育成の合間に、守護聖たちを回ってお話をして。
育成以外に時間をとられてしまう分だけ、フェリシアに手をかけられない歯がゆさ。
ロザリアはフェリシアにできてしまった、すさんだ鉱山に肩を落とした。
前回の時には、こんな地形はできなかった。
民の望みよりも親密度のバランスを優先して、欲しくないサクリアを送ってしまったせいだ。
けれど、そのおかげで、オスカーとランディに関しては、アンジェリークとの親密度はそれほど上がっていない。
彼らが贈り物をしている気配もないから、そこは思惑通り進んでいると言っていい。
あと気になるのは、マルセルとゼフェルだが、ランディがロザリア寄りになっているせいか、まだアンジェリークとそれほど親しくなっていないようだ。
「まだ2ヶ月ですものね」
前回の時、2ヶ月目がどうだったか、実はロザリアにはあまり記憶が無かった。
育成しか見ていなかったから、アンジェリークがどうしていたのかもわからない。
けれど、今回、ロザリアはなるべくアンジェリークとも親しくなろうと心がけていた。
今、正しくやり直しているとはいえ、前回、確かにロザリアは彼女に敗北したのだ。
贈り物のせいだろうとなんだとうと、その事実には変わりが無い。
だから、きっと、天然にしか見えないアンジェリークにも女王になる資質があるはずなのだ。
もしかしたらロザリアにはないもの。
前回、アンジェリークが女王になった理由。
それを知るためには、アンジェリークを知るしかない。
「ねえ、ロザリア!」
穏やかな日の曜日。
自室で育成ノートを開き、明日からの計画を立てていると、ドアがいきなり大きな音を立てて開いた。
思わずロザリアが眉を寄せると、その表情に気がついたのか、アンジェリークは小さく舌を出している。
こういう仕草が憎めない、とロザリアも最近わかってきた。
裏表のない仕草は愛くるしい小動物に近い。
それでも、厳しい顔をして
「まったく、あんたって子は。必ずドアをノックしなさいと言っているでしょう?」
注意してしまうのがロザリアだ。
「ごめんなさい!」
アンジェリークはぴょこんと赤いリボンを揺らして頭を下げたが、本当に悪いと思っているのか、すぐに平然とロザリアの隣の椅子に腰を下ろした。
「あ、勉強してたのね」
「当たり前じゃないの。今は試験の最中なのよ」
「う…」
一瞬、絶句したアンジェリークは、もぞもぞと椅子の上で身体を動かしている。
しばらく言いにくそうにしていたアンジェリークだったが、ようやく意を決したように口を開いた。
「あのね、ちょっとわからないところがあって」
「まあ、教えてあげてもよろしくてよ」
ロザリアは長い巻き髪を優雅に背に払うと、ツンと顎を上げた。
正直、アンジェリークに頼られたのは嬉しい。
ロザリアに感化されたのか、アンジェリークも最近、育成にやる気を見せ始めているようなのだ。
時々、難しい本を持って図書館をうろついていることにも気がついていた。
前回の育成が、ほぼ勘と贈り物でやっていたことを思えば、それはそれはめざましい進歩だ。
「どこかしら?」
ロザリアがペンを持つと、アンジェリークはさらにもじもじしている。
良く見れば、アンジェリークは本もペンも持っていない。
本当に勉強するつもりなのか、といぶかしく思っていると。
「あのね、きっとロザリアにもわからないくらい、すごーく難しいところなの」
「…どういう意味かしら?わたくしにわからないところがあるとでも?」
思わず、ぐっと眉を寄せ、アンジェリークをにらみ付けた。
ただでさえ、クールなイメージのある美貌だから、十分に威嚇の意味がある。
すると、やはりアンジェリークは慌てたように、顔の前で両手を振った。
「あ、そういう意味じゃなくて、あのね」
「…なんですの?」
不毛なやりとりに、ロザリアがうんざりし始めた気配を察したのか、アンジェリークがやっと本心を切り出した。
「ルヴァ様のところに一緒に質問に行ったりしてくれないかな~、なんて」
「え?ルヴァ様?」
「うん」
あまりに意外な言葉に、ロザリアはアンジェリークの頭のてっぺんから爪先までぐるりと眺めた。
