数日後、ロザリアはパスハに研究院に呼び出されていた。
「フェリシアの様子がおかしいぞ」
パスハの前には膨大なフェリシアのデータが積まれていて、所々に赤いチェックが入っている。
大陸の地質の推移や、大気の状態。
人々の動きや、建物の広がり具合など、チェックがついた項目はあらゆる個所に上っていた。
促されて、いくつかのチェックにさっと目を通したロザリアの顔が、段々険しくなっていく。
データ上、大きな変動はなく、フェリシアはロザリアの目標通りの数値を示している。
が、時々、波のように上下に大きな振れ幅が記録されているのに、それが無理やり押さえ込まれたかのように、いつの間にか修正されてしまっているのだ。
ようするに、大きな力が細かな力を覆い尽くして、一見乱れがないように見えているが、実はあちこちで少しずつ押さえつけられたものが残っている状態。
もしも、その細かな力がまとまって吹き出せば、大陸のどこかが大きなダメージを受けてもおかしくない。
「まだ間に合う。だが、早急に手を打ったほうがいいだろう」
パスハは画面上のフェリシアのいくつかの場所をポインターで示した。
「とくにこのあたりの地形が不安定になっている。この海流からの空気も危険だ」
フェリシアの民になるべく苦労をかけたくないと、ロザリアは地形をなだらかに整えていた。
おかげで山が極端に少なく川の流れも治水を考えて直線的なものが多い。
街の位置もわかりやすく、大きな街道が5つとあとは碁盤状に道路が張り巡らされている。
明らかに人工的に整えられた形。
フェリシアはロザリアの理想に近づけすぎて、不自然な自然を持つ大陸になってしまっているのだ。
「この地形はなにかが起きたときに、避難する場所がつくりにくい」
フェリシアの広過ぎる平野は盾になるものがなく、一度地滑りなどが起きれば逃げ場がない。
そんな状況を想定していなかった自分の甘さに、ロザリアは唇を噛んだ。
「この三つの地点にサクリアを集めすぎたことが原因だな。なぜ気がつかなかった?」
パスハの口調は責めているというよりも、ロザリアの能力でなぜ、という疑問が勝っているようだ。
たしかに、いつものロザリアならば、この地点に4種類ものサクリアが集中していることに気がついただろう。
愛し子のような存在のフェリシア。
女王試験で一番大切なのは、何よりもこのフェリシアだったはずなのに、卑怯な手で女王の座を得ることに夢中になって、見失ってしまっていた。
「この地点を調べてきますわ」
実際に見て、対処するのが最善の方法に違いない。
「それがいいだろう。だが、この三つの地点はどこも危険だ。順番に見て回っていては、どこかが壊れるかもしれない」
どこから見ていくのが最適なのか。
ロザリアは地図を見比べ、必死に頭を回転させた。
当たり前のことだが、公平性を保つため、パスハは助言をくれるが、解答をくれることはない。
自分で考えなければならないのだ。
「わたしがここに行ってくるわ!」
考えのまとまらないロザリアの背後から、決意に満ちた声がする。
驚いて振り返った先には、アンジェリークとオリヴィエが立っていた。
「あんたが急に研究院に呼び出されたって聞いてね。アンジェと一緒に来ちゃったんだよ。私もここに行ってみるよ」
アンジェリークとオリヴィエは、三つの地点のうちの二つをそれぞれ指差している。
一つは少し離れているけれど、この中では比較的安全な場所。
もう一つは、一番危険な場所に近いけれど、範囲は狭い。
「あ、わたしで役に立てるかはわからないけど、本当に危険かどうかをロザリアに知らせることくらいならできるわ」
アンジェリークは、どん、力強く自分の胸を叩いて微笑んだ。
