Blue Rose Festival

te-wo



日の曜日、オリヴィエはロザリアに呼び出されて、森の湖に来ていた。
日の曜日のデートも珍しくなくなったけれど、こうして外で待ち合わせをすることは今まではなかった。
オリヴィエが候補寮まで迎えに行き、大抵は部屋デート。
二度ほど庭園に行っただろうか。
そもそも彼女は人の多いところが得意ではないし、オリヴィエも騒々しいのは面倒だから、部屋デートが気楽なのだ。
だから、いきなり、ロザリアから森の湖を指定されたのには少し驚いた。
けれど、まだ一度も行ったことがないから一緒に行きたい、と言われれば、断れるはずもない。

「森の湖の別名、知ってんの?」
からかい半分で尋ねると、ロザリアはほんのりと顔を赤くした。
まんざら知らないわけではないらしい、その様子に、ちょっとだけ期待している自分がいる。
約束の時間よりもかなり早めに着いてしまい、オリヴィエはぶらぶらと湖の畔を歩いていた。
今日の飛空都市はいつもよりも少し気温が高いようで、ノースリーブがちょうどいい。
湿度が低いおかげで、さらっとした風が肌にかかり、汗ばむことはなかった。

きまじめな彼女らしく、約束の5分前に、こちらに向かって歩いてくる姿が見え始める。
凜と伸びた背筋。
長い巻き髪はいつもよりもゆるめに巻かれていて、風が吹くたびに、ふわりと靡く。
ロザリアにしてはポップなデザインのワンピースとカチューシャが、特別なデート感を演出していて、なんだかオリヴィエがドキドキしてしまった。
こんなことで喜ぶとは、かなり重症だ。
オリヴィエに気がついて、ロザリアは小走りになった。
青い瞳がキラリと輝き、頬を赤くして駆けてくるロザリアが可愛らしくて、手を伸ばして、抱きしめてしまいたくなる。
もちろん、そんなことはしないけれど。

そのまま、駆け寄ってくるかと思ったロザリアが、5mほど手前でぴたりと止まる。
「オリヴィエ様。ごきげんよう」
「ん。おはよ」
微妙な距離感で挨拶を交わし、二人ともその場で固まった。
オリヴィエから近づいていくのは簡単だが、わざわざそんな位置で立ち止まったからには、何か理由があるのかもしれない。
すると、ロザリアは
「あの、オリヴィエ様。手を広げて見て下さいませんか?」
謎のお願いをしてくる。
「手?こんな感じ?」
なんだかよくわからないけれど、オリヴィエは素直に従った。
ラジオ体操でもするように、両手を左右に大きく広げて止める。
すると、
「えいっ!」
謎のかけ声とともに、ロザリアがオリヴィエの胸に飛び込んできた。

たた様よりお誕生日プレゼント

どすん、と、かなりの衝撃でぶつかってきた(この表現の方が正しい)ロザリアは、オリヴィエの背中に手を回し、ぎゅっと抱きついている。
鼻先を掠める薔薇の香りと、視界いっぱいに広がる青紫の髪。
一瞬、願望が強すぎて、夢でも見ているのかと思った。
けれど、胸に感じる彼女の身体の柔らかさも暖かさも、間違いなくリアルで。
コレが現実なのだとわかると、とたんにドキドキと煩い心臓の音が彼女に聞えてしまうのではないかと心配になった。

「ここに立っているあなたを見た時、抱きしめたい、と思いましたの」
不思議ですわね、と、ロザリアは笑う。
「だって、わたくしときたら、相変わらず、椅子に座るときはウェットティッシュで拭いてからでなければ座れませんし、カップやカトラリーも自分専用でなければ気持ちが悪いですわ。
 触れられるのも触れるのも、苦手」

オリヴィエもそれはわかっている。
彼女のポーチは相変わらずウェットティッシュや除菌スプレーでぱんぱんだ。
見かければ手を洗っているし、人との関わりを極力避けようとしているところも変わらない。

