Side Olivie「あれ? どうしたんだい。 こんな時間に。」 ドアが開き、オリヴィエがひょいと顔をのぞかせた。 こんな時間、と言われるほど、遅いつもりはなかったが、たしかに女性が男性を訪れる時間としてはふさわしくないかもしれない。 オリヴィエはすでに食事や入浴を済ませたのか、普段のメイク姿ではなく、シンプルなシャツとスラックスを無造作に身に着けている。 メイクして華やかなオリヴィエももちろん綺麗なのだけれど、ロザリアはこちらのオリヴィエの方が好きだった。 キレイな中にも男性らしさがあって、ときめいてしまう。 「ご、ごめんなさい。 実はお話したいことがあって…。」 嘘をつくのはどうにも苦手だ。 緊張を逃がすように、ロザリアは無意識にグッとバッグを握りしめると、オリヴィエを見上げた。 「急ぎの話なの?」 ロザリアが勢いよく頷くと、オリヴィエはわずかに眉を寄せた後、すぐにいつもの笑みを浮かべてくれた。 自己中なように見えて、優しいから。 きっと理由も聞かずに追い返す事はしないだろう、とロザリアが予想したとおりだ。 オリヴィエは洗い立ての長い髪をかき上げ、 「わかったよ。 わざわざ来てくれたんだし、とりあえず話っていうのを聞かせてもらおうかな。」 中へと招き入れた。 「ごめん、もうみんな下がってもらったんだ。 休みの前日の夜くらい、ゆっくりしたいからさ。」 オリヴィエがロザリアを連れて行ったのは、客間ではなく彼の私室。 私室と言っても、守護聖の屋敷だけあって、かなり広い空間を有している。 彼らしいセンスにあふれたプライベートな室内は、高級なものとチープなものが混在しているけれど、全てが見事に調和した不思議な空間だ。 オリヴィエは当たり前に整えられた客間よりも、好んでこの部屋を使っていて、親しい関係であれば、自らここへ通してくれる。 今までロザリアも何度も訪れたことがあった。 だから、このドアの向こうが寝室なのも、ちゃんと知っている。 「まずはお茶でも飲む? もうお菓子は出せないけどね。」 20歳までを下界で過ごしたオリヴィエは、自分のことは一通り自分でできるらしい。 それに人の手を煩わせることが面倒だと思っている節もある。 誰もいないというのなら、それは好都合だ。 ロザリアはオリヴィエが手ずから準備してくれた紅茶を一口含んだ。 緊張のせいか、喉がカラカラで、今にも心臓が飛び出しそうになっている。 お茶を淹れ終えた彼は向かいに腰を下ろし、ロザリアの緊張をどう受け取っているのか、焦らずに待ってくれているようだ。 けれど、こうして向かい合って座っていては、彼の紅茶に薬を入れる隙はない。 どうしようか、と、考えあぐねていたところに、 「で、話って何?」 急にオリヴィエに声をかけられたロザリアは手を滑らせて、カップを床に落としてしまった。 「ご、ごめんなさい。」 慌ててロザリアはカップを拾い上げると、壊れていないかを確かめた。 このカップが彼のお気に入りであることは、よくわかっている。 真っ白な陶磁に青い花が描かれ、金のふちどりと長い脚の優雅なカップ。 彼にしては珍しい、どちらかといえば地味な絵柄だが、高価な品であることは間違いない。 毛足の長い絨毯のおかげで、カップは割れずに済んだようだ。 「大丈夫でしたわ。」 ロザリアが安堵の息をこぼした途端。 「どこが大丈夫なの?! あんたの手にかかってるじゃないか。 熱くないの?! 」 オリヴィエは驚いているというよりも少し怒ったような顔をして、ロザリアの手からカップを取り上げる。 「え、ええ。 もう冷めかかっていましたもの。 本当に何ともありませんわ。」 