「同じ女王候補だもん。それに、ロザリアにはルヴァ様のことでたくさん相談に乗ってもらったし、協力してももらったわ・・・わたしにもロザリアを助けさせて」
アンジェリークの瞳には、強い輝きが見える。
オリヴィエも、そんなアンジェリークに同意するように、ロザリアにウインクをしてみせた。
「あんたを助けたいって気持ち、無下にしないでよね。ほら、時間が無いんでしょ?」
確かに時間は無い。
ロザリアはきっと唇を引き結ぶと、大きく頷いた。
「アンジェリークにはこちらをお願いするわ。危険そうならすぐにわたくしに連絡を。オリヴィエ様はこちらをお願いします」
「うん」
「OK」
遊星盤の都合で、ロザリア、アンジェリーク、オリヴィエの順でフェリシアに降り立った。
たまらない焦燥感で、ロザリアは遊星盤を飛び降りると、危険と言われる地点へとむかう。
フェリシアの気候は穏やかで、今日も暖かな日差しが降り注いでいる。
一年を通じて温暖で、激しい気象変動がないように調整しているからだ。
一見、なにもない、あたりまえのなだらかな丘陵地帯だが、ロザリアの女王のサクリアは、敏感に力の集積所を感じ取っていた。
丘にはいくつも穴が掘られていて、この付近一帯が、なにかの採掘所なのだとわかった。
おそらく、丘に沿って、縦穴と横穴が、それこそ縦横無尽に繋がっているのだろう。
サクリアが溜まりすぎた地層の乱れと、採掘のための坑道のせいで、地盤自体が脆くなってしまっているのだ。
このままでは大規模な災害が起きかねない。
ロザリアはサクリアの集積している場所に手をかざし、ゆっくりと、自身のサクリアを流し込んでいった。
もちろん、まだ候補の身分で、そこまで女王のサクリアが操れるわけではない。
だから時間をかけ、力を周囲に逃がし、地層の乱れを直すしかなかった。
じっと目を閉じ、手のひらに集中していると、額に汗が滲んでくる。
何も考えずにいられたらいいのに、逆にいろんなことが頭に浮かんできてしまう。
もしも、ロザリアがアンジェリークの立場だったら。
あんなふうに、アンジェリークの危機に飛び込んで行けただろうか。
女王になりたいために、アンジェリークをルヴァと引き合わせようなんて姑息なことをした自分に。
ふっと、手のひらが軽くなり、地層のサクリアが分散されていったのがわかった。
なぜここに集中したのか、理由はわからないけれど、当面の危機は去ったのだ。
ロザリアがほっと胸をなで下ろしていると、
「ロザリア!大丈夫だったかい?」
オリヴィエが街の方角から走り寄って来た。
あたりはすでに日が落ち始め、うっすらと白い一番星が低い位置に顔を出し始めている。
思ったよりも時間がかかっていたらしい。
「こっちは大丈夫だったよ。思ったよりもサクリアの乱れはなかったし。ちょこっと力を使ったけど」
「そうですのね。ありがとうございます。こちらも済みましたわ」
足下が暗くなっていたこともあり、サクリアを使った事で疲れもあったのかもしれない。
不意にロザリアの膝から力が抜け、足がよろめいた。
「ロザリア?!」
駆け寄ってきたオリヴィエの腕がロザリアの腰を抱き寄せたと思った瞬間。
二人は坑道の縦穴の一つに転がり落ちていた。
どさり、と、地面の上に背中をしたたかに打ち付けたものの、なんとかケガは避けられたらしい。
オリヴィエは腕の中のロザリアにも大きなケガがなさそうなことに安堵した。
「オリヴィエ様、ケガはありませんか?」
真っ青な顔のロザリアが不安そうに尋ねてくる。
かばわれたことがわかっているのだろう。
オリヴィエは軽いウインクで、
「大丈夫。こう見えても、私、結構鍛えてるから」
ひらひらと羽根のストールを振って見せた。
大きく安堵のため息を吐いたロザリアを腕の中から解放すると、