「それに今は女王試験の真っ最中で、本当は他のことを考えたりしてはいけない時ですわ。
 いくらわたくしが完璧な女王候補だとしても、アンジェリーク相手に手を抜くことなんて許されません。
 この頃のあの子の大陸、素晴らしい発展ですもの」

森の湖は静かで、滝からこぼれ落ちる水の跳ねる音が、みずみずしい音色を奏でている。
背中に回されたロザリアの手は優しく、暖かい。

オリヴィエは開いたままだった自分の腕を彼女の背に回した。
びくっと一瞬だけ震えたロザリアに、突き飛ばされるかもしれないという不安はすぐに消えた。
彼女は身体をオリヴィエに預けたまま、まるでひな鳥のように抱かれている。
じわり、となにか暖かい物が胸にこみ上げてきて、オリヴィエはそれ以上力を込めることもできずにいた。
ただ抱き合って、体温を分け合うだけだ。

「べつにいいんじゃない?他のこと考えたって。」
「え?」
ロザリアが顔を上げた。
木漏れ日を浴びてキラキラと輝く青い瞳にオリヴィエは目を細める。
たぶん愛おしいという気持ちはこんな気持ちを言うのだろう。
なぜだかわからないけれど、彼女になら、自分の持っているモノを全部上げてもいいし、望むことなら何でもしてあげたい。
自分がこんなに『いい人』だなんて、思ってもいなかった。

「あのね、あんたはなんだって、まじめにあれしちゃダメとかこうしなきゃとか考えるけどさ。
 そういうのを全部取っ払って、今みたいにやりたいことをやってみるのって、すごく楽しくない?」
ロザリアはオリヴィエの瞳をじっと見つめながら考えた。
抱きつきたいと思ったから、抱きついた。
やりたいことを思ったままにやってみたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
そうして手に入れた、オリヴィエの腕の中は暖かくて、とても落ち着く。
たしかに、やりたいことをやることは、すごく楽しい。

「だからさ、あんたがこれからも椅子を拭きたいなら拭けばいいし、自分専用のカップだって持ち歩いてていい。
 女王試験だって頑張っていい。あんたがそうしたいなら、私は止めさせたりしない。
 あ、他のヤツとデートするのは邪魔するかもしれないけどね」
思わせぶりにオリヴィエがウインクを落とすと、ロザリアの頬が少し赤くなる。

「ね、あんたは、今、なにがしたい?」
このまま抱き合っているだけで、本当は十分幸せだ。
でも、あえて、オリヴィエはそう聞いてみた。
彼女のしたいこと、やってみたいことをちゃんと聞いて、彼女のことをもっと知りたいから。

すると、ロザリアはまた少し考えるような顔をして、ゆっくりとオリヴィエの背中から手を離した。
離れてしまうのは寂しいけれど、オリヴィエも同じように手を離して、向かい合う。
「せっかくこんなにいいお天気なんですもの。 もう少しお散歩して、それからお茶をしたいですわ」
「オッケー。それじゃ、奥の花園に案内するよ。中庭ほど整ってないけど、自然な花がたくさん咲いててすごく綺麗なんだ」
オリヴィエが先に花園に向かって歩き出すと、ロザリアもすぐに追いかけて隣に並んだ。
肩が触れない程度の微妙な距離は、今まで二人で培ってきた、ほどよい距離感だ。

しばらくそのまま並んで歩いて、ロザリアがそっと手を伸ばした。
何をしようとしているのか、はじめはわからなかったけれど、ロザリアのぎこちない動きが全て影で見えていて、オリヴィエの顔に自然に笑みが浮かんでしまう。
なんどか指先が触れ合って、やっとオリヴィエの手と繋がった。
ほんのりと暖かな指先の感触。
オリヴィエもそっと握り返すだけで、とくに何も言わなかった。

これからもまだまだいろんなことが起きるだろうし、問題も山積みだ。
彼女が女王になるのか、ならないのか、それすらもわからない。
けれど、今は。
こうして手を繋げることが、最高の幸せだ。
わざと大げさに繋がった腕を振ると、ロザリアのネイルのストーンがきらりと光に輝いたのだった。


≪FIN≫

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