もじもじと足を動かして。
耳まで顔を真っ赤にして。
さすがに疎いロザリアでも、ぴんときてしまった。
「…一人で行けばいいじゃないの」
「だめ!!!!一人でいきなりお家に押しかけるなんて、図々しいと思われちゃうじゃない~」
二人ならいいのか?と当然の疑問が浮かぶが、いつもと少し違うアンジェリークの様子が、ロザリアには微笑ましかった。
いつだって破天荒で、ある意味マイペースというか、自分の気持ちに正直に行動するアンジェリークが、ルヴァのところには『一人で行くのが恥ずかしい』のだ。
たった二人しかいない女王候補同士。
ここは一肌脱ぐのも悪くないかもしれない。
「仕方ないわね。わたくしもちょうどルヴァ様に質問したいことがありましたの。一緒に行ってあげてもよろしくてよ」
つんと顎を上げながらも、アンジェリークにつきあうことにした。
ルヴァの邸はちょっと珍しいインテリアが多い。
見たこともない木彫りの細目の人形や、不思議なぼやけた色彩の絵。
変わった形の陶器で出された飲み物は、なんだか草のような匂いがして、一瞬、飲むのをためらってしまった。
「美味しいですね!この緑茶って!」
アンジェリークが一気に飲み干して、ニコニコしているのを見て、ロザリアも勇気を出して、独特の形の陶器の端に唇をつけた。
取っ手がないので、手のひらで包むようにして持ち上げるのだが、こういう飲み方の所作がよくわからない。
おそるおそる、飲み物を口に含むと、草というよりは、深い緑の草原のような風味がして、美味しいと感じることができた。
「ね、美味しいでしょ?」
まるで、自分の手柄のように嬉しそうなアンジェリークに
「ええ、わるくはありませんわね」
ロザリアは素直にそう答えた。
紅茶とはまるで違う風味なのに、同じ茶の木から取れる葉だと聞いて、興味が湧いた。
「同じ葉なのに、なぜここまで風味が変わるのでしょうか?」
「ああ~、それはですねえ」
ルヴァが茶の葉の加工法などをいろいろ話してくれると、知識欲の深いロザリアはつい質問を返してしまう。
博識なルヴァは様々な蘊蓄を語れる相手が嬉しいのか、イヤな顔一つせずに話につきあってくれた。
しばらくお茶の話に花が咲いて、ロザリアはハッと気がついた。
いつの間にか、隣のアンジェリークの表情がこわばっていて、ぎゅっとスカートの上で拳を握りしめているのだ。
なんてわかりやすい、と思うと同時に、自分の短慮に焦った。
ロザリアは
「今度、わたくしも緑茶に挑戦してみますわ」
と、強引にルヴァの話を遮り、
「さあ、アンジェ。あんたの質問をしなさい。わたくしもあとで質問したいことがありますのよ」
アンジェリークを押し出した。
結果。
どうやら、二人は両思いらしい。
アンジェリークからの質問に、ニコニコと答えるルヴァは、さっきまでロザリアに蘊蓄を語っていたときとはまるで違う、優しい瞳をしている。
時々、口ごもるのは、アンジェリークを意識しているからだと丸わかりだし、説明の言葉も、アンジェリークにわかるように、丁寧に選んでいることがわかる。
アンジェリークはアンジェリークで、前にロザリアが教えたはずのところを、またルヴァに聞いている。
もちろん、ロザリアの説明で聞くよりも、ルヴァの解説の方がわかりやすいのだろうけれど。
もうわかっていることでも、ルヴァから聴きたいと思うのが乙女心なのかもしれない。
「わたくしなんか必要ないじゃありませんの」
つい呟いてしまったけれど、二人の耳には届いていないようで。
ロザリアは二人の世界のすぐ横で、自分の勉強を進めることにしたのだった。
お茶を3杯ほどとおやつのおせんべいを食べて、ルヴァの邸をあとにした。
帰り道のアンジェリークは、心ここにあらずという浮かれた雰囲気で、足取りはまるでスキップだ。
「ルヴァ様って、すごく優しい方よね」
「ええ、そうね」
「ルヴァ様って、すごく頭がいいわよね」
「ええ、そうね」
「ルヴァ様って、すごく物知りよね」
「ええ、そうね」
「ルヴァ様って…」
「ええ、わかったわ」