「結構深いね。空があれくらいしか見えないよ」
オリヴィエは空を指さして肩をすくめた。
まっすぐに伸びた穴の口から見える薄闇の空は、その深さがわかるほどに小さい。
二人が落ちた穴の直径はかなり広く、3mほどだろうか。
お互いがそれなりの距離を持ってゆったりと座れるのはありがたいが、肌に触れる部分はごつごつしていてひんやり冷えている。
壁も土がむき出しになっていて、手をかけて上る事は無理そうだ。
目が慣れてくると、繋がる横穴がいくつかあることにも気がついたが、日はどんどん落ち始めているようで、暗闇が増してくる。
「この穴を辿ってけば、どこかには出られそうだけどね」
横穴の一つをのぞき込み、オリヴィエは風の流れを確かめた。
空気も通じているし、横穴を風が通り抜けていくから、埋まってはいないはずだ。
ただ、暗闇の中、ロザリアを連れ、どこまで歩けるか。
サクリアの乱れは直っているとはいえ、崩落の危険性があったことも事実だ。
無理をして、彼女を危険にさらすわけにはいかない。
「ま、そのうち助けが来るでしょ。私達がここにいること、パスハは知ってるわけだし」
二人で朝帰り、という醜聞は避けられないかもしれないが、焦る必要は無いとオリヴィエは考えていた。
必ず助けはくる。
・・・それまでなんとか持ちこたえなければ。
「暇つぶしに何かできればいいけどねえ。こう暗いと、しりとりくらいしかできないよね」
わざと明るく、そんなことをいってみたが、ロザリアは無言で壁面に背をつけて膝を抱えている。
きまじめな彼女が、自分を責めていることは想像がついた。
「よっこらしょ」
オリヴィエはロザリアのすぐ隣に腰を下ろした。
すでに日は傾き、深い地の底であるこの場所まではほとんど光が届かない状態で、気配でしか彼の様子はわからない。
ふわり、と香ったオリヴィエの香りにロザリアはホッと気が緩むのを感じた。
今ここにいたのが、他の誰でもないオリヴィエで、本当に良かったと思う。
「寒くない?」
オリヴィエの声が予想以上に近く聞えて、少し驚いたけれど、ロザリアは
「ええ。・・・本当は少し」
フェリシアの気候は常春だが、さすがに日が沈んだ今は、流れ込んでくる空気が冷たい。
うずくまって小さくなっていれば、それほど風は受けないにしても、寒くないとは言えなかった。
「じゃ、こうしよう」
オリヴィエはまとっていた黒い羽根のショールをロザリアにも巻き付けた。
普段、長身の彼を包み込んでいるショールは、二人で巻いても十分な長さがある。
「ちょっとは暖かいでしょ」
ロザリアは自分の頬が熱くなるのを感じた。
ショールのおかげで暖かいのか、他の理由で熱いのかはわからないけれど、とりあえず寒さは感じない。
触れている肩も、彼の僅かな息づかいを感じる耳も、やたらと熱っぽくて、心臓まで痛くなる。
オリヴィエはいつもの調子で、ロザリアにたわいもない話をしてくれている。
気を紛らわせようという、彼なりの優しさなのだ。
こんなことに巻き込んでしまったのに。
オリヴィエもアンジェリークも、どうして、みんな、こんなに優しいのだろう。
「オリヴィエ様」
「なあに?まだ寒い?」
オリヴィエがさらにショールをロザリアの方に寄せようとするのを、ロザリアは慌てて押しとどめた。
暗闇の中で一瞬手が触れ合って、お互いにさっと離してしまう。
手が触れたくらいで動揺するほど初心じゃないはずなのに、きっとこの状況がこんな気持ちにさせるのだ。
彼に全てを打ち明けてしまいたいなんて。
「きっと、わたくしの頭がおかしくなったと思われるでしょうけれど。・・・実はわたくし、この試験を受けるのが二回目なのです」
「二回目?」
