんで??」 頭にたくさんのはてなマークを浮かべた顔で、チャーリーは首をかしげているが、その反応も無理はない。 神鳥宇宙の補佐官であるロザリアと聖獣宇宙の守護聖であるチャーリーとは、直接の関係はほとんどないのだ。 こんな時間にロザリアが尋ねてくるなど、チャーリーにとってはまさに想定外。 天変地異にも近い出来事だろう。 覚悟を決めて来たものの、ロザリアはどう切り出そうかと、まだ迷っていた。 もしかしたら、チャーリーはロザリアを屋敷の中には入れてくれないかもしれない。 そうなれば、この薬は意味がないものになってしまう。 鞄の中で、ちゃぷんと液体が揺れた気がして、ロザリアは持ち手を握りしめた。 「なんや、重要なお話でもありそうでんな。 まだあんまり片付いとらへんけど、よかったら、中で話して…。 …あ、俺一人ですけど、そんなんちゃいますよ! 心配やったら、聖殿にでも・・・。」 一人で慌ててべらべらと喋っているチャーリーにロザリアはにっこりとほほ笑んだ。 「よろしいんですの? 中に入っても?」 優雅な笑みに、チャーリーは眩しそうに目を細めると、大げさに右手を胸に当てて、礼をとる。 そして腰を折り曲げて、中へと腕を回した。 「どうぞ! 俺の城へ! ・・・なんてな。」 「ではお邪魔しますわ。」 ごく当たり前に、ロザリアも礼を返して見せる。 まずは第一関門突破。 ロザリアはチャーリーに促されるまま、屋敷の中へと足を踏み入れた。 まだ開けてもいないダンボールや辺りに散らばるプチプチシート。 広い部屋はまだ引っ越しの真っ最中、と言った様相を呈している。 「えらいすんませんなあ。 まだ荷解きの最中なんですわ。 これでも、あんまり荷物は持って来んかったんですけど。」 チャーリーは頭を掻きながら、本当に申し訳なさそうにしている。 真新しい調度品だけがよそ行きの顔をして、部屋に鎮座しているのは、なんとなく情けなくて…笑いを誘う。 「…どなたかにお手伝いいただいては?」 思わず口にしたロザリアにチャーリーはぶんぶんと首を横に振った。 「私物はちょっと…。 見られたないもんも、ありますし。」 「まあ・・。」 ちらりとロザリアが視線を向けた先にあったダンボールを、チャーリーは慌てて、奥へと引きずっていくと、「ええと~。」と目を泳がせた。 いったい、何が入っているというのだろう。 不審には思ったが、追いかけることもできないし、今はそれどころではない。 部屋の真ん中にドンと置かれただけのソファに座り、チャーリーと向かい合った。 さっきまではまるで意識しなかったのに、向かい合ったとたんに、急に緊張が襲ってくる。 この屋敷に二人きり。 …そして、いよいよこれから。 一瞬の沈黙を破るように、 「あ、飲み物くらいなら、どっかにありますわ。 ちょっと待ってくださいね~。」 チャーリーはバタバタとキッチンに消えていくと、すぐにマグカップを2つ、手に持って戻ってきた。 「すんません。こんなんしかなくて。」 カップの中を覗き込んだロザリアは首をかしげた。 甘い香りは果物のようだが、微妙な黄色といい、どろりとした感じといい、ロザリアの知る飲み物とは少し違う。 チャーリーは子供のように笑うと、 「俺らにとってのソウルフード…やない、ソウルジュースです。 ミックスジュース、ですわ。 今までなかなか売ってへんのを、ウチの会社で作らせて、ペットボトルで全国販売にしよ思ってたんです。 まあ、これは試作品やな。」 「ミックスジュース・・・。」 一番強いのはバナナの香りだろうか。 あとはミカンかパイナップルか。 そのあたりの果物を牛乳で割った、というところだろう。 手にしたカップに口をつけようか、ロザリアが迷っていると、チャーリーがフイに手を叩いた。 