これだけはっきりと好意を表に出す人間もいるのだと、ロザリアは感心していた。
ロザリアの生まれ育った上流階級では、恋愛はゲームのように駆け引きを楽しむものか、政略的なものかのどちらかが大半だったからだ。
ストレートに好意を示せば、相手に侮られる事も多い。
けれど、アンジェリークにはそんな気持ちは毛頭無いようだ。
おそらくどちらが優位とか、勝敗とか、そんな価値観ではないのだろう。
今のアンジェリークはとても幸せそうで、なにかにときめいたり、心惹かれたりすることが、とても素敵なことなのではないかとすら思ってしまう。
「でも、今は女王試験中ですわ」
自室で、髪をとかしながら、ロザリアは考えた。
もちろん恋もしてみたい。
けれど、それは女王になることと並行することはできないのだ。
恋と女王とどちらかを選ぶとしたら、ロザリアは間違いなく女王をとる。
それが、あの冷たい水の中に沈んでいった過去を取り戻す、唯一の方法でもあるから。
「あ」
思わず声が漏れたのは、ある可能性を思いついたからだ。
前回、皆の後押しでアンジェリークは女王になった。
けれど、もし、アンジェリークがルヴァだけと親密になり、他の守護聖と疎遠になったとしたら、前回のような贈り物で逆転の可能性はなくなるだろう。
もちろん、今回は育成だって、贈り物への対処だって十分にしているから、現状で負ける気はしない。
前回とはスタートラインから違うのだから、当たり前だ。
けれどもし、より勝利に近い道があるとすれば、そちらも同時に攻略しておくのが当然ではないか。
ドレッサーの中の自分に、ロザリアはにっこり笑いかけた。
「今日のおやつはなにかな?」
「そうですわね、このあいだのカステラはとても美味しかったですわ」
「あ、あれね~。うん、美味しかった!」
ロザリアとアンジェリークが向かう先は、ルヴァの執務室だ。
あの日の曜日から、ロザリアはさりげなく、アンジェリークとルヴァを一緒にするように心がけていた。
一人では行きにくいお茶の時間も、ロザリアが質問したいことがある、といえば、ちゃんとアンジェリークはついてくる。
あまり誘ってばかりで、ロザリアの気持ちを誤解されても困るので、必ず、途中で退出するようにも気をつけて。
少しでも二人きりの時間を作ってあげたい。
これは勝負に関係なく、アンジェリークを応援する気持ちもあった。
女王試験があってもなくても、あんなに純粋にルヴァに想いを寄せる姿を見ていたら、応援したくなるのは仕方がない。
ただ、もし、前回の時に、アンジェリークが女王よりもルヴァを選んでいたら、ロザリアはアンジェリークを軽蔑していただろう。
アンジェリークの人間性を知り、ルヴァの人間性も知り、だからこそ、応援したいと思ったのだから。
今思えば、ひたすら女王を目指していた前回は、全く周囲が見えていなかった。
守護聖との関係はもちろん、アンジェリークとも挨拶を交わす程度。
もしもあのまま女王になっていたとしたら、それはそれで悲劇だったかもしれない。
ジュリアスとクラヴィスがこんなに不仲だと知らずに、当然のように二人に筆頭としての執務を押しつけていただろう。
考えただけで恐ろしい。
「二回目も悪くないかもしれませんわね」
「二回目?なにが?」
間髪入れずに返ってきた声に、ロザリアは驚いて顔を上げた。
声でわかってはいたけれど、目の前で不思議そうにロザリアを見つめているのはオリヴィエだ。
「ねえ、二回目って?」
オリヴィエはマスカラたっぷりの重そうな睫を瞬かせて、ロザリアの心の中まで見通してしまいそうな瞳をしている。
ロザリアの心臓がどきんと飛び跳ねた。
実のところ、オリヴィエとはいまだにほとんど交流がないせいで、上手い切り返しが思いつかない。
前回、特にアンジェリークの味方ではなく(かといってロザリアを支持してくれていたわけでもないのだが)、贈り物をしまくっていたオスカーやランディのように要注意人物ではなかったオリヴィエとは、必要な育成以外に顔を合わせることがなかったのだ。