「はい。・・・一度目の試験でわたくしはアンジェリークに負けました。そして、森の湖に身を投げたのです。けれど、次に目が覚めたとき、わたくしはまた女王試験の最初の頃に戻っていたのですわ」
オリヴィエは彼女の告白に息をのんだ。
『二度目の今度こそ』
以前、ロザリアが言っていた意味がようやくすとんと胸に落ちたからだ。
「バカなことを、とお思いでしょうね。わたくしも信じられませんもの。でも、たしかにわたくしには一度目の試験の記憶があって、今が二回目なのだとわかっているのです。生まれ変わったのかタイムワープしたのか、ここがパラレルワールドなのか夢なのかもわかりませんけれど、一度目の試験でわたくしが負けたことは事実として知っているのですわ」
オリヴィエが何も言わないのは、きっと呆れているからだろうと思った。
誰だって、こんな荒唐無稽な話を信じられるはずがない。
けれど、一度話始めたら止まらなくなってしまった。
一度目の試験で、ロザリアがどう過ごしたか。
その結果、アンジェリークからも守護聖からもそっぽを向かれ、最終的には贈り物の数の違いで、圧倒的に打ちのめされたこと。
どうしてもその負けが自分の中で受け入れられず、耐えられなかったこと。
「死を選ぶなんて、弱さでしかありませんわね」
「そう思うのかい?」
ロザリアの長い独白を、オリヴィエは一切口を挟まずに聞いていた。
信じられない話だが、彼女がこんな冗談をいう人間ではないことはわかっているし、なによりもオリヴィエ自身がもう納得していたのだ。
「ええ。今はそう思いますわ」
二度目の試験を受けている今、一度目の頃の自分は間違っていたと正直に思える。
女王になることしか考えていなくて、世界が狭くなっていた。
誰にも寄り添わず、誰も信じず。
…あんな自分が女王になれるはずがない。
「そっか。それならよかったじゃない。試験を二回もやった意味があったね」
オリヴィエがくすりと笑った気配を感じて、ロザリアは驚いた。
「本当に、信じていらっしゃるのですか?」
話したくせに疑っているとは自分でもわからないが、ロザリアには不思議でたまらなかった。
「ん?信じるよ。私を面白がらせるために考えたお話だったっていうんなら、女王なんかやめて作家になるべきだし」
ふざけた口調なのに、決して嘘はなくて、裏表を感じない。
オリヴィエの軽口が心地よく思えるのは、二度目の試験の今だからだろう。
お互いにそれなりの信頼があるからこそだ。
でも、もしかしたら自分は被虐趣味があるのかもしれないとロザリアは思った。
ただ心地よいのがむずがゆくて、こうなれば決定的に嫌がられるであろうことまで話してしまいたくなる。
「わたくしがアンジェリークとルヴァ様をけしかけたのも、女王になるためでしたの。アンジェリークがルヴァ様を選べば、女王候補の座を降りるでしょう。そうすれば、わたくしは苦も無く女王になれると」
卑怯だと罵られたかった。
そこまでして女王になりたかったのか、と。
けれどオリヴィエはやはりクスリと笑うと
「なるほどね。それならみんな幸せでいいんじゃない?アンジェリークはルヴァと一緒になれるし、あんたは女王になれるんだし」
あまりにもあっけらかんと言うので、ロザリアはまた驚いた。
「あんたが本当に女王になりたいなら、どんな手を使ってもかまわないと私は思うよ。ただ、一つ、聞きたいのは、あんたは女王になりたいっていうけど、女王になった後はどうするの?」
暗闇なのに、彼がまっすぐにロザリアを見ているのがわかった。
そういえば、以前も彼に
『あんたはアンジェリークとルヴァをどうしようと思ってるの?』
そう聞かれたことがあったことを思い出す。
女王になった後。