「あ、ストロー! どっかにあったんで、待っといてください!」 また、チャーリーはバタバタと走っていく。 今がチャンスだ。 ロザリアはバッグから例の小瓶を取り出すと、大急ぎでチャーリーのカップに注いだ。 バッグに小瓶を戻したのと同時にチャーリーがひょっこりと顔をのぞかせて、ロザリアはビクッと震えてしまった。 「お待たせしましたわ~。 どうぞ! ロザリア様みたいなお嬢様やったら、こういうもんはストローで飲みますもんなあ。」 チャーリーはロザリアの動きに気が付かなかったらしい。 「え、ええ。」 満面の笑みで渡されたストローを受け取り、ロザリアはジュースを口に含んだ。 思った通り、甘いけれど、不思議とその甘さは嫌味ではなく、むしろほんのりとしていてまろやかだ。 「美味しいですわ。」 「ホンマですか?! いや~。嬉しいなあ。 ロザリア様みたいな口の肥えた方がおっしゃるんやったら、間違いなく売れますわ。」 ロザリアはほほ笑みを顔に張り付かせながら、チャーリーの動きを見守っていた。 早く飲んでほしい。 飲んでくれれば、あとは。 緊張で飛び出しそうな心臓を、無意識に抑えていた。 すると、 「あ! ロザリア様! 顔になんか付いてますよ?!」 チャーリーが何気ない調子で、自分の頬を指さした。 「え?」 ロザリアは慌てて、バッグから化粧ポーチを取り出し、その中の手鏡を覗き込んだ。 チャーリーの前でなんて醜態を、と思えば、恥ずかしくて、真正面を見れない。 少し俯いて、 「どこかしら?」 鏡の角度を変え、じっくり眺めてみても、ロザリアの顔には何もついていないように見える。 ただやたらと頬が赤くなっているのが気になるくらいだ。 「アレ? オカシイですな。 さっきはたしかになんか黒いもんがついとったんですけど。」 ふざけているのか、チャーリーはいつものように笑っている。 彼の奇妙な言動は、今に始まったことではないし、今のロザリアはそれどころではない。 さっとロザリアが鏡をしまうと、チャーリーはカップを持ち上げ、ジュースをごくごくと飲んでいた。 あっという間に中身は空だ。 「は~、やっぱり、美味いですわ。 ロザリア様もどうぞどうぞ。」 そこまで勧められて、残すのは申し訳ない。 ロザリアはストローをくわえると、ジュースを飲み干した。 「そんで、話っていうのは?」 急に真面目な顔になって、チャーリーが問いかけてくる。 ロザリアは両手をぐっと握りしめて、うつむいた。 言いたいことならたくさんある。 先週、セレスティアに連れて行ってくれたことへの礼。 それ以前にロザリアに宛てて聖地へ届けてくれた、たくさんのプレゼントへの礼。 そしてなによりも、自分の気持ち。 考えすぎたせいか、突然、ロザリアの頭がぐるぐると眩暈を起こし始めた。 頭が重くなって、ぐらり、と身体が傾く。 「え?」 自分の身体さえ支えられなくなって、ロザリアはソファから転がり落ちると、床の上に仰向けに倒れ込んだ。 あまりにも突然の出来事。 どれだけ力を込めても、指一本すら動かない。 何とか首を回して、チャーリーの方を見れば、彼は驚いて目を丸くしている。 「ろ、ロザリア様?!」 チャーリーはすぐそばに膝をつくと、真っ青な顔でロザリアを覗き込んだ。 「どないしたんですか?! なんや、気分でも?!」 「え、ええ…。 ちょっと…。眩暈が…。」 言いながら、ロザリアの心の中にむくむくと湧き上がる疑問。 この感じには記憶がある。 動かない体。 触れてもいないのに、つんと硬く立ち上がる胸の頂。 ジワリと熱くなる、身体の奥。 間違いなく、あの薬を試した時と同じだ。 量が多いのか、あの時よりももっと・・・・体が熱くてたまらない。 「ロザリア様…。 どうなっとるんですか?! 