ロザリアはオリヴィエの権幕に驚いていた。 ちょっと紅茶をこぼしただけなのに、なぜこんなに怒るのだろう。 「まったく、あんたは自分のことになると鈍感だから…。 気を遣いすぎなんだよ。 ちょっと待ってて。 タオル持ってくるから。」 そう言いおいて、オリヴィエは急ぎ足で部屋を出ていった。 一人残されたロザリアは思いがけない好機に、慌ててバッグから小瓶を取り出した。 彼の紅茶はテーブルの上に置かれたままで、まだ手も付けられていない。 ロザリアは震える手を何とか抑えながら、薬を数滴、カップの中へと垂らした。 本当のところ、どのくらいの量が適量なのか、ロザリアにもわからない。 たったひとなめしただけで、自分にはあれだけの効果があったが、オリヴィエはどうだろう。 透明な液体はカップの縁を辿り、何事もなかったかのように水面すら揺れていない。 バッグに小瓶を戻したと同時に、勢いよくドアが開き、タオルを数枚抱えたオリヴィエが部屋に駆け込んできた。 「冷やさなくて大丈夫? 火傷は痕が残りやすいんだから。」 「本当に大丈夫ですわ。 かかったのは袖口だけですもの。」 オリヴィエに紅茶のシミのついた袖口を見せると、ようやく彼は安心したのか、ドサリとソファに腰を下ろして、髪をかき上げた。 ロザリアのすぐ隣。 オリヴィエにとっては何でもない距離でも、ロザリアにとっては、思わず固まってしまうほどの近さだ。 「ちょっと見せて。」 オリヴィエはロザリアの手首をつかむと、無事を確かめるように何度も角度を変えては見つめている。 真剣な瞳に、彼の心配がわかって、ますます鼓動が激しくなった。 やがて、 「…大丈夫そうだね。 良かった。」 掴んでいた手を離して、オリヴィエはくすっと笑みをこぼした。 「あんたにしては珍しいね。 よっぽどその話ってヤツは緊張するようなことなのかい?」 面白がるような口調は、すっかりいつものオリヴィエだ。 掴まれていた個所をいつの間にか自分の手で押さえていたロザリアは、曖昧に笑みを浮かべた。 彼が触れていた手首が熱くて、鼓動が激しくて。 こんな些細なことで狼狽している自分が恥ずかしくて。 ロザリアのこんな気持ちを、彼は知ろうともしない。 でも、それも今日が最後。 「お話の前に、お茶を飲んでくださいませ。 わたくしのせいで、冷めてしまって申し訳ありませんわ。」 覚悟が決まれば、不思議と気持ちも落ち着いてきた。 いつもの補佐官の笑みを浮かべ、オリヴィエにお茶を勧める。 「そうだね。」 オリヴィエはカップに手を伸ばすと、そのままそれを口元へと運んだ。 白磁に青い薔薇のカップはラベンダー色にネイルされた彼の手にとても似合う。 飲んでさえくれれば。 ごくりと思わずつばを飲み込んだロザリアの前で、一瞬、オリヴィエの手が止まった。 カップの中でゆらゆらと揺れる紅茶の水面。 見た目にはなんの変化もないはずなのに。 オリヴィエがふっと笑ったような気がして、ロザリアは息を飲んだ。 けれど、彼はそのままカップを傾けると、中身を全て一気に飲み干し、ソーサーへと戻した。 「冷めた紅茶も悪くないよね。 香りがとんじゃってるのが残念だけど。 で、話って何?」 目の前でゆっくりと足を組み替えたオリヴィエは、ロザリアにダークブルーの瞳を向けている。 薬の効果はどれくらいから始まっただろう。 そんなに長い間ではなかったはずだけれど、何か話さなければ不自然だと思われてしまう。 「あ、あの。」 ロザリアは俯いて、必死に言葉を探した。 「実は、あの…。」 歯切れ悪い言葉を繰り返しているロザリアをじっと待っていると、オリヴィエはだんだん自分の身体が重くなっていくのを感じた。 