もちろん、理想の宇宙を作って、安定した統治をして、女王としてできる限りの最善を尽くして。
そこまで考えて、ロザリアははっと顔を上げた。
そんなことはだれが女王になっても同じこと。
オリヴィエが尋ねているのは、ロザリアという人間が女王として目指すことなのだ。
「…わたくしは」
いつの間にか、ロザリアの中で女王になることがすべてになっていた。
だから、前回の試験でも、育成で結果を出すことだけを考えてしまった。
女王になってからのほうが、はるかに大切なことなのに。
「オリヴィエ様、わたくしは」
ロザリアが言いかけたとき、空が急に眩しく光り出した。
「あ、ここです!ロザリアはここにいます!」
上空から懐中電灯のようなものが照らされて、穴をのぞき込んでいる人影が見える。
「ロザリアー!大丈夫だったー?!」
大きく手を振るアンジェリーク。
ライトの明かりが穴の底まで届いて、ロザリアとオリヴィエを照らし出すと、二人はさっと距離を空けた。
アンジェリークに見られたら面倒なことになる、という思いが一致した事に気がついて、同時にふふっと笑みがこぼれる。
「お迎えが来たね。ちょっと早すぎて残念だけど」
「・・・早すぎることはないと思いますわ。わたくし、かなりお腹が空きましたし」
「ま、それもそうか」
「ねえ~、二人とも今からはしごを下ろすから、それを登ってきてね!」
アンジェリークの言葉と同時に、縄梯子が振ってくる。
「大丈夫か?お嬢ちゃん。なんなら俺が下まで迎えに行ってもいいんだぜ」
「俺、ロッククライミングが趣味なんだ。君一人くらいなら余裕で抱えられるけど、そっちに行った方がいいかな?」
どうも上がざわついていると思ったら、アンジェリーク一人ではなく、守護聖たちが数人ついてきているようだ。
とくに騒がしいメンバーが揃っているらしく、
「おい、はしごなんかより、オレのメカで拾った方がいいんじゃねーの?」
「ダメだよ!ゼフェルのメカでロザリアがケガでもしたらどうするの?」
「ああ~、アンジェリーク、そんなに身を乗り出したら貴女まで落っこちてしまいますよ~」
言い合う声が下まで筒抜けで、ロザリアは笑ってしまった。
「本当に、皆様、ユニークですわね」
「ホントにね。で、私はあんたが先に行った方がいいと思うけど、どうする?」
一人ずつしか上れない縄ばしごが一本だけ。
たしかにオリヴィエが後ろにいてくれた方がロザリアとしても安心なのだが。
「・・・暗いからパンツが見えることはないと思うよ」
「!」
思わずスカートのお尻部分を押さえたロザリアにオリヴィエは困ったように肩をすくめた。
「見ないようにはするけど、絶対に見えないとは保証できないかな。でも、危険だから、いざというときに私が支えられるように後ろにいたい。どうしてもイヤだっていうならしかたないけどね」
「わかりましたわ。お願いします」
あっさりと了承したロザリアに、オリヴィエの方が面食らったような顔をしている。
「・・・いいんだ」
「このような時にそんなことを気にしてられませんわ。さあ、参りましょう」
縄ばしごは思ったよりも不安定で、上るたびに左右に揺れて、全身の力が必要だ。
ロザリアは暗い中で足を滑らせないように集中しながら、一歩一歩上がっていった。
不思議と怖さを感じないのは、オリヴィエが後ろにいてくれるからだ。
もしも転んでも彼ならきっと受け止めてくれる。
「疲れたら休んでいいからね」
そう言われても、気が急いて、ロザリアは休むことなく上り詰めた。
「ロザリア!よかったわ!」
上まで上がってどっと疲れが出たロザリアは、ふらついたまま、穴のそばで座り込んでしまった。
そんなロザリアに、スカートが汚れるのも構わず、アンジェリークが抱きついてくる。