なんとなく、彼の派手なたたずまいに苦手意識があることも大きい。
「え、そんなこと言いまして?わたくしが?」
オリヴィエは目前で明らかに動揺しているロザリアに、さらに興味をそそられていた。
以前、森の湖でおかしな動きをしているときも、彼女は『今度こそ』と言っていたのだ。
今が二回目。今度こそ女王に。
つなぎ合わせるとそんな意味に取れなくもない。
「あ、そうですわ。ルヴァ様とアンジェリークの二回目のデートのことを考えていたんですの」
いかにも急に思いついたという表情なのに、ロザリアはごまかせると思っているらしい。
「ええ、二回目はそろそろ外出するのもいいかもしれませんわね」
けれど、自分の口から出任せが案外気に入ったのか、まじめに考えているようだ。
そういえば、先日の日の曜日、アンジェリークの部屋を訪問したと、照れまくったルヴァから聞いたばかりだった。
あの朴念仁の本の虫だったルヴァがとても嬉しそうにアンジェリークのことを話しているのを見て、オリヴィエまで嬉しくなったものだ。
オリヴィエはクスリと笑い、
「そうだね。お部屋デートよりも外の方が気分も晴れるよね」
「まあ、オリヴィエ様もそう思いますの?」
「もちろん。私もちょうどそろそろ出かけたいと思ってたところなんだ」
「そうなんですのね」
にっこりと愛想笑いするロザリアはまだオリヴィエの意図に気がついていないらしい。
「じゃ、今度の日の曜日ね。私とあんたとルヴァとアンジェリークで森の湖に行こう」
「え、ええ?!」
驚きで青い瞳をまん丸にして、言葉が出ない様子のロザリアに、オリヴィエはさらにたたみかけた。
「だって、誘いに来てくれたんでしょ?私の部屋の前で待ち構えてさ」
肩をすくめたオリヴィエの視線の先。
ロザリアの背中が夢の執務室の扉だ。
さっきアンジェリークをルヴァの部屋に残してきて、ちょうど立ち止まったのが、隣の部屋のドアの前。
つまりはここ、オリヴィエの執務室の前だったのだ。
「え、あ、それは…」
実に偶然のたまたまだったが、なんだかオリヴィエの微笑みには有無を言わせない迫力があって、ロザリアは言葉を飲み込んだ。
「じゃ、楽しみにしてるね~」
するりとロザリアの横を通り過ぎ、オリヴィエはドアを開いた。
ついでにひらひらと手を振って、念押しすることも忘れない。
「日の曜日にね」
ロザリアは仕方なく、首を縦に振ったのだった。
「面倒なことになりましたわ」
「え、嬉しいわ!だって、ロザリアも一緒に湖でピクニックするって事よね?楽しみ!」
オリヴィエとのやりとりを、アンジェリークに告げると、アンジェリークはとても嬉しそうに飛び跳ねた。
「ルヴァ様と二人きりだとやっぱり少し緊張しちゃうもの。ロザリアが一緒なら心強いわ」
「そう…」
アンジェリークがそう言うなら、悪くない提案だったのかもしれない。
けれど、あのときのオリヴィエの追求に、肝が冷えたのは事実だ。
ロザリアの秘密を見透かされそうなブルーグレーの瞳の輝き。
吸い込まれそうでなんとなく恐ろしい。
「ルヴァ様とオリヴィエ様、結構仲良しみたいなの」
「まあ、そうなんですの?」
「うん。お隣同士だし、よくお話しするみたい」
意外なのは、二人に共通の話題が見えないからだ。
オシャレや宝石ファッションのことにしか興味がなさそうなオリヴィエと、その正反対のルヴァ。
もしも本当に仲がいいとすれば、案外、オリヴィエには見た目とは違う部分があるのかもしれない。
「楽しみだね!ね、お弁当持っていかない?わたし、おにぎりくらいなら作れるわ」
「そうね…」
「ルヴァ様、中身は何が好きかな?いちごかな?」
「それ、本気で言っていますの?」
「え、本気、だけど?」
どうやら、日の曜日は大変なことになりそうだ。
ロザリアはため息をつきつつ、アンジェリークとお弁当の中身を相談することにした。
スモルニイの頃も、友達は何人かいたけれど、こんなふうに楽しくてキラキラした時間は無かったような気がする。
友人の恋を応援するなんて。
その日遅くまで、二人はお弁当の中身と持って行く遊び道具を議論したのだった。