苦しいんでっか?」 チャーリーが声をかけても、ロザリアは返事をしない。 目を閉じたまま、頬を赤くして、荒い息を吐いている。 唇をかみしめて、眉を寄せ、何かにじっと耐えているような表情。 時折、吐き出される吐息さえ、妙に艶めいて、不謹慎だが、まるで、喘いでいるように見えてしまう。 「ん・・・・。」 ロザリアは必死に声を殺していた。 横たわったせいか、呼吸をするたびに、胸の頂が下着に擦れ、それだけで全身をビリビリとした甘い疼きが通り抜けていく。 もう頂きはジンジンとして痛いほどに尖っていて。 そしてその甘い刺激で、ますます体の奥は熱を帯び、知らずにぎゅっと腿に力を入れてしまっていた。 目の前が真っ白くなるような快感の波に、勝手に蜜があふれてくる。 ロザリアは、その快感を流そうとわずかに動かせるだけ、懸命に身体をよじった。 けれど、それはかえって体に刺激を与えることになって。 「ん。 あ。 」 ダメだと思っても、声が漏れてしまう。 ロザリアは、うっすらと目を開いて、チャーリーを見た。 「あの、ジュー、ス、?」 なんとか言葉を繋いで、ロザリアが尋ねると、チャーリーは困ったように 「すまん。 あんたのと、すり替えさせてもろた。 なーんか妙な動きをしとったもんで、ちょっとからかうつもりやったんや。」 顔の前で申し訳ないとばかりに両手をパンと合わせる。 「ん…。 あなたのせいでは、ないの。 わた、くしが・・・。 ジュースの中に…。ん。」 話している最中も花芯が痺れるような感覚は止まらない。 蜜がじわりと下着を濡らしていくのがわかった。 「なあ、…毒、やないよな? 俺、ロザリア様にそないに嫌われとったなんて、思いたないんやけど。」 榛の瞳が暗く翳った。 見ているロザリアまで楽しくなるようないつもの笑顔は影を潜め、チャーリーは辛そうに顔を歪めている。 ロザリアはなんとか首を横に振り、彼をじっと見つめた。 「ぁ・・・ん。 毒ではありませんわ…。」 「せやかて、あんた、そんなに苦しそうやんか。 毒と違うなら・・・。 …まさか…その手の薬…?」 信じられない。 26年間、下界で過ごしてきて、それなりの地位もあれば、金もあったから、当然、女に不自由などしなかったし、悪い遊びもたくさんしてきた。 商売でちょっと危険な薬を手にしたこともある。 チャーリー自身は試したことなどなかったけれど、その手の遊びは暇な金持ち連中にとっては格好の楽しみなのだ。 薬を使えば、愛を確かめるための行為が、ただの快楽に堕ちる。 「ご、めんなさい…。」 ロザリアの言葉は明らかにチャーリーの問いを肯定していた。 伏せた青紫の睫毛の端に、うっすらと露が滲んでいる。 「なんで? そんなこと?! なんで、あんたが・・・?!」 全く理由が思い浮かばなくて、チャーリーは口調を荒げた。 ロザリアが考える冗談にしては、たちが悪い。 チャーリーに薬を飲ませて、どうするつもりだったのか。 悪だくみをしそうな面々の顔が脳裏に浮かんで、つい舌打ちをした。 彼らにそそのかされたのだろうか。 笑いものにされるのは構わないが、ロザリアにこんなことをさせるのは許せない。 「なぜですって?」 瞳に浮かぶ露をぬぐうこともできずに、ロザリアは呟いた。 「…一度だけでも、あなたを、わたくしだけのモノにしたかったんですわ。 あなたがわたくしのことなんて、何とも思っていないことはわかっていますの。 コレットやレイチェルに向ける態度と、わたくしに対する態度では、全然違う事だって。」 聖獣の聖殿で、彼女たちと笑いあっているチャーリーは本当にのびのびとして、自然体で。 キラキラと楽しそうだった。 出かけたセレスティアのカフェで、ぼんやりしていた彼。 一緒に入った雑貨店で、「どちらがいいかしら?」