手足が動かない。 妙に頭も重く、支えていることすら難しい。 隣にいるロザリアに寄り掛かることを恐れて、体をよじったオリヴィエは、そのままソファの座面にあおむけに倒れた。 見慣れた天井の模様が目に入り、体を起こそうとしても、全く力が入らない。 身動き一つとれない、とはまさにこの状態を指すのだろう。 目だけを動かして、そっとロザリアを見ると、彼女は驚いたように固まっている。 幸いなことに、言葉は話せそうだ。 「ごめん。 ちょっと体調がおかしいみたい。」 苦笑しながら告げたオリヴィエに、ロザリアが微笑んだ。 困ったような微笑み。 たしかに笑っているはずなのに、まるで泣いているようにも見える。 「ロザリア…?」 「ごめんなさい、オリヴィエ。」 その言葉で、オリヴィエは今の自分の状態を引き起こしたのは彼女なのだと理解した。 薬の効果は抜群らしい。 動けないまま、ソファに横たわっているオリヴィエは、目を見開いている。 何か言いたそうな瞳をしていても、騒ぎ立てたりしないのは、彼の優しさなのか。 ただロザリアの意図がつかめずに、戸惑っているだけなのか。 もうどちらでも構わない。 ロザリアは静かに座面から滑り降りると、ソファの前に膝をつき、オリヴィエの顔を覗き込んだ。 綺麗としか言いようのない、深い暗青色の瞳。 縁どる睫毛の一本一本までが精巧につくられた人形のように整っている。 スッキリと通った鼻筋や、白磁のような肌まで、全てに完璧な造形。 ロザリアはそっと指先をオリヴィエの頬にあてた。 「う…。」 オリヴィエの口から息が零れ、ロザリアは手を離した。 けれど、彼はそれ以上何も言わない。 自分で試した時はわからなかったけれど、もしかすると、声が出ないのかもしれない。 ロザリアは女の言葉を思い返してみたが、そのことについて、なにか伝えられた記憶はなかった。 声が出せないのならば、さらに都合がいい。 ロザリアは再び手を伸ばし、今度はオリヴィエの唇に指で触れてみた。 思った以上に滑らかで、そして暖かい。 何度か指を滑らせてから、 「オリヴィエ…。」 想いを込めて名前を呼び、静かに唇を重ねた。 初めてのキス。 緊張しすぎて息が止まりそうで、一度目はすぐに離してしまい、二度目、三度目と短く繰り返した。 数度目でようやく、じっと重ね合わせることができると、ロザリアは舌を伸ばした。 経験はなくても知識として、それが大人のキスである事は知っている。 震える舌で、オリヴィエの唇をなぞると、彼の身体がピクリと震えた。 一度覚悟を決めれば、どんどん欲求は膨らむ。 ロザリアは首から鎖骨をなぞり、シャツのボタンに手をかけた。 自分の服なら軽く片手で外せるのに、震えるばかりの手はまるでうまく働かない。 仕方なく両手を使ったが、気持ちばかり焦って、長い時間がかかってしまった。 「キレイですわ…。」 ようやくシャツを両側に大きく開き、オリヴィエの上半身を露わにしたロザリアはため息をついた。 細いのに、しっかりとした体は無駄な部分が全くなく、彫刻を思わせるように均整がとれている。 オリヴィエが労せずしてこの体を維持しているとは思えないが、神からの賜り物である事もまた、間違いのないところだろう。 恐る恐る、ロザリアは胸の筋肉に指を這わせてみた。 「くっ・・・。」 押し殺したような声がオリヴィエからこぼれてくる。 薬のせいで、感じやすくなっているのか、ロザリアが指を動かすだけで、オリヴィエの身体は反応している。 再び唇を重ね合わせ、そのまま、ロザリアはオリヴィエの肌に沿うように、唇を落としていった。 首筋から鎖骨へ。 肩から胸へ。 