「わたしが研究院に戻っても、二人とも帰ってこないし、でもパスハさんはフェリシアの問題は解決したとかいって帰っちゃうし、どうしたらいいかわからなくて、ルヴァ様に相談したら、なんだか大騒ぎになっちゃうし、大変だったんだから~」
息つく間もなく苦労話を語ってくるアンジェリークに、若干引き気味になりつつ、ロザリアは頭を下げた。
「ごめんなさい。わたくしがうっかりと足を滑らせて、オリヴィエ様を巻き込んでしまいましたの」
続けてはしごを登ってきたオリヴィエは涼しい顔で、髪や服を整えている。
かるく土を払う姿は、ちょっと乗馬でもしてきただけのような気軽さだ。
さっきまで一緒にくるまっていた羽根のストールがふわりと自然に巻き付いて、まるで疲れた様子もない。
「でもですね、そのおかげでオリヴィエのサクリアを辿ってここに来られたんですよ~」
「わたしの力じゃ、ロザリアのサクリアを辿るのは無理だったし、オリヴィエ様と一緒でよかったわ」
ルヴァとアンジェリークは本当にほっとした様子で、瞳を潤ませている。
「心配かけてしまってごめんなさい」
「いいの!だって、わたし達、友達なんだから。困ったときは助け合わなきゃ!」
それに、ロザリアはいつもわたしとルヴァ様のことを応援してくれてるし、と小さな声で耳打ちされた。
「・・・ごめんなさい」
「いいっていってるでしょ!もう、ロザリアは~」
謝ったのは、今日だけのことではなくて、今までの事全てなのだが、アンジェリークに伝わるはずもない。
ロザリアは抱きついたままのアンジェリークの髪を優しく撫でた。
人のぬくもりというのはなんと暖かいものなのだろうか。
あの水の冷たさは、きっと孤独の冷たさだったのだ。
ほっとした空気があたりに流れ始めると、ようやくロザリアはアンジェリークを抱えるようにして立ち上がった。
外灯などはない、街からかなり外れた場所でも、眩しい月明かりと幾千の星のおかげで、ある程度の明るさはある。
「皆様もありがとうござました」
ロザリアは周囲を取り囲むようにして、二人を見守っていた守護聖たちに深々と頭を下げた。
よく見れば、筆頭二人以外の守護聖が勢揃いしている。
皆、アンジェリークの大騒ぎに付き合わされたのだろうけれど、それだけではなく、純粋にロザリアを心配してくれたのだとわかっていた。
「お嬢ちゃんの危機とあれば、駆けつけないはずがないだろう?」
「ええ、いてもたってもいられませんでした。お怪我はありませんか?」
「ゼフェルなんか、めちゃくちゃ焦ってたよな」
「はあ?おめーの方が焦ってただろーが。『俺のロザリアが~』ってよ」
「な、こんなところで言うことじゃないだろ!」
「ちょっと、二人ともケンカしないでよ~」
守護聖達も同じ人間で、普通に怒ったり泣いたりもする。
前回の試験で、彼らが自分を選ばなかったのは、当然だ。
女王だなんだという前に、ロザリアも彼らを人間扱いしていなかった。
育成のための道具の一つくらいの認識で、何一つ知ろうともせず、ただアンジェリークを支持したことに、怒りを感じて。
「本当にありがとうございました」
再び頭を下げたロザリアに、今度は口々に慰めの言葉がかけられる。
その優しさに、ロザリアはぐっと涙を鼻の奥で堪え、皆と一緒に飛空都市に戻っていった。
研究院では、ジュリアスとクラヴィスが待ち構えていて、二人から同時に凝視されたロザリアは身を固くした。
怒られることを覚悟してうつむいたロザリアにかけられたのは、
「フェリシアに問題は無い。このまま試験を継続するが良い」
「・・・よくやった」
思いがけない励ましの言葉で。
驚いたロザリアが別の意味で棒になったのを、オリヴィエとアンジェリークが笑っていたのだった。