と、二つの髪飾りを悩んでいたロザリアに、「どっちでもええんちゃう?」と返してきた彼。 あまりにも違う顔。 思い出すと苦しくて、押さえきれなくなった。 「好きなんですの…。 どうしてあなたを? って、何度も自分に問いかけましたわ。 自分でもわからないけれど…。」 ダメだ、と思ったのに、涙が目じりからこぼれていく。 「好き、ですの…。」 身体はまるで動かないし、相変わらず、あちこちがジンジンと痛いほど甘く疼いている。 絶えず与えられる快感のせいで、まともな思考もできていない。 こんな風に気持ちを伝えるつもりはなかった。 ただの遊びの振りをして、ニッコリと笑って別れるつもりだった。 明日からはまた、ただの補佐官と守護聖に、なれるはず、だったのに。 涙のせいで前も霞んで、チャーリーがどんな顔をしているのかもわからない。 きっと呆れて、言葉も出ないのだろう。 ふと、チャーリーがそばを離れていく気配に、ロザリアは大きく息を吐きだした。 それからすぐに、ごそごそとチャーリーが動く音が聞こえる。 バタバタとなる靴音。 ズルズルと何かを引きずるような音。 しばらく続いた物音がぱったりと途絶えたかと思うと、ロザリアの濡れた瞳に、そっとタオルが当てられた。 「すまん・・・。 キレイなタオルがなかなか見つからんかったや。 こんなんやったら、ちゃんと片づけといたらよかった。」 明らかにおろしたてのタオルは糊が残っていて、少し硬い。 けれど、チャーリーの手の動きがとても優しくて、ロザリアは彼のなすが儘に任せた。 「ホンマに…あんたはなんにもわかっとらん。 あんたに対する態度が陛下やレイチェルと全然違う? そんなん当たり前や。 好きな女の前で普通にしてられるほど、俺はまだ人間出来とらん。 緊張しておかしなこと言うてしまうんやないかって、セレスティアでもいっぱいいっぱいやった。 あんだけお膳立てしてもろうても、結局なーんも言えんかったしな。」 「おぜん立て?」 「そうや。 あんなん、偶然なわけないやろ? 俺の気持ちを知っとる、そっちの女王陛下さんが仕組んでくださったんや。 わざわざあんたの気に入るような店までレクチャーしてくれて、な。」 「…そうでしたの…。」 前の週にアンジェリークとも出かけていた理由がやっとわかった。 わざわざ練習までして…。 そこでハッとロザリアは思いだした。 『違って当たり前』『好きな女』 彼の言葉の意味は、ロザリアの思う通りだととっていいのだろうか。 思わずチャーリーを見つめたロザリアに、彼はとても優しく、笑った。 「…俺、あんたのこと好きや。 初めて会うた時からもう、あんたしかおらん、って心に決めとった。 おかしいやろ? 補佐官と一般人なんて、絶対に結ばれへんはずやのに。」 「チャーリー…。」 身体を動かすことができないロザリアは、ただじっとチャーリーの瞳を見つめていた。 いつも悪戯なヘイゼルの瞳から、嘘や偽りは一切感じられない。 真摯な光。 彼のまっすぐな想いがロザリアに流れ込んでくる。 「信じられへん、って顔しとるな。 しゃーない。 俺のとっておきの秘密を見せたるわ。」 おどけたように、チャーリーは引きずってきたダンボールを開けた。 さっき、慌てて隠していたダンボール。 チャーリーがひっくり返すと、中からは色とりどりの紙やリボンが零れ落ちてきた。 「これは…。」 「せや。 あんたがくれたお礼状とそれについとった飾り。 手紙はもちろん、こんなんも捨てられんかった。」 なにを送ったか、ロザリアも正確には覚えていない。 けれど、チャーリーの手の中にある袋は、たしか、アルカディアで手作りのお菓子を差し入れた時に使ったものだ。 ありきたりなビニールの小袋だが、薔薇のプリントが気に入って買ったことを覚えている。 