なんとなく見聞きした知識と本能だけで、ロザリアはオリヴィエの身体を愛していく。 その懸命な様は、悲壮なほどで。 お互いの息遣いだけが部屋の中を埋め尽くし、どのくらいの時が立っただろう。 「ん。」 ロザリアがピンと硬くなっている胸の頂に唇を寄せた時、オリヴィエの身体が今までで一番大きく震えた。 「もう止めてよ。 これ以上は責任持てなくなるからさ。」 頭の上に突然降ってきた冷静な声に、ロザリアがハッと顔をあげると、今の今まで目を閉じていたオリヴィエと視線が合う。 驚きのあまり、ロザリアはその場で固まってしまった。 「あなた、声が、出るんですの…?」 ロザリアのようやく絞り出したようなかずれた声に 「ま、ね。 話はできるみたい。 体は全然動かないけど。」 きっと普段のオリヴィエなら肩をすくめる仕草をしていただろう。 「いったい、何を飲ませたの? 相当キツイじゃない。」 オリヴィエはふっと鼻で笑うと、ロザリアを強く見つめた。 冷静な声を出そうとしっかり意識を保っていなければ、『もっと快感が欲しい』と、叫び出しそうなほどの熱が体の奥に溜まっている。 ロザリアは気が付いていないようだが、すでにオリヴィエの下半身はズボンの中で、今にも破裂しそうなほど、硬く立ち上がっていた。 張りつめて痛いほどの感覚。 もしも彼女がそこに手を触れたりしていたら、すぐにでも吐き出していたに違いない。 今、なんとか抑えていられるのは、自制心と経験値のおかげだ。 「なんでこんなこと?、とは聞かないよ。 誰だって好奇心はあるからさ。 まあ、私で試したことをよかったと思うんだね。 他の男だったら、危なかったよ。 二度としないって約束して。」 吐き捨てるように言ったオリヴィエに、ロザリアは真っ青な顔をして、両手をぐっと組み合わせている。 多少キツイ言い方だったかもしれないが、こんなおふざけは二度としないでほしいというのは本心だ。 身体が動かないからよかったものの…この熱に任せていたら、彼女を思うまま貪っていたことだろう。 そのあと、どれほど後悔することになったとしても。 目を伏せていたロザリアは泣きそうな顔をしている。 けれど、すぐに黙ったまま、すっとオリヴィエに顔を近づけてきた。 そのまま重ねあわされた唇。 たどたどしく舌を伸ばし、キスと言うよりも舐められているような感覚だ。 けれど、薬の効果なのか、その些細な刺激にも、オリヴィエの下半身は反応してしまう。 「ダメだって。」 キスの合間にオリヴィエは声を荒げた。 けれど、ロザリアは一向に止める気配がない。 むしろムキになっているのか、オリヴィエの身体に馬乗りになって、愛撫を続けてくる。 オリヴィエは諦めて目を閉じた。 彼女の長い髪が肌に触れるだけで、ぞくぞくするような快感が駆けあがってくる。 馬乗りになられたせいで、より近づいた柔らかな身体とバラの香り。 意識するたびに、下半身が硬くなる。 羞恥心からか、彼女がオリヴィエの下半身に触れてこないのが救いだ。 それでも時折彼女の腿やヒップがそこを掠めると、グッと奥歯をかみしめて堪えなければならないほどの快感がくる。 薬の効き目だけではない。 きっとオリヴィエ自身が心の奥に持っていた欲望。 オリヴィエは快楽に引きずられないように、頭の中で面倒な執務のことを考えてみた。 惑星のデータを脳裏に浮かべ、次週からの予定を組み立てて。 頭を冷やすには十分すぎるはずなのに、ロザリアの唇や指先が肌に触れるたびに体は勝手に動いてしまう。 彼女の気が済むのが早いか、薬の効き目が切れるのが早いか。 じっと快楽をやり過ごしていたオリヴィエの頬に、突然、ぽたり、と冷たい雫がおちた。 「…泣いてるの?」 目を開いたオリヴィエに、ロザリアは小さく首を振った。 けれど、その青い瞳からあふれる涙は止まらない。 ロザリアは小さな子供のように、手の甲で涙をぬぐったが、ぬぐいきれずにこぼれた涙がオリヴィエの唇に触れる。 当たり前のようにしょっぱい味がして、オリヴィエはため息をついた。 「なぜ、怒らないんですの?」 独り言のように小さな声。 「こんなこと、お嫌なんでしょう? でしたら、もっとはっきりと拒絶なさったらよろしいんですわ。 オリヴィエはいつもそう。 わたくしが何をしても、笑って済ませてしまう。 まともに相手をしてもくださらないんですわ。」 堰を切ったように言葉があふれてくる。 ぽろぽろとこぼれる涙。 真っ赤になった頬。 泣いている彼女を見るのは初めてではないけれど、こんな時に可愛いと思ってしまうのは不謹慎すぎるだろうか。 「紅茶に薬を入れたことも本当は気が付いていらしたのでしょう? なぜ、ですの? なぜ、なにもおっしゃらないの?」 ロザリアの言う通り、彼女が紅茶に何か混ぜたことに、オリヴィエは気が付いていた。 褐色の液体だけのはずの紅茶のカップの縁に、いくつも残っていた透明の雫。 紅茶を用意した時にはそんなものはなかったのだから、あとから入れられたのは間違いない。 普通なら気味が悪くて飲まないだろう。 けれど、その場にいたのはロザリアだけ。 「あんたが私に飲ませたいと思ったんでしょ? だったら私は飲むに決まってるじゃないか。」 「どうせ、わたくしのすることなんて子供じみたことだと思ってらっしゃるのね。」 「違う。」 「毒だったらどうするおつもりですの? わたくしには、毒を入れたりすることなんてできないと思っていらっしゃるんでしょう?!」 「別に毒だって構わないよ。 あんたがそうしたいと思ったなら、私は飲むし。」 「なぜ?なぜ、そんな。」 毒でも飲む、と言ったオリヴィエに、ロザリアは明らかに困惑している。 戸惑った顔でも泣いているよりはずっといい。 オリヴィエは相変わらず動かない手足のかわりに、ロザリアをじっと見つめた。 「あんたが大事だから。 あんたの望みなら、すべて叶えてあげたいんだ。 あんたになら、なにをされたっていい。」 抱きしめたい。 身体が動いたなら、今すぐにでも。 けれどまだ薬の効果は続いていて、オリヴィエ自身では指一本も動かない。 ロザリアはオリヴィエの言葉の意味を計りかねているのか、呆然としてオリヴィエの身体の上に乗ったまま、固まっている。 柔らかなヒップが薄い布地越しにオリヴィエの下半身に触れ、たまらないほどの刺激になった。 このままの体勢は危険すぎる。 「ねえ、隣に来てくれない? あんたの顔が見たいんだ。」 すでにロザリアには行為を続ける気力は残っていなかった。 今、胸にあるのは激しい自責の念だけ。 ロザリアはなにも考えず、オリヴィエをまたいでいた足を戻すと、彼の隣に横たわった。 ソファの座面は二人が横たわるにはかなり窮屈で、自然とロザリアの身体はオリヴィエにぴったりと寄り添うことになる。 添い寝のような形になって、ロザリアはオリヴィエの肩に額を寄せた。 真横に並ぶことができなかったのは、彼の顔をまともに見ることができなかったからだ。 「それじゃ顔が見えないよ。 もっと、上に来て。」 オリヴィエの言葉に、ロザリアは全く逆らわない。 けれど、まだ目が同じ高さになることはなくて。 オリヴィエの唇にロザリアの瞳がある。 「抱きしめてよ。 私はできないからさ。 あんたから抱きしめてほしいんだ。 こうしてることが夢じゃないってことをちゃんと教えて。」 ロザリアの手がゆっくりとオリヴィエの身体に回される。 