「お菓子は食うたけど、これは、な。 おかしいやろ? 運命や、絶対にあんたと一緒になる、って思っとったのに、いざとなると、こんなもんや。 あんたからの礼状欲しさに、せっせとプレゼントを贈り続けて。 …こんなカッコ悪い男なんやで。俺。」 「そんな! カッコ悪いだなんて…。 わたくしの方が恥ずかしいことをしようとしていましたわ。 あなたの心が手に入らないなら…せめて身体だけ、一度だけでも、だなんて。 あなたの気持ちを無視するようなことをしようとしていましたのよ? わたくしこそ、…。」 想いを伝える勇気もなくて、振られるショックから逃げることばかり考えて。 本当に恥ずかしくて…会わせる顔もない。 チャーリーの視線を避けるように、ロザリアは顔を背けた。 ところがすぐにチャーリーの手がロザリアを引きもどし、再び見つめ合う。 いつも凛として潔癖とすら思えるロザリアの青い瞳が、熱に濡れて妖しいほどの煌めきを見せている。 捕らえられて、チャーリーの背筋を駆け上がる熱。 彼女の瞳の中に感じる欲望の色に、チャーリーの雄の部分が敏感に反応していた。 「ロザリア…って、呼んでもええ?」 敬称をつけない素のままの名前で呼ばれて、ロザリアの胸が震えた。 身体の奥が熱く疼くのは媚薬のせいなのか…近づいてくる彼の吐息のせいなのか。 目を閉じると唇に触れる熱。 初めてのキスはただの触れ合いから、すぐに互いを貪るようなものへと変わっていった。 「ん、あん…。」 熱に浮かされるように、舌を絡め合う。 誰に教えてもらったわけでもないのに、ロザリアは自然にチャーリーの舌を受け入れていた。 口内を動き回る彼に必死で答えようと、自分からも舌を伸ばしていく。 こぼれる吐息が混ざり合い、どちらのモノかもわからなくなって。 そこだけが意識を持っているように、他のことは何も考えられなくなった。 熱くて、荒々しくて…彼の想いがどれほどのものか、思い知らされる。 やがて、チャーリーの掌がロザリアのふくらみを包み込み、ゆっくりと揉み始めた。 「ん…。」 下着の奥ではじけそうなほどに硬く立ち上がった頂をチャーリーの指が掠めた時、ロザリアの身体は大きく震え、どろりとしたものが奥からあふれてきた。 直接触れられたわけでもないのに、足先まで快感が駆け抜けて、声を殺すこともできない。 「ぁ…。」 自分の中に感じる欲情に、ロザリアはギュッと目を閉じた。 恥ずかしい。 でも、気持ちがいい。 もっと触れてほしい。 相変わらず続く熱いキスはロザリアの身も心も蕩かしていくようで。 ふと唇が離れ、ロザリアは目を開いた。 つうっと二人の間を激しいキスの証の甘い糸が伝う。 真上からじっとロザリアを見下ろしているヘーゼルの瞳。 そこには確かな欲望の光が見える。 けれど、しばらく見つめ合った後、突然チャーリーはロザリアから離れた。 「あかん。 違う。 俺は、あんたをこんなふうに抱きたくないんや。」 チャーリーは横たわるロザリアに背中を向けた。 ずっと恋焦がれてきた女性。抱きたくてたまらない。 今なら彼女だって拒まないだろう。 薬で動けないという事を差し引いても…きっと今なら。 熱で潤んだ青い瞳やキスで赤く腫れた唇は、壮絶なほど艶めいて、チャーリーを誘惑する。 実際、チャーリーの下半身もズボンを破りそうなほど、硬くそそり立っていた。 でも。 「もっと俺のことを知ってもらいたい。 あんたのことをもっと知りたい。 やっと、好きやって言えたんや。 身体を繋げるんは、心が繋がってからでええ。 俺はあんたと、そういう付き合いをしたいんや。」 今ここで抱いてしまうのは簡単だ。 そこから始まる恋もあるだろう。 でも。 チャーリーはそばに転がっていたロザリアのバッグに目を止めると、バッグの中を探った。 そして取り出したのは、あの小瓶。 「これやな。…よし。」 蓋を取り、中身をごくごくと飲み込むと、無味無臭の水のような液体がすっと喉を通っていく。 なんの味もないことがかえって、この薬の効果を教えてくれる気がした。 「チャーリー! あなた…!」 まだ動けないロザリアが上げた声に、チャーリーはニヤッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。 「俺は好奇心旺盛なタイプでな~。 こんな面白そうな薬、見過ごせへんのや。 どんなんなるんやろ? 興味あるぅ~。」 チャーリーは言いながら、ごろりと、ロザリアの隣に横たわった。 彼女の手を握り、くすっと笑みをこぼす。 その顔はいつものチャーリーで、ロザリアも思わず笑みを返していた。 「まずは手を繋ぐとこから始めよ。 あとは…そやな。 あんたの子供のころの話とか聞かせてや。」 「え? わたくしの? …特に面白いことなんてありませんわ。 毎日、学校へ行って、バイオリンのお稽古や外国語のレッスンや…。」 「うわ~、やっぱりすごいお嬢様やったんやな。」 「あら、チャーリーだって、御曹司ではありませんの。」 「俺はな~、あんまりいい坊ちゃんやなかったで。…っと。」 突然、ぶわっと全身の血液が逆流するような感覚がおきる。 下半身に集まる熱に頭がくらくらとして、チャーリーは大きく息を吐いた。 ロザリアの薬はとんでもない作用だ。 息をするだけで、喉がくすぐられて、それすらも快感になる。 下半身の熱も尋常ではないほど溜まり、今すぐにでも吐き出したくてびくびくと波打っているのだ。 …体が動かなくて、本当によかった。 「チャーリー?」 黙り込んだチャーリーにロザリアは声をかけた。 彼の荒い息遣い、ぎゅっと寄せられた眉。 きっと薬のせいだろうと見当はついても、同じように動かない体ではどうしようもない。 「なんでもない…。ことはないけどな。 動かれへんから、なんも悪さもできへん。 せやから・・・側におって。」 「ええ。 だって、わたくしも動けませんもの。 ここにいますわ。」 「そやった。 そんなんも忘れとるやなんて、俺、やっぱり緊張しとるわ。」 二人で天井を見ながら、いろんな話をして。 時々、目を合わせて微笑み合って。 今までのどの時間よりも甘く濃密な時間。 それはまちがいなく、恋人としての二人の始まりだった。 先に薬の効果の切れたロザリアを無理矢理帰したチャーリーは、まだ動かない体でため息をついた。 これでよかった、という天使の心と、ヤッておけばよかったという悪魔の心がまだ争っている。 結局、天使の心が僅差で勝ったわけだが、そのことに後悔はない。 帰り際、 「なあ、キスしてくれへんか?」 そういったチャーリーに、ロザリアは恥ずかしそうにそっと頬へ唇を寄せてくれた。 薄らいでいたとはいえ、まだ薬の効果の残る体に、それはご褒美というよりも拷問に近かったが。 あの時のロザリアの可憐な微笑みは、きっと抱いていたら目にすることはなかっただろう。 幸せすぎて、勝手に顔がにやけてくるのだから困ったものだ。 「まだこれからやもんな。」 やっと同じ時間で彼女と同じ世界を見られるようになった。 ゆっくりと育てていけばいい。 お互いに、最初で最後の恋になるのだから。 しかし。 この後、二人が結ばれるまで、実に3年の月日がかかるとは、この時のチャーリーは知らなかった。 そして、お預けをくらうたびに、この夜のことを後悔することになるとは…まさにもちろん思ってもいないのだった。
FIN
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