それは抱きしめるというよりも、添えられている程度の力でしかなかったけれど。 お互いの熱を感じるには、それだけで十分だった。 「私さ、あんたは私に気がないと思ってたんだよね。 せいぜい友達どまりだって。」 オリヴィエは自嘲する口調で話し始めた。 「あんたときたら、私のアプローチに、全然知らん顔でスルーしてたじゃない。 覚えてる? 『この部屋に入った女の子はあんただけだよ。』って私が言った時のこと。」 ロザリアは初めてこの屋敷を訪れた時のことを思い返した。 たしかにオリヴィエはそう言ったけれど、すぐにメイドがお茶を運んできたから、 「まあ、こちらのメイドさんは女性にしか見えませんわ。 まさか男性なんですの?」と、言った気がする。 まさか彼の言いたかった事は…。 「それにさ、私がお茶を誘うのも、ドレスをプレゼントするのも、全部あんただけだっていうのに。 女王候補のころからだよ? いい加減、私も諦めなきゃ、って思ってたくらいだよ。」 そう言われれば、不思議と二人で過ごすことの多かったお茶の時間も、パーティのたびにデザインしてくれていたドレスも、なにもかもが特別なことだったのだと思い当たる。 オリヴィエがあまりにも当たり前のことのようにしてくれていたから。 それが彼にとっては当然のことなのだと思っていた。 「ごめんなさい…。」 呟いたロザリアに、オリヴィエは目を細めてほほ笑んだ。 「もういいから。 はっきり言わなかった私がいけなかったんだ。 好きだ、ってね。」 『好き』 確かにオリヴィエはそう言った。 一番聞きたくて、でも聞けなかった、一言。 「本当ですの? こんなことをしたわたくしを、まだ好きでいてくださいますの?」 「ん? そうだねえ…実は私、突然こんなことをしでかしたりするあんたが好きなのかも。 なーんか、目を離してられないって思っちゃうんだよねぇ。 女王陛下も同じこと言ってたけど。」 「アンジェが?」 目を丸くしたロザリアに、オリヴィエはくすりと笑う。 「そう。 こないだのセレスティアのデートも、先に陛下からチェックが入ったからね。 ロザリアを変なところに連れてったら許さない、ってさ。」 そうだったのか、と、ロザリアは二人を疑っていた自分を恥じた。 オリヴィエもアンジェリークも、ロザリアのために、見えないところでいろいろと気遣ってくれていたのだ。 「水族館とか子供っぽくなかった?」 「いいえ。 久しぶりに行って、とても楽しかったですわ。」 「そっか。 それじゃ、また今度行ってみる?」 また、という言葉にロザリアの胸がときめいた。 次の約束ができることがこんなにも嬉しいなんて。 「ええ。 もちろんですわ。 植物園もとても素敵でしたし。」 「ああ、植物園は薔薇の季節に行きたいね。 あんたにぴったりの青薔薇も咲くらしいからさ。」 くすぐったいようなオリヴィエの言葉を聞きながら、ロザリアは目を閉じていた。 優しい声。 暖かな体温。 彼の香り。 今まで張りつめていた気持ちが、ふっと溶けてなくなっていくような気がする。 窮屈なソファの上なのに。 彼のそばだと思うだけでとても心地良かった。 目が覚めたロザリアは、枕の上で左右を見回した。 見たことのない場所。 全体的にシンプルだが、センスのいいランプや、窓を覆うカーテンがとても洗練されている。 カーテンの隙間からわずかに光が覗いているところを見ると、外はすでに明るいのだろう。 でももう少しだけ、この幸せな気持ちのまま寝ていたい。 ロザリアは肩の布団を鼻先まで引っ張り上げて、再び目を閉じた。 マットレスは少し硬めだけれど寝心地がよく、布団もフカフカと柔らかい。 何よりもこの香り。 ロザリアの大好きな彼の…。 そこでようやくロザリアは飛び起きた。 ここは、もしかして。 「おはよ。 思ったよりも寝坊なんだね。」 「お、オリヴィエ…!」 ロザリアのすぐ横と言ってもいいだろう。 起き上がる時についた手のすぐそばにオリヴィエが寝転んでいる。 とはいえ、彼はすでにシャワーを浴びたのか、昨日と違う服を着ているし、髪がうっすらと濡れている。 その艶っぽい姿にロザリアの胸は大きく鳴り、知らずに頬が赤くなった。 「夜中に目を覚ましたら、もう動けたから、ここへ連れてきたんだよ。 あんなソファの上で寝てたら、身体が痛くなるからね。」 オリヴィエは肩肘をベッドにつき、そこに頭を乗せる姿勢で、とても楽しそうにほほ笑んでいる。 ロザリアは布団をめくり、自分の服を確かめた。 昨夜と同じ服で、彼が手を触れた形跡は全くない。 「ココで寝た女の子はあんたが初めて。 これからもあんたしか寝かせるつもりはない。 …これがどういう意味か、もうわかるよね?」 ロザリアの頬がさらに赤く染まり、こくんと頷く。 「で、どうする? あんたもシャワーを浴びる? 私はそのままでも全然いいけど。」 ロザリアは首をかしげた。 そのままでもいい、とは、どういう意味だろう。 最初から着替えなんて持ってきていないのだから、このまま帰るしかないのに。 キョトンとしているロザリアにオリヴィエが苦笑した。 「ああ、そうだった。 もう遠回しな言い方は止めないとね。 あんたは自分のことにはホントに鈍感だからさ。」 起き上がったオリヴィはロザリアを優しく抱きしめると、耳元でささやいた。 「あんたとキスがしたい。 それ以上のことも全部。 今日はこの部屋から帰さないからね。 覚悟して。」 ロザリアの返事はオリヴィエには聞こえなかった。 何か言うよりも早く、オリヴィエが唇を塞いだから。 ロザリアがようやくシャワーを浴びることができたのは、それから数時間後のこと。 「あ、歩けませんわ。」 足に力の入らないロザリアを、オリヴィエは抱きかかえて、バスルームに運び込んだ。 プライベート用のバスルームは、それほど広くなく、バスタブは二人が入ればもういっぱいになってしまう。 オリヴィエはロザリアを背中から抱くように足の間に座らせると、スポンジを泡立て、彼女の体を洗い始めた。 初めてだったロザリアに、ずいぶん無理をさせてしまったとは思う。 行為自体はそれなりに経験してきた。 けれど、好きな女の子を抱くという事は、オリヴィエが想像していた以上に、幸せすぎて。 呆れるほど夢中になってしまった。 ベッドの上で散々啼かせて、思う存分吐き出したつもりだったのに、ピッタリとくっついて、ロザリアの体を撫でていると、オリヴィエの下半身はまたすぐに張りつめてきた。 「ね、いい?」 そそり立つそれを、ロザリアの背中にこすりつける。 驚いたロザリアは大きく体をよじったが、狭いバスタブでは逃れようもない。 身体を洗うオリヴィエの手がだんだんと卑猥な手つきに代わっていく。 指先で胸の頂きを挟まれ、ロザリアは思わず声が出した。 「あぁん。 ま、待って。 そんな。 さっきも…。 きゃ!」 「きっとまだ媚薬の効果が残ってるんだねぇ。 全然熱が収まらないんだよ。 あんたのせいなんだから、もちろん、責任取ってくれるよね?」 「え?! あ、やん!!」 もうあの薬は絶対に使わない…。 バスタブの中、抱きかかえられたまま、オリヴィエを受け入れたロザリアは、固く心に誓